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漫画天国「まんてん」
漫画天国「まんてん」



六田登(ろくだ・のぼる)

●1952年生まれ。大阪府出身。1978年『最終テスト』で第1回小学館新人コミック大賞入選。その後、『ダッシュ勝平』『F(エフ)』『ICHIGO[二都物語]』『バロン』など次々と話題作を発表。1991年『F(エフ)』で第36回小学館漫画賞受賞。
――電子書籍についてどう思いますか?

電子書籍は、日本でまだ充分認知されているとは思っていません。日本はアメリカのように近くに書店が少ないとか、紙の新刊が高いということもない。本や雑誌は手軽に買える。地域的なメリットはとりあえず、あまりないわけです。でも、その一方で、紙産業は業態として、そろそろ曲がり角に来ていることも事実です。
小学5年の頃に、「週刊少年マガジン」「週刊少年サンデー」が創刊されました。それまで月刊誌のときは、漫画を読んでいる時ぐらいしか、漫画の話はしませんでしたが、週刊誌になると漫画誌がなくても漫画の話をするようになった。続きはどうなるかが、クラスで話題になるんですね。漫画との付き合い方が変わった。
週刊誌全盛時代から、やがて単行本(コミックス)が主流になってくると、まとめて読めばいいや、という知恵がついて、週刊誌で漫画を追いかけていた頃に比べれば、明らかに読者の熱量が変わってくる。ビデオが普及して、録画したり、レンタルしたり、ドラマや映画を放映時間にテレビの前に座るとか、あるいは公開中に劇場に行かなくて済むようになったのと似ていると思います。
産業が成熟していくということなんでしょうが、僕にとってデジタルとは、読者が漫画との付き合い方を変えるきっかけではないかと思っています。つまり、月刊誌から週刊誌に移行して、付き合い方が変わったように。もちろん、まだまだ暗中模索の状況ですが、デジタルが持っている特性が明らかに読者に新しい付き合い方を求めている、というのが個人的な感想です。


――電子書籍で「月刊Rokuda」を発刊されています。

『 F(エフ)』を連載していた頃、当時の編集長に、読者アンケートで一番になれないとぼやいてたことがありました。『F(エフ)』は、8年連載して2位は何度かあるのですが、一番はない。そのときの編集長が「雑誌には人気とは別に投票率がある。きみの作品は投票率で30%以上あるから、順位なんて気にしなくていい」と言われました。投票率が30%を超えると、その漫画が雑誌を買う直接動機になっているらしいんですね。30%を超えて売り上げに貢献できているから、それはそれでいいんですが、でも雑誌の魅力は上位30%だけではないですよね。残り70%の方が、量も多いし。仮に30%を頂点として、下位に向かって緩やかに三角形のグラフが描けていることが、その雑誌の魅力や豊かさだと思う。そしてこの緩やかな三角形が豊穣な雑誌文化を培ってきた。
ある時、デジタル雑誌で連載をしたことがあるんですが、そのデジタル雑誌のアンケートは、緩やかな三角形にならない。極端なL字型だった。つまり読者は目当ての作品は読むけれど、その他の作品は読まない。音楽で言う「単曲買い」。紙の雑誌は一冊買うのに対して、デジタルは目当ての作品だけDLすればいい。これでは雑誌としての体裁はとっていても、まるで成立していない。
「月刊Rokuda」は無謀かもしれませんが、この三角形を自分の作品で作ってみよう、というのが基本コンセプトです。『F(エフ)』『ダッシュ勝平』といった自分のなかで比較的知られた作品のほかに、『風炎』や『僚平新事情』『SKY』といった作品もあるよ、というのを読者に伝えたい。で、ゆっくり三角形を作っていければと思っています。CDアルバム作りです。決して成功はしていませんが……(笑)。


――話は変わりますが、漫画家を目指されたきっかけは?

小さい頃、自他未分化なガキだった。私と公の区別がつかないという、人より成長の遅い未熟者でした。小学1〜2年のときなんか、授業中でも隣の女の子の膝上にいるようなガキでした。
ところが小学3年生になって、メチャクチャ世話好きな友達ができたんです。授業中、助け舟を出してくれるし、クラスでも友達の輪にとけこむきっかけを作ってくれる。その友達のおかげで、ようやく遅い自立が出来るかもと思った矢先、何の前触れもなくその子が転校してしまった。そうなると、僕は捨てられたも同然、元の木阿弥……。昼休みに誰とも交われなくなって、休憩時間でもクラスに一人でポツンとしているしかなかった。すると外に遊びに行かない子たちの間で、人だかりができている。ひとり絵のうまい子がいて、その子をみんなで囲んでいる。やることがないので昼休み時間は、ボクもそれを遠巻きに見るようになった。器用に漫画の模写をしてるんですね。「へえー」「これは注目されるかもしれない」「とりあえず、暇つぶしにはなるかも」いや、見ることがじゃなく、描くことが……。それで、自分でも描いてみたいと思うようになったんです。
手近に漫画本を持ってなくて、初めて模写したのが、百科事典の鷹の絵でした。それが自分では意外なくらいうまく描けて。だんだん描くのが楽しくなってきて、貸本屋で漫画を借りてくるようになり、それを模写して学校に持っていったら、うまい子たちが見てくれて思い思いのことを言ってくれる。このとき初めて自分から社会との接点を持つことができたのかもしれません。“漫画を描く自分”が人格の一部に組み込まれたことで、ようやくひとり歩きというか、みんなにとけこめた。あくまで漫画を描く自分との二人三脚で、ですが。


――影響を受けた作品はありますか?

『おそ松くん』『伊賀の影丸』『あしたのジョー』『サイボーグ009』『サスケ』『どろろ』挙げたらキリがありません。小、中学生時分に流行っていた作品からはいろいろと影響を受けていると思います。最初は漫画を描くこと自体に興味があったのですが、物語を作ることが快感になってくると、小説にも興味を持つようになって。特にヘミングウェイの『老人と海』には衝撃を受けました。青いと思っていた空が、突然亀裂を生じ、得体のしれない何かが出てきたくらいの衝撃でした。
物語的には、老人の完全な敗北であるにもかかわらず、あの、ラストの充実としか言い様のない感覚は、中学生のボクを虜にした。カジキと格闘して、最後はサメにカジキを奪われる。老人には何も残らない。明らかな負け。なのにあの充実感は何だ?
何だ、何だ?? という疑問が、ずっとシコリのように腹の底に残っていました。その答えはプロの漫画家になって、初めてわかるわけですが……。


――どういうことなのでしょうか?

『老人と海』は、戦いの物語です。勝ち負けの物語ではない。老人とカジキが長い時間、命をかけて格闘する。あるいは、サメとも。そこには、勝ち負けを超えて、ある交感が生じます。友情にも似た感情、生きることへの共鳴のような……。もちろん獲物は捕らねばならない、漁師ですから。カジキも捕らえられるわけにはいかない。サメも生きるためにカジキを奪う。老人がカジキを捕るのと同じように互いに。対極にあるといっていい。あるいは、万に一つの偶然で出会った、孤独なもの同士です。一生出会わなかったかもしれない。あの時間、あの場所、介在するのは一本の釣り糸。あるいは肉体のみ。地上に生きる孤独なもの同士の熱き交感。それをヘミングウェイは描いているわけです。
僕もスポーツ漫画はいくつか描いていますが、「友情・団結・勝利」は戦争に向けてのプロパガンダとしか思えない。勝利は敗者を作るわけだから。勝利は美しいか、いや、美しいのは、必死に求めるその姿なんですね。


――父子の関係を描いた作品が多いように感じますが、作品には先生の経験や体験が表れている?

作品を描いているときは、登場するキャラクターの気持ちに入り込んで描いています。たとえば『F(エフ)』のときなら、「タモツに会いに行こう」「軍馬に会いに行くぞ」という気持ちで、キャラクターが動いているのを写し撮っているような感じです。
でも、弟だったか幼馴染みだったか忘れたのですが「お前の描いていることは、ついこの前言ってたことばかりだな」と言われたことがあります。物語の形を借りてはいるのですが、その時々の考え方が作品に出ているのかもしれません。自分では物語を作っているつもりだけど、物語の形を借りて普段ちょっと気恥ずかしくて言えないような、スペシャルなことを言っているのかもしれない。形を変えた方が、より素直に自分を出せるのかもしれませんしね。


――最後に、これからどんな作品を手がけてみたいですか?

いま、描き下ろしの単行本で描いている作品は、今後、僕が取り組んでいきたいテーマの一つです。いつもそうですが、「今」という「時代」が僕には一番大事だと思っています。




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