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トキワ荘特集






■手塚治虫
日本でストーリー漫画の手法を確立し、今日に繋がる漫画表現の基礎を作った。1946年デビュー。代表作に「鉄腕アトム」「ジャングル大帝」「リボンの騎士」「ブラック・ジャック」など。トキワ荘には1953年〜54年に入居していた。存命中から「漫画の神様」と呼ばれ、トキワ荘には手塚治虫を慕う漫画家たちが集まった。
■赤塚不二夫
1956年デビュー。代表作に「おそ松くん」「ひみつのアッコちゃん」「もーれつア太郎」「天才バカボン」など。先に漫画家として仕事をはじめていた石ノ森章太郎の仕事を手伝う形で1953年に上京、トキワ荘に入居。「ギャグ漫画の王様」と呼ばれた。後に赤塚のブレイン役の一人となった長谷邦夫とはトキワ荘で出会った。
■つのだじろう
1955年デビュー。代表作に「忍者あわて丸」「空手バカ一代」「うしろの百太郎」「恐怖新聞」など。東京在住だったため、トキワ荘には住んでいなかった。寺田ヒロオらが中心となって作られた漫画グループ「新漫画党」に参加し、トキワ荘には1956年頃から通いはじめ、ほとんど毎日入り浸っていた。
■寺田ヒロオ
トキワ荘には1953年〜57年入居。代表作に「スポーツマン金太郎」「背番号0」など。手塚治虫の次に入居し、後から入居した仲間たちの中でリーダー的存在だった。
■よこたとくお
トキワ荘には1957年〜60年入居。トキワ荘に入居する前は赤塚不二夫と同居していた。少女漫画やギャグ漫画を描いていたが後に学習漫画の第一人者となり、「ひみつシリーズ」などを手がけた。
■永田竹丸
トキワ荘へは通い組で入居はしていない。田河水泡に師事した後、「新漫画党」に参加。「ビックルくん」で第一回講談社児童まんが賞を受賞。はじめて漫画にスクリーントーンを使用したことでも知られる。
■石森章太郎
後に石ノ森章太郎に改名。1954年デビュー。代表作に「サイボーグ009」「仮面ライダー」「佐武と市捕物控」「HOTEL」など。幅広い分野の作品を量産し、角川書店から発行された全集は、最も多い漫画の出版の記録としてギネスに認定されている。トキワ荘には、1956年〜1962年に入居していた。

■藤子不二雄
2人の共同ペンネーム。後にコンビは解消し、藤子・F・不二雄と藤子不二雄(A)となる。1951年足塚不二雄としてデビュー。代表作に「ドラえもん」「オバケのQ太郎」「忍者ハットリくん」「怪物くん」など。トキワ荘には1954年、手塚治虫が出た後の部屋に入居。トキワ荘での暮らしについては、「まんが道」に詳しく描かれた。
■水野英子
1955年デビュー。代表作に「ファイヤー!」「ハニー・ハニーのすてきな冒険」「星のたてごと」「白いトロイカ」など。トキワ荘には、石ノ森章太郎、赤塚不二夫との合作のために1958年上京し入居。トキワ荘の紅一点だった。少女漫画の草分け的存在で、はじめて男女の恋愛を少女漫画で描いた。
■鈴木伸一
トキワ荘には1955年〜56年入居。アニメーション作家、監督、漫画家。藤子不二雄の漫画に登場する「小池さん」のモデルとなった。現在は杉並アニメーションミュージアム館長。
■森安なおや
トキワ荘には1956年〜57年入居。トキワ荘に入居する前は田河水泡の内弟子をしていた。「漫画少年」廃刊後は、貸本屋向けの単行本を数多く手がけた。
■長谷邦夫
トキワ荘へは通い組で入居はしていない。貸本漫画を描き、後に「バカ式」などのパロディ漫画を描く。その後、赤塚不二夫のブレイン役の一人として、プロダクション創立から参加した。


■企画展『トキワ荘のヒーローたち 〜マンガにかけた青春〜』開催!!
日時:2010年11月23日〜2011年2月20日
場所:杉並アニメーションミュージアム

当時の作品や思い出の品を展示、また「兄貴分」として慕われた寺田ヒロオの部屋の再現など、
トキワ荘に集い切磋琢磨した彼らの暮らしぶりや交流を紹介。
アニメ上映、トークショーやサイン会など関連イベントも盛りだくさん!

©手塚プロダクション ©寺田ヒロオ ©Fujiko-Pro  ©藤子スタジオ
©鈴木伸一 ©石森章太郎プロ  ©フジオ・プロ ©水野英子 ©よこたとくお
■「トキワ荘パワー!」 全国書店で発売中!
少女マンガの原点は『トキワ荘』にあり!! 手塚治虫、石ノ森章太郎、赤塚不二夫…。
巨匠たちが描いた幻の少女マンガ作品を一挙掲載!! 世界に誇れる日本の文化「マンガ」。
その基礎を築き上げた先人たちの偉業をご覧あれ!!

■「トキワ荘パワー!」に寄せて
トキワ荘といえば、有名まんが家を輩出したアパートとして有名ですが、ここで皆さんがどんな仕事をしていたかということは、あまり知られていません。 意外かもしれませんが、実は少女まんがの仕事が多かったのです。当時、少年誌は大家の先生方の人気作で埋められており、新人の入り込む余地はありませんでした。 一方、少女誌は発展途上にあり、描き手を必要としていたのです。 この時代、描き手は小説・まんがを問わず、ほとんどが男性でした。したがって、男性が女性向けのまんがを描くのも普通のことだったのです。 新人まんが家には少女誌からの仕事が来ました。 彼らは、好むと好まざるとに関わらず、少女まんがを描くことになったのです。けれど、ここでなされた数々の仕事は、従来のまんがにはなかった斬新なものばかりでした。これらはその後のまんがの基礎を創り上げていったのです。 そのほとんどが少女まんがだったことにご注目下さい。 ここでは、めったに見ることのできない、トキワ荘時代に描かれた少女まんがを収録しました。 貴重な作品をご堪能いただければ幸いです。

「トキワ荘パワー!」 監修:水野英子
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これが赤塚流風刺ギャグ