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2015/5/15更新
第2回 『つげ義春とぼく』とぼく
 ボクは子供の頃はそれほどマンガに夢中になった事は無かった。小学校高学年の頃『巨人の星』(原作:梶原一騎 画:川崎のぼる)や『あしたのジョー』(原作:高森朝雄 画:ちばてつや)が連載されていて、大人気だったので、クラスの友だちと回し読みした。中学2年の時、松本零士の『男おいどん』にハマって読んだ時期はある。あと風邪を引いた時に、友人のハギワラくんが全巻貸してくれた『ジャイアント台風』(原作:高森朝雄 画:辻なおき)。まだ現役だったジャイアント馬場物語。 作り話っぽいところもプロレスそのもので面白かった。
 でもそれよりなによりマンガに「ガーン」というショックを受けたのは、つげ義春の作品だ。これはマンガを越えたマンガだと思った。高校2年の時、隣りの席になったおとなしいミツギ君は、大の読書家だった。ボクの知らない本をたくさん教えてくれた。その代表が安部公房だったが、マイナーマンガ誌「ガロ」の面白さも彼が教えてくれた。
 いや、待て。それだけではない。ボクは中学3年生の時に知って好きになったバンド・はっぴいえんど経由で、永島慎二を知った。入口ははっぴいえんどの歌にもある少年マンガ『花いちもんめ』だった。でも、永島作品にはもっとディープな『漫画家残酷物語』というのがある事を知り、どうしても読みたくなった。それは「ガロ」に連載されていたと知り、がぜん「ガロ」に興味を持った。
 そのガロをミツギ君はボクよりずっとよく知っていたのだ。高校に入って「そろそろジャズを知りたい」と思った時には、ミツギ君はすでにジャズに詳しく「植草甚一のこのジャズの本が面白いよ」と教えてくれたりしたのだ。オマタ君も別のセンスいい本を知っていたな。  ああ、ダメだ。この頃の事を考えると、いろんな思い出が絡み合って次々に浮かんでしまい、なかなか肝心なつげ義春にたどり着かない。一気に飛ばそう。
 吉祥寺の中道通りに、「ウニタ書房」という奇妙な屋号の小さな書店があった。今はもう無い。
 ここに、「ガロ」を出している青林堂のマンガ単行本がたくさんあったのだ。当時、三鷹・吉祥寺の書店で青林堂の単行本をたくさん売っているのはここ一軒だけだった。
 青林堂の本はそれまで見たマンガと全然違った。いわゆる少年コミックスの大きさはB6だったが、青林堂のはA5サイズで一回り大きい。今でこそどこの出版社でもあるが、当時は青林堂くらいしか無かった。さらにその大きさでハードカバーの単行本があった。ハードカバーのマンガ単行本なんて見た事も無かった。マンガは「そういう風にする本ではない」と無意識に思っていた。
 そしてある日、ウニタ書房の棚に『つげ義春作品集』なる巨大な本を発見したのだ。これはなんと雑誌と同じB5判で、ハードカバーで、ハードカバーの上にカバーがかかっていて、さらに段ボール製の函入りだった。そのぶ厚い事、重い事、百科事典の如し。これにはぶっ飛んだ。たしかガラスケースの本棚に入っていたような気がする。
 これが欲しくて欲しくてたまらなくなり、たしか何ヶ月かお小遣いを貯めて、買った。それまでに何度もウニタに偵察に行った。「まだあった」と胸を撫で下ろしたが、今考えると売れてはまた入荷していたのだろう。
 それからはもう、この重い本を何十回と読み、台詞を覚え、「えー、腹がつっぱる」「きみはこう言いたいのでしょう、イシャはどこだ!」「あなたすてきよ。いい感じよ」などと日常会話に使い、つげ義春と名のつく本は全部欲しい、若い頃の面白くないのでもなんでも全部読みたい、という全つげ義春フリークが通る道を歩んだ。
 そして、待望のつげ義春の新刊が出た。つまり、やっとつげ義春についに追いついたのだ!
 それが『つげ義春とぼく』だ。1977年、ボクは19歳で、美学校の赤瀬川原平・絵文字工房に通っていた時だ。赤瀬川さんも、つげ義春の『ねじ式』のパロディマンガ『お座敷』を描いていたので、教室でもこの本の事が話題になった。原平さんは「『つげ義春とぼく』っていうタイトルが、すでにちょっと不思議でいいよね」というような感心の仕方をしていた。
 とにかくこの本はファンにとってはタマラナイ、いろいろなつげさんの秘密が詰まった一冊だった。
 まず口絵にカラーのイラストが何点も二十ページくらいに渡って載っていて、これがもうスバラシイ。旅の絵が中心なのだが、どれも小さなドラマと侘しさとエロスとユーモアを含んでいて、「これこれ、待ってました!う〜〜〜」という気持ちで眺め回した。
 そして「颯爽旅日記」という書き下ろし旅のエッセイ。「颯爽」と謳いながら全然颯爽としていないのが、つげさんらしい。初めてのひとり旅で特急電車に乗り、食堂車に行ったが気おくれし、コーヒーとサンドイッチを頼んだが「劣等感のためノドを通らず食べ残す」。最高。「千七百円はごつい」「エビの丸上げのうめえこと」など今でも忘れられないフレーズもたくさんある。
 自作マンガの裏話も多く「ねじ式」の一場面の背景が、つげさんが千葉の太海で撮った漁村の写真そのまんまだったのを見た時は、ひっくり返りそうに驚いた(そんなのつげファンだけだろう)。
 さらに「ぼくの漫画作法」という章では、自作について「そこまで話してしまっていいのか」というくらい語っていて、頭がクラクラした。『大場電気鍍金工業所』に関しては、最初の発想のメモ書きやプロット、さらに原作絵コンテまで載っていて、それが完成したマンガと並べてレイアウトされている。穴が開くほど見てしまった。
 続いて『夢日記』。これがもう面白過ぎる。ボクはこれをすでに雑誌「ポエム」に掲載時に読んでいたが、単行本に入って感激した。今のボクの夢に関する書き方、描き方は、完全にこの影響下にある。マネです。そのくらい、つげさんは夢を夢のように描くのがウマい。ボクが夢の不思議について、深く考えるようになったのは、間違いなくつげさんの夢日記を読んでからだ。
 さらに「夢のマンガ『アルバイト』」。絵コンテの段階の作品だが、ものの見事に夢の不条理や時空間の矛盾をそのまま二次元のマンガに描ききっている。コンテの段階ですでに絵がカワイイ。
 さらに「断片的回想記」。子供の頃や十代のメッキ工の頃の写真まで掲載されていて、船で密航しようとした話や、ノイローゼ、空腹、貧乏、金欲しさに血液銀行に血を売りに行った話、恋愛と別離、宗教。この宗教の話も切なくて、でも最後はニヒルでたまらないエピソード
 読めばかなり苦しく悲惨な青春時代なのに、文体が飄々としていて、読むのが辛くない。これはつげさんの後期のマンガ群『石を売る』から『別離』に至るマンガとまったく同じだ。むしろ、ユーモラスなのだ。こういうつげさんの外界との距離感、その表現力、センスは生まれもっての資質で、誰かが真似ようとしても、全然こうならないだろう。
 そして最後に最新作のマンガ2編。『夜が掴む』と『退屈な部屋』。どちらももちろん傑作。前者は夢マンガ、後者は、それまでのつげ義春ファンをポカンとさせるような、不思議な日常非日常マンガ。だけどジワジワとあとから効いてきて、結局何度も 読んでしまう。
 つげ義春特集の雑誌や、つげ義春研究本などが、たくさん出ているが、どれをとってもあまり面白くないのは、この『つげ義春とぼく』があるからだ。ここにはインタビューなどひとつも無く、すべてつげさん自身が赤裸々に語っている。これ以上のつげさん本は絶対にできない。よくこんな本をつげさんが出したと思う。奇跡の一冊といってもいい。
 ボクは今に至るまでこの本を、読んで読んで、とうとう背表紙が剥がれてしまった。折に触れてまた開くに違いない。つげさんの湯治場のペン画を味わい、内容は完全におぼえている文章を、落語のCDを聞くように読むたびに楽しむだろう。ボクが「面白い」と思うセンスは、つげさんの不思議なユーモアに代表されるつかみ所の無い感覚だ。その核心がわからないまま、ボクはあの世へ行くのだろう。つまり墓場本だ。
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