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2016/3/18更新
第21回 未来永劫の『おともだち』
 高野文子が書いた、本当に愛すべき一冊のマンガが『おともだち』だ。最初は綺譚社という聞き覚えのないような出版社から出た。高野さんはすでに『絶対安全剃刀』という作品で、大手出版社の白泉社からデビューしている。そしてそれは出た瞬間に「天才現る!」的な圧倒的評価と人気を得た。綺譚社は出版社というより、ごく小さな編集プロダクションだ。なぜそんなマイナーな出版社から単行本を出したか。
 実は、高野さんは当時、その綺譚社の電話番をしていたのだ。そこで日々電話番をしながら、このマンガを描いたのだ。
 当時デビューしたばかりだったボクは、担当編集者が綺譚社の社員だったので、そこによく出入りしていたので、それを知っている。六畳の畳部屋で、小さな座卓に向かって描いていた。描いていた、と言ってもボクはペン入れしているところは見たことがない。いつも鉛筆でコンテのようなものを描いていた。それがものすごく切ったり貼ったりホチキスでメチャクチャにとめたりされた、フランケンシュタインの怪物のようなもので、とてもあの軽やかなタッチのかわいらしい絵の下描きとは思えないシロモノだった。この執拗なまでの修正は、高野さんの原画展を見に行った人も、一様に驚く。
 なんてボクはそういう裏話を書きたいわけではない。
 そんなことを書いてごまかしている。この本はテゴワイのだ。この本の好きなところ、この本でなければ味わえない素晴らしさを、どう書いていいかわからない。どう書いても読者に誤解されてしまうような気がする。それが悔しい。できたら万人に読んでほしいのだ。誤解されたくない。それくらいこの本を大切にしている。
 『おともだち』は短編集だが、中でも一番長い102ページの「春ノ波止場デ生マレタ鳥ハ」がとにかく大傑作。いや、傑作という言葉も安易に使いたくない。なんだろう、このマンガはこのマンガとして、高野さんの他の作品とも、マンガ全体からも独立していると思えるくらいに、何もかも個性的で、軽く、深く、可愛らしく、誠実で純真無垢な少女たちの物語だ。
 時代設定はいつか書いていないが、おそらく大正時代と思われる。
 「わたくしは其の港の近くにある女学校へかよつてをりましたので」
など、ト書きが旧仮名遣いになっていて、一気にその世界に誘われるが、わざとらしさや読みにくさはない。港はもちろん横浜。歳は10歳くらいだろうか。主人公・太田露子は、母親を「おかあさま」と呼ぶような大きなお屋敷に住むお嬢様だ。
 クラス全員で開港記念祭に「青い鳥」のお芝居をやることになった。チルチルミチルだ。話はそのお芝居が終わるまでのごく短期間の話だ。同じクラスに、今は閉ざされた大きな水色のホテル・吉本屋の経営者の娘・吉本笛子さんがいる。
 露子は、笛子が演じることになった少年チルチルの役を本当は自分がやりたかった。ところが割り当てられた役は犬のチローだった。露子は頭ではわかっていても嫉妬してしまう。露子と同じくおとなしい笛子の、手足の細い、それだけでりりしい少年である立ち姿。物語の主人公だけが持つことになっている青い宝石の付いた帽子。稽古の時、それを見ていてわけもなく涙が溢れ出てこぼれてしまう露子。
 笛子に嫌われたんじゃないか、との不安を経て、二人は一緒に練習するようになっていく。しかし笛子の両親は避病院に隔離されていることを露子は知る。
 そしてお芝居は、当時最新の蓄音機や幻灯機を使った画期的な演出で、大成功を収めた。その晩、ずっと消えていた吉本屋の窓という窓に明かりが灯った。しかしその翌日・・・。
 ああ、もうそんなあらすじを書きたいんじゃなねえ!女々しいレトロな少女趣味のジジイに誤解される。いや、誤解されて結構!とにかく一度この本を手に取って、他の漫画は後回しにしていいから、この一編を読んでいただきたい!
 だが、とにかく、もう、絵が、絵が、良すぎる!コマ割りが良すぎる。小さな少女たちの絵がユーモラスに可愛らしすぎる!どんな小さなコマも、全部イイ。見開きの舞台の絵の迫力!ボクはそこに描かれた大正時代の観客の一人になって、感動していた。芝居のクライマックス。
「風よ あらすな!
 雨よ うつな!
 あはれわが友 ををしくも
 なにをば覚悟 したまひぬ
 其は
 其は
 よろこびなりや
 悲しみなりや
 知らず!」
 この言葉に負けない輝くようなコマ。
 マンガっていうのは、コマが大きくなったり小さくなったりすることで、読者の感情を揺さぶる。そここそが、マンガの最大の特徴なのだ。そしてひとコマひと コマを、読み手はどれだけ長く凝視しても良い。どれだけ素早く走り読んでもよい。そこが画面が同じ大きさのままである映画ともテレビとも、決 定的に違う。監督が作った時間に合わせて鑑賞しなければならない映像やアニメとも違う。だが、そのことに案外読む人は気づいていない。マンガ を読んで「これはこのまんま実写映像化できる!」と簡単に確信してしまう。だからマンガの映像化はよく失敗する。
 ああ、また、マンガ論的なことに逃げている!ボクはそんなことが言いたいんじゃない!
 こんな一作のマンガが、一生に一話描けたら、残せたら、俺は死んでもいいって、言われなくてもいつかは死ぬけど、もう本当にそういう、奇跡の一話。再読してまた感動して鳥肌が立って胸がキューンとしましたよオヂサンは!とにかく未来永劫、全ての人に読んでほしいから、この本を墓場に持って行って冥界から宣伝するのだ!
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