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漫画天国「まんてん」
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漫画天国「まんてん」



小林源文(こばやし・げんぶん)

●1951年福島県生まれ。高校生の頃、イラストレーターに憧れ、中西立太に弟子入りを申し込む。弟子入りは断られたものの、交流は続き、24歳の時に『壮烈!ドイツ機甲軍団』(中西立太との共著)でデビューを果たす。以降、ミリタリー誌を中心に『黒騎士物語』『カンプグルッペzbv』『第2次朝鮮戦争 ユギオII』『OMEGA7』『Cat Shit One』などを発表。戦争劇画の第一人者として知られている。
『黒騎士物語』や『Cat Shit One』といった戦争漫画の名作を30年以上の長きにわたって発表し続けている小林源文氏。小林源文氏は「週刊漫画誌」が登場するまで、少年少女雑誌の看板であった「挿絵画家」の系譜に立っている方でもあります。「絵を描くことを一生の仕事にしたかった」とおっしゃる小林源文氏にインタビューを行いました。
●中西立太氏との出会いと、絵描きへの道

――小さい頃から漫画に興味はあったのでしょうか。

 漫画は中学生ぐらいまでは読んでいたけど、それからはあまり読まなくなってね。それよりは挿絵に興味が向いていったんだ。俺が小学生くらいまでは月刊誌の時代で、挿絵画家によるイラストがたくさん掲載されていた。それが、「少年マガジン」「少年サンデー」が創刊されて週刊漫画誌が主流になると“今日注文がきて明後日しめきり”という週刊誌のスピードに挿絵画家はついていけなくなってね。だんだんと挿絵画家のイラストが掲載されることも減ってきたんだよ。週刊誌の初期には、中西立太(※1)先生や高荷義之(※2)先生が、ドイツ兵がバズーカ砲で戦車を撃退するシーンや、勇将ロンメルを表紙に描いていた。けど、やっぱりスピードについていけなくなってね、中西先生もやめてしまったんだ。

――漫画家というよりも、挿絵画家に興味をお持ちだったんですか?

 そうですよ。私は絵描きになりたかったからね。とにかく、漫画ではない“絵=イラスト”がどうやって描かれているか知りたくて、15、6の頃に中西先生の家の門を叩いて弟子入りしようとしたんだ。あっさり断られたけどね。

――なぜ中西先生に師事しようと思われたんですか?

 雑誌での挿絵の仕事が減ってきても中西先生は幅広く仕事をされていて、図鑑や、プラモデルのパッケージ、それに本の表紙とか…様々な絵を描かれていた。僕が中西先生のところにいったのは、他の先生に比べて仕事の幅が広かったからなんだよ。戦車や戦場の絵がとても上手い先生は他にもいたけれど、家庭的な絵も同時に描けるイラストレーターは他にいなかった。

 中西先生のように幅広いジャンルで絵を描ける人は、世界中を探してももういないよ。舟でも飛行機でも、2000年前のギリシャの農夫だって描けるんだから。もっと評価されてしかるべき人だったと思う。GENBUNマガジン(※3)で画集を出版しようかとも思ったけど「しかし、売れないよなあ」と思ってさ(笑)。やめた。

――でも、中西先生から弟子入りは断られてしまったんですよね?

 中西先生は「弟子はとらないけど、暇なときは後ろで見てていいよ。遊びにおいで」って言ってくれたんだよ。だから暇なときはいつも遊びにいって後ろから先生が絵を描くのを見てたね。ずっと見ていただけだから、やっぱり中西先生の弟子ではないんだよ。直接教えてもらったのは筆の使い方を一回だけ。あとは自分で試行錯誤しながらだね。

――独学で絵を勉強されていたということでしょうか?

 中西先生から教えられたのは「小林くん。デッサンとスケッチだよ。それだけ繰り返していれば絵は上達するから」だけだった。目の前にある椅子でも自分の手でも足でもなんでもデッサンを描いたよ。後になって「小林くん。僕の言うとおりやって、本当にプロになれるんだねえ(笑)」って。中西先生にも確信があったわけじゃなかったんだね(笑)

 20歳を超えたころに初めて中西先生から褒められたんだ。社員寮の先輩が寝ているところをデッサンしたものだったんだけど、「小林くんうまいねえ」って言ってくれて。「これもってきなよ」って石膏像のアグリッパを貸してくれたんだ。

 アグリッパを飽きるまで描いたら、次は自分の顔を鏡見ながら。まわりにあるものをなんでも素材にして、ひまなときはとにかく描いていたね。

 やっぱり、物を見てそれを紙に描き写すのは大事なことだと思うよ。

※1 中西立太(なかにし・りった 1934〜2009)長野県出身。小学館の学習月刊誌の挿絵をはじめ、小学館の科学図説シリーズの図版、プラモデルのボックスアートなど、様々な媒体で作品を発表していた。後年は歴史復元画を多く手がけた。

※2 高荷義之(たかに・よしゆき 1935〜)群馬県出身。19歳の頃、小松崎茂の住み込みの弟子となる。「中学生の友」(小学館)でデビューし、学年誌で活躍。プラモデルのボックスアートも多く手がける。『気分はもう戦争』(矢作俊彦、大友克洋)のカバーイラストは特に有名。

※3 小林源文氏が自身で興した出版社カンプグルッペ・ゲンブンで発行している雑誌。2008年の創刊で、現在vol.9まで発行している。

●漫画家としてのデビュー

――漫画家デビューされたのはどういった経緯ですか?

 24のときに中西先生との共同執筆で『壮烈!ドイツ機甲軍団』という作品を発表したんだよ。この作品は俺のホームページで全ページを読むことができますから、そこで見てください。この作品のモノクロページは主に俺が描いた。この作品は台割(本としての構成)を作るところから参加できたから、本の作り方を勉強できた。それがその後の私の強みになったよ。

――その当時から、軍事関係の題材には興味があったんですか?

 特に戦記モノに詳しいわけじゃなかったんだ。その後にきた仕事が、学研のX図鑑のシリーズ。戦車の図鑑の仕事で日本戦車を描かされたんだけど、日本の戦車なんて全然知らないんだよ。3回描き直させられてね。「3回も描き直してくれたのは小林さんがはじめてです」って言われて(笑)。当時は、ドイツの戦車だってよく知らなかったんだからね。

 それからだんだん興味が出てきて、自分で資料を買い集めるようになった。当時、ドイツから個人輸入した資料は今でも持ってるんだよ。

個人輸入した第二次世界大戦時のドイツ兵士の写真集。表紙は経年劣化が激しいため、自身で描きなおしている。

――それから漫画家として活躍されはじめたんですね?

 そうではないんだよ。25歳からの2年間なにも描いてなかったの。家庭も持ったし、子どももできたからさ、完全に絵描きの道を諦めちゃってたんだ。そんな27のとき、上田信(※4)君から「ホビージャパンの仕事交代してよ」という連絡がきたんだ。話しを聞くと、もう。明後日が締め切りだって言うんだ(笑)。それで急いで描いたのが「ハリコフ攻防戦」という作品なんだ。「ホビージャパン」って雑誌は、よく編集や編集長が変わるから、いろんなことをやったね。一時期は漫画の連載じゃなくて飛行機単体の絵だけを描いていたりもしたよ。

 あの頃のホビージャパンは実売で6万部くらいあったから、お陰で評判になっていったんだと思う。それからは、毎月4,5本の連載があって、40くらいまで毎日睡眠時間が3、4時間の生活だったよ。3時間ぐらい寝れれば人間は死なないよ(笑)。

――描かれる題材は、出版社からのリクエストなんでしょうか?

 もうその頃は、出版社の方から「なにかいい題材ありますか」と聞かれると「それじゃヴィットマン(※5)描こうかな」という感じで、自分の興味がある題材を描いてきた。  ただ、最近は編集者の方にあまりにも知識がないと感じるときがあるよ。新作で「日系人部隊について描きたい」といったら、「日系人部隊ってなんですか」と、仮にも歴史雑誌の責任者がいうんだよ。説明しても「よくわからないです」って。それでやんなっちゃった(笑)。

――太平洋戦争のアメリカ日系人部隊のことですか?

 そう。442部隊。まだどこにも描いてないけどね。『二世部隊』って映画にもなったよね。子供時代に「月刊少年」に載っていた「442連隊戦闘団:進め!日系二世部隊」(矢野徹)の中西先生が描いた表紙がすばらしくてね。ちゃんとした日系部隊の資料もあるし、いつか描きたいと思うよ。

――小林先生の作品はとても多くの資料の裏付けがあって出来上がっていると感じます。そのようなやり方を始めたのはなぜですか?

 とにかく絵を書くことを一生の仕事にしたかったからさ、一生の仕事にするためにどうすべきかを考えたんだ。それは要するに、自分だけのなにかを作るってことなんだと思ってね。絵に関して言えば、自分の世界観を作るということ。漫画に関して言えば、資料性を高くして、他の漫画と差別化を図るということ。  『黒騎士物語』だって、フィクションだけど、膨大な資料のバックボーンがあるから、今でも人気があるんだと思うよ。資料性の高いものを日本人は手元においておきたいと思うから、そういう部分を刺激することが、私の漫画家という商売の戦略の一つなんだ。

※4 上田信(うえだ・しん 1949〜)青森県出身。中学校卒業と共に上京し、小松崎茂の住み込みの弟子となる。プラモデルのボックスアートを中心に、ミリタリー関連の仕事を多く手がける。

※5 ミハエル・ヴィットマン(1914〜1944)第二次世界大戦中のドイツ軍の戦車兵。通算で戦車138両を撃破した。単騎で奮闘したヴィレル・ボカージュの戦いは有名。


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