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2016/5/20更新
第25回 ボクの大好きな太宰治作品
 太宰治が好きになったのは三十歳過ぎてから、そのきっかけになったのが、「黄村先生言行録」だ。人に教えてもらって、試しに読んで、笑って、驚いた。太宰治って、こんなに面白い人だったのか。なんだこれは。まるでマンガのようだ。
 後からこれが戦時下に書かれたものと知って、ますます太宰治という人を面白いと思った。太宰治論みたいので、試しにこの小説のところを読むと、なんとも扱いにくそうに書いている。そこが僕は痛快だ。太宰治に求めている、なんか崇高な文学的理想があるんだろう。ははは。
 読んだことがない人に説明すると、黄村先生という隠居老人の言行を、若い書生?のような「私」が描き、さらに黄村先生の語りを口述筆記した部分が挟まる形になっている。この形式も面白い。とにかく、意味のない会話のテンポがマンガ的だ。
 先生と井の頭公園を歩く私。

「先生、梅。」私は、花を指差す。
「ああ、梅。」ろくに見もせず、相槌を打つ。
「やっぱり梅は、紅梅よりもこんな白梅のほうがいいようですね。」
「いいものだ。」すたすた行き過ぎようとなさる。私は追いかけて、
「先生、花はおきらいですか。」
「大変好きだ。」
 けれども私は看破している。先生には、みじんも風流心が無いのである。

 そして、先生が疲れたから休もうというので、見晴らしのいい店もあるのに、近場の茶店にのこのこ入って腰を下ろす。

「何か、たべたいね。」
「そうですね。甘酒かおしるこか。」
「何か、たべたいね。」
「さあ、ほかに何も、おいしいものなんて、ないでしょう?」
「親子どんぶりのようなものが、ないだろうか。」老人の癖に、大食なのである。
 私は赤面するばかりである。先生は、親子どんぶり。私は、おしるこ。たべ終わって
「どんぶりも大きいし、ごはんの量も多いね。」
「でも、まずかったでしょう?」
「まずいね。」

 なんだろう、この感じ。そういううちにどんどんテンポに飲み込まれてしまった。水族館に入っても、鮎を見ても「あぁ、泳いでるね」鰻を見ても「うん、鰻、生きているね。」とそっけなくどんどん歩いていく先生。ところが突然、その先生がけたたましい叫び声を上げる。

「やあ! 君、山椒魚だ! 山椒魚。たしかに山椒魚だ。生きているじゃないか、君、おそるべきものだねぇ。」

 先生は山椒魚をひとめ見た途端にのぼせてしまった。
「はじめてだ。」先生は唸るようにして言うのである。「はじめて見た。いや、前にも幾度か見たことがあるような気がするが、こんなに真近かに、あからさまにみたのは、はじめてだ。君、古代のにおいがするじゃないか。深山の巒木が立ち上るようだ。ランキのランは、言うという字に糸を二つに山だ。深山の精気といってもいいだろう。おどろくべきものだ。ううむ。」やたらに唸るのである。私は恥ずかしくてたまらない。
「山椒魚がお気にいったとは意外です。どこがそんなにいいんでしょう。もっとも僕たちの先輩で山椒魚の小説をお書きになった方もあるには、ありますけど。」
「そうだろう。」先生はしさいらしく首肯して、「必ずやそれは、傑作でしょう。君たちには、まだまだ、この幽玄な、けもの、いや、魚類、いや、」ひどくあわてはじめた。顔をあからめ、髭をこすり「これは、なんといったものかな? 水族、つまり、おっとせいの類だね、おっとせい、ーー」全然、だめになった。

 この「全然、だめになった」にとどめを刺された。面白い。この内容の無いような会話のテンポの面白さはなんだろう? 黄村先生のだめになり具合が、なんともかわいい。
 で数日後に先生は「私」一人に講演のようにしゃべりかける。その口述筆記には「私」のツッコミが入っている。

 私は素直な書生にさそわれまして(いやな事を言う)井の頭公園の梅見としゃれたのでありますが、紅梅、白梅、ほつほつと咲きほころび(紅梅は咲いていなかった)つつましく艶を競い、まことに物静かな、仙境とはかくの如きかと、あなた、こなた、夢に夢みるような思いにてさまよい歩き、ほとんど俗世間に在るを忘却いたし(親子どんぶり、親子どんぶり)

 この先生の語りとツッコミも漫才の如く面白い。この先生が身のたけ三丈(約10m)という伝説の山椒魚を見たくてみたくて「想像するだに胸がつぶれる」となる。そんな座談筆記を「私」は馬鹿馬鹿しくて二度とやらない、と思う。しかし「私」は旅に出た甲府郊外で湯村温泉の祭りで、なんとかの伝説の山椒魚らしきものが見世物小屋にかかっていると知る。「私」は全身の血が逆流する。郵便局に行って肩で息して電報を打つ。「サンショウミツケタ」
 ここから最後までのドタバタはサイコーだ。
 長い引用ばかりで紙面が尽きてしまった。でもこの短編は目からウロコだった。同じシリーズ的な短編「花吹雪」も「不審庵」も面白かった。でも「黄村先生言行録」がサイコーだ。あまりにその体験が鮮烈で、のちに僕は泉昌之名義で『黄檗先生妄想録』というマンガを描いた。eBookJapanでも読めるので、興味ある人は読んでください。あまり評判も芳しくなかったけど、デビュー15年目で、いわゆる「スランプ」だった僕が必死の思いで書き、それで次のステップに進むことができた、忘れられない作品集だ。ついでに言えば、表紙のデザインと絵も気に入っている。
 太宰治の作品で一番好きなのは。青春ものの『パンドラの匣』で一緒に入っている『正義と微笑』も大好き。『御伽草子』にも大いに笑わされた。長編の『津軽』も好きだ。最後の『グッド・バイ』も久々のコメディだったので、途中で終わっているのが本当に残念。
『人間失格』を書いた太宰治だけど、彼の作品を評する時「人間の……」みたいな書き方をしたものは全部面白くない。太宰治は純文学を目指していたと思うけど、生まれ持っての文章のエンターテイナーだったんだと思う。ボクはそれ以上にも以下にも思っていない。そこが太宰治の好きなところで、誤解されそうだから普段は太宰治が好きだ、とは言ってない。でもこの本は墓場本。
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