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2015/6/5更新
第3回 カメラマンがとらえた文士の素顔
 カメラマン・林忠彦の名前は知らなくても、バーで高椅子の上にあぐらをかいた太宰治の写真、ものすごいゴミだらけのような部屋で座卓に向かう坂口安吾の写真なら、ほとんどの人が見覚えがあるのではないか。
 ボクはこの人の『文士の時代』という写真集が大好きだ。去年、中公文庫になったのでそれも買ってしまった。久しぶりに読んだら、全部書いてあることを覚えていた。
 そうなのだ。これは日本の昔の文士、つまり小説家の写真集に違いないのだが、そこに添えられた林さんの文章が好きなのだ。
 カメラマンという正業に心血を注ぎ、数年を経てから、その時の裏話や作家との思い出を書いているのだが、その肩の力の抜け方が本当に親しみ深く、そして面白い。
 例えば一番有名な太宰治の写真は、銀座のバー「ルパン」で織田作之助を撮っていたら、カウンターの反対側の男がベロベロに酔っぱらって「おい、俺も撮れよ。織田作ばかり撮って。俺も撮れよ」とわめいていた。林さんはうるさいなぁ、と思って他の人に誰か聞いたら「あれが今売り出し中の太宰治だよ。撮っといたら面白いよ」と言われ、最後のひとつのフラッシュバルブを使い、ワイドレンズが無くて引けないからトイレのドアを開けて、便器にまたがって撮った1枚だそうだ。「おそらく僕の作家の写真のなかでは一番多く印刷されて評判になった写真ですが、全く不思議なものです」と書いている。
 その太宰治の写真は、たしかに他で撮られた太宰の写真とは全然、ファッションも、髪型も、表情も違う。しかも「俺を撮れよ」なんて、いくら超ナルシストではあっても、そこまで直接的な発言をカメラマンにしていたというエピソードが太宰らしくない。ポケットからは丸めた新聞がはみ出ているし。でも確かに太宰治だ。面白い。
 川端康成が、鷹のような目で、無口で、ものすごくコワくて、近づけない。顔のアップを撮るのに40年かかった、という。ウソみたいなエピソードだけど、それを裏付けるだけの説得力ある肖像写真なのだ。無口で酒も飲まないのに、銀座のバーにはよく来て、何時間もいて、何が面白いのかなぁ、と思ってたら、先生、店の若い女の子の手を後ろからじいっと、最初から最後まで握っていたとか。川端康成、なんちゅうむっつり助平のじいさんだ。
 林さん自身がすごく酒を飲んだようなので、作家との飲み屋の話や、作家の家で飲んだ話がたくさんあって、それが全部面白い。今回の文庫版で、息子さんの林義勝さんのあとがきを読んでたまげた。
「酒豪だった父は、この当時、一日の時間を三等分にし『八時間働き、八時間飲み、八時間寝る』と豪語し、実践した」
 スゲエ。豪快。しかし、それがたたってか、晩年肝臓癌になり、脳出血にもみまわれ、余命一ヶ月と言われる。ところがそこから、辛い治療を受けつつ車椅子を押してもらって最後の写真集「東海道」を息子さんと撮り始める。そして5年かけて完成して亡くなったそうだ。すごい意思力。
 だけど文章はどれもこれもやさしく、ユーモアがあり、謙虚だ。その場にいるようなリアリティを感じる。
 いつも口をへの字にした谷崎潤一郎の一瞬の笑顔も素晴らしい。それを撮った時のエピソードもいいし、その写真を未亡人になった奥さんが、ものすごく大切にしているという話も微笑ましい。
 志賀直哉の立派すぎるような顔も、今やなんだか滑稽な感じがする。小説書いているぐらいで、なんでそんな立派にしなきゃならないんだ。
 頑固ですぐ人を怒鳴りつけたという正宗白鳥が、リュックサックを上下逆さまに背負って「中のものが落ちなきゃいいじゃないか」と言って平気だというのも、ちょっとおかしい。肖像写真を撮りたいというと朝6時に中野の息子の家に来い、とか。無茶だろ。
 どんな男でも、五十過ぎてひとかどの仕事をした人は、下町の職人であろうと誰だろうと、絶対どこかいい顔をしてるんだそうだ。そこをぎゅっとつかめばいい写真になる。あれこれ頭で考えて撮るより、すーっと近づいてぱっと撮れば必ずいい写真になるという。これはなんだかわかるような気がする。ところが一人だけ、このきまりが当てはまらなかった人がいるという。それが三島由紀夫だった。そういわれて見ると、どの写真もどの写真も、かっこつけている。自分を自分以上のものに見せようとしている。そう見えてしまう。ある時からボディビルやボクシングも始めた。「もしも背伸びしないですむような肉体を持っていたら、ああいう自決の最後も起きなかったんじゃないかという思いが僕にはあります」って、なんてやさしく素直な文章なのだろう。でも、何となく思っていたことを、そばで何度も写真を撮っていたカメラマンが言うと「ああ、確かにそういうことか」と納得してしまう。
 檀一雄を都内の仕事場に撮りにいくと、ぼろぼろな襖のコタツにドーンといて「写真なんてどうでもいいじゃないの。飲もう飲もう」とすぐ酒になった、と書かれた写真の魅力的なこと。
 本当にこの文章を写真と一緒に読んでいると、酒場に行って一杯やりたくなってしまう。というわけで、これを読んであの世でもちびちびやりたいなぁと思うわけです。
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