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2015/11/06更新
第13回 上手と下手の外側にあるルソーの絵
 字ばかりの本より、挿絵や写真など図版の入った本が好きだと前にも書いた。『現代世界の美術14 ルソー』(講談社)は文字の方が添え物の画集だ。画集で、墓場に持って行きたい本を選んでいたら、やっぱりアンリ・ルソーになった。
 好きな画家というのは年齢によって変わる。ボクが最初に好きになったのは誰だったろう。そう考えて、思い出したのは小学校低学年の時に知った、マグリットだ。子供から見たら、真面目なウマイ本物そっくりな絵なのに、靴の先が人の足になっていたり、会場の空に石が浮いていてその上に城があったり、山脈の上が鳥になっていて、それが見える窓のふちに鳥の巣と卵があったり、不思議で面白かった。
 モネのようなぼやけた絵は好きではなかった。ピカソのわけわからない絵も好きではなかった。ルノアールのメルヘンな絵も好きではなかった。セザンヌの何を描いてるのかわからない風景画も好きではなかった。マチィスの筆の痕跡や色むらが汚く見えた。モナリザの微笑はちっとも笑っているように見えなかった。
 ところが二十歳を過ぎて、突然、セザンヌの『カルタ遊びをする人々』の絵を『カッコイイ』と思った。しかし、カルタって。日本のものだろう。フランス人が、カルタ。「いぬもあるけばぼうにあたる」とか。どう見たってこの人たちのやっているのはトランプだ。でも、ずっとのちにカルタは「カード」から生まれた言葉だと知ったのだが。それはともかくカッコイイ絵と初めて思った。
 それから、モネの『睡蓮』の絵が物凄くきれいに見え始めた。夕暮れの、朝日の中の、雪の中の積み藁が、なぜこんなに輝く美しさを放つのかにウットリした。どうやったらこんな色出せるのか。
 マティスの、筆を置く絶妙さ、写実の中の装飾性のデザインっぽさに、はかり知れないセンスを感じた。「JAZZ」なんて切り絵画集が、昔なのにスタイリッシュ過ぎて見えた。
 初めて行ったニューヨークで、「これ、面白い絵だな」と近づくと、ことごとくピカソだった。
 ゴッホの絵が好きになったのは、そういう経験のあとだった。ゴーギャンの絵もそうだった。カンディンスキー、ミロ、グレコ、ムンク、コクトー……。
 逆にその頃はマグリットは好きでなくなっていた。芸術っぽくないものに見えていた。つまりボクは、ようやくわかってきた(つもりになった)芸術に憧れていたんだろう。ちょうどその頃横尾忠則が「画家宣言」をしたので、自分の感覚にリアルタイムで、横尾さんの画集やポスターを買ったり夢中になった。ニューペインティング、なんてのもあったなぁ。流行だったのか、あれも。
 ゴッホを経て、浮世絵が好きになった。北斎と広重の、技術とセンスとユーモアに、昔の日本人ののどかさと度量を思い知らされた。ダヴィンチのすごさもわかってきて、モナリザの表情に、絵画の、そして人間の微笑みの深淵を垣間みる思いをした。
 そうして、ルソーをもう一度見た。そういえば、小学校の教科書に『眠るジプシー女』という、どこがうまいんだかわからない不思議な絵が出ていて、心に残っていた。あらためて見ると、ジャングルの絵がどれも物凄く魅力的だ。こんなジャングル、あるのか?と思うジャングルだった。解説を読んだら、ルソーは昔軍隊でメキシコの密林を見た、と語っていたがそれはウソだった、と書いてあった。パリの植物園で見て描いていたらしい。そのウソが面白いと思った。そう思って見ると、ルソーの絵はどれもこれも面白かった。誰にも似てない絵だ。そして「上手い」と「下手」の問題の外側にある絵だと思った。最初にルソーの絵を買ったのがピカソというのも納得した。
 この「上手い下手問題」は、表現の全般にあることで、絵画のみならず、音楽、文学、演劇にも付いて回る。つまり、上手いのがエライ、下手なのはダメという感覚だ。みんな口では「上手い下手は関係ないよ」と口では言いながら、自分に矛先が向くと「私なんて、そんな、もうヘタクソで、とてもお見せできるもんではありません」となる。今、上手い下手は関係ない、と言ったばかりなのに。
 ロックミュージシャンの有名ギタリストを「アイツのギターがあいかわらず下手ウマでいいんだ」何て夜更けのバーで笑って言っている奴は、
 「ピカソって、ホントはウマいの」
と言っているオバサンを笑えない。変わらない。
 そういうわけでルソーだ。ルソーの絵を見ていると、上手い下手問題の重力から離れることができる。ルソーは、ボクの言い方では世の中の「なっちゃった物件」に似ている。時代に取り残された純喫茶が、時の流れで流行を一周しちゃって、最先端のカフェみたいになってる「なっちゃったカフェ」みたいに。巧まずして、偶然なっちゃった美しさ、面白さ、独創性、奇抜さ。
 ルソー本人は大真面目だ。大真面目が度を超してウソをついてしまう。そのウソがまた面白くなってしまう。やろうとしてできることではない。ルソーの絵はどんなに達者でセンスがあっても、描ける絵ではない。それは生まれもっての技術が卓越していて、それを打ち破ることに挑戦し続けた(あるいはそれを遊び続けた)画家・ピカソにこそ、戦慄的に直角できたのだろう。「これはひっくり返っても俺には描けない絵だ」と。
 上手い下手問題は、頭イイワルい問題でもある。つまり脳の問題だ。脳味噌を神様にした宗教だ。脳に支配されると、人間は動物の頂点であると勘違いする。地球の支配者であると勘違いする。地球にやさしく、なんて思い上がりも甚だしい。経済的に貧困な国を、自分の国より劣ると勘違いする。科学は万能だと勘違いする。科学的に証明されたことが真実だと勘違いする。そういう勘違いは、絵を鑑賞するときも少しづつ出てしまう。知らず知らず出ちゃう。展覧会で、絵を見ているより横にある解説を読んでいる時間が長くなってしまう。
 ルソーの絵を見ていると、そういうものからボクは離れられる。死んでしまったら、上手く生きたか、下手に生きたか、それは関係ない。ルソーの絵は、ただ面白くて、ルソーが描かなかったら見ることはできない不思議な美しさを持っている。そういうふうに死んでいたい。だから、ルソーの画集をボクは墓場に持っていく。ボクが今回言葉足りなかったことは、ボクの先生の赤瀬川原平さんが『赤瀬川原平の名画探検・ルソーの夢』(講談社)というルソーの画集で一枚一枚書いてくれているので、そちらも一読をお勧めします。スッゴク面白いですよ。
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