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2016/1/8更新
第17回 大友克洋『童夢』特別版とボクの関係
 大友克洋が1983年に単行本発売したマンガ『童夢(原稿原寸大特別版)』が、マンガ史に残る大傑作であることに誰も反論はあるまい。
 マンガでしかできない表現を駆使し、前例のない超能力アクションスペクタクルファンタジーとでも言うような作品だ。
 単行本はマンガで初めて日本SF大賞を受賞し、たちまちベストセラーになった。発行元の双葉社は、これを記念して、箱入りハードカバーの原稿原寸大版というこれまた空前絶後の特別版を限定出版した。
 この単行本が今回の墓場本だ。まるで百科事典の一冊ごとき大きな本だ。ずっしりと重い。チョコレート色の箱は、上下が保護用の紺の布張り。表に大きな丸窓が開いている。タイトルの『童夢』はごく小さな白抜き文字。その上に大きな文字で「Dome」と金箔押しで刻印されている。丸窓の下に「K.Otomo」とやはり金箔押し。白抜きで小さく大友克洋と入っている。裏表紙にはど真ん中に、書籍コードのみがデカデカと白抜きになっている。
 ケースを出すと、パールのような特殊紙に、バーコ印刷という凸凹の印刷で、マンガの中の一場面が何が描いてあるかわからないほど拡大され、薄いグリーングレイで模様のように刷られている。
 見返しは濃紺の革シボ紙。めくると扉の前に白でメロン模様が入った厚手のトレーシングペーパーのような紙が挟まっている。
 棺桶に入れるには邪魔ともいえるこの巨大本を、なぜあの世に持っていきたいか。
 それはこの本の装丁者がボクだからだ。
 大友さん本人に直接頼まれた。当時、ボクは装丁つまりブックデザインの仕事を副業的にしばしばやっていた。デザインがデジタル化されるずっと以前の時代だ。当時はまだ、マンガの装丁に凝っている人がほとんどいなかった。そんな頃、たまたま友人だったマンガ家のなんきんの単行本のブックデザインを頼まれた。デザインは小演劇のチラシやポスターのデザインを学生時代から見よう見まねでやっていた。当時のマンガの装丁をダサいと思っていたボク(若かったなぁ)は、喜んで引き受けた。「南京漫画」という白泉社から出たA5版の本だ。
 これが一部で「今までにない面白いデザイン」と評判になり、いろんな人の単行本の装丁をした。内田春菊、桜沢エリカ、いしかわじゅん、高新太郎、蛭子能収、丸尾末広、杉浦日向子、とり・みき……。ボクのデザインは流行の先端をいくようなのではなく、どこか昔っぽいようなアナログの変わった装丁だった。副業と思って楽しんで軽い気持でやってたのがよかったのかもしれない。まあ、時代の流れだ。今はもう装丁はやめた。
 また自分のことばかり書いて申し訳ない。
 そんなマイナー装丁家に、天下の大友克洋が、そんな大きな仕事をくれたか? それはたぶん、友達だったからだ。これまた畏れ多いことだが、当時、近所だった大友さんの仕事場には時々遊びにいっていた。ボクはマンガ家デビューしていたものの、暇だったので、大友さんの作った自主映画「じゅうを我等に」に役者として出たりしたのだ。
 それで「クスミくん、やんない?」と言ってくれた。大友さんが本当の意味で大メジャーになるのはその後『AKIRA』の連載を始めてからで、当時は熱狂的なファンも持ち、マンガ家達に絶大な影響を与えていたけど、まだまだメジャーマンガ家ではなかった。だから、こんなボクにチャンスが来たのだ。今なら大友さんが頼みたくても周囲が許さないだろう。
 当時大友さんはまだ29歳だ。29歳の若さであの『童夢』の完成された絵と、老成したような物語を構築したんだから恐れ入る。
 見本本が出版社から届いた晩、大友さんの仕事場で、二人だけで打ち上げをした。ボクは25歳。大友さんの奥さんが大皿に料理を作ってくれて、二人でビールを飲んで、ワインを2本空けた。何を話ししたか覚えてないけど、大友さんが「俺ももう30になっちゃうからさぁ」と笑っていたのを覚えている。
 この豪華本を出す前の『童夢』単行本化にあたっての、大友さんの描き直しは凄まじかった。机の前に描く直すページの表が貼ってあり、終わったところから消していくのだが、ほぼ全ページにわたって描き直しと修正が行われ、まったく新しい見開きページが書き加えられていた。気の遠くなる作業に見え、その執念というか完全主義ぶりに本物のプロの仕事を見た思いだった。
 ボクと組んでデビューしていた和泉晴紀(当時泉晴紀)も、近所にいたので単行本化の際のスクリーントーン貼りやベタ塗りを手伝っている。和泉さんによると、一カ所スクリーントーンを貼るのをわずかに失敗している箇所があり、それは今でも見ればわかるそうだ。見逃してくれたのは大友さんの友達へのやさしさだろう(笑)。
 なにしろ原稿原寸大というのは、現物を見てみないとわからない迫力だ。作家のペンタッチが原寸で見えるのだから、普通の単行本で読んだ時とはもっと違う驚きがある。展覧会で原画を見るのにはかなわないが、かなり近いとも言える。「えーっ、これ全部描いたの?」って、当たり前のことを口に出したくなる。
 2P見開きはすべて圧巻。巨大団地が破壊されるシーン、主人公の一人の老人のチョーさんの最後の顔面ドアップ。そこだけしばらく絵画のように見続けるに耐える素晴らしさだ。ものすごい緻密な絵が、細かいペンの線一本一本、丁寧に描き込まれているのがわかる。なのに全体としてひとつの大きな波動を持って見る者の心を揺さぶる。
 とりわけ有名な、チョーさんが少女の超能力で壁に押し付けられ、壁ごと球状にへこむシーンの衝撃力。空から逆さまに団地を見下ろしたシーンの浮遊感。男のからだがくの字に曲がって破裂するシーンなど、マンガ家もマンガファンも見たこともない表現だった。それをまた過剰な演出でなく、説明少なに淡々と進める妙な静けさが、いっそう不気味でドキドキさせた。一流SF映画にまったく負けないマンガ表現だった。
 この『童夢』を完璧に完成させたことで、大友さんはまた大きく前進し、新たな力を獲得し、日本はおろか世界中が熱狂した『AKIRA』を描くに至る。そういう意味でも、大友さんの転機、マンガ家人生のターニングポイントといえる重要な作品でもある。当時はそんな風には思わなかったけど、今振り返ってみると、確実にそれが見える。天才の生涯には必ずそうした作品がある。
 そんな『童夢』にボクが偶然の力もあって、関わることができたことは一生の光栄だ。というか、ボクも若かった。何を恐れることもなく、自由に楽しんで苦心工夫して、時間をかけて楽しんだ。今だったら、依頼されても、怖じ気づくかもしれない。そういう自分の若さの勢いの思い出としても、この本は死んでも手放したくない気持ちなのだ。
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