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※部署は掲載当時のものです。
週刊少年マガジン編集部 仲田帝士
ミステリアスでいること
麦の海に沈む果実
恩田陸
714円(税別)
8ポイント
 女の子にモテたい! そう思った高校生の私は、ミステリアス系男子になることを決意しました。自分のことを必要以上に話さず、尋ねられても「秘密♪」(音符重要)と濁してみたり、むだに微笑みとウィンク♥(ハート重要)を使ってみたり……(思い返すとすさまじく気持ち悪い)。ミステリアス作戦が成功したかはさておき、当時の私にとって「モテたい」の行き着く先はなぜか「ミステリアス」だったのです。

 そんな私が、ミステリアスな物語である『麦の海に沈む果実』にのめり込んだのは当然すぎるほど当然のことでした。社会から隔絶された学園を舞台に起こる殺人事件。さまざまなバックグラウンドを持つ生徒たち。降霊会を行う女装家の校長先生。図書室から消えたいわくつきの本。そのどれもが私をわくわくさせ、不思議な世界へと連れて行ってくれたのです。わぉ、ミステリアス!

 なかでも、登場人物たちの謎めいた雰囲気は私を惹きつけてやみませんでした。作中において学園の生徒は三種類に分類されます。将来有望で音楽やスポーツを得意とし学園の指導力を求めて入学した「養成所」組、富裕層が自分の子供に上品さを身につけさせたくて入学させた「ゆりかご」組、そして望まれない子として生まれ学園という監獄に捨てられた「墓場」組。それぞれが違う何かを抱える彼らは、お互いに干渉しすぎることなく絶妙な距離感で接します。家系がわからないようにファーストネームで呼び合い、出自は尋ねず、まるで茶番のような友達関係を築く姿に私は惹かれたのです。

 一見すると滑稽かもしれませんが、よく考えてみてください。自分の抱えている闇を見せずに笑顔でいる、という以上の強さがあるでしょうか。人間、誰しも何かを抱えて生きています。家庭のいざこざだったり、うまくいかない友人関係だったり、将来への漠然とした不満だったり、ほかにもたくさん。それらを周りに感じさせずに生きていくことがどれだけ大変なことか。作中の彼らはそれを平然と実行していました。

 ミステリアスとはつまり、強さではないかと思うのです。自分の弱さを見せず誰を頼ることもなく、いつだって笑顔を振りまける人間はとてつもなく強い人間です。『麦の海に沈む果実』を読み終えてミステリアスに憧れる理由がようやくわかりました。ミステリアスの奥に潜む強さに憧れていたのです。私がとったミステリアス作戦のなんと馬鹿ばかしいことでしょう。本当の強さは張りぼてのミステリアスでは表現できないのですから。

 これからの人生、つらいこともたくさんあると思います。そんなときにミステリアスに振る舞って、強くいられる人でありたいです。そうすれば、冒頭の目標もおのずと達成できるかもしれません。

(2015.08.01)
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映像製作部 五味秀晴
『三国志』の記憶と伴に…
三国志
吉川英治
650円(税別)
7ポイント
 読書家ではない。沢山の本を読んだか、と言われるとあまり自信はなく、過去「読書が趣味です」と表明したこともない。そんな自分が「この1冊!」として書物を紹介するのはすごく恥ずかしいのだが、自分の生き方に影響を与えた本を敢えて1冊挙げるならば、間違いなく『吉川英治三国志』だろうと思う。そしてそれは間違いなく今の仕事に就く理由の一つになっている。
 この本は8巻あるのだが、なぜか通して8回読んだ記憶がある。好きな作家、好きな本は山ほどあるが、これだけ読んだ本というのはあまり記憶がない。先日実家でその本を探したのだが、本が背から壊れてしまっていたらしく、買いなおしたピカピカした装丁のものが並べられていた。当時のものは版画っぽい表紙イラストが付いていたもので(間違えていたらごめんなさい)3歳上の兄が読んだものをすぐに奪って食事の時も横に置いていた。
 最初に読んだのは確か中学2年生の時で、読書感想文を提出したら当時の担任の先生が、「五味くんはこういう本が好きなの?」と何度も聞かれたので覚えている。授業中も読んでいてよく注意された。
 世の中に自称他称問わず「三国志好き」「三国志オタク」はあふれていて、自分は別にそういう種類の人間ではなく、大人になってから逆に「へー、三国志って人気あるんだ?」と思ったくらいで、今となってはメインのキャラクターの名前、大まかなストーリーくらいしかすぐには思い出せないが、改めて振り返ってみると自分の生き方に一番影響を与えた本という確信がなぜかある。
 それは「信義」という言葉が今も自分の中でとても強い意味を持つ特別なものだから、なのかもしれないし、未だに「強くあること」「曲げないこと」というという言葉に惹かれ続ける理由となっているのかもしれないが、残念ながらもはや分からない。

 中学2年生の夏休みの最後の日、食べた夕食は思い出せない。

(2015.04.01)
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現代新書出版部 丸山勝也
「理不尽な職場」「不機嫌な家庭」「内向きな日本」の正体
わかりあえないことから コミュニケーション能力とは何か
平田オリザ
600円(税別)
6ポイント
 仕事上の悩みやトラブルがあると、ふつうは上司に相談するとか、意見を聞きに行きますよね。でも、気の弱い私の場合、「そんなことでいちいち来るな!」なんて追い返されたりすると、その後、なかなか相談に行けなくなってしまうたちなんです。
 とはいえ、自分だけではいよいよ解決できなくなり、なんとか覚悟を決めて再び上司のもとを訪ねると、「そんな大事なこと、なんでもっと早く相談に来なかったんだ!」ってこっぴどく叱られるという──こんな経験、ありませんか?
「いちいち相談に来るな」と言っていたはずの上司が、「なんで相談に来なかったんだ」と怒り出す理不尽……。著者の平田オリザさんによりますと、こうした二つの矛盾したコマンドが強制されている状態を心理学用語で「ダブルバインド(二重拘束)」といい、そのような環境に長く置かれると、人は「操られ感」や「自分が自分でない感覚」を感じるようになるそうです。

 企業による新卒採用の現場も、完全に「ダブルバインド」の状態に陥っていると、平田さんは指摘しています。多くの日本企業は、就活生に対し、「異なる文化や価値観を持った人にもきちんと自分の主張を伝え、説得し、そして妥協点を見出せる」異文化理解能力を期待する一方、「上司の意図を察して機敏に行動する」「会議の空気を読んで反対意見は言わない」という同調圧力も、同時に要求しているからです。平田さんはいいます。
「何より始末に悪いのは、ふたつのコミュニケーション能力を求めている企業側が、その矛盾に気がついていない点です」

 ダブルバインドは、何も企業内に限られた話ではありません。
 わが子に対して「身体だけ丈夫ならいい」と言っておきながら、差し出された通信簿を見て、つい「なんだ、この成績は!?」と怒ってしまったことはありませんか。妻から「夕飯、何がいい?」と聞かれ、「何でもいい」と答えておきながら、(帰宅後、お昼に外で食べたものと同じ料理が出てきて)つい不機嫌になってしまったこととか……。家庭内でもダブルバインドは十分起こりうるわけで、親と子どもだけでなく、夫と妻も、あるいは冒頭の理不尽エピソードでいえば上司も部下も、これからは「わかりあう」「話が通じる」ことに重点を置くのではなく、そもそも「わかりあえない」「話が通じない」ことを前提に、コミュニケーションについて考えるべきではないか。なによりも、こうした「ダブルバインド」の状況が社会全体を覆っているがために、いまの日本の内向きな雰囲気やイヤ〜な閉塞感につながっているのではないか―。劇作家として、教育者として、平田さんがかねて抱いていた疑問をもとに、本書は書き進められています。

 そんな中、生来、口数が少なく、口べたなことをコンプレックスとして感じ続け、ざっくばらんな酒席以外の場では「コミュ障(コミュニケーション障害)」を自覚している私にとって、ずいぶんと気持ちが楽になった箇所が本書にはありましたので、以下、ご紹介いたします。

〈日本では、コミュニケーション能力を先天的で決定的な個人の資質、あるいは本人の努力など、人格にかかわる深刻なものと捉える傾向があり、それが問題を無用に複雑化していると私は感じている。世間でコミュニケーション能力と呼ばれるものの大半は、スキルやマナーの問題と捉えて解決できる。だとすればそれは、教育可能な事柄となる。そう考えていけば、「理科の苦手な子」「音楽の苦手な子」と同じレベルで、「コミュニケーションの苦手な子」という捉え方もできるはずだ〉

 要するに、理科の授業が多少苦手だからといって、その子の人格に問題があるとは誰も思わないように、もしくは、音楽が多少苦手な子なら、きちんとした指導を受ければカスタネットをリズムよく叩け、縦笛もちゃんと吹けるようになるように、コミュニケーション教育もまた、同様だというのです。

〈口べたな子どもが、人格に問題があるわけでもない。だから、そういう子どもは、あと少しだけ、はっきりとモノが言えるようにしてあげればいい。コミュニケーション教育に、過度な期待をしてはならない。その程度のものだ。その程度のものであることが重要だ〉

 いかがでしょう? 40歳前の私がいまさら教育を受け直すことはかないませんが、少なくとも、「難しいもの」「自分には無理」と捉えていたコミュニケーション能力に対する懼れが、うすまるのではないでしょうか。

 最後に、念のため申し添えますと、この『わかりあえないことから』を読んでも、ロジカル・シンキングやクリティカル・シンキングといったものは身につきませんし、グローバル・コミュニケーションスキルを磨くこともできません。

 しかし、従来のいわゆる自己啓発本とは異なる、コミュニケーションの本質を根本から問い直した本書は、「いま、本当に必要なこと」が知りえる必読の一冊です。

(2015.03.01)
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海外キャラクター出版部 西嶋誠
四つ子の魂……?
織田信長
山岡荘八
600円(税別)
6ポイント
 4歳の夏だった、と思う。水商売の女と金目の物を持ち逃げした叔父を、母が見つけ出し、住処に乗り込んだ日のことだ。愛の巣と言うにはあまりに侘しい、西陽しか射さない何にも無い擦り切れた畳の小さなアパートだった。相手の女性は勤めに出たのか、もう清算されていたのか不在だった。母(叔父からすると実の姉)から、くどくど説教をされていた叔父は、話題をそらそうとしたのか、照れ隠しなのか、「誠、おまえ誕生日迎えていたな。(私は7月生まれ)プレゼントだ!」と言って、1冊いや一塊の本を差し出した。それが、「講談社刊 山岡荘八著 織田信長 全3巻」だった。

 四六判くらいで化粧ケース入りの、上・中・下の3巻。ケースには、暗い朱と灰色を基調として、表1側は“炎の中、仁王立ちの不動明王”のイメージなのであろうか、血まみれの武将が兜の下から、目だけをぎらぎらさせて正面に向いて大刀を構えている姿が描かれていた(ように見えた)。どなたの装画か記憶は無い(残念なことだ)が、装幀は水野石文氏の手によるものだったと思う。奥付には著者「山荘」の検印が点かれていた。とにかく怖かった! 横でヒステリックに実弟を叱っている母の口調より、幼児の私にとって、プレゼントされた本のほうがよっぽど怖かった。記憶があるほどなのだから。

 もちろん4歳の私が読めるはずも無い。その「織田信長 全3巻」は、蔵書なんかほとんどまったく無い我が家の本棚の一角に鎮座することになった。型紙の付いた洋裁の本、小鳥や金魚の買い方、川上宗薫先生の小説などに囲まれ異彩を放つさまは、まさに“本棚の天魔王”のような存在だった。たまに怖いもの見たさに、本棚から取り出してケースだけを見ることはあったが、幼時の自分には近寄りがたい禁書!であった。悪い事をすると、カバーの武将に連れ去られる!?なんて思いながら過ごした。その後、我が家は数度も転居することになるのだが、紛失することも処分されることもなかった。さすがは“天魔王”である。

 実際に読んだのは中学3年生のとき。とても熱中して読んだ。けっこうな長編のはずだが、1?2週間で一気に読了した。学校の休み時間に読み耽っているときに、割と暴力的な親友が「あ?そぼ!」と首を絞めてきたのを、読み続けたいが故に「うるせ?な!」の一言で、胸座をつかんで放り投げた記憶だけがある。それだけ夢中になるほど面白かった、ということだ。しかし、内容はなんにも覚えていない!

 読み終わって以来、“本棚の天魔王”は自分により近い存在になったように勝手に感じて、“本棚の守護神”へと変わった。高校・大学と進学するにつれ、自分自身の蔵書も増え、もっと立派な造本や装幀の書物もあったが、やはり本棚の守護神は「講談社刊 山岡荘八 織田信長 全3巻」に変わりは無かった。大学4年、講談社に入社内定をいただいた際には、叔父と「信長」には真っ先に報告させていただいたことは言うまでもない。それに数ある出版社の中で、講談社に勤めたい、と考えるようになったのも「信長」の縁に違いない。

 今、こうして入社30年を越えてなんとか勤めてこれたのも、叔父にもらった「織田信   長 全3巻」のおかげなのだろう、と思う。だから、なんといっても私にとっての「この1冊は「山岡荘八 織田信長」なのである。定年前になんとしても、もう一度読まねばならぬ。今は文庫版しかないが、それはそれでしょうがないし、新しい発見があるかもしれない。

 叔父には本当にいろんなことを教わった。書物・学問・スポーツだけでなく、酒・競馬といった様々な遊びごとも。海外勤務でほとんど不在だった父親代わりでもあり、ろくでもないことを教えてくれる親戚の一人でもあり。大酒飲みで、角刈りでにらむ目つきは怖く、すぐに手が出る男だったが、読書家で、博識で、マメで、よく歩いた。私の人格形成に非常に大きな影響を及ぼしたことは間違いない。15年ほど前に亡くなったが、棺には感謝とあの世でも護ってもらえるよう想いをこめて「私のこの1冊」を入れさせていただいた。装幀も汚れ、剥げ、ケースも一部紛失、本文も背から取れかけていたが。

 そういえば、物心ついて初めての出会いがそんなであったから、叔父からは女は教わっていなかった。私がまだ独身なのはそのせいか。

(2015.02.01)
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書籍宣伝部 河井敬宜
1985年8月12日の夏
新装版 墜落遺体 御巣鷹山の日航機123便
飯塚訓
650円(税別)
7ポイント
大学3年の夏、帰省先の実家のリビング。夜7時に何気なくつけたテレビの向こうにその一報を読み上げるアナウンサーがいた。「羽田発伊丹行のJAL123便が消息を絶った」と。その後、同機が群馬県の御巣鷹山の尾根に墜落していたことが判明、乗員乗客524名がほぼ絶望と報じられたが、翌朝からの捜索で航空機史上最多の520名の犠牲者を出しながらも奇跡的に生存者が4名も帰還したことでニュース性が高い事故だった。そして、それからの報道によって忘れえない事故と記憶することになった。

当時のマスコミは、事故発生時から先を争って現場取材に赴き、その凄惨さを修正なしで晒し続けた。事故原因の追究、矛先が曲がった状態で追及される責任者探しなど、その当時の報道内容や取材方法については、商業主義最優先の報道の在り方も含めてメディアにとって、いろんな意味で教訓を残した“墜落”事故だった。

本書は、この事故の身元確認の責任者であった群馬県の刑事官が、犠牲者520名の身元確認が終了するまでの127日間を綴ったノンフィクション作品です。私は文庫化された後、事故から20年近く経って邂逅した作品でした。

事故発生から、修羅場の中で行われた身元確認作業、そして合同荼毘までを時系列に映像的な状況説明とともに情緒的にもならずに淡々と書き上げている。それは著者の職業的な経験から得た術なのかもしれないが、文章に無駄と遠回しな言い回しもないその表現が、結果としてリアリティを持つものだと感心した。これには、担当編集者の存在も大きく関与したことだろうと推測できる。

「墜落遺体」。このタイトルにある航空機事故での遺体の損壊度は、想像する以上に悲惨である。そのほとんどは、挫滅、離断したもので、なかには墜落の衝撃で三つ目になった遺体もあったとある。それは何百Gの衝撃力で頭部の中に他人の頭部がめり込んだ結果だそうだ。また泥や油にまみれたもの、ジェット燃料の炎に晒され炭化したものも多かったとある。これらの記述については、本書で確認いただきたい。

このような無慈悲なまでの遺体の惨状を記しながらも、遺体をその肉親、家族に“帰す”ために、心身ともに極限まで酷使しつつ、その一念で作業に従事した数多くの人たちを描きつくしている。最後まで職責をまっとうした著者をはじめとした関係者たちの姿が尊く、またその根底にある日本人の宗教観、仏教思想を改めて認識することになる。

急峻で酸鼻極める墜落現場にとどまり続け、遺体回収に従事する自衛隊。原形をとどめない遺体を検屍のために清拭し、親族に引き渡す前に生前の面影を宿すことを願いつつ遺体の頬に自身のファンデーションを塗る日本赤十字社の看護婦(当時)、看護学生たち。検屍作業を昼夜問わず続ける警察官。身元確認作業を続ける医師、歯科医。そして加害者としての立場で遺族の世話係のために派遣されてきた日本航空の社員たち。著者が修羅場の中で、目撃した遺された人たちが背負った深い悲しみ、後悔、怒り、絶望に付き添うことを余儀なくされた多くの人々の善意が胸を熱くする。

2011.3.11の震災の時もそうだが、人は平和な日常の中では認識することはないが、このような事故、事件によってしか日々の有難みを認識できなくなっているような気がする。

(2014.08.15)
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デジタル第二営業部 根本真樹
隠れて読みたいは電子書籍を買う大きな理由!?
成功する男のファッションの秘訣60 9割の人が間違ったスーツを着ている
宮崎俊一
1050円(税別)
11ポイント
入社して22年も経つといろんな人にお世話になる反面、一度も話すこともないままの方もいる。

この本の担当編集で出版部長でもある彼女(すみません、先輩にむかって…)とは、編集者と営業という立場で、お互い3つの編集部、3つの営業部署に異動を繰り返しつつその度に、お仕事をさせていただく不思議な縁がある。その上、一時期は護国寺の駅のホームで2〜3日に一度は偶然逢ったりするものだから、生まれ変わってどちらかが男性だったら結婚する約束なんかをしてみたりした。

そしてその後、講談社が新刊全点電子化を目指し始めた2012年に、お料理、美容、ファッションなどの実用書を出版している彼女の出版部の電子書籍営業担当となった。

電子書籍化の許諾を、著者お一人ずつにとっていただき配信点数は徐々に増やしている中、外資の大手電子書店が日本でオープンラッシュを迎え、同じ部署の仲間が担当する出版部からは、小説や新書などで電子のヒット作がいくつか出始めた。けれど、なかなか彼女の部署の作品が講談社電子書籍の売り上げ上位に入らない。黙々と許諾をとっていただいているにも関わらず…。

ダイエット本やお料理本の特集を提案したり、なんだかんだやってはみるが芳しい結果が出ないまま1年が経ってしまった。

そんな頃、とある電子書店さんが1冊しか紹介しないコーナーを作ったとプレゼンにいらした。これは!と彼女のところに飛んでいき、電子書籍で売れそうな作品選びを一緒にしていただいた。男性向けの作品で、電子で買いたい!という読者がいる作品。

女性は電子書籍でティーンズラブやボーイズラブものや官能小説をよく買っているけれど、それに比べてお料理などの見目麗しい本は紙の方が圧倒的に売れる。女性は、“お店で買う、本棚におく、なんなら捨てるときにも、他人に見られるのが恥ずかしい”作品を電子で買っている。

その点、男性は普通の小説やビジネス書など、書店にいく暇がなかったり、持ち歩くのに重かったりという理由で電子書籍を購入する傾向がある。でも、男性だって、恥ずかしいから電子で買うがあるに違いない!とこの作品を選んだ。

紙でも重版がかかっている作品ではあるけれど、まだまだお洒落に興味があっても本を買うのは恥ずかしいなと、電子だったら買ってくれる読者がいるはずと。

結果、デイリーではあるものの、その電子書店さんで扱っている約10万点の作品での総合ランキング2位を獲得。その月の講談社全電子書籍での売り上げでも2位を獲得することが出来、やっと、彼女といっしょに「すごいね!」と喜べた。

それからまた時間はあっという間に経ち、そろそろ1年。次の企画を練らなければと焦る日々。

(2014.08.15)
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平成26年度新入社員 福島俊弥
これぞ、「ザ」のつく作家の生きざま。
ザ・流行作家
校條剛
1300円(税別)
13ポイント
 私には、一度も小説を書いたことがないのに、小説家志望と自称していた時期がありました。アイデアのメモは一生懸命に作るのに、いざメモが完成してしまうと、もうそれで満足してしまって、原稿用紙にもパソコンにも向かわずに、また次の小説のアイデアを練る。そんなことを繰り返していました。この次には、もっと何かすごいアイデアを思いついて、歴史に名を残すような作品が作れるのではないか。そうすれば、自分が生きた証のようなものを残せるかもしれない。そんな中学生のような自意識過剰にとりつかれていたのです。

 この本に登場する流行作家、川上宗薫と笹沢佐保は、驚異的なスピードと仕事量で、娯楽小説の全盛期を担った二人です。絶頂期は月産千枚。パソコンもワープロも無い時代に、手書きと口述筆記でこれだけの作品を生み出したということには、驚きを禁じえません。私は、二人の小説を好んで読んだ世代ではありません。名前を知っている程度だったので、この本を読んで初めて、二人がどのような作家だったか知ったのです。笹沢佐保など、あの「木枯し紋次郎」原作者だということすら知りませんでした。

 そして、私は何よりもそこにグッとくるのです。二人は、現在ではほとんど知る人ぞ知る作家になりつつあります。二人の主戦場は主に小説雑誌。つまり、二人が活躍していた当時を知らなければ、二人の名前も知る術も無いのです。山口瞳は「流行作家は書かなければいけない。書き続けなければいけない」と語りました。命尽きて、書き続けることもできなくなった二人は、過去の作家になってしまったのです。

 私はむしろ、その生きざまにダンディズムを感じます。生きている間は命を削って書きつづけ、亡くなった後は静かにその名は表舞台から去って行く。これこそが流行作家の格好良さでしょう。

 結局のところ、私は今、小説家になることはなく、出版社に入ることになりました。歴史に名を残すようなことはできないかもしれませんが、一つのことを死に物狂いでやれば、格好良く消え去ることはできるはず。そんなことを、この本に教えてもらったような気がしています。

(2014.08.01)
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平成26年度新入社員 瀬川やえ
この本で進路を決めました。
狂骨の夢
京極夏彦
477円(税別)
5ポイント
 もう絶対絶対、私は榎木津さんと結婚するんだと思っていました。

 高校1年生の時でしょうか。よく本の貸し借りをする友人から「これ面白いよ!」と手渡されたのは、やけに分厚い1冊でした。タイトルは『姑獲鳥の夏』。恐ろしげな表紙と中身の想像できないタイトルにびくびくしつつ、ページを開くと、あとはもう一瞬です。な、な、なんて面白いものを貸してくれたの!!

 古書店店主で陰陽師(!)の「京極堂」こと中禅寺秋彦、その友人の小説家・関口巽と、かつてふたりの先輩だった「薔薇十字探偵社」の私立探偵・榎木津礼二郎……。きらきらしい魅力的な登場人物と、「憑物落し」で奇妙な事件を解決していくストーリーに夢中になりました。

「この世には不思議なことなど何もないのだよ、関口君」

 とうとうと流れていく京極堂の語りに読み入り、関口君の優しさに感じ入って、美男! 富豪! な榎木津さんのハイなおしゃべりに、もう夢中。次は? 次の話は?? と、必死に読み進めたのを覚えています。映画も観たなぁ……、京極堂役の堤真一さん、かっこよかったなぁ……。

 衝撃的な出会いをした「百鬼夜行シリーズ」、その3作目が『狂骨の夢』です。関口君の友人・ひょうひょうとし過ぎて「瓢箪鯰」と呼ばれている伊佐間一成が、道に迷い、女に助けられるところから始まります。耳にまとわりつく潮騒、殺人を告白する妖しげな美女、生き返る死体……。段々と明らかになり繋がっていく事件のキーワードは「髑髏」。ウッ、怖い、ウッ、でも面白い、アァ、でも「怖い」……、と悶えながら読みました。

『狂骨の夢』には、「邪法として貶められた」仏教の一流派が出てきます。それまであまり関心のなかった宗教というものが、ぐっと気になりだしたのはこの本を読んでから。人の心を動かす宗教とは、一生をかけて学ぶ教義とはいったいどんなものだろう、と興味が高まるにつれて、大学の学科も自然と決まっていきました。

 東洋の宗教について勉強した大学時代はとても楽しかったので、『狂骨の夢』には大感謝です。ただ、そんな学科に行っても、勉強をしても、京極堂や関口君、榎木津さんのような人には出会えませんでしたが……(おかしいなぁ)。

 シリーズを読んで、「不思議」と言ってしまう前に、物ごとの裏にある人の気持ちや事実はないか探してみよう、と思うことができました。そして自信あふれる男性への憧れもまた、手に入れてしまいました。大好きなのは榎木津さんですが、出てくる男性それぞれがとってもかっこいいのです。

「あなたの人生を変えた本は?」ときかれたら、真っ先に挙げたい1冊です。

(2014.07.15)
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平成26年度新入社員 松本薫
ドラえもんに敬愛を
凍りのくじら
辻村深月
650円(税別)
7ポイント
♪?タラララララ タラララララ タラララララ タラララ

 幼いころの私は毎週金曜日午後7時に流れるこのメロディを心待ちにしていました。希望あふれる軽快なメロディとともに、目の前に大好きな「ドラえもん」が現れるのですから。

 ドラえもんは物心がついたころから現在にいたるまで、ずっと変わらずに大好きな存在です。丸みを帯びたフォルムに味わいのあるしゃがれた声(大山のぶ代さん世代です)、そして母親のような包容力に少年っぽいどじでおちゃめな面も持ち合わせていて……ドラえもんの魅力は挙げきれません。クリスマスが来るたび、サンタクロースに「ドラちゃんがほしい!」と頼む幼い私に、きっと両親は手を焼いていたと思います。でも実のところ、いい大人になった今でもサンタクロースに頼みたいくらいに切実な願いだったのですが。

 日常のあらゆる場面でこのひみつ道具があったらなぁと夢想してしまうのは、おそらくドラえもん好きのあるあるネタだと思います。遅刻しそうなときには「どこでもドア」がほしいなぁ、好きな人に告白するときには「ムードもりあげ楽団」でロマンチックなムードをつくってほしいなぁ、出版社に勤める今では「本の味の素」(これをふりかけた本は、どんなものでもおもしろくなってしまうのです)を世界中の本にふりかけたいなぁ……なんて、ついつい妄想してしまうものです。『凍りのくじら』の主人公理帆子ちゃんも、私と同じようにあれこれとひみつ道具を欲しがっていました。

 どうやらドラえもんを題材にした作品があるらしいという情報を耳にして、すぐに手に取ったのが辻村深月さんの『凍りのくじら』でした。藤子・F・不二雄先生を敬愛し、ドラえもんをこよなく愛する女子高生・理帆子ちゃんが主人公で、各章のタイトルにはひみつ道具の名前がつけられています。ドラえもんファンの辻村深月さんにしか書けない、愛を感じる作品です。そして不思議なことに、この作品を読んでいると「ドラえもんが生きている!」という感覚があるのです。辻村深月さんの愛のパワーなのでしょうか? 空想でしかないはずのひみつ道具も現実味を帯びてきて、テレビ画面で動いているドラえもんを見ているよりもよっぽど近くに感じるのです。

 以前、友人が「毎年読みたくなる一冊がある」と言って、とっておきの本を紹介してくれたとき、とてもうらやましくなった覚えがあります。当時の私は、すてきな本や感動する本を挙げることはできても、何度も読みたくなる本を見つけられないでいたからです。でも私にとって『凍りのくじら』との出会いは特別なものとなりました。ドラえもんに会いに、これからまた何度も何度もこの作品を読むことになると思います。

(2014.06.15)
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平成26年度新入社員 藤井俊宏
世界史の教科書ではわからない面白さ
神聖ローマ帝国
著:菊池良生
600円(税別)
6ポイント
 神聖ローマ帝国。

 こんな格好いい名前の国が実在して、しかも世界史の教科書に載っている。まるでゲームの世界みたいとなんだか嬉しくなった高校生のあのころをよく覚えています。しかし、いったいこの国はどんな存在だったのか。教科書を読んでも、よくわかりませんでした。

 なにが「神聖」で、なにが「ローマ」なのか。そもそも「神聖ローマ帝国って何なのだ?」という質問に、この本は答えてくれます。本書では、この謎の帝国が西暦962年に誕生してから、1648年のウェストファリア条約で「死亡」し、1806年にナポレオンによって「埋葬」されるまで、現在のドイツを中心としたその歴史をたどります。

 高校2年生のときにこの本を読んで、初めて歴史の面白さに目覚めたことを覚えています。人物に焦点があてられ、実在した皇帝や教皇たちが生き生きとしたキャラクターとして描かれており、まるでマンガを読んでいるときのようにわくわくしながら読み進めていったものでした。教科書を読んでも分からなかった、歴史上の人物たちの性格と生き様が伝わってきます。

 たとえば、中世ヨーロッパ白眉の名場面「カノッサの屈辱」の舞台裏。それは皇帝と教皇の血みどろの権力争いでした。あろうことか不倫スキャンダルの噂を流して教皇を攻撃する皇帝ハインリヒ4世。一方で、貧農の出から教皇まで成り上がった教皇グレゴリウス7世は、教会がヨーロッパを支配するためにあらゆる手を使って皇帝から権力を奪おうとします。ここに、かつて妹と弟をハインリヒ4世の父に殺され、皇帝への憎悪に燃えるトスカーナ伯領の女領主マチルデが加わり……。

 どろどろとした人間模様のなかで繰り広げられる権力闘争は、どういうわけかやたらと面白く感じられます。人間の欲望や感情が、剥きだしになって現れているからでしょうか。こんなやりとりが、約千年の神聖ローマ帝国の歴史のなかでは、何度も繰り返されています。「教皇による破門など糞食らえ!」と大言した皇帝フリードリヒ2世。皇帝権力の強大化を目指すも、部下の裏切りであっけなく夢破れた皇帝カール5世などなど。これが面白くないわけがありません。

 そんな泥沼の争いを続けた結果、この帝国はやがて力を失います。1648年のウェストファリア条約で帝国としての権限をほとんど失って名前だけの国家となり、実質的にはこれで「死亡」することになります。そしてついに1806年、ナポレオンの手によって完全に解体され、いわば「埋葬」されることになるのです。

 この本は高校生の私でも読めるくらい、非常に分かりやすく書かれています。結局、高校2年生のときだけで3回も読み返して、登場人物の名前はほとんどすべて覚えてしまいました。おかげで、世界史のテストではかなり楽をさせてもらったものでした。

 神聖ローマ帝国の歴史をたどるなかで、ヨーロッパ全体の歴史の流れも見えてきます。小難しいことは抜きにして楽しめるこの本。歴史は苦手……という人にこそ、ぜひ読んでほしい一冊です。

(2014.06.15)
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平成26年度新入社員 西島聡
ともに歩む。
河原町ルヴォワール
円居挽
720円(税別)
8ポイント
 これは小説に限ったことではありませんが、シリーズものの魅力のひとつに、続刊をリアルタイムで追いかける楽しみというものがあります。

 本書『河原町ルヴォワール』は、作者の『丸太町ルヴォワール』『烏丸ルヴォワール』『今出川ルヴォワール』に続く「ルヴォワール」シリーズの第四作であり、シリーズ完結作でもあります。「丸太町」だとか「河原町」だとか、タイトルの前半部分は京都の通りの名称です(丸太町通、河原町通など)。

 シリーズの概要をざっと説明すると、現代の京都を舞台にした本格法廷ミステリ群像劇です(勝手にそう呼んでいます)。物語の中核にあるのは、平安時代より京都で連綿と続く「双龍会」という私設裁判制度。この地で起こった殺人の疑惑のある事件はこの「双龍会」にかけられ、そこで黄龍師(いわゆる検事役)と青龍師(いわゆる弁護士役)による推理合戦の供物となります。この「双龍会」の面白いところは、最終的に下される裁定が必ずしも真実である必要がないことです。虚構に虚構を上塗りし、その果てに聴衆をもっとも巧く騙せた者が裁判を制するという、コンゲーム的な側面も大きな魅力なのです。

 私がこのシリーズを初めて手に取ったのは高校三年生の時でした。ちょうど第一作『丸太町ルヴォワール』が発売された二〇〇九年のことです。模試を受けに京都を訪れた休日、京都タワーの三階の書店で手に取ったのが発端です。その夜、家に帰って、寝る前に軽く読書……とページをめくったのが最後、気づけば全てを読み終わっていて、東の空は橙色。寝ることも忘れて、ただただ無心にページをめくる幸福な時間でした。

 私は京都の大学に進みました。もちろん、「双龍会」は実在しませんでした。何故か、『丸太町ルヴォワール』のような美しい恋の物語も、自分の周辺には見当たりませんでした(本当に何故なのか)。

 大学二年の時、『烏丸ルヴォワール』が出ました。大人になりたい人たちが、大人になれない物語でした。だんだん大学の授業をサボるようになりました。夜を徹して遊ぶことが増えました。

 大学三年の時、『今出川ルヴォワール』が出ました。「双龍会」そっちのけで賭博バトルに興じる一級エンターテイメントでした。私は今まで遊んでばかりいて、考えないようにしていた単位の問題に直面して頭を抱えていました。

 そして、大学四年の時。

 気づけば私の大学生活も終わろうとしていました。来年度からは東京暮らしです。卒業式を間近に控えた大学四年の三月、『河原町ルヴォワール』が出ました。運命の分岐、人生の選択肢、未来の可能性、そういったテーマを宿した本格ミステリでした。そして、再びの恋の物語でもありました。卒業式の前日のこと、読み終わったのは朝でした。それは高校生の時と同じように、幸福な時間でした。

 私の大学生活は「ルヴォワール」シリーズとともにありました。その新刊を読める喜びや、その完結に立ち会えた感動が、記憶のなかに息づいています。大学生活の最後を分かち合った『河原町ルヴォワール』は、私にとってかけがえのない一冊です。

 もちろん、大学生活を共有していなくたって絶品の本シリーズ。「丸太町」から「河原町」にいたる四部作、ぜひぜひ、ご堪能ください。

(2004.06.15)
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平成26年度新入社員 天王寺谷千裕
生まれ変わったら優雅な怪盗に!
怪盗クイーンはサーカスがお好き
作:はやみねかおる 絵:K2商会
500円(税別)
5ポイント
「千裕」という名前の漢字は「有り余るほどの余裕を持つ」という意味だと思っています(実際に両親がそう思って付けたかは別ですが)。名前に恥じぬよう、常に余裕を持った人生を送りたいのですが、現実はそうとはいかないものです。ギリギリなんてかっこ悪い、と思ってはいるのですが、気が付くとギリギリ虫はいつも私の後ろに迫っています。自分自身がそんな調子なので、ゆとりがあって優雅に振る舞える人にとてもあこがれを持っています。

 私にとって、その「優雅な人」の代表が怪盗クイーンです。

 ぬけるように白い肌、灰色の瞳、銀色に近い白い髪、白い口紅で色を消した唇──中性的な出で立ちでギリシャ彫刻のような美貌を持つクイーンの職業は怪盗。ですが、クイーンが目指すのは、お宝目当ての盗みではなく、彼(彼女?)の美意識を満足させる獲物を華麗に頂戴することなのです。巨大飛行船でワインを飲みつつフランス語で会話をするクイーン。その生活は隅から隅まで「怪盗の美学」を満足させるものです。美意識の赴くままに悠々自適に、クイーンみたいに華麗に生きたい!来世生まれ変わるならクイーンのように、とりあえず現世では来世に向けてフランス語の勉強とワインの勉強でも……そんなことを日々考えて過ごしています。

 私のあこがれの先輩とも呼べる、素敵な怪盗に出会ったのは小学校の高学年のころ。「そろそろ子ども向けの本は卒業しなきゃなぁ。」と思っていた時期でした。しかし、「怪盗」という言葉にひかれて、ついこの本を手に取ったのでした。

 ページをめくるとはやみねかおる先生の「赤い夢」の世界が広がり、私はそのままそこの住人に。そして、「まだまだこんな面白い作品があるなら子どもの本も読み続けたい!」と考えを改めました。あまりに面白かったので父と母にも本を勧めると、二人とも夢中になって読んでくれました。児童書を楽しそうに読む大人を見ながら、本に年齢制限は存在しないことを実感しました。大人も子どもも、本の世界では関係ありません。

 久しぶりに読み返してみると、クイーンの仕事上のパートナーであるジョーカー君について「年齢は二十歳前後だろう」と書いてあることに気付きました。かっこいいお兄さんだと思っていたジョーカーが年下になってしまったなんて。時の流れを感じます。しかし、読み進めるとやはり、クイーンへのあこがれが再び心に湧きあがりました。まるで小学生の私に戻ったように。読めばいつでも童心に戻れる、私の原点ともいえる一冊です。

(2014.06.01)
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書籍第一販売部 山下直人
国民に知らされない 国家権力の脅威!
原発ホワイトアウト
若杉冽
700円(税別)
7ポイント
 刊行前のこと、「『三本の矢』を超える作品ができました!」と担当編集者から原稿をもらった瞬間は、今でも鮮明に覚えている。原稿に目を通しつつ、『三本の矢』を知らない私は即購入して、すぐ読んだ。(*『三本の矢』(早川書房 1998年4月刊)は現在、絶版となっている。昭和金融恐慌をモデルとした経済小説で、当時、現役のキャリア官僚が書いた経済小説として話題を呼んだ。上下巻合わせて累計20万部近くまで売れた。)両作品、新人作家とは思えない巧妙な構成となっており、文章も大変上手く、驚愕をした。

 東京大学法学部卒業。国家公務員I種試験合格。現在、霞が関の省庁に勤務。
 今回、私が取り上げた『原発ホワイトアウト』に記載されたプロフィールは、上記の情報のみだ。著者名は、若杉冽。本書は、限りなく事実に基づいて書かれた現役のキャリア官僚による告発ノンフィクションノベルである。刊行直後から「省庁内で犯人探し」が始まるなど話題を呼び、無名の著者としては異例の発売1ヶ月あまりで5万部を超え、瞬く間に10万部、そして現在は11刷19万部を突破し、ロングセラーのヒット書目となった。テレビ、新聞、雑誌とマスコミ各社から取材が相次ぎ、書店からの注文も殺到。政治家や様々な業界関係者が、ブログやSNSなどで取り上げたほか、読者からの反応も大変多く(*Amazonにおいては、2014/5/13時点で、181件のレビューが書かれている)老若男女すべての方に読まれ、「映像化してほしい!」など様々な声をいただいた。
 『原発ホワイトアウト』は、省庁や政治家、電力会社における既得権益の癒着構造を見事に描いており、原発の利権を巡る「モンスターシステム」の仕組みを暴いている。本書を読めば、原発問題をはじめ、現在、日本国家が抱えている数々の問題点が明らかになっていく。この作品の登場人物の名前が、実在する人物に近しい名前であることも、よりリアリティを感じさせる要因となっている。どの人物であるかは、ぜひ本書を読み、一考していただきたい。また本書が刊行されてから若杉氏は、原発問題以外にも、特定秘密保護法など、多岐にわたり言及されている。今後の活躍に目が離せない。
 原発問題は天災か、それとも人災だったのか。2011年の震災から早3年が経ち、「脱原発」から「原発再稼働」の動きが出てきている。本書は、著者が権力の中枢に属しながら、「権力」と真っ向から対峙し、戦った渾身の一作であり、日本国民であれば、誰しもが一読すべき本である。この本は、日本の未来に対して、警告しているのだ。「原発は、また必ず爆発する」と。
(2014.05.15)
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校閲第二部 川東みなみ
咳をしても一人
新装版 海も暮れきる
著:吉村昭
581円(税別)
6ポイント
 たぶん多くの人と同じで、国語の教科書でこの句に出会いました。 五七五でも五七五七七でもない一行の所感、もはや独り言にしか見えない、これはなんなのか。わからない。自由律俳句と説明されたところで、やっぱりわからない。
 なんなんだ、わからないなあ、という感慨が強烈で、以来その句と作者の名前は、記憶のすみに残っていたのでした。

 名家に生まれ一流大学を出て一流会社に入りと立身出世道まっしぐら。しかし酒で身を持ち崩し、すべてを投げ捨てる。仮住まいを繰り返し、瀬戸内海の小さな島に行き着くも持病の結核が悪化、八ヵ月のうちに一生を終える。
大正時代の俳人・尾崎放哉。その最後の八ヵ月を書いたのが『海も暮れきる』です。

 心情や病状の変化を別にすれば、全編を通して放哉の行動に大きな変化はありません。金銭や食物を知人に無心する手紙を書き、節食に徹しようとしてはつい贅沢し、よくしてくれる人に心中で感謝し、酒を飲んで暴言を吐いては後悔する。望んで独居しているのにたまの友人の訪問は手土産含めて諸手を挙げて歓迎し、見るからに人恋しそうな句を詠む。

 島に来て日の浅いうち、生活の不安から泥酔したあと、夜の海辺で島の子らに出会うという場面があります。「どうせ生きていても仕方のない境遇で、酔いつぶれて海に身を沈めた」い、と彼らに駄賃をやり、小舟を出させる放哉。しかし、「海に身を投じようという気持が何度も湧いたが、濁った意識の中で子供たちを驚かせてはならぬと自らに言いきかせていた。これほど従順に従ってくれた子供たちに、刺戟をあたえるようなことはしたくなかった」と、自死をあきらめる。

 この場面に限らず、一貫して描かれる、決断を迫られた時に、利己的にも利他的にも、真っ当にも破滅にも踏み切れない性質。その人間らしさに、いっぺんにひかれてしまいました。

 もちろんこの本は、帯にもあるように、あくまでも小説です。しかし、読んでいるとついそれを忘れてしまうのは、やはり綿密な取材の成果なのでしょう。作者の吉村昭さんは実際に島に赴き、放哉と交流した同時代人たちの回想を基にこの本を書いています。挿話が、織りこまれる書簡や句の引用と矛盾せず遜色なく、放哉の人柄を伝えてきて、八ヵ月を追体験するような気持ちになるのはそのためなのでしょうか。

 尾崎放哉、という記憶にある名前と、故郷の島が舞台になっているという理由からこの1冊を手に取ったのは大学四年生の休暇中です。そんな軽い気持ちで手を出したのに、その夏はこの本と『尾崎放哉随筆集』ばかり読んだような。そして、終の棲家になった南郷庵を訪れるに至りました。訪問時には障子が閉め切られており、題に引かれた句のようには海は見えませんでしたが、蝉の声が物凄かった。「蝉の声が空間を密度濃く占めていて、庵が滝壺にでもあるようだった」というこの本の一文を思い返し、初秋にここを訪れたという吉村昭さんばかりか、尾崎放哉も同じ蝉の声を聴いたかもしれないと、楽しいモウソウにひたっておりました。

 ところで、先述の『尾崎放哉随筆集』は講談社文芸文庫から出ています。随筆集と銘打ちながら書簡や句も併録された盛り沢山な内容ですので、そちらもおすすめです。

(2014.05.01)
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専務取締役 持田克己
大声より、小声の呟きの“真実”を描ききった短編集
鞄の中身
著:吉行淳之介
1050円(税別)
11ポイント
 たぶん吉行氏の著書は、小説、随筆、対談集、コラムの類いに至るまですべて読破してきたと思います。読み始めたのは‘60年代後半、大学入学後まもなくでした。作品の主題の多くは「大人の男女」のアレヤコレヤ、しかも「性」を取り扱ったもの。20歳前の若輩が、よくもまあ、これら大人びた本を読もうとしたものだ、と、65歳にもなった今の自分は、昔のことがとてつもなく恥ずかしい。がしかし、妙に懐かしいのです。

 そんな学生時代の読書歴を経て、講談社に入社して数年後に自社から刊行された短編集『鞄の中身』は、それを読了した時の自分の感懐までもよく覚えています。

 今は、同タイトルで講談社文芸文庫に収められていますが、実は最初の単行本とは内容が若干異なっています。『鞄の中身』より以前に出た別の短編集とシャッフルされて、ラインアップの違う作品集に。現在手に入るのは文芸文庫版だと思うので、そちらに沿って内容を紹介します。
(電子書籍でも読めます。)

 表題作『鞄の中身』は、作中の“私”が、自分の死体を鞄に詰め込んで街中をさまよう、という悪夢を綴ったもの。また、『風呂焚く男』は、自分の“過去”を払拭しようと、下着の山を薪がわりにして苦闘する男の話。『子供の領分』では、仲のよい少年同士に潜む残酷な、しかし切ない“悪意”を描きだしています。

 そのほか、今は空き家になっている家に、飼っていた猫だけがひっそりと暮らしている話(『家屋について』)や、口説きそこなった女性のことを、十数年後に突然思い出し、あのとき分からなかったそのひとの心の傷に思い至る話(『廃墟の眺め』)、大人の秘め事に翻弄された子供時代が、口ずさんだ童謡とともに鮮やかによみがえる話(『白い半靴』)、等々。

 吉行氏は、20年ほど前に鬼籍に入られました。その文学については、我が社でかつて大活躍され、氏と親交も深かった先輩編集者の方々を差し置いて、偉そうに語る資格が私にあるとは到底思えません。

 しかしこのような、日常の些事を切り取った、しかも奇妙な味わいの小説に、20代の若造がどうして惹かれたのか。そのことなら、今の私は説明がつきます。だから、それについてのみ、書かせてもらいます。

 いわゆる団塊世代に属する私は、学生時代、荒れたキャンパスの中にいました。と言っても、積極的に“闘争”に参加する同輩には背を向けて、一貫して、頑なに“軟派学生”でした。(そういう意気込み自体が、実はほんものの“軟派”とは程遠い、ただのカッコツケなんですが。)大昔のことゆえ遠慮なく言わせてもらえば、とにかく、潤んだ目付きで遠くを見遣りながら、声高に、平和や愛や、タタカイについて語る彼らのことを、本気で嫌悪しました。「人々のために」と言いながら、その上目遣いの、ねっとりした眼差しに潜んでいる「自己愛」の強さに辟易しました。あくまで個人的な、偏った感情ですが。

 なぜ、そんな思いに駆られたのかは面映ゆいので省略します。しかし、吉行氏の作品に出会った時、「大きな声で語られることより、もっと大切なことは日常の小声の中にある」というようなことに思い至り、以来、片っぱしから、その作品の数々に耽溺しました。それらは騒々しい周りの大声を、完璧に遮断してくれました。社会人になってからも読み続け、今の私の、精神の(大袈裟ですね!)骨格部分を形成してくれたようにも思います。

 編集者生活を長年やってきましたが、偉そうに言わせてもらえば「読者の心の中の、芥子粒のようなディテールも見逃さないこと」は、実はとても大切なわけで、その意味でも、氏の作品群は、私の唯一絶対の、座右の書です。

(2014.04.15)
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校閲第二部 和田ひとみ
めでたい名前、覚えました。
古典落語 (下)
興津要
600円(税別)
6ポイント
 子供の頃に愛読していたのは主に父の勤める某社の絵本たちでした。読んで大きくなりました。大きくなってからは、家の本棚に並ぶ雑多な本を漁って読んでいました。編集者という仕事は家に本を溜め込むもので、父の仕事のものか趣味のものかよくわからない本がごちゃごちゃと家のあちこちにあったのです。

 ところが、本があることが当たり前すぎて有り難みがなかったのか、乱読しては内容をすぐ忘れるという有り様。いまだにそんな調子なので、出版社に勤める人間としていかがなものか、と時々落ち込みます……。ともあれ、幸運にも、いまも多くの時間を当たり前のように本のそばで過ごしています。

 数年前、思いがけず学術文庫の編集部に異動になり、本の内容もろくに覚えられない私につとまるのかと日々不安な気持ちでいたときのこと。資料を探して会社の図書館をうろうろしていると、古い講談社文庫がならぶ棚にこの本を見つけました。実家の本棚にあった、なつかしい青緑の表紙。

 収録されているお目当ての作品を見つけると、ページは繰らずにまず記憶をたどりました。まだ言えるかな……と暗唱してみたのは登場人物の名前です。

 小学生か中学生のころ、どうしてかは思い出せませんが、「寿限無」のあの名前を覚えようと思い立ち、文庫本をにぎりしめ、やけに集中して暗記したのでした。改めて見てみると、名前にしては長いというだけで、さして長くもないし、なんの役にも立ちませんが、覚えたてのころは親に自慢げに聞かせていたような記憶があります(どうせなら「寿限無」をまるまる覚えたらよかったのに!)。

 この一篇をきっかけに、私は落語にはまり、落研に入り、寄席に通うように……は全くならなかったのですが、これが落語との出会いであったことは確かです。そして、懐かしい思い出にひたった数日後、この講談社文庫版の『古典落語』が、編み直されて学術文庫に収録されていることに気づきます。編集部の書棚を見てみたら、濃紺の背表紙の粋なデザインに着替えた『古典落語』が。見た目こそ違えど、慣れない土地で古い知り合いに出会ったような、ほっとした気持ちになりました。

 この本は、どこかでまた私の前にひょいと顔を出すかもしれません。そのときの自分はどこで何をしているのか、そのときの自分にとってどんな本になっているのか、何気ない一冊にもそういう楽しみがあるなと思います。

 ちなみに、名前以外はうろ覚えだったので読み返してみたところ、寿限無寿限無五劫のすりきれ海砂利水魚の水行末雲来末風来末食う寝るところに住むところやぶらこうじのぶらこうじパイポパイポパイポのシューリンガンシューリンガンのグーリンダイグーリンダイのポンポコピーのポンポコナの長久命の長助ちゃんは、名字が「杉田」だったという新たな発見がありました。名前すら、きちんと覚えていなかったとは……。

 ついでに見つけてしまった誤植の話もしたいところですが、「あんまり名前が長いから、原稿用紙が埋まっちゃった」。

(2014.04.01)
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デジタルプロモーション部 都丸尚史
ミステリー評論の効用
盤面の敵はどこへ行ったか 法月綸太郎ミステリー塾 疾風編
法月綸太郎
1850円(税別)
19ポイント
ミステリー評論の効用 ミステリーが大好きで、たくさん読んでいる人でも、ミステリーの評論まで読む人は少ないでしょう。
 評論というと、どうしても堅苦しく、難解で、ややこしい印象があります。入口が閉ざされている感じがするので、読者も増えない。読者が限られてくると、ますます評論はマニアックになり、狭く深い穴を掘っていく。そんな悪循環に陥りがちです。評論の危機です(大げさかな?)。

 そういう危機を軽やかに乗り越えているのが、法月綸太郎さんのミステリー評論です。
 平易で読みやすく、わかりやすくて、しかも卓見に満ちている。
 これまで『謎解きが終ったら 法月綸太郎ミステリー論集』、『名探偵はなぜ時代から逃れられないのか 法月綸太郎ミステリー塾 日本編』、『複雑な殺人芸術 法月綸太郎ミステリー塾 海外編』と評論集3冊を愛読してきました。さらに4冊目『盤面の敵はどこへ行ったか 法月綸太郎ミステリー塾 疾風編』が昨年(2013年)末に出たのは、うれしい限りです。(以下、『謎終』『名逃』『複殺』『盤敵』と略。) 「この1冊!」では最新刊の『盤敵』を挙げておきますが、4冊すべてオススメです。
 もちろん全冊、弊社より刊行。「評論集・冬の時代にやるじゃないか、講談社」と自社自賛してしまいます。
 しかも電子書籍でも読めます。ますますやるじゃないですか、講談社!

 優れたミステリー評論には2つの特徴があると思います。
 まず、読み手が評論の対象となるミステリーをすでに読んでいる場合、「こういう読み方(解釈)があったのか!」と驚き、感心させ、「新しい楽しみ方がわかった。読み直してみよう」という、再読誘発力を持っている。
 次に、読み手が評論の対象となるミステリーを未読の場合は、「面白そうだ、読んでみたい」、「(文庫などの解説では)買おう!」という、作品ガイドにして読書(購入)欲求をかき立てる力を持っている。
 つまり、優れたミステリー評論には必ず作品に回帰させる力があるのです。

 法月さんの評論の場合、前者の例ですと、まず「挑発する皮膚──島田荘司論」(『名逃』収録)を推します。
「肌ざわり」というキーワードで、島田荘司作品を読み解いていく、スリリングな快感!
 この評論そのものが「謎を解き明かすミステリー」として成立している、法月さんの傑作です。
 後者の例ですと、パッと浮かぶのは「アメリカ本格の『台風の目』」(『盤敵』収録)。
 ジャック・カーリーの『毒蛇の園』の文庫解説として書かれたテキストですが、この作品のどこが面白さのポイントなのか、(まだそれほど知られていない)カーリーという作家のどこが魅力なのか、存分に語りつつ、余白を残していて、読書欲求をそそります。
 私はこの解説がきっかけで、カーリーを読み始めました。そして実際、面白かった!

 ちなみに法月さんの解説の難点といえば、あまりに行き届いているために、解説を読んだだけで満足してしまう場合があることでしょうか。
「ロバート・トゥーイのおかしなおかしなおかしな世界」(『盤敵』収録)というマイナーな短編作家の解説が、その一例です。作家と作品が丹念に紹介され、とりわけ各短編のさわりが絶妙に語られます。そのさわりだけで堪能できちゃう。
 ワタクシ、結局、トゥーイの短編集『物しか書けなかった物書き』は購入しましたが、未だ読んでいません。ごめんなさい。

 ここから先はマニアックな話になってしまいますが、法月さんといえば、やはりエラリー・クイーン。(どういうことかは説明すると長くなるので省略します。)当然ながら、クイーンをめぐる論考も読み応え十分です。
 代表的なものは「初期クイーン論」、「一九三二年の傑作群をめぐって」(どちらも『複殺』収録)ですが、『盤敵』では肩の力がすっと抜けて、より平明なクイーン論が5編読めます。
 この5編は法月さんのミステリー評論の白眉ではないでしょうか。
 ミステリーの歴史を踏まえながら、アメリカの社会史や映画史をからめて作品を捉え直し、新たな発見を提示する。
 その流れに澱みはなく、するりと読者は飲み込んでしまう。飲み込んでから、今までにない鮮烈な味わいにびっくりし、唸る。
 この「思いがけない発見に膝を打つ」」という点は、法月さんが敬服する故・瀬戸川猛資さんの評論を想起させます。まさに読んで面白い評論なのです。

『盤敵』には、私がもっとも敬愛するミステリー作家・都筑道夫先生に関する論考も収録されています。
 私が高校時代に最初に読んだミステリー評論が、都筑先生の『黄色い部屋はいかに改装されたか?』でした。何度も読み返し、ミステリーの読み方のみならず、物事に対する価値観にまで大きな影響を受けました。
 我が聖典ともいうべきこの評論の増補版が先年刊行された際に、法月さんが寄せた解説が、私のようなディープな都筑ファンでも瞠目するしかないほど素晴らしい内容で、とりわけ最後の一行の見事さに目を見張りました。
 これほどフィニッシング・ストロークが決まった評論は読んだことがない、と言ったら褒めすぎでしょうか。
(もちろん初めて都筑先生の評論を読む人にとっても、理解しやすく示唆に富んでいる解説であるのは言うまでもありません。)

 このように、法月さんのミステリー評論はたくさんの愉悦を味わせてくれるのですが、私にとっては別のレベルでも大きな意味を持っています。
 以前、あるトラブルに巻き込まれ、精神的にとことん追い詰められた時期がありました。
 さまざまな方々に心配をかけ、先が見えないゆえのプレッシャーがのしかかり、自分も周囲も感情が沸騰し、騒然とした日々を過ごしました。

 気持ちがちぎれそうな毎日、トラブル処理のわずかな合間に、私は『名探偵はなぜ時代から逃れられないか』を少しずつ読み返すのを日課にしていました。そう、なぜか無性に読みたくなったのです。
 読むたびに法月さんの理知的な文章がすうっと胸に染み込み、揺さぶられ振り回されていた自分の心を、なんとかつなぎ止めることができました。
 変な話ですが、この時ほど、ミステリー評論の効用を感じたことはありません。

 ミステリー、とりわけ本格ミステリーは「不可解な謎を理知の力で解き明かす」のを主眼としています。
 現実の世界は混沌としていて不分明で不可解です。それを人間の理知で解明してしまう本格ミステリーの世界は、一種の理想郷でしょう。
 ミステリーの評論は、そのユートピアに、さらなる理知をもって臨んだ、いわば理知の塊というべきテキストです。
 現実の世界の、不条理で感情的な嵐に直面し、吹き飛ばされそうになった時、自分をぎりぎり支えてくれた理知の杖。それが法月さんの評論だったのです。

 最後にもうひとつだけ。
 法月さんには20年近く前、私が『金田一少年の事件簿』の担当をしていた時にお会いしたことがあります。実は講談社文庫『小説版 金田一少年の事件簿1 オペラ座館・新たなる殺人』(絶版)の巻末で、法月さんと原作者の天樹征丸さんが対談しているのです。(現在入手できる講談社漫画文庫版、および電子書籍では残念ながらカットされています。)
 法月さんはとても丁寧に接してくださり、本格ミステリー作家の立場から『金田一少年の事件簿』の面白さを認めてくださいました。それがどれだけ救いになったか。
 その意味でも、私にとって法月綸太郎さんは恩人なのです。

(2014.02.01)
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