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  2. 画業55周年記念!! 花村えい子の世界
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今年、漫画家デビュー55周年のメモリアルイヤーを迎えた花村えい子。
「ショウワノート」をはじめとした文房具のキャラクターグッズでもお馴染みの「カワイイ」イラストはフランスでも大人気。
今回、初めて電子書籍化されるのは、『リコとファッションショウ』『おもかげのひと』『さよなら』『また会う日まで』『少女リーザ』『二人のしあわせ』の貸本漫画作品を含めた初期作品10タイトル。
いずれもが紙の単行本等では超入手困難本ばかり。
この機会に、ぜひ電子書籍で元祖「カワイイ」世界に触れてみて!!
Profile 花村えい子
埼玉県川越市出身。日本漫画家協会理事。1959年、貸本漫画「別冊・虹」に『紫の妖精』を発表してデビュー。少女漫画の連載をする他、おしゃれで可愛い少女イラストがコミック誌の付録や学習ノートを何度も飾り、シリーズ化され、人気となる。2007年12月ルーヴル美術館で開催された歴史ある「ソシエテ・ナショナル・デ・ボザール展」に日本からの招待作家として選ばれ約40点の作品を出展、特別賞を受賞。ソシエテ・ナショナル・デ・ボザール(フランスの歴史ある美術サロン)正会員。文芸・ミステリーを原作とする作品も多く手がけ、現在も数多くの作品を発表し続けている。
公式HP:http://www.eico-hanamura.com
リコとファッションショウ
花村えい子
リコとファッションショウ
200円(税別)
2pt
裏通りにある小さな洋裁店・サルビアは、センスの良いデザインと親切な仕立てで評判の店で、マダム・デザイナー・お針子を一人でこなしているリコの母親が営んでいた。ある晩、そんな母が浮かない顔で寄合いから帰って来た。ファッションショウを組合で開催するのだが、うちにはモデルを雇うお金がなく、断念せざるを得ないと言う…。その話をリコから聞いた級友たちは…!? ※この電子書籍は発行当時の単行本を底本としております。読みにくい箇所が含まれている場合もございますので、あらかじめご了承ください。
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おもかげのひと
花村えい子
おもかげのひと
200円(税別)
2pt
さくら草… この花は真帆子にとって忘れることのできない花。薄紅色の花びらに今もひとりの少女の面影が浮かぶ。昨年の春、真帆子は有名女子校・K女学院を志望していた。期待と不安で胸が張り裂けそうな入学試験当日、隣の席に座ったのは、さくら草のような美しい少女だった。だが、試験用紙の文字が薄くて読めないという少女に助言した瞬間、試験官が…!! ※この電子書籍は発行当時の単行本を底本としております。読みにくい箇所が含まれている場合もございますので、あらかじめご了承ください。
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さよなら
花村えい子
さよなら
200円(税別)
2pt
1週間の休暇を利用して訪れた高原で、毎日のようにスケッチをしている少年に出会った霧子。だが、少年にときめくだけで話すこともできず、東京の生活へと戻ることに。そんなある日、自分に似た絵が展示されているという噂を耳にした霧子は、アマチュア絵画展へと足を運ぶ。そこで、ひと目で自分だとわかる絵を見て驚くが、なんとその絵の作者・園沢圭一は、高原で見たあの少年だった。後日、圭一の妹の誕生会に招待されて家を訪れた霧子は…!? ※この電子書籍は発行当時の単行本を底本としております。読みにくい箇所が含まれている場合もございますので、あらかじめご了承ください。
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また会う日まで
花村えい子
また会う日まで
200円(税別)
2pt
亡くなった父親の意志を継ぎ、立派な陶芸家になることを目標にする兄・夏夫と、歌手になることを夢見る妹の由紀。仲良し兄妹の二人は、床に伏しがちな母・華江と3人で暮らしていたが、ある日、無理をした華江が吐血し、病状が悪化してしまう…。そして、自分の死を覚悟した華江は、大富豪である実家に手紙を出し、仲の良い夏夫と由紀が一緒に暮らせるよう願うが…。※この電子書籍は発行当時の単行本を底本としております。読みにくい箇所が含まれている場合もございますので、あらかじめご了承ください。
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少女リーザ
花村えい子
少女リーザ
300円(税別)
3pt
足が悪く車椅子生活のリーザは、公園で悪ガキたちにいじめられるが、老画家とその弟子、フランツに助けられる。二十年前、リーザによく似た娘を亡くしてしまっていた老画家にとって、彼女は娘の生まれ変わりのように見えて仕方なかった。そんなある日、公園で雨に打たれたリーザは生死の境をさまよう。意識が朦朧とする中で、一度でいいから思いっきり走りたいと願うリーザだが…!? ※この電子書籍は発行当時の単行本を底本としております。読みにくい箇所が含まれている場合もございますので、あらかじめご了承ください。
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二人のしあわせ
花村えい子
二人のしあわせ
300円(税別)
3pt
父親は亡く、母親も白血病で余命いくばくもない家庭の幼い姉妹、鮎子とミキ。母の看病と母の病を理解できない妹の世話を精いっぱいがんばっている鮎子の心は限界だった…。誰にも言えない張り詰めた毎日の鮎子。そんな鮎子が、丘の上の教会にいるシスター・アンジェラの優しい気持ちに触れた時…。涙と感動の物語!! ※この電子書籍は発行当時の単行本を底本としております。読みにくい箇所が含まれている場合もございますので、あらかじめご了承ください。
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愛の花日記
花村えい子
愛の花日記
300円(税別)
3pt
大財閥の娘で、わがままだが大輪の薔薇のような学園一の美少女・藤堂リエ。無口で個人主義だが、瞳の美しい高貴なランの花のような少女・尾崎鮎子。まじめで勉強家で、目立たない野辺に咲く忘れな草のような少女・香川さつき。3人の個性あふれる少女たちの愛と友情… そしてその裏側にある、憎しみや嫉妬を描いた心の日記とも言える作品。 ※この電子書籍は発行当時の単行本を底本としております。読みにくい箇所が含まれている場合もございますので、あらかじめご了承ください。
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光と風の仲間たち
花村えい子
光と風の仲間たち
300円(税別)
3pt
女子校の中学から男女共学の城東学園高等部に入学した藤代桂。共学が怖いような、うれしいような気持ちの中、素敵なボーイフレンドが欲しいと胸をときめかせて入学した桂だったが、男子になかなか馴染めずにいた。そんなある日、桂の前に現れた、テニス部所属の3年生・葉山和記。桂の心は、彼の存在に激しく揺れ動き始め…。恋と友情を育みながら、成長していく青春ストーリー!
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丘の上の娘たち
花村えい子
丘の上の娘たち
300円(税別)
3pt
朝丘家の三女・真美は、ミッション系の女子学園に通う夢多き高校1年生。短大を卒業し、小さな会社で秘書をしている長女の朝子、現代っ子で女優志望の次女の美枝、おませな末っ子・健一。そして、一人で4人の子供を育てる母親の5人で暮らす朝丘家は、明るく平和な家庭。そんな朝丘家の近所に小泉司郎という好青年が引っ越して来た。彼の存在は姉達の心を揺らし、そして二人の姉を通して愛と青春の意味を理解していく、真美の青春物語!
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けがれなき慕情
花村えい子
けがれなき慕情
300円(税別)
3pt
高校生の白沢直子は、夏に海で溺れかけた時二人の少年に助けられる。その二人の少年、牧村浩二と土井良は、なんと転校先の学園の3年生だった! 学園の貴公子と呼ばれる明るく爽やかな牧村と、暗く寂しい目をした土井。まるで太陽と月のようだと直子は思う。最初は牧村に惹かれていた直子だったが、徐々に土井の存在が気になりだして…。その直子を巡り、親友の牧村と土井の仲は…!?
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凛々しく 可愛らしく
花村えい子×ちばてつや×竹宮惠子
スペシャル座談会
竹宮 今回、原画’(ダッシュ)展示シリーズとして『凛々しく可愛らしく』と題しまして、花村えい子先生、ちばてつや先生、藤井ちあき先生、竹宮惠子の作品、120点の作品を展示させていただきました。
原画’(ダッシュ)というのは、販売用の複製原画とは違い、「現状の原画の持っている情報をそのままアーカイブする」ことを目的としたものです。鉛筆の下書きや汚れや書き込み、テープ跡なども含めて、すべて情報として残し、原画と見比べながら、細かな色調整をしながら、精巧に再現しています。かなり時間がかかりますので、企業ではなく、大学で研究するのに適したものだと思っています。それでは、スペシャル座談会として、今回展示させていただいている花村えい子先生、ちばてつや先生にお話を伺いたいと思います。
3人のレジェンドが語る少女マンガ事始め
竹宮 今日は《少女マンガ》というジャンルの中で、お二人の先生が、どういうふうな関係を作られてきたのかをお聞きしたいと思っております。ちば先生と花村先生は、最初はどういった形でお友達になられたのですか?
ちば 思い出そうと思ったんですが、思い出せないですね。前世からかな?(笑)
花村 私も思い出せないですね。気がついたら、こんな偉い先生に親しくしていただいて、雑誌で一緒に描いていました。
竹宮 ちば先生は最初は少女マンガをお描きでしたものね。
ちば 昔は女性のマンガ家が少なかったですから、私だけでなく、石ノ森章太郎、赤塚不二夫、松本零士といった方がみなさん、新人時代には少女マンガを描いていました。少年マンガは手塚治虫先生のような、私たちより少し上の世代が活躍しておられたので、そこには入り込めなくて。少女雑誌だったら仕事がある、ということで。
竹宮 女の子を描くのは悩みませんでした?
ちば 悩むも何も、私は男ばかり4人の兄弟なんですよ。女の子が身近にいなかったの。母親も、男の子を4人育てるような「おっかさん」だから、女性らしくないんですよ。
竹宮 強いお母さんですよね。
ちば そう。だから最初、私は女の子っていうのは繊細で、すぐメソメソしたり、強い子はじっと我慢して文句はいわない……とか、そういうイメージで、一生懸命考えていたんですが、女の子の気持ちがよくわからないんです。当時、神田の古本屋さんで少女雑誌や少女小説、デザインの本とか、いろいろ資料を探しました。だって、どういうものを着ているか、下着もわからないですから(笑)。
花村 スカートも?
ちば スカートの外側はわかるんですが(笑)、中にどういうものをはいているかがわからない。女の子の部屋の中は、どういう装飾なのか。特にお金持ちの女の子の部屋はわからないんですよね。「深窓の令嬢」とか出てくると、非常に困りました。カーテンの模様がわからないから、唐草模様になっちゃったりして(笑)。まだ下町の女の子だったら、ミカン箱ひっくり返して机にしてるとか、よくわかるんですが。
花村 当時はね、日本は貧しい時代だったのね。だから、一般的にもそんなに華やかな家はなかったんじゃない。
ちば それでもマンガにはお金持ちの娘とかが出てくるんですよ。一応、「庭には噴水があるだろうな」とか「プールがあるのかな」とか、いろいろ想像するんですが、そうやって、悲しいストーリーの少女漫画をいっぱい描きましたね。
花村 あの頃はとにかく出版社が「かわいそうな少女を描きなさい」って、大号令。これでもか、これでもかって泣かして下さいっていうの。そういう中で育てられたんです。
ちば 当時は、映画もそうでしたね。母娘ものとか、継母の話とか、そういう映画がずっと流行ってたんです。
竹宮 編集部は、映画でヒットしているようなものを描けと。
ちば その影響もあったでしょうね。川端康成さんとか円地文子さんのような文学者も少女小説を書いていて、それもほとんどが悲しい話で、ひどい運命だけど健気に生きていく女の子といった話が多かった。 我慢して、我慢して……なんてことばかり描いていると、ストレスがたまってくる。 あるとき、あまりに疲れてたもんだから、主人公の女の子がキレちゃったんですよね。「もう我慢できない!」って、男の子を引っぱたいてしまって。 それで原稿を渡したら、編集の人がビックリしちゃって。「せっかく人気が出てきたのに! こんな主人公では人気が落ちるから描き直してくれ」って言われたんですけど、幸いなことに私は仕事が遅かったので、もう締切が過ぎていたんでね。もう間に合わないって載せるしかなかった。 そしたら、キレて男の子をひっぱたいた場面を、真似して描いたファンの人からの手紙がいっぱい来たんです。「こういう主人公のユカちゃんが大好き」とかいって。 私も「これでいいんだ」と。女の子も男の子も違いはない、悔しい時は悔しいし、怒る時は怒るんだ、ってことで、そこからガラッと作品を変えました。
竹宮 私も、ちば先生の少女マンガの主人公の女の子は、元気で現実的だと思いながら読んでいました。そのおかげで、読者の女の子たちも、自分たちだって男の子と同じなんだという自覚が出来始めたのかな、と思うんですよ。それが、何かを変えるきっかけになったかもしれませんね。
ちば 当時は、そういうファンレターで一喜一憂し、本当に励まされましたね。「この路線でいいんだな、間違っていなかったんだ」と、ファンレターで判断したことがずいぶんありました。
竹宮 ファンからの直接の反応というのが、作家にとっては、結局一番信用できるし、それを指標にしてやっていくというのが、最も安心できるんですよね。私はちば先生の『紫電改のタカ』のファンでもあるんですが、その主人公っていうのが、少女マンガ、たとえば『ユカを呼ぶ海』などを描いたことによる影響はなかったのでしょうか?
ちば やっぱりね、少女ものをずっと描いていたものだから、男の子を描いても、まつ毛が長いんですよ(笑)。
竹宮 それがすごくいいんですよ。
ちば 目がうるんでしまうんですよ。それでも、私は一生懸命男の子らしく描いているんですが、手癖というのか、ついつい、まつ毛を長く描いてしまうので、しばらくは、苦しみましたね。そこから抜けるのにしばらくかかりました。 少年もので主人公の足を引っ張るような脇役、あるいは、憎ったらしい敵役の顔などを描いているうちに、だんだんまつ毛がとれてきたんです。でもね、『あしたのジョー』のアップになったりすると、ちょっとまつ毛が長いなあと思いますね。
竹宮 私は『紫電改のタカ』の時の、うつむいたまつ毛とかが大好きで……ちば先生の描かれた、ちょっと少女マンガっぽい少年主人公に、私もいろいろと影響を受けています。

2013年に京都国際マンガミュージアムで行われた「凛々しく 可愛らしく」で展示された花村えい子作品。
プロとして乗り越えなくてはならない山や谷
ちば そういえば、私は竹宮さんを初めて見た時の記憶があるんですよ。トキワ荘なんですが。私は石ノ森さんの「墨汁一滴」(※1)に参加していたんですが、その頃、トキワ荘に小学生みたいな女の子が二人、遊びに来ていたんですよ。
竹宮 それは私じゃないですね。私はトキワ荘には行けてないので。
ちば 修学旅行か何かで寄ったのかな。石ノ森さんを慕ってトキワ荘を訪ねてきたのか。 「墨汁二滴」というのを女性でやっておられた……。
竹宮 それなら西谷祥子先生では。
ちば もう一人は竹宮さんかと思ってた。
竹宮 違います(笑)。私はもう一世代下です。西谷先生は私がマンガ家を志した頃には、すでにデビューしていらして、憧れの人でしたから。 ちば先生と私がお話させていただいたのは、確か、ちばあきお先生のアシスタントさんと、私の知人との結婚式で、同じテーブルになったんです。すごいことだと思いながら、お話させていただきました。その後「ゴルフをやりましょう」と言われました(笑)。
ちば 当時マンガ家はみんな運動不足で、病気をする人が多かったんです。だから、マンガ家の後輩にあうと、「運動しろ、ゴルフしろ」って。
竹宮 私は運動するのは好きなんですが、ゴルフって緻密で、きっちり練習しないとダメですよね。
花村 でも、惠子さんは乗馬されるじゃない。
竹宮 乗馬は馬が勝手に走ってくれますから(笑)。
花村 それも、モンゴルの大草原とかで乗るんでしょ? それまでの惠子さんの静かなイメージとかけ離れていてびっくりした。
竹宮 昔は、無口にしてた方が賢く見えるんじゃないかと思っていましたね。私はうっかりしたことを言ってしまいがちなタイプなんで、喋らないほうがいいかなと。
花村 静かな人で、とても可愛かったんですよ。色が白くてね、ちょっと少年っぽくて。それが、大学の先生になってから声が大きくなっちゃって。学長さんになったらもっと大きくなったんじゃない?
竹宮 そんなことないです(笑)。ちば先生も大学で漫画家を育てておられますね。
ちば 私は今、宇都宮にある文星芸術大学で教えています。教えるといっても、直に「こう描け」「ああ描け」と言うわけではなく、自信をなくしたり、迷い子になってしまった人を見つけて、「運動しろよ」とか、そういうことを言うだけなんです(笑)。
竹宮 校長先生みたいですね。学生はすごく安心感があるだろうなと思います。 
ちば マンガを描くというのは孤独な作業ですから。一人で机に向かって何時間も描いては消しての繰り返しで、自信が持てなくなることもある。
花村 あります。みんな誰もが山と谷を越えていく。時には、本当におかしくなるぐらい追い詰められることもありますよね。ネームが出来ない、締め切りはやってくる、寝る時間がない。でも、みんな、それを乗り越えてきたんですよね。
ちば 乗り越えた人だけが残っているわけですね。途中でやめてしまったり。私も何度か、具合が悪くなることってありましたね。締め切りが過ぎてしまって、「ああ、これは間に合わないな」と思うと本当に胃が痛くなって。
花村 私も、徹夜明けに失神して倒れたことがあります。三日間ぐらい寝てなくて、終わった途端に気が緩んで倒れてしまって。目を開けたらアシスタントとか、お医者さんとかが来て、みんな覗きこんでるんです。おかしくて、ニヤって笑ったら、みんなが「ギャーッ」て驚いて(笑)。
竹宮 私はだんだん器用になってきて「5分だけ寝ます」と言って寝るようにしてます。ちゃんと5分で起きられるようになって、それでなんとか、しのいできました。なんとかして、自分を使い倒さなければいけないので、いろいろ工夫をするんですよね。
花村 でも、若い時代だから出来るのね。年をとったらね、あちこち身体を壊すから。マンガ家を志す方は、身体だけは丈夫じゃないと。 ちばちゃんも長い間描き続けてきて、手とか痛くなってたりしませんか? 
ちば 疲弊していますね。今は読み切りやイラストを描いたりする程度で、週刊連載をやっていないのですが、週刊誌をやっていると相当無理することになるので。みなさん病気をされますね。
花村が呼び名につける「たん」と「ちゃん」
花村 私は昔から「惠子たん」って呼んでいるんですよ。私が「たん」って呼ぶのは、竹宮惠子さんと、「ゆかりたん」一条ゆかりさん、二人だけなの。なぜだろうね。面白いから?
竹宮 それが「たん」付けの定義になったみたいです(笑)
花村 大学の偉い先生になっちゃったから、あんまりからかっちゃダメなんですが、意外とズッコケで面白いし、そういうところがあるから可愛いんですよ。
竹宮 年中すぐ怪我をするんです。
花村 ちばちゃんはおっちょこちょいじゃないわよね。
ちば 「ちばたん」でいいですよ(笑)。
花村 私、ちばさんは「ちばちゃん」って呼ぶのよね。さいとう・たかをさんは「たかをちゃん」。
竹宮 そう呼べるのは花村先生だけです(笑)。
花村 惠子さんは昔から「惠子たん」だけど。
竹宮 赤塚先生とかがよく「ホッカイローのケーコタン」というギャグを書いてらしたんです。それで、惠子タンという言い方を私自身が広げちゃったというか……ファンの方に「そう呼んで」という形を作ってしまったので。
花村 石ノ森さんとか、赤塚さんは「さん」付けなんだけど、なんでだろう? 赤塚さんが、まだうちの娘が大学時代に、「花村さん、娘がいるんだって? 俺が嫁にもらってやるよ」って(笑)。困りますよね。
竹宮 いろいろ困りますね(笑)。
ちば やさしいんですよ、赤塚さんは。
花村 やさしかった。私、楳図かずおさんとお芝居やったことがあるんですが、その時に赤塚さんが「なんで楳図なんかとやるんだよ、俺とやればいい」って(笑)。やさしい人だった。
ちば いい男だったね。
花村 石ノ森さんにしても、赤塚さんにしても、いい方が亡くなっちゃって。
ちば さっきの話じゃないですが、週刊マンガ誌の時代になって、徹夜の連続でしたからね。
竹宮 週刊マンガ誌の時代を支えてくださった方々ですよね。
花村 出版社でパーティーがあると、たかをちゃんと石ノ森さんとが隅っこの方にいて、「ここだけしか知り合いがいなくて、あとは知らない奴ばっかりなんだよ」って言うんで、「いつも同じ顔ぶれだね」って。ちばちゃんも含めてだけど。若い人が増えたから。

原画’(ダッシュ)で製作された『マドレーヌ』。退色しやすいデリケートなマンガ原稿の保存と公開を両立させるべく開発した精巧な複製原画だ。
スタイルだけを真似しても優れた作品にはならない
竹宮 花村先生は、ご自身の作品を振り返ってみられて、いかがですか。
花村 私はもともと絵の方をやりたくて、マンガを知らないのにいつの間にかマンガ界に入ってしまっていたんです。編集者に「読者が真似しやすいように下手に描いてくれ」といわれて、下手に描いたら、本当に下手になっちゃた(笑)。 当時は、たとえば赤い色を淡くぼかして塗っていても、出版社がベッタリ赤で印刷しちゃうんですよ。子どもがそういうのを喜ぶのかもしれませんが、描く人間が望む色と、出版社側が表現する色にズレがあったりして。 だったらしようがないから、最初からベタで塗っちゃおうってところから始まったんですよ。私もそういうポップな色を使うのが結構楽しくて。ショウワノートの表紙を描いた時も、当時はそんな人いなかったですが、髪の毛を真っ赤にしてみたり、紫にしてみたり、けっこう冒険ができて、それはそれで楽しかったですね。
竹宮 私もノートの表紙は新人の頃、結構描きましたが、楽しいですよね。
ちば 私は描いたことないですね。
花村 楽しいのよ、ちばちゃん。
竹宮 昔はマンガ家の新人の頃はよくそういう仕事をしましたけど、最近はありませんものね。子どもがノートからマンガの世界にはいっていくというのがありましたが。
花村 寂しいですよね。今からやりましょう。ノート会社つくりましょう、ちばちゃん(笑)。
竹宮 花村先生は「なかよし」の付録の「なかよしブック」で、名作のマンガをたくさん描いていらっしゃいましたね。
花村 『メリーポピンズ』や『にあんちゃん』、『二十四の瞳』などを、描けて嬉しいと思う企画をたくさんいただけたのは、嬉しかった時代ですね。 その後も原作のあるお仕事もたくさんしましたが、自分の方から描きたいと思った原作は、やっぱり本を読んでいるからいい絵になるのよね。逆に、向こうから「これを描いてください」と言われて描いたものもありますが……私、そういうの「イヤです」って言っちゃいけないんだと思っていたの。でも、今思えば、「イヤ」って言えばよかったのもありますね。竹宮さんの時代は、好きな物を描けたんじゃない?
竹宮 皆がそうしたわけではないでしょうけど、無理矢理好きなものしか描かないって決めてました(笑)。
花村 竹宮さんたちが、第二の波で出てきた頃、かなり、表現が広くなったでしょう? 
ちば 「花の24年組」ですね。
竹宮 あれは、勝手に「花の」とか言われるようになって。
花村 羨ましかったのよねえ。才能がある人が、どかっと出てきて。あれは、雑誌の一つの革命でしたね。
竹宮 その前の世代は「映画」に負けないものを創りたいと思われたんでしょうけど、私たちの世代は「文学」に負けないものを創りたいと思っていました。
ちば 同世代の人って、お互いに刺激しあってね。いい相乗効果になるんですよね。だから、地層みたいに層ができるんです。ちょっと空白になっててあまり出てこない層があったり、下の方から綺羅星の如くいい作家がたくさん出てきたり。
花村 そうそう。でもね、物を創るというのは楽しいわね。苦しいけど楽しい。
ちば 苦しいけれど、いいものが出来た時は、こんなにやり甲斐のある仕事はない。でも、これでいいのかなあ、これで自分の言いたいことがちゃんとうまく伝わるのかな、ということを、本当に迷いますね。演出、たとえばコマの割り方とか、ページのめくりを上手く使うとか、どういうふうに間を置くとかいったことで、面白くなったり、つまらなくなったりしますから。
花村 同じ原作を別の人がやると、全く違うものになりますよね。
ちば これはね、日本独特のものみたいですね。コマの割り方が。
竹宮 マンガほど、日本の文化の有り様を特徴的に出しているものはないので、本当にコミュニティの文化だと思います。みんなが好きなもので集まっている、またその種類がとてもたくさんあるという――それがすべてを支えているみたいな感じですね。
花村 今はもうずいぶん多種多様でしょう。私ちょうどマンガを描き出して、55年になるんですが、最初は紙とペンの世界だったでしょ? テレビがやっと出来たぐらいで。それが、単行本がまず生まれて、アニメーションができて、今はもう立体的なものが出てきてる。だから、10年20年先に何が出てくるか、もうわからない。これから先どうなるんでしょうかね。
竹宮 もう日本だけのものじゃなくなってきていますよね。今、中国や韓国では、マンガが好きな子たちが、マンガを読むためにたくさん日本語を覚えるわけです。日本語をマンガで勉強してくる。そういう状態になっているんです。それだけじゃなくて、日本語にはたくさんのオノマトペ、擬声語がたくさんありますよね。日本語は音声と文字が連動していますから、つくりやすいんですが、それが中国語だと漢字だと、たとえば、「パンッ」っていうのを書きたい時に、「パ」は漢字で書けるんですが、「ン」とか「ッ」は漢字になくて、書けないから、日本語のカナで書いたりするんですよ。それだけじゃなくて、台湾には発音記号があるそうなんですが、その記号を使ってオノマトペを作ったりしている人もいる。マンガのために、新しいものをドンドン作っていっちゃってるんですね。日本のマンガを読むことによって、自分の国にひきつけて、自分の国のマンガのために、新しいものをいろいろと作るという、そういう状態になっている。 だから、追いついてくるのももうすぐかな、という気がするんですよ。本当の意味で、外国でマンガを描いている人と、日本のマンガ家が、国際マンガ賞で対等に競える時期が、もうそろそろ来ると思います。
花村 先日、数年前、パリで日本のマンガを勉強しているフランス人の学生たちに教える機会があったのですが、フキダシがね、ものすごく縦長なの。
竹宮 わざと日本風に描きたくて、そうするんですよね。横文字を入れると、縦長のフキダシは合わないんですが、それを日本風にしたいがために、わざわざそうしているんです。それって、すごくおかしなことなんですが。
花村 横文字だから、上と下が余ってるのよ。「横長にすればいいのに」って言うと、「日本のマンガはみんなこうですから」って。
ちば 流行っているんですか?
竹宮 日本のマンガに対するあこがれが強いから。
ちば 日本の若い人が描くマンガもフキダシが細長いんですよね。しかも、尻尾がないから、誰の発言かわからない。感じてくれっていうことかもしれないんですが、上手な人がやると誰がしゃべっているのか一目でわかるのに、下手な人がやると、非常に混乱する。
竹宮 それは読者に不親切なことだと、学生にもよく説明しています。海外でも、ついつい日本のマンガのスタイルだけを真似ようとすると、そういったことが落ちてしまうので。
ちば おしゃれなんでしょうね。
竹宮 スタイルを真似ているだけだと思うんですが、それが、マンガが言語として到達している重要なところを壊してしまうんですよね。それはすごくもったいないことで。
花村 だから、現地で教えている先生も、もっと根本的なことを注意してあげるといいのにと思うんですが。
竹宮 各国にちゃんとした教える体系が出来て、世界中の人に教えられたらいいなあと思うんですが。
花村 やってください。
竹宮 そんな、そこまではちょっと。
ちば 誰かが大ヒットを出せば、またガラっと変わると思いますよ。フキダシが横に長いようなものが出ると、みんなそれを真似するようになる。海外ではまだ今は過度期なんですよね。
竹宮 それは日本国内でも同じことで、ちゃんと理解していなくて、そのスタイルだけを真似るというのは、けっこうあると思うんですよね。売れてる人がちょっと間違ったことをすると、大変なことになっちゃうんですよ。そういうのは、本当だったら編集さんがするんですけど、編集さんの注意が足りないかな。
花村 今の編集さんはどうなんでしょうね。
竹宮 あんまりマンガを読んでいなくて、マンガの編集さんになっちゃう人もいるので。 本当にマンガの世界を大事にしたいなら、そういうところを大事にしてほしいなと思いますね。
花村 昔の編集さんは作ることに一生懸命だったでしょ? 本当に一対一で話し合って、生まれてくるんだけど、今は……。
竹宮 何でも売れてるものに合わせるんです。
花村 だから、みんな絵が似ちゃう。昔の雑誌の方が、一人一人の個性があったと思うんですが、今は扉絵を抜かすとわからないのよね。前の人と後の人が続いてるのかと。
竹宮 似た絵が多いんですよね。少女漫画でも少年漫画でも、傾向というのがありますね。もっとバラエティが欲しいと思いますね。
ちば 先ほどパリの話が出ましたが、花村さんは、今年もルーヴル美術館の展覧会に出展するんですか?
花村 はい。毎年やっているんですよ。今までは、描く暇がなかったので、昔の見開きの扉絵を出してたの。だけど、今年はちゃんと描こうと思って今描いてるの。
ちば 今、フランスは日本のマンガにすごく注目しているから。
花村 その会(ソシエテ・ナショナル・デ・ボザール)は、マンガの会じゃなくて、美術の会なので、他の方の水準がすごく上だから、恥ずかしいんですが、珍しいから入れてくれたんでしょうね。
ちば 日本のマンガ家で初めてですよ。パリにいったら、フランスのルーヴル美術館の地下(カルーセル・デュ・ルーヴル)に行ってみてください。
花村 毎年暮れに、一週間やるんですよ。その会は、初期はロダンが会長だったんだそうです。日本では藤田嗣治さんとか、イラストレーターでは蕗谷虹児さんとか、有名な方が入っていらっしゃったんで、入れていただいた手前、頑張らなきゃいけないと思っているんですけど。
竹宮 すばらしいですね。これからも頑張って下さい!まだまだお聞きしたいことはあるのですが、お時間になってしまいました。本当にありがとうございました。
※1 墨汁一滴…1953年から1960年にかけて石ノ森章太郎が発行した同人誌。
(2014年4月28日 東京・神保町「文房堂ギャラリー」で行われた座談会「原画’(ダッ シュ)展示シリーズ 凛々しく可愛らしく」より)
■ちばてつや
1939年、東京都生まれ。1950年、友人の作る漫画同人誌「漫画クラブ」に参加。1956年、単行本作品でプロデビュー。1958年『ママのバイオリン』で雑誌連載を始め、1961年『ちかいの魔球』で週間少年誌にデビュー。主な作品に『1・2・3と4・5・ロク』『ユキの太陽』『紫電改のタカ』『ハリスの旋風』『みそっかす』『あしたのジョー』『おれは鉄兵』『あした天気になあれ』『のたり松太郎』など。現在、日本漫画家協会理事長・文星芸術大学教授。
■竹宮惠子
1950年、徳島県生まれ。1968年、17歳高校3年のおわりに、集英社「マーガレット」の新人賞に佳作入選し、デビュー。「COM」の月例新人賞を受賞。徳島大学在学中、小学館「週刊少女コミック」に『森の子トール』を連載開始。1970年、上京して本格的に漫画家活動に入る。代表作に『地球へ…』『風と木の詩』『イズァローン伝説』『天馬の血族』などがある。1980年、『地球へ…』『風と木の詩』で第25回小学館漫画賞受賞。現在、京都精華大学学長。

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