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2015/10/16更新
第12回 「河童の三平」はボクの教科書
 この連載が始まってすぐこの本を思いついたのだけど、好き過ぎて、どこからどう書いたらいいのかわからなくて、後回しにしていた。水木しげるさんの長編マンガ『河童の三平』だ。
 書くにあたっては、もう一度全部読み直す必要がある。が、マンガと言えど、この本は全巻で900ページもある。忙しい中、ちょっと尻込みしてしまう。が、たまたま青森の弘前まで行かねばならぬ仕事ができたので、その車中で再読破した。何度目だろう。
 そして、ますますこの本が好きになってしまった。尊敬する水木先生のマンガは何もかも好きだが、この一作は特別だ。やっぱり何から書けばいいのかわからない。絵も登場人物も台詞も物語も全部いい。ボクにとって愛すべき一冊というのはこういう本のことだ。
 主人公の三平がまずかわいい。山奥の家に生まれ、両親は行方不明で、祖父に育てられている。でも、なんとのびのびした、子供らしい子供なんだろう。こういう子供が描けるだけで、水木さんは自分の中に子供の心をまったく損なわず保ち続けているとわかる。
 そして迷い込んだ河童の国で出会う、河童の三平こと、かん平河童。
 そしてそして「タヌキ」としか名前が出てこないタヌキ。このタヌキが真っ黒でものすごくカワイイ。一番好き。考えてみたらタヌキが真っ黒なんて変なんだけど、読んでいてそんなこと一度も思わなかった。 無茶苦茶な造形を、読者にそう感じさせない。いいマンガ家の条件のひとつだ。
 さらに死神。ゲゲゲの鬼太郎のねずみ男的存在。これが結構早い段階から最後まで登場する。この物語のすごいのは、少年マンガなのに、全編に渡って「死」がいつも隣り合わせにあることだ。祖父も死ぬし、父も不幸な中で死ぬ。そしてなんとまあ主人公の三平までも、驚くほどあっけなく死んでしまう。死が裏テーマと言ってもいい。いや、水木さんは裏というほど口ごもってもいない。
 これを水木しげるが戦地で死をたくさん見たからだとか、爆撃で片腕も失って九死に一生を得たからだ、と説明付けるのはボクは嫌だ。こんなに死がいっぱいなのに、おおらかでハッピーでかわいくてのどかで、死臭のしないマンガが描けたのは、やはり水木さんの天才さだ。むしろ生命讃歌のような幸福感が全体に鳴り響いている。しかもそんな台詞も場面も一切無しに。
 祖父が死んで「とうとうひとりぼっちになってしまった」と部屋の真ん中に寝転んで、そのまま眠ってしまう糸くずみたいな三平が、ああもうたまらなく愛しい。ページをめくると隣にタヌキが寝てるのもおかしい。自分のマンガでこんなのが描けたら、死んでもいい。
 オナラがこれまた全編に出てくるのも面白い。オナラが好きで好きでたまらなくなければ、こうは描けない。ボクも、いくつになってもオナラに笑うような人でいたい。
 『ストトントノス七つの秘宝』の冒険活劇も楽しい。出てくる七匹の妖怪の造形も素晴らしい。その時だけ仲間になり、最後は弓にさされてこれまた死んでしまう寝ぼけ顔の鳥も素晴らしい脇役だ。父が苦労して発見した3人の小人の活躍も嬉しい。その間に育まれていく友情。まるで特撮アクション映画だ。でも映画ではなく徹底的にマンガなんだなぁ。マンガでしかできないノンストップファンタジーアクション。映画と違うのは、ひとつのコマを読者がずっと見続けて味わったり、前に戻ったり、自分のペースで物語と付き合えるところだ。
 美女に化けている人食いおババの妖怪が出してくる蕎麦と饅頭が、さらりと描かれているのにウマそうでたまらない。猛烈にかけそばが食べたくなった。
 細密に描き込まれた、河童の国をはじめとする異界の風景の大ゴマは、本当に読者を異界に誘ってくれる。水木さんはずっと前にお会いした時に言っていた。
 「妖怪なんて目に見えるもんじゃないですよ。感ぁんじるんです。その感じたものを絵に描けた時、捕えた!となるわけです。私が背景を細密に描き込むのは、見えもしないものを、さもいそうに見せて、読者をダマすんですわ。あっはっは」
 言えそうで言えない言葉だが、マンガの本質をガシッと捕えている。本当に、このマンガには水木さんの漫画的手法が全部詰まっているような気がする。
 おいでおいでー、みたぞみたぞー、きいたぞきいたぞーの、植物的妖怪も、今回読んで改めて魅力的だった。読むたびに新たに好きなところが見つかる。無臭老人の肛門が奏でるたえなる屁の音楽が、電子オルガンのように全山に鳴り渡っていく、という音楽の出し方も、水木さんしか思いつかないダイナミックな馬鹿馬鹿しさだ。「無臭老人」という単純で最高な名前も、おいそれと出ない。
 後半出てくる三平のお母さんもいい。バラバラに生きていて、皆貧乏で、それぞれに不幸を背負い、ようやく会えたのに、結局は死という形で全員が別れ、母だけがひとり残される。なのに、いい家族だったのだな、と思わせるこの温かさはなんだろう?
 マンガでも文学でも映画でも、誰にもこういう家族は描けないのではないか。
 そして、死んで、幽霊になって死神に連れられて遠いところに行ってしまう三平とタヌキの別れのシーン。ボクは今まで読んできた全マンガの中でも一番心の奥まで響く切ないシーンだ。夜で、強い風が吹いていて「三平、もう行ってしまうのか!」といつまでも手を振るタヌキが悲しすぎる。一番近いのが映画『パピヨン』で最後に主人公を崖から見送るダスティン・ホフマンのシーンだろう。タヌキの最後の涙は、本当に涙を誘う。何度読んでも胸が張り裂けそうになる。
 そしてこのマンガはそのあともしばらく続くところが素晴らしい。三平の母親が、三平になりすました河童に、ずっと知っていましたよ、というエンディングもたまらない。
 あー、だめだ、ボクがこの本を愛する気持が100分の1も書けていない。いや、とても文字で書けるようなものではない。どこから開いてもボクはすぐさまこの本の世界の中に入っていける。このマンガは、ボクの教科書であり、いつもいつも側に置いておきたい本だ。ボクはこの本があれば、死の向こうにも、いつもの散歩のように行けるような気がする。というわけで、新でも手放したくない、それこそ棺桶に入れて一緒に焼かれたい。『河童の三平』こそ、ボクの人生を照らして、永遠に燦然と輝くボクの墓場本だ。
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