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2016/11/11更新
人気作家が描く留置場の不条理
冲方丁のこち留 こちら渋谷警察署留置場
冲方 丁

「なぜ私なの?」

 渋谷警察署の逮捕状により、人気作家・冲方丁は留置場に拘束された。
 社会的に瀕死の彼を救ったのは、同房となったイラン人から渡された一枚の名刺だった。
 弁護士の助けを借りて蘇った冲方は、みずからの身の潔白を証明しようとするが、そこに警察、検察、裁判所が立ち塞がる。
 それは権力を濫用し、理不尽の限りを尽くす組織だった……。

 というわけで、今回取り上げるのはこれ。作家・冲方丁が送る『マルドゥック・プリズナー』……じゃなかった、

冲方丁『冲方丁のこち留 こちら渋谷警察署留置場』(集英社インターナショナル)

 である。

 昨年2015年8月に突如として飛び込んできた、作家・冲方丁逮捕のニュース。おそらく大勢の読者を驚かせたことだろうが、と同時に、今となっては「あれ? あれってどうなったんだっけ?」とか「そういやそんなこともあったね……」とこの記事を読むまで忘れていた、という方も多いのではないか。逮捕、当初大々的に報道された割には、結局、不起訴処分となったこともあって、いつの間にか「なかったこと」になってしまっている感もある「大事件」。
 では、実際に冲方丁に何が起こったのか……を当事者みずからが語ったノンフィクションが本作である。例によって例の如く、ラノベと言い張るには相当無理があるわけだが、しかしそれでも、皆様には是非読んで頂きたいのである。何故かと言って、これはまったく他人事ではないからだ。

 日本国家の前時代ぶりや不合理性を揶揄して、ネットではしばしば「中世」なんて言葉が使われる。
 冲方が遭遇した事態こそは、まさにそんな「中世」そのものな事態であり、しかもそれは、いつ私やあなたの身に起こってもおかしくないことだからだ。

 日本の法律では、警察は逮捕した容疑者を、警察署内にある留置場と呼ばれる施設に拘束し、取り調べの間中、そこに閉じ込めておくことが出来る。
 同様な施設、制度はもちろん諸外国にもあるが、カナダで1日、アメリカ合衆国で2日、他にもせいぜい3日から一週間程度であるにもかかわらず、日本の場合、これが23日と異常なほど長いことで知られている。

 想像して欲しいが、まともな社会人が、突然姿を消し、23日間も外部と連絡も取れない状況に追い込まれたら、どうなるだろう。おそらく社会人として致命的といってもいいほどのダメージを追うはずである。
 一応、補足しておくと、逮捕の段階ではあくまで容疑者。推定無罪の原則に従えば、逮捕者は犯罪者でもなんでもなく、本来、刑罰を受けるのは裁判で罪が確定した後でなければならないはずだ。
 ところが、この国では、逮捕=犯罪者という意識のもとで、罪を犯したかどうかもわからない人間を満足な食事も睡眠も取らせないまま、社会人としての基盤が崩壊するほどの長期にわたって……最大で23日も……拘束するようなことが平然と行われているのだ。

 作家・冲方丁が遭遇したのは、まさにこれ。
 突然に行われた9日間にわたる留置場への拘留である。

 そんな彼が、みずからの体験を通じて、日本の司法制度の時代錯誤ぶり、人権軽視ぶり、お役所仕事ぶりを告発したのが本書なのだ。
「人気作家の逮捕」というセンセーショナルな「手柄」をあげるため、ろくな証拠もないままに警察の留置場に拘束され、外部との連絡は一切とれなくなる。警察も検事も、こちらの言い分などまるで聞く気が無い。真実を明らかにしようとる姿勢など何処にもなく、事前に作り上げた「作文」「物語」を無理矢理当て嵌めることしか考えていない。警察側はみずからが正義であり、「容疑者」に罰を与える権利があると信じていて、容疑者たちは、満足な食事も睡眠もあたえない。しかもそれらは、容疑者たちの着る服に(ユニクロをもじって)「留QLO」と落書きするような、twitterで炎上する中高生レベルの精神性でもって行われる。しかもそこまでやっておきながら「不起訴」「釈放」となれば、拘束していた時間の補償などだれもしてくれないし、誰も責任を取らない。旗色が悪くなったと思いきや、部下に責任を押しつけて、いかに自分のキャリアを守るかに奔走し出す……。しかも冲方丁の場合、幸いすぐに仕事に復帰できたからいいものの、そうはいかなかった逮捕者も多いはずだ。そんな彼らに反社会的組織が手を差し伸べたらどうなるか。警察は犯罪を取り締まり、抑止するどころか、かえって犯罪者を増やすしているのではないか……そんな笑えないギャグのようなビジョンさえ、本書では描かれる。
 本書に描き出される内容は端的に言ってホラーである。とりあえず、万が一に備えて、覚悟を決めておくという意味でも読んで損はない。

(他方、そんな冲方丁がなぜ逮捕という事態に至ったかは、本書を読んでもまるでわからない。そんな誰にもわからないような理由で人を逮捕するなよ……というかんじではあるのだが、いずれ真相が明らかになることを願うばかりである)

 というわけで日本の司法の問題点を明らかにした貴重な本ではあるのだが、にもかかわらず、本書は読み物としても大変面白い。それは底に「馬鹿笑い」の精神が宿っているからで……それはおそらく、これまで冲方が描いてきた物語とも共通しているからだ。

 冲方は次のように書く。


 一切を悲劇ととらえれば、解決は見い出せません。悲劇というのは避けがたい運命や、動かしがたい現実に直面し、それでも希望を失うまいとする物語です。厳しく耐えがたい人生を知り、不条理を受け入れるためのものだといえるでしょう。
 これに対して喜劇は、人生を縛り付ける欺瞞や虚栄といったものは一切合切、覆すことができる、という希望を与えてくれます。繕われた体裁を笑い、形骸化した理念を笑い、偽りの善意に隠された悪意を暴露します。そうすることで、物事は本来いかにあるべきであったか、現実の自分たちがどれほど本来のあり方からかけ離れてしまっているか、といった教訓を、鋭く突きつけるのです。


 そんな「馬鹿笑い」「喜劇」の精神で、冲方はみずからに起こった事件を描く。
 冒頭のは『マルドゥック・スクランブル』の改変コピペなわけですが、そういうイタズラをしたくなるぐらい、本書の冲方丁は、冲方作品の主人公以上に、冲方的なのである。圧倒的な不条理の中にあって、むしろ、それすら糧として成長していく……その姿は、たとえば『マルドゥック・スクランブル』で、たとえば『シュピーゲル』シリーズで描かれた者たちの姿に重なる。

 そういう意味で、本書はまごうことなき冲方作品の最新作なのである。
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