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2016/4/15更新
第23回 妥協なしの仕事ぶりで辿り着いた「神々の山嶺」
 言うまでもなく、谷口ジローさんとはマンガ『孤独のグルメ』で出会った。
 編集の人に「谷口ジローさんの絵で、ミシュランなんかのグルメと全然違うグルメマンガを描きませんか?」 と言われたのは22年前、1994年のことだ。あまりに意外で「ボクでいいのか?」と思った。谷口さんも「なぜボクなんだ?」と思ったそうだ。
 谷口さんといえば『事件屋稼業』などハードボイルドな劇画時期を経て、関川夏央さん原作で『坊っちゃんの時代』という静かなマンガで第2回手塚治虫文化賞マンガ大賞を受賞。すでに巨匠めいた存在だった。さらに、その後今回紹介する『神々の山嶺』で第5回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞、『遥かな町へ』でアングレーム国際漫画最優秀脚本賞、海外で評価も高まり、2011年にはフランス政府芸術文化勲章シュヴァリエ章を受章。昨年はルーブル美術館との共同企画マンガ『千年の翼、百年の夢 』で同美術館に永久保存が決まった。
 まさに遅咲きの世界的大作家の69歳だ。
 ボクが一緒に仕事していて、心から尊敬しているところは、とにかく静かで穏やかで、でも妥協しないことだ。マンガ家というのは、締め切りに追われて描き終えると、単行本になる時に必ずと言っていいほど、絵の修正や描き直しをする。谷口さんは一切しない。「それをする時間があったら、次のマンガを描きますね」とクスリと笑った時は、心底かっこいいと思った。
 そして、たった8pのマンガでも、必ず前回やらなかった描画法を最低一箇所は必ず入れてくる。原作のボクも、必ず「お、こう描いたかぁ」となんども唸った。そういうクリエイターとしての真面目なクリエイト精神が揺るぎない。そういうところは本当にシビレル。たまに会って一緒に飲んでも、乱れない。酔わない。人の悪口を言わない。いつもボクらのくだらない冗談に微笑んでいる。
『孤独のグルメ』は一話たった8ページのマンガなのに、アシスタントを2〜3人使って一週間ぐらいかけて描く。1コマ1日かかるのは日常茶飯事。アシスタント代払ったら8pの原稿料では、完全に赤字だ。単行本になって初めて印税として取り戻せる。そんな漫画家はそういない。しかも一人のオヤジが飯食うだけの、物語もないようなマンガに。しかし、このマンガが22年経った今、世界10カ国で翻訳出版され、ドラマになり、そのドラマがアジアを中心に人気で、中国オリジナル版まで作られている。
 本当に素晴らしい作家さんと組ませていただけたと心から感謝している。『孤独のグルメ』はゆっくり時間をかけて、ボクの人生に大きな節目を作っていった。 孤独のグルメのドラマ音楽をやれたことも、僕のミュージシャンとしてのジャイアントステップだった。
 さてそんな谷口さんの描いたマンガの中で、墓場に持っていくのは夢枕獏原作の『神々の山嶺』全5巻だ。これはもう、絶対に谷口ジローさんにしか描けない山岳マンガだ。特に山の表現が物凄い。地球そのものであり、生き物であり、たぶん神でさえある巨大山岳をここまで、荒々しく、繊細に、恐ろしく、美しくマンガという表現で描ける人は世界にいないだろう。このマンガが、日本でボクが思うほど評価されていないのが歯噛みするほど悔しい。いや、急ぐ必要はないだろう、この先50年、100年経ってもこの一本の長編マンガは色褪せることないだろう。
 夢枕獏さんの原作ももちろん大傑作だ。それぞれの登場人物の人生や恋愛を、ネパールと日本を股にかけ描く構成、物語の構築もすごい。
 しかし、そこに取り憑かれた人間の業、それを阻む数千メートルの岩壁のダイナミクスは、宇宙から奈落を覗き込む無限だ。
 例えば物語のクライマックス。

足が動かなければ手であるけ
てがうごかなければ ゆびでゆけ
ゆびが動かなければ
歯で雪をゆきを
かみながらあるけ
はもだめなら
目であるけ
目でゆけ
目でゆくんだ
めでにらみつけながらあるけ
めでもだめだったら
それでもなんでもかんでも
どうしようもなくなったら
ほんとうにほんとうに
ほんとうのほんとうに
どうしようもなくなったら
もうほんとうに
こんかぎり あるこうとしても
だめだったら
思え
ありったけのこころでおもえ
想え

 こんな夢枕さんの文章にどんな絵を描けばいいというのか?しかし谷口さんは表現者として、それにきっちり応えている。いや、応えている、なんて表現ではとてもとても追いつかない。この言葉を足がかりに、山岳の頂上を越えた星の海に物語を導いている。
 マンガだけの持つ突き抜けた軽さ、自在なコマ割り、巧妙なテンポ、人物や表情への深い陰影、そこにマンガ的に高度に記号化された眼光を描き入れている。
 山が、岩が、雪が、空が、人間が、生きている以上に生きて、そこにある。死もまたそこに、ある。描いてある、ということだけに感動する。
 そして、人々の街が、社会が、生活が、恋愛が脈々と営まれている。そのことに胸がいっぱいになる。
 谷口さんはこの長編を描ききることで、登場人物とともに冬季のエベレスト南西壁単独無酸素登攀を成し遂げたんだと思う。ボクは実感としてそう感じる。マンガを少しでも描いた者なら、この途方もない長編マンガ、絶対に描き終えることは不可能だと思うに違いない。
 まずは手にとって、読んでいただきたい。ボクはこの本を抱いて冥界の高みを目指したい。墓場本はこの5冊。『孤独のグルメ』は置いていく。
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