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2016/09/02更新
『君の名は。』の監督の、真の代表作
小説 秒速5センチメートル
著者:新海誠
 祝! 新海誠監督最新作『君の名は。』公開&大ヒット!
 なんだかこないだも似たようなこと書いた気もしたけれど、気にしてはいけない。
 いやー感慨深い。新海監督がその名を一躍名を知らしめた中編アニメ『ほしのこえ』を不肖・前島賢が見たのは14年前の2002年のこと。まだギリギリ10代の時でした。思えば、あの感動をなんとか文字にしたいという思いがライターという職業を選んだ動機のひとつでしたし、だからこそ私の初の単著となった『セカイ系とは何か』がソフトバンク新書から出たときには、帯に新海監督の背景画を頂いたのです(新海監督、ありがとうございました)……ってなんかぜんぜん本題に入らなそうなので、とにかく今日取り上げる本を紹介する。

新海誠『小説 秒速5センチメートル』(角川文庫)

 天は二物をあたえずなんてことわざが大嘘であることは誰もが知っている。その証拠のひとつが新海先生である。
 新海作品の特徴と言えば、バス停や自動販売機や公衆電話や電信柱……そんな日常のどこにでもあるような光景を驚くほど美しく、まるで生まれ変わらせるようにして描き出す背景美術と共に、観る者の胸をえぐる切実なモノローグがある。その繊細な言葉選びのセンスは、彼が自作をみずから小説にしたノベライズにも反映されている。もしも新海誠が映像でなく文章をクリエイティヴのツールに選んでいても、ちゃんと成功していたはずだ。

 さて、本書の原作となったアニメ『秒速5センチメートル』は、新海誠の代表作と言われる作品だ。「今まででいちばん濃い新海汁が出まくっている」(http://cinema.intercritique.com/comment.cgi?mid=18776&u=2717)なんて評があるぐらいだが、その小説版ということで、原作にもまして、作家・新海誠の一番コアなテーマが、もっとも赤裸々に、開けっぴろげに語られている。
 なので……取り上げておいて何だが……別に本書は読まないでいいと思う。
 というか、読まないでほしい。
 新海誠作品を未見の読者が本書を読めば、たぶん半分は彼のことを嫌いになって映画館に行かなくなろうだろうし、逆に本書で新海誠ファンになった読者がこれと同じものを期待して映画館に行けば、逆に「あれっ?」と戸惑うからだ。どちらにせよ、本書は読むべきではない。おとなしく『君の名は。』を観に行ってほしい。それでみんな幸せになれる。

 以下、書評としてはあるまじき事だが、なぜあなたはこの『秒速5センチメートル』を読まずに、さっさと『君の名は。』を観に行くべきかを、もう少し詳しく解説する(当然、読まないでいいために書くので、ネタバレにも配慮はしない)。

 本作は「桜花抄」「コスモナウト」「秒速5センチメートル」の三章からなる連作短編集であり、それぞれ遠野貴樹という少年の、小学生、高校生、そして社会人時代が描かれる。
 まず「桜花抄」だが、これはもう本当に爆発物注意なしろものだ(「リア充、爆発しろ」的な意味で)。
 両親の都合で転校を繰り返す遠野貴樹と篠原明里という境遇を同一にするふたりが出会い、淡い恋を育み、ところが再びの転校で引き裂かれる様が描かれる。
 これがもういちいちパワーワードの連続で「この先の人生でどんな嫌なことがあろうとも(……)、明里さえいてくれれば僕はそれに耐えることができる。恋愛と呼ぶにはまだ幼すぎる感情であったにせよ、僕はその時には、はっきり明里が好きだったし、明里も同じように思っていることをはっきりと感じていた」とか「明里のそのぬくもりを、その魂を、どこに持っていけばいいのか、どのように扱えばいいのか、それか僕には分からなかったからだ。大切な明里のすべてがここにあるのに。それなのに、僕はそれをどうすれば良いのかがわからないのだ」とか……。
 普通、こんなセリフが唐突に出てきたら気恥ずかしくてたまらないと思うのだが、本作の……とくに本章の場合、全編がこんな感じなので不思議と自然に読める。なんというか、センチメンタルの物量作戦、戦略級多弾頭型「リア充爆発しろ」ミサイルという感じだ。

 そんな本章は、転校で引き裂かれたふたりが、ふたたびつかの間の再会を果たして終わる。別れ際、明里は貴樹に「貴樹くんはこの先も大丈夫だと思う」と告げる。
 ここまでなら良いお話だ。
 日本列島が焼け野原になるレベルで末永く爆発して欲しいレベルだ。もしかしたら、やがてふたりが再開するラブストーリーを期待してしまう読者もいるだろう。いや、期待しないほうがおかしい。

 けれども、そうはならないのである。

 明里の言葉とは裏腹に、第二章、第三章では、貴樹くんがまったく「大丈夫」じゃなくなってしまった様が描かれる。二章はそんな貴樹くんに恋をしてしまった種子島の少女の軽快な一人称、そして第三章は村上春樹の影響を思わせる三人称視点(新海誠の叙情性にハルキイズムが合わさって最強に見える)と巧みに文体を切り替えつつ、「明里との思い出にとらわれ、けれども女にはモテるので、出会う人出会う人を傷つけてしまう貴樹くん」の姿が綴られる。
 まあ、それはいいでしょう。
 そういうこともある。
 けれども、この作品のヤバさは、そういう「過去の恋愛をこじらせて、好きになってくれた女の子を傷つけずにはいられない貴樹くん」という姿をどこか肯定的に描いてしまっているところにある。
 貴樹くんはプログラマーとして仕事も出来て、貯金も一杯あって、東京のこぎれいなマンションに住んでて、朝はバターを薄く塗ったトーストを食べるようなオサレな青年なので、モテまくるわけです(あ、第三章は、原作に比べてだいぶ加筆されているので、原作視聴済みの方限定でオススメしてもよいです)。
 いや、もちろん、ある程度、批判的には描かれているのだけど、それはどうにも、表層的ないいわけのようにしか、どうにも評者には読めない。確かに貴樹くんは作中で女の子を傷つけたことによる罰らしき罰を受けているのだけど、なんというか……それってSMプレイでドMが攻められて喜んでいるような「本当は嬉しいんだろ、おまえ」感がするのである。

 しばしば新海誠は「遠距離恋愛」「引き裂かれた恋人たち」をテーマにした作品を撮ってきたと言われる。しかし本作『秒速5センチメートル』に触れれば、実際に彼が描き続けてきたのは、そんな綺麗なものではないことは一目瞭然だ。
 彼の本当のテーマは、少年の日の恋をいつまで経っても引きずり続ける男の未練……というもっとどろどろとしたどうしようもないものである。しかも、新海誠は、本来否定されるべきそれを、何か尊く、綺麗なものとして堂々と描き出す。

「初恋の女の子を忘れられずに傷ついていたい。そんな俺の傷ついた姿を女の子に好きになって欲しい。でも俺は初恋を忘れられないので、女の子たちは去って行く姿を見てもっと傷つきたい。ついでに、そんな女の子たちを想って、格好良いモノローグをつぶやいたり、格好良く桜の花びらの降る街を歩いたりしたい」

 そんなこじらせた欲望が、おそらくは著者も意図しなかったほどのストレートさで全編にあふれ出してしまっているのが、この作品なのだ。
「初恋の女の子と付き合ったりしたくない」「むしろ失恋することで、その記憶と共に生きていきたい」……「きたないはきれい」「きれいはきたない」という強烈な価値観の転換。『秒速5センチメートル』が、強烈な賛否両論を引き起こし、そして肯定否定はともあれ、受け手の心に強烈な印象を残すのは、そのように受け手の心を揺さぶってくるからだろうと思う。
 だから、これを見た人が「こんなの恋愛じゃない」「なんでこんな話につきあわなきゃいけないんだ」とか怒り出すのは当然だと思う。ところが中には、この作品でもって自分の中の隠された欲望に気づいてしまう人間も、少数だが確かにいるのだ。評者とか。
 新海先生以外の誰も口にできなかった、あるいは言葉に、形にできなかった欲望を作品として表現したという意味では文学的で、大勢のこじらせ男子(評者含む)の蒙を啓いたという意味で、革新的。そしてそんなニッチな欲望の受け皿になってくれる唯一無二の存在。それが『秒速5センチメートル』なのだ……と思う。

 そういうわけで、当然、評者はこの作品を大勢の人に勧めるなんて無茶なことはしません。だって、これは本当に、ごく一部のためだけの、それこそオレのようなこじらせ系男子の、そう、オレのためだけに新海監督が書いてくださった作品なのだ。「おまえだって本当はこういう欲望をもっているはずだ」と新海監督が突きつけてくる、そんな、送り手と受け手がこっそり共犯関係を持つようにして楽しむような作品だ。なので間違ってもおおっぴらに奨めるような作品ではないと思うのです。
 だから是非、本作でなく『君の名は。』を見に行ってください。……え、そんな書き手の新作なんて観たくないって? ほら、そうなると思った。違うって、だから違うんです、今度のヤツは。

 以下、評者の勝手な妄想が少しだけ、入る。
 文字にする、絵にする。何らかの形にするまで、自分でもわからない欲望というものはある。もしかすると新海監督自身、この『秒速5センチメートル』で明らかになったみずからの欲望に驚いた部分があるのではないか(繰り返すけど、あくまで妄想です)。
 そしてまた、新海監督という作家は「失恋をこじらせた格好良い俺」というとんでもなくニッチな欲望を抱く一方で、「広く多くの人に作品を届けたい、広く多くの人が楽しめる作品をつくりたい」というほとんど両立不可能な願いを抱いていた人であった。

 だから本作の後、監督はジブリ映画風の冒険ファンタジー『星を追う子ども』でこじらせ青年ではなく少女を主人公に作品を撮ってみたり、あるいは中編『言の葉の庭』では、ふたりの男女が遠距離恋愛を始めたところで、潔く幕を下ろしてみたりと、その成否はともかくとして、あの手この手で「失恋をこじらせた俺格好良い」というテーマから脱却しようとしていたように思う。
 それが今回(おそらくは)東宝のプロデュースという強力な拘束具を手に入れ、本来のテーマをぎゅぎゅーって押さえ込むことで、ようやく本人が撮りたくて撮りたくて仕方が無かった「万人に届くエンターテインメント」を、まっとうな恋愛の物語を、『秒速5センチメートル』から10年かけて、撮ることができた。
 それが今度の『君の名は。』なのであります。
 だから、監督の作品を追いかけてきた人間として素直に嬉しいし、だからこそ新海誠を観たことがないという人がいればまず『秒速5センチメートル』でなく『君の名は。』で触れて欲しい、と願う理由であります。

 これからは、新海誠って何を見ればいいの? と言われたらまずは『君の名は。』の名前が出るだろう。だけど、少年少女のラブストーリーとかにはのれないんでよ! という一部のこじらせ系だっているだろう。そんな人には、そっと真の……裏の代表作としてこの『秒速5センチメートル』が手渡される……そんなあり方が、この作品にとっても幸せなんじゃないかな、と思う次第であります。

 重ね重ね、新海監督、『君の名は。』の大ヒット、おめでとうこざいます(もはや書評でも何でもないな、これ)。
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