トップ > 漫画天国「まんてん」
漫画天国「まんてん」
このエントリーをはてなブックマークに追加

漫画天国「まんてん」



矢口高雄

●1939年10月28日、秋田県横手市増田町生まれ。幼少の頃から漫画家になることを夢見るが、高校卒業後は銀行に就職する。「ガロ」に掲載されていた漫画に触発され、20代後半に再び漫画家を志す。1969年、『長持唄考』がガロに入選。銀行を退職後上京し、1970年に「少年サンデー」で『鮎』でプロデビューを果たす。代表作に『釣りキチ三平』をはじめ、「ふるさと三部作」の『ふるさと』『おらが村』『続・おらが村』、「自伝三部作」の『蛍雪時代』『オーイ!やまびこ』『9で割れ!』ほか多数。
――まず、漫画との出会いをお聞かせ願えないでしょうか?

 ボクは1939年(昭和14)年生、秋田県の山奥の貧しい農家に生まれたのですが、お袋が本を読むのがとても好きな人で、里帰りと称して実家に帰った折に、読み古しの本を持って帰ってきました。夜、百姓仕事で疲れ切っているにも関わらず、ボクや妹に毎晩のように読み聞かせをしてくれて、それが面白くて面白くて。そのうちに、お袋は疲れて眠ってしまい、バタンと本を落としてしまうんですが、ボクたちは母を揺り起こして、続きを読んでとせがむという毎日でした。
 最初に触れた漫画は『のらくろ』だったと思います。
 『のらくろ』は単行本でも読みましたし、お袋が持ち帰った、擦り切れた「少年倶楽部」で読んだという記憶があります。 
 親父も祖父母も、あまりそういうことには無頓着でしたが、お袋は尋常小学校4年しか出ていませんでしたが、お袋は小学校一年生に進学した時に小学館の学年誌「小学一年生」を毎月、内緒で買ってくれるようになり、結局6年間、「小学六年生」までずっと買ってくれました。これは学校ではボク一人でした。それこそ隅から隅までよみましたね。
 ボクは昭和21年に1年生になったのですが、昭和23年、24年、25年と、だんだんと日本も敗戦から立ち直って、学年誌だけでなく、集英社の「おもしろブック」、秋田書店「冒険王」「漫画王」、少年画報社の「少年画報」、光文社の「少年」……といった月刊誌が次々に創刊されました。
 ボクは漫画が好きで、ちょこちょこと漫画のようなものを描いていたりする少年になっていたのですが、それに目をつけたのか、ボクの叔母(父の妹)に気がある村の若い衆が、叔母に会いに来る口実で「ほら、高雄の好きな漫画の本だよ」と町で買ってきた漫画を持ってきてくれました。
 小学3年生の冬たったでしょうか、彼が買ってきてくれたのが、手塚治虫の『流線型事件』の単行本でした。大阪で発行された赤本だったと思うんですが、これを読んで、いっぺんに手塚治虫の大ファン、虜になってしまって。
 もう、それまでの漫画とはまるっきり違いました。
 それまでの漫画というのは、舞台の上の演劇を見ているようなもので、上手(かみて)から出てきて下手(しもて)に消えて行くような、非常に平面的なものでしたが、手塚先生の漫画というのは、手前に向かってくるし、後ろにフェードアウトしていくといった立体的な構図もそうですが、内容も科学冒険漫画というんでしょうか、非常にアメリカナイズされたもので、シビれてしまいましたね。
 『流線型事件』は、自動車レースのドラマですが、その中には「自動車はなぜ流線型にしなければならないのか」ということを、子供にもわかりやすく書いてある。
 何か学校の先生や、村の大人たちよりも、誰よりも手塚治虫の漫画が信じられるというくらい心酔して、各シーンもほとんど記憶してしまうくらい、ボロボロになるまで繰り返し読みましたね。

『オーイ!! やまびこ』 ©矢口高雄

 次の年に、東京からいとこの兄弟が夏休みを利用して、汽車の旅で秋田の我が家まで遊びに来たんですが、その時にお土産に持って来てくれたのが、表紙から1、2ページが破れて無くなっている漫画の単行本だったんです。
 それが手塚治虫の『メトロポリス(大都会)』との出会いでした。
 これは、もう『流線型事件』よりも何倍もショックを受けましたね。
 それからは、寝ても覚めても、手塚治虫なくしては日も暮れない、夜も明けないといった感じで、「ひげおやじ」とか「ケンイチ」とか、『メトロポリス』の「ミッチイ」とか、鷲鼻の「レッド」という悪の親玉といった、キャラクターの顔を一生懸命に模写しました。
 その頃になってくると、手塚治虫は大人気漫画家になってきました。「おもしろブック」の人魚の『ピピちゃん』、「少年画報」の西部劇『サボテン君』、「漫画王」には『ぼくの孫悟空』、次々と手塚作品が大人気で、東京の出版社も、手塚治虫を放っておけない存在になり、上京して東京にアパートを借りて描くようになったのがこの頃だと思います。
 ボクが漫画を描き始めたのが、小学校4年生くらいからで、中学生になると、将来の希望に堂々と「漫画家」と書くようになりました。
 その頃になると、学童社の「漫画少年」という雑誌を購読するようになりました。寺田ヒロオ、石ノ森章太郎赤塚不二夫、藤子不二雄といったいわゆる「トキワ荘グループ」の漫画家を輩出した雑誌です。のちにこの学童社が漫画家を目指す少年たちを募って「日本児童漫画研究会」を立ち上げるのですが、ボクも会員になりました。ここには有名な漫画家になる人が参加していて、楳図かずお望月三起也だとか、変わったところでは横尾忠則だとか、小松左京だとかの名前もありました。
 でも、漫画家なんていう職業があるということ自体、学校の先生も、両親も、知る由もない時代でしたね。

――しかし、高校卒業後は漫画家を目指さず、就職されたとか?

 ボクは家庭が貧しいにも関わらず、無理して高校にまで入れてもらったので、せめていいところに就職することが恩返しだと考えて、高校を卒業したら銀行員になりました。
 もちろん、漫画家になる夢はあきらめきれなくて、投稿作品を描いたりはしてたんですが、銀行というところは、そんな腰掛け的な考えでやっていける職場じゃなくて、次から次へと押し寄せる仕事を覚えていかないとならない。
 それに、人間は易きに流れていくので、いつのまにか、自分でも気付かないうちに、7、8年くらい漫画から遠ざかっていたんです。
 そのことに気づかされたのが、昭和40年、3回めの転勤をすることになった時でした。
 転勤先の支店に、私よりだいぶ年上の女性がいたのですが、その方は銀行の真向かいの本屋さんの娘さんなんです。彼女は、お弁当を食べる時に、店の本を持ってきていて、それを読みながらご飯を食べていたんです。
 その中には、『ハリスの旋風』ちばてつや)が掲載されていた「少年マガジン」もあったし、「少年サンデー」もあった。中でも、一番ビックリしたのは、創刊したばかりの青林堂の「ガロ」という雑誌だったんです。
 この「ガロ」を読んで、白土三平の『カムイ伝』という作品に巡りあったわけです。 自分が漫画から遠ざかっているうちに、漫画がこんなに変わったのか、そう思うくらい大きなショックを受けましたね。

『9で割れ!!―昭和銀行田園支店』 ©矢口高雄

 『メトロポリス』を読んだ時よりも、さらに大きなショックを受けました。
 それに、今まで農民が主人公の漫画は、出版界ではほとんどなかったと思うんですが、それを百姓一揆を起こす忍者モノとして味付けをして世に出したら、大ウケにウケたわけですね。
 「ガロ」の時代がやってきているということに気がついて、それからはもう、寝ても覚めても白土三平を読み漁ったんです。
 休日には、いくつもの町を駆けまわって、白土三平の貸本を探しました。ちょうどその頃は貸本屋が潰れていく時期だったので、貸本屋に、借りるのではなく、売ってくれといえば、一冊50円とか100円でどんどん売ってくれたんですよ。今でもその時の本がたくさんボクの書斎にありますけど。
 白土三平を読むうちに、ボクはあることを理解しました。
 自分はこれまで漫画家を目指して26、7歳にもなるのに、いまだに銀行員をしている。一方で、ボクとそんなに違わない年頃の人たち――たとえば藤子・F・不二雄、藤子不二雄 (A)、石ノ森章太郎、つのだじろう――が、空の上をいく人気漫画家になっている。ボクと彼らのどこに違いがあるんだろう……。
 それを発見させてくれたのが、白土三平の漫画だったんです。
 手塚治虫の絵というのは、アトムでも『ジャングル大帝』のレオでも、ヒゲおやじでも、ほとんど「円」から創造している。ということは、手塚治虫は円をフリーハンドで簡単に描ける非常に柔らかい手首を持っているということです。
 ところが、白土三平はおそらく、そういう円い線を描くのが苦手で、円さえも、直線を重ねて描いたような、非常に激しく直線的なペンタッチでグイグイ描いている。それが白土三平の大ヒット作になった『忍者武芸帳』に色濃く出ていると思うんです。
 このあたりの模写をしてみたら、すごくしっくりくるし、上手くいったんです。
 そうか、ボクは手塚先生や石ノ森さんのような丸くて柔らかい線を描くことが、手首のスナップが硬くて出来ないんだ、だから、こんなに長く、銀行員をやりながら、苦労してきたのか、と。
 白土三平の作品と出会って、「自分は手首が固いんだ」ということを、はっきり自覚して、円いところも直線で描けばいいんだ、というくらいの気持ちを発見したことで、思うような線がドンドン引けるようになったんです。

『9で割れ!!―昭和銀行田園支店』 ©矢口高雄




eBookJapanにて販売中!!
マタギ
マタギ
ふるさと
ふるさと
釣りキチ三平
釣りキチ三平
釣りキチ三平 番外編
釣りキチ三平 番外編
釣りキチ三平 平成版
釣りキチ三平 平成版
蛍雪時代
蛍雪時代
釣りキチ三平の釣れづれの記
釣りキチ三平の釣れづれの記
幻の怪蛇バチヘビ
幻の怪蛇バチヘビ
はばたけ!太郎丸
はばたけ!太郎丸
激濤 マグニチュード7.7
激濤 マグニチュード7.7
かつみ
かつみ
釣りバカたち
釣りバカたち
ニッポン博物誌
ニッポン博物誌
トキ
トキ
釣りキチ三平の釣れづれの記 青春奮闘編
釣りキチ三平の釣れづれの記 青春奮闘編
おらが村
おらが村
新・おらが村
新・おらが村
シロベ
シロベ
岩魚の帰る日
岩魚の帰る日
9で割れ!!―昭和銀行田園支店
9で割れ!!―昭和銀行田園支店
オーイ!! やまびこ
オーイ!! やまびこ
おとこ道
おとこ道
ボクの手塚治虫
ボクの手塚治虫
   
その他の矢口高雄作品はこちらへ
©矢口高雄 ©矢口高雄/講談社


配信中!!
オススメコンテンツ


オススメ特集