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北京風俗図譜
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「私は考へた、古代の文化は今も民間に生きてゐる。気をつけて観察すれば、案外面白い
発見があるかもしれない。ともかく一通り風俗図を作らせるに限ると。」

―本書「はしがき」原編者青木正児氏の言葉より―


中国清末から辛亥革命後に誕生した中華民国初年の風俗を記録・解説した貴重な書
『北京風俗図譜』


原編者青木正児氏が北京留学の折に「北京には、まだまだ古い風俗が遺されてゐる、しかし其れも新しい洋風に化せられて、次第に失はれつつある」と感じ、「今にして之を記録しておかなければ、遠からず湮滅してしまふであらうと考へた」ことから「目録を作つて土地の画工に画かせた」一百余の図譜に、内田道夫氏がわかりやすい解説を付した、
中国清代末の北京の風俗、風物を知る詳細な図録が『北京風俗図譜』なのである

―「」内本書「原編者の序」「はしがき」より抜粋―


北京風俗図譜


◆清の時代の「ソリ牽きスケート遊び」


「冬至を過ぎるころには川も沼も底まで堅く氷る。そこで十刹海、二閘あるいは護城河などに氷牀(そり)が登場する。長さ約五尺、幅約三尺の木製のもので、脚のところには鉄条をつけ、三、四人が乗れる。
立春以後は危険で、うっかり乗って氷のゆるみに落ちこむと、曳子は逃げてしまう。スケートが流行してから、この氷牀はほとんど影をひそめてしまった。」


◆「婚姻の礼」での変わった!?祝福の仕方


「面白い風習は子孫碗の登場である。碗には半月形の小さな肉団子が三十二、まるいのが四つのっていて、そのなかの幾つかは紅い糸でつなぎあわせてある。これはツスンボーボーといって、料理人がわざわざ生ま煮えのまま出す。とうてい食べられないから、新郎新婦は食べたものをはきだすと、むかしのしきたりに従って、それを?のむしろの下に入れる。
このとき、花嫁を見ようと待ちかまえていた子供たちが部屋のそとから、からかうように「生まじゃないか」と聞く。
部屋の中の誰かが「生まだ」と答える。このようにして若夫婦にお目出とうという気持ちを伝える。」


◆犠牲をはらった美―「漢人の女の服装」


「満州人の婦人が旗袍を着るのに対し、漢人の婦人は短い上衣に裳(裙子)(スカート)を着たが、
満州人の流行を追って袍子も多く着られた。満州人が木の台のついた鞋をはくのに対し、漢人には
纏足をするものが多かった。
(中略)
 纏足は少女のときから布で足先きをきつく縛って、足の形を小さく整形したもので、これが女性の 美しさに連なるという意識から、久しい間行われて来た風習ではあるが、少女にとっては非常な苦痛で あり、犠牲であった。」

*上記解説文はいずれも本書解説により抜粋


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