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2016/5/6更新
第24回 文豪を怖れさせた深沢七郎
 大変な一冊を忘れていた。これを墓場に持っていかないわけにはいかない。
 深沢七郎の『楢山節考』だ。最初に読んだのは、中学生だったか高校生だったか。あまり面白くなかったような気がする。
 二十歳頃、赤瀬川原平さんの教室に行って、赤瀬川さんが深沢さんと懇意にしていることを知り、読み返して「これはすごい小説だ」と思った。それから何度となく読んでいる。
 一言で言って姥捨ての話だ。山の中の本当に貧しい村で、口減らしのために、七十を過ぎた老人は山に捨てられる習わしになっている。その捨てられるお婆さん、おりんとその家族、村の人々の話だ。今からするとひどく残酷な話で、野蛮な話だ。
 だが、おりんは山に行く(捨てられる)ことを、嬉しいこととしている。そして村の人々も、みなそう思っている。それがその社会の現実であり、正しいことなのだ。
 おりんのひとり息子の辰平は心の中でやはり寂しく心苦しく思っている。自分が母親を背負って楢山に置いてこなければならないのだ。それに気づいているおりんは、
「倅(せがれ)はやっぱりやさしい奴だ!」
と胸がこみあげてくる。
 このなんともドライな、しかし染み通るような親子の情の表現が随所にある。老人はいくつまでも生きていてはいけないのだ。子供たちや若者たちが生きていくために。
 とにかく深沢七郎の小説は、根底に生きとし生けるものは皆死ぬ、という深い諦念があり、そこから人間の愛情や知恵や美しさを眺めている。
 おりんを山に置いてきた帰り道、雪が降り始める。辰平は嬉しくなって、禁を破り、振り返り、今来た山道を登り、念仏を唱えている母に大声で
「おっかあ、雪がふってきたよう」
と叫ぶ。お山に行った日、雪が降ったら運がいいのだ。そのまま眠って死ぬことができるから。残酷と言えばそれまでだけど、この文章は飾りがひとつもなく美しい。
 こんな小説の前に「文学」とか「純文学」なんてなんの意味があるだろう。とまで思ってしまう。結局そんなもん少しばかり脳が大きくなった動物であるニンゲンの、知的好奇心の満足でしかねぇじゃねーか。どんな人の人生だって、そんなものよりずっと意味があり、広大で深遠なものだって思ってしまう。
 生きる意味がどうのこうの言われ出して久しいけれど、ただ生きているということが意味であり、またいずれ死ぬということにも同じ意味があるのだ。人間ごときのこんな小さな頭で、その意味を言葉にすることなんて不可能だ。
 だけど人には誰しもこみ上げてくる情があるのだ。だからこそ、そこに物語は生まれる。
 おりんは年をとっても自分の歯が丈夫なことを気にし、毎日火打ち石でこっそり叩いているが、最後は石臼にぶつけて前歯を叩き折る。こういうオブラートゼロの激しい描写を大げさぶらず入れるのも、深沢七郎のリアリズムだ。しかもそれを祭り場に行って得意げに見せて歩いたところ、大人も子供も怖がって逃げ出してしまう。こういう場面を嘲笑うかのように飄々と描くのも深沢節だ。
 深沢七郎の作った「楢山節」と「つんぼゆすりの唄」という歌が出てきて、最後にその楽譜が付いているところもこの小説の大好きなところ。文章だけで足りなくて、音楽の方にはみだしている感じが、ボクにはたまらない。深沢七郎はギタリストでもあり、何度もリサイタルしている。
 あと、この小説に関してボクが好きなエピソードは、三島由紀夫がこれを読んで「こわい」と言ってた話だ。笑っちゃう。怖いだろう。この作品を認めたら、自分たちの文学の土台がグラグラガタガタしてしまうからじゃないか。絢爛たる美学だの、なんと弱々しい意識だろう。憂国の自決と、おりんの死では、どちらが人間の美しい最後だろうか。
 ま、誰がどう言ってたなんてどうでもいいことだが。最近こういう死後の「エピソード」なんてものにもどんどん興味が失せている。死んだ昔のミュージシャンのレコーディング秘話とかと同じように。そんなもの読むなら、その時間その人の残したレコードを真剣に何度も何度も聴くべきだ。その方がどれだけか自分のためになる。
 展覧会に行っても、絵を見るより、その横の解説を読んでる時間の長い人が多すぎる。馬鹿だ。そんなの家か図書館で調べて読めば良い。原画という「本人」に会っている時間を大事にせず、何のために展覧会に来ているのだ。
 話が逸れてしまった。深沢さん本人のことを書いた文章では、嵐山光三郎が、身を削って書いたような一冊『桃仙人』、この一冊でいい。深沢さんのことより、嵐山光三郎の深沢さんに対する情愛の気持ち、苦しみに、凡人とかけ離れた深沢さんが浮き彫りになっている。
 深沢さんは「ただ書いてる」という、ざらりとした読書感を与える。赤瀬川さんは、自分の文章がカッターなら、深沢さんの文は出刃包丁だ、と書いていたけど、誰の文と比較したって深沢七郎は出刃包丁だ。岩石がゴロっとある感じ。裏返したら人骨が突き出ていた、というような。
 誰にも真似できない文章で、誰にも真似できない死生観だ。死と生が同列にあり、その前には正義さえも重さを持たない。
 しかし、皮肉にも現代は高齢化社会で、医療問題、介護問題は深刻で、姥捨伝説が妙にリアリティをもって迫っている。
 昔はそれが山奥の食うや食わずの寒村で止むを得ず行われていた。そしてそれが、集団を生き永らえるための仕方ない儀礼だった。しかし、現代はどうだ。地方といわず大都会でも、経済の蕩尽と飽食と医学の発展の果てに、死なない老人が増え続け、子供は減り、あらゆる面で社会はのっぴきならない状況に向かっている。
 『人類滅亡教』という痛快エッセイも書いている深沢七郎だが、『楢山節考』はボクの心の中で燦然と輝いている。雪は静かに美しく深々と降り、おりんはまだ生きて、ひとり山頂で念仏を唱えている。それはおりんにとって、しあわせな時間なのだ。
 この本を持って墓場に行けば、僕もまたおりんのようにきれいな心になれるのではないか、と今はまだ浅はかな望みを抱いている。
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