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2015/11/20更新
第14回 墓場には持って行かない「ごんぎつね」
 ボクは本を読んで泣いたことが無い。でも、泣きそうな気持ちで胸がいっぱいになったことは何度かある。あの時、泣けていたら、もっと楽だったんじゃないかと思う。でもそういう体験は何度かあるけれど、どの本のどの言葉だったか覚えているのは、たった一冊しか無い。
 小学校の時に読んだ、新美南吉の「ごんぎつね」だ。今も売っている、箕田源二郎が絵を描いた絵本だ。忘れられない。
 キツネのごんは、ひょうじゅうが川で獲ったウナギやキスを、彼がいない間にいたずらに川に捨ててしまう。その後、村で葬式があり、ごんは死んだのがひょうじゅうの二人暮らしの母と知る。きっとウナギは母のために獲ったんだと思い、ごんは詫びるつもりで魚屋のイワシを盗んで、ひょうじゅうの家に入れる。ひょうじゅうは魚屋にイワシを盗んだと思われ、ぶんなぐられる。ごんは、それを知り、申し訳なかったと思い、毎日山で穫ったクリやマツタケをそっとひょうじゅうの家に届ける。ある日、届けに行ったところをひょうじゅうに見つかり、火縄銃で打たれて死んでしまう。
 これがざっとしたあらすじだ。
 確かに悲劇だ。
 だけど子供だったボクの胸を締めつけた一文は、ストーリーやエンディングではない。その直前。
 「ごんは、ばたりとたおれました」の後に続く「うちの中をみると どまに くりが、かためておいてあるのが目につきました」の「かためて」だ。
 この「かためて」に、やられた。そのページにはひょうじゅうの足元に口を開いて倒れているごんの絵がある。火縄銃やひょうじゅうの足に比べて、そのからだはとても小さく、ひどく華奢だ。銃口からはまだ青い煙が出ている。かためたクリの絵はどこにもない。だけどこの小さなキツネが、山からとってきたクリを、土間に固めて置いていることを想像すると、泣ける。その後にまさか自分が撃たれて死ぬことも知らず、あのキツネの前足でこっそりクリをかためている仕草、姿、無心を思うと、その時泣かなかったけど、記憶の気分は号泣だ。今回、そのページをあらためて見たら、淡く赤いタデの花と枯葉が一枚描かれていた。画家も素晴らしい。ボクは「切ない」という気持ちを、初めて読書体験したんではないだろうか。この鮮烈な体験をボクは生涯忘れないだろう。
 それが、絵と合体したものであったことも、今のボクの表現に影響を与えているんじゃないかと思う。字だけじゃ足りない、絵だけでもさびしい、というような。さらに、説明し過ぎるより、書かない、描かないで、想像させるところに、より深く伝わることもあるということを、ボクは心の深いところで知ったのではないだろうか。
 だけど。
 だけど、この本は墓場には持って行かない。
 大人になって、この本は、現行本では、第三者によって原文が書き直されたものであることを知ったからだ。ボクが生まれて初めて感動したあとの文章。
 『ごん、おまいだったのか。いつも くりを くれたのは ごんは、ぐったりと 眼をつぶったまま、うなずきました。』
 となっているが、新美南吉の原文は、
 『ごん、おまいだったのか。いつも くりを くれたのは ごんは、ぐったりしたまま うれしくなりました』
だそうだ。これを知ったときの、俺のドッチラケは今までの生涯でも最大級のものだ。児童向けに、教育的に、わかりやすいようにと、勝手に直されたらしい。そういうのが一番嫌いだ。自分が子供より頭のいい大人だと勘違いしている輩がやることだ。馬鹿か。わっざとらしい。
 眼をつぶったままうなずく?コタツで寝てるキツネか。突然人間の会話が通じるという、あきれ果てる陳腐さ。死に瀕した命だよ。そんな安いTVドラマみたいな作り事で、この悲劇のリアリズムをまとめてどうする。人生なんてそんな風にまとまんないんだよ。大人のいちばん嫌な部分。口先だけ。理屈的に説明しにくいところを、隠す。消す。直す。
 この小説を新美南吉は十代で書いている。「ぐったりとしたまま嬉しくなる」という深く身を切られるようなリアリティは、研ぎすまされた十代ならではの天才の感性だと思う。絶望と幸福が一瞬に交差して消える。こういう表現は、じじいばばあには絶対できない。それをじじくそばばくそが「これはちょっと…」と改稿してしまう感覚の、なんと手垢と世俗と責任逃れにまみれた汚らしいことよ。どうせ他にも全編にわたって、コソコソ手が入れられているんだろう。こんな本は絶対に墓場に持って行かない。いらない。そんなもの無くても、新美南吉の魂は、ボクの中に生き生きと輝き続けるだろう。
 今読みなおしてみて、たぶん新美南吉本人の感性であろう言葉は、本当に細部に輝いている。たとえば、ひょうじゅうとごんが、小川で出会う場面。大雨のあとで黄色く濁った水に腰まで浸って、魚を捕っているひょうじゅう。「かおの よこっちょうに、まるい はぎのはが 一まい、大きな ほくろみたいに へばりついていました」。ストーリーに全然関係ない。でもいかにもどんくさいひょうじゅうのキャラクターを、何よりも表しているじゃないか。ダサさの純情、その透き通った気高さをわかっているんだよ、南吉は。そこなんだ、ごんぎつねの本質は。子供のボクには、ちゃんと伝わっていた。もちろんそれを言葉にはできなかったけど。魂の言葉って、年齢に関係なく通じるんだ。学校教育的な狭っくるしい意味での、「いい話」にはおさまらない名作だとボクは思っている。
 新美南吉は売れる前に、三十歳にならないで死んでしまった。そういう彼の運命を予感させるような「ごんぎつね」だ。まわりの人たちの尽力で、死後、この作品は評価されるようになり、今も売れ続けている。今流布されている直された文章を、元に戻せとは騒がな い。よくあることだ。これはこれで、教育的な、真面目な、わかりやすい、名作だと思う。でもあの世で新美南吉は怒り狂っているかもしれない。少なくとも物書きとしてもボクは死後そんなことされたら、やった奴を呪い殺す。
 本は持って行かない。幼いボクが胸を締め付けられた、あの読書体験がボクの墓場まで持っていく宝物なのだ。 
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