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2015/8/21更新
第8回 人間の極限状況が描かれた「無人島」本!
 ボクは吉村昭の本が好きだ。だんだん好きになった。最初は、高校生の時かな『破獄』を読んで興奮した。脱獄モノ好きだからね、子供の頃から。
 テレビで『大脱走』を観たのは小学校のときだ。集団脱獄もの。よかったなぁ。あと、ポール・ニューマン主演の『暴力脱獄』。これもテレビで見た。しかし今思うとヒドイ邦題だなぁ。ホントは“Cool Hard Luke”だよ。それから『パピヨン』。『アルカトラズからの脱出』。もちろん『ショーシャンクの空に』も忘れてはならない。
 なんで脱獄ものって面白いんだろう。やっぱりどこかに「今の不自由な現実世界から逃げ出したい」という心理があるのかな。だから主人公がうまくやると、本当に痛快。
 またまた横道に反れてしまったけど吉村昭の『破獄』は、その後何度も読み返したほど好きだ。吉村さんの文は、いつも淡々としていて、静かだ。余計な装飾が無く、ボクの嫌いな文学っぽさもなく、ただ事実をありのまま書いているような文体だ。
 ボクは吉祥寺・井之頭公園の裏手にある、吉村昭さんの家の近くに住んでいた時期があった。グラウンドのベンチで近所のおじいさんと話している吉村さんを観たことがある。文章そのものの、ジェントルでフレンドリーで、穏やかな話し方だった。
 『破獄』は一応フィクションということになっているが、ノンフィクション風に書かれている。どんな小説も徹底的に調べて書くということだから、もちろんモデルがいるんだろうが、本当に生々しい。何度も何度も脱獄する男のアイデアと恐るべき肉体能力が、マンガのように痛快だ。静かな文章だから、余計凄みがある。でも『破獄』は面白いと思ったが、高校生のボクは吉村昭を面白いとまでは感じなかった。馬鹿だったからだ。そこに描かれた主人公とその話が面白かったのだ。
 次に読んだのは大学生で『戦艦武蔵』だった。これもすごく面白かったが、読み返してはいない。あんなに巨大なものをこそこそ隠して作っているところが滑稽だった。
 その2冊を読んでから、ようやく吉村昭の名前で本を買うようになった。つまり、そのくらい若いボクにとっては、地味な作家だったんだと思う。今はそこがカッコイイ。
 『高熱隧道』。黒部ダムを造るためのトンネル堀りの男たちの話。これも手に汗握る物語。
 でも、ボクが真にこの作家のはかり知れない凄みを知ったのは、恥ずかしながら、つい最近だ。例の東日本大震災のあと吉村さんの『三陸海岸大津波』を読んだのだ。書かれたのは1970年だ。三陸は明治29年、昭和8年、昭和35年に大津波に襲われている。そのことを書いているのだが、ボクは例の3.11の映像をテレビやYouTubeで観たあとに読んで、本当に驚いた。あの映像を吉村さんが観て書いたようにしか思えないのだ。作家の想像力、表現力に、心底震えるような読書体験だった。
 その流れで『関東大震災』も恐る恐る読んだが、これはもう恐ろし過ぎる本だ。東京からすぐにどこかに引っ越したいと思った。震災体験者の証言が物凄く生々しい。麹町の消防署の鉄骨の望楼、つまり火の見やぐらの上にいた職員は、振り落とされそうなのを必至でしがみついていた。「街街は篩(ふるい)の上の豆のようにひしめきながら振動していた」というのがリアルだ。
 吉村さんの他の本ばかり書いて、規定文章量の半分を超えてしまった。でもこれらの作品を落としてでも墓場に持って行きたいのは『漂流』。これはもう大好き。何度も何度も読んで、そのたびに胸が熱くなった。
 江戸時代に、大シケに遭って、太平洋に流されてしまった土佐の船乗りの男・長平の物語だ。植物も水も無い岩だけの無人島に流れ着き、一緒に来た仲間3人は、次々に病に倒れ、たった一人になる。食べ物は年に一度大挙してくるアホウドリと海草や貝のみ。それよりも壮絶な孤独。どうするんだ。読んでいて喉が渇く。苦しくなる。長平すご い。すご過ぎる。このサバイバル。
 数年後、別の漂流者たちが島に流れ着く。最初は長平の伸び放題の長髪と髭、そして防寒のために着たアホウドリの羽根で作った白い蓑のようなものを見て「鬼かと思った」と言うが、長平は心の中で「みんなこうなる」と思う。さらにもうひと組。全員が絶望し、病死するものや、おかしくなって自殺するものも現れる。当たり前だ。
 そして「船を作って逃げるしか無い」という結論に達して、漂流物で全員が乗れる船を造る。なにしろ釘一本から無いのだ。何年もかけて、ついにそれは出来上がる。そしてその危なっかしいボロ船に乗って、八日間、青ヶ島に漂着、最終的には八丈島に到着して日本に戻ることができる。
 長平が島についてから、この間十二年。この本には十二年のことが省かれず淡々と書かれている。だが全然ダレルことは無い。ずっと面白い。全ページ、読みとばせない面白さ。面白いと行っちゃ失礼だが、やっぱり面白い。極限の人間の苦痛、苦悩、工夫、努力、希望、絶望、信頼、信心の姿は、生きる人間の濃縮コンクだ。
 長平は帰国数年後、各地の有力者にまねかれて、その体験を話して金品を受けるようになる。そして妻帯し、子にも恵まれる。めでたしめでたし、の直前、
 「長平は、人々から無人島という渾名(あだな)をつけられた」
 という一文に、ボクは初めて吹いた。ひどい。でもそんなものだ。六十歳で死ぬのだが、この本の締めくくりは長平の墓の描写で終わる。
 「墓碑には、無人島野村長平と刻まれた。」
 アハハ、本人どう思うだろう。死んでるから関係ないけど。というわけで、ボクもこの一冊を吉村昭本の代表選手としてお墓に持って行こう。
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