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2015/5/1更新
第1回 墓場に持って行きたい本
 若い時は本がたくさん欲しかった。お金さえあれば購入したい本がたくさんあった。自分の興味あることに対する知識欲もあったし、珍しい古本や、きれいな写真集や、画集には所有欲もあった。洋書にはまた独特の魅力があって、欲しくなった。
 そうして蔵書や愛聴盤が増えていった。そのことをまんざらでもないと思う日々もあったかもしれない。何万冊もの蔵書を持った作家を、羨ましいと思ったり、尊敬したりもした。
 ところが、職業として何十年も本を書いていると、まず著書の数が年々増えていく。そしてそれらを書くために必要な資料としての本も増えていく。さらには同業者や出版社から送られてくる本も増えていく。つまり欲しくて買った本でない本がどんどん増えていくことになる。
 仕事場の広さは決まっていて、本棚を増やしていける数も限られる。本棚に入らなくなった本は床に積まれたり、段ボールに入れられて押し入れに収納されたりする。それでも本は増えていく。
 そしてある日突然、それらが猛烈に鬱陶しくなる。床が掃除しにくい。段ボールに入れて押入れにしまった本なんか、読むのか俺は?いや、この本棚に並んだ本だって、もう一度読むのか俺は?
 そんな自分に嫌気がさして、当分読まなそうな本を、どんどん押入れや本棚から、本を引きずり出して、紙袋に入れる。アッという間に4袋も5袋も、取手の紐がちぎれそうな紙袋が玄関に並ぶ。近所の古本屋に持って行く。数年に一度それをする。それでも本は増える。また捨てる。
 今「これは一応手元に置こう」という本が本棚8つに入っている。もうこれ以上本棚は増やさない。書いたり買ったりしたら、その分の本を捨てる。最近は買って読み終わってそのまま売るようなこともある。
 さて五十代も半ばになると、モノへの執着がいよいよ無くなってくる。「蔵書」なんて言葉からして重苦しくて、嫌気がさしてくる。できるだけ身軽でいたい。ますます本を売るようになった。若い頃から持っている本でも「思い出のために持っている」というのがもうウンザリしてきた。容赦なく手放すようになった。「思い出」なんて実体のないものになぜこだわる。
 今後、もっと「これもいらない、あれもいらない」となっていくような気もしている。 それでも、売らない、手放したくない本というのはまだある。
 それは、今の自分を作った本と思われる本だ。それに深く影響された本だ。今もそれが好きで、開けばまた新たな発見と楽しみを得ることができる本だ。そういう本は少ない。
 この連載では、その本のことを書きたい。自分の頭の中、自分の過去を、自分の趣味嗜好が暴かれるようで、正直恥ずかしくもある。

 第一回は、本ではないが本という一冊。一冊というより小冊子。ここから今のマンガ家でミュージシャンで文章なんかも書くボクが始まったような気がする。
 あがた森魚さんのアルバム『乙女の儚夢』の、歌詞カードだ。歌詞カードと言っても、縦304ミリ×横230ミリの大判8P。今風に「ブックレット」と呼んだ方が合うが、当時そんな言葉は無かった。LPレコードの歌詞カードだ。でもこれを見たときは驚いた。「これは、本だ!」と思った。ボクが中学2年生のときだ。
 ボクは中学1年の時に、時代のフォークブームにのって、生ギターを買ってもらった。今でも持っている。YAMAHA FG-130。1万円だ。吉田拓郎、岡林信康、遠藤賢司、高田渡……。日本ではそういう人のレコードを買って、真似して弾いた。海外では、サイモン&ガーファンクル、ニール・ヤング、ボブ・ディラン……。ビートルズには不思議とあまり興味をひかれなかった。
 日本のフォークブームは2年生になっても続いていて、あがた森魚さんの「赤色エレジー」というのが大ヒットしていた。でもその曲そのものには興味がそんなになかった。ただ、レコード店で見た「赤色エレジー」の収録された30センチLPレコードを見たとき、いきなり心をわしづかみにされた。
 そのジャケットには黒を背景にした極彩色の花の写真に、林静一さんによる抱き合う少女と蝶のイラストがコラージュされていて、キレイというより、なんともアヤシイムードが漂っていた。そこにレトロな文字で「乙女の儚夢」と書いてある。儚い夢と書いて「ろまん」と読ませる不思議。その字体にも惹かれた。裏もそんな感じで、赤い帽子をかぶった女の人とタマムシが描かれている。
 中学生にとって2000円以上するLPは高い。でも何とか手に入れた。家に帰って、ビニール袋から出すと、ジャケットは見たこともない方式の観音開きになっていて、開くと、そこも極彩色の花鳥風月と少女。横幅は60センチ以上になるので、それが目の前に広がり、なんだかコワい夢を見ているようでクラクラした。主人公であるはずのあがたさんの写真は、裸電球の下で撮られたようなオレンジ色っぽい小さな写真で、これまた古めかしい狭い和室に茶箪笥や風車があり、コタツには漢和辞典がのっていて、しかし肝心のあがたさんの姿はスローシャッターで激しくブレている。
 なんだろうこれは?と思ったが、すべてが巧妙に、わざと、こうやって作られているような、確信を持ったひとつのセンスがビンビン伝わってくる。
 しかし、レコードをターンテーブルに載せ、針を落とし、歌詞カードを見ようと思ったら、歌詞カードが無い。え?と、思ってジャケットの中を見ると、往復はがき(これは記憶違いかもしれない)が入っていて、おわびと説明があり、歌詞カードは製作が間に合わなかったので、ここにハガキを送ってくれたら後日郵送します、というようなことが書いてあった。なので、ボクは翌日そのハガキを送り、しばらく歌詞無しで、毎日学校から帰ると、そのアルバムを聴いていた。
 その音楽的内容が、また凝りに凝っていて、昔っぽい(まだレトロという言葉は無かった)雰囲気で完全に統一されていて、病院の少女の語りや、見世物小屋の呼び込みのダミ声、完全に酔っぱらったようなふざけた歌声、不思議なデュオ(ジャケットには何も文字情報が無いので、それがゲストの遠藤賢司と緑摩子とはわからなかった)などが、とにかく次から次へとちりばめられていた。ボクはそういう昔っぽい音楽には全然興味が無かったにも関わらず、そのアルバムの虜になった。毎日毎日聴いた。放課後はバスケット部でクタクタになって帰って、そんなのを聴いているんだから、今思うとヘンな中学生だ。
 そして、忘れた頃に大きな封筒に入って、それは実家に届いた。
 出して、もう一度ビックリした。
 ジャケットは黒が基調だったが、目の覚めるような浅葱色からクリーム色へのグラデーションがバックになって百合の花を抱いた和装の女の人。これも林静一によるイラストだが、まだボクはその人を知らなかった。「花鳥風月號」と書いてある。完全に昔の雑誌を模している。
 そして扉を開くと『「儚夢の國」への「魔法百科事典」序』というあがたさんによるこのアルバムについての宣言が1Pにビッシリ書き込んである。それが何を言ってるんだかよくわかんないんだけど、このアルバムへの熱い思いだけが「大遊園地」「魔法陣」「ロビンソンクルーソ」「ビックリ玉手箱」など男の子的魅力ある単語を織り交ぜて伝わってきた。
 そして、曲順はこの「雑誌」の目次のようにデザインされ、参加ミュージシャンは「少女劇・乙女の儚夢」の登場人物として全員役名が与えられ書き連ねられている。
 めくると、お便りのコーナーや、映画欄(もちろん活動写真の時代の)、昔の広告が、歌詞とともにレイアウトされている。
 そしてコタツで和服を着てものを書いているあがたさんの、これまた何もかも明治大正を思わせる作り込みと写し方の写真がドーンと載っている。
 さらにめくると「大道芸人」という林静一さんのマンガがあり、よく見るとそのセリフが「大道芸人」の歌詞になっているという凝りよう。
 そしてミュージシャンの写真と遊びに遊んだひとりひとりのプロフィール。これがまたいちいち面白い。バックバンドは「はちみつぱい」で、これは「ムーンライダーズ」の前身バンドで、鈴木慶一、武川雅寛、かしぶち哲郎は入っている。
 そして最後は見開きで、このアルバムの製作日記が4段組みでギッシリ!
 内容の説明だけでヘトヘトだ。でも中学2年のボクは、もっとヘトヘトになるほどの衝撃を全身で受けていた。毎日聴き続けためくるめくレトロ音楽と、あとから目の前に現れた、このイラストと文章とデザインとマンガと写真でできた小冊子は、寸分の狂いも無くセンスが合致していた。それを目と耳から思い知らされたのだ。
 これはいったい何だ?と思いながら、音楽を聞き返し、小冊子を読み返し、ながめ返す喜びに打ち震えるような毎日だった。誰かにこの感動を伝えたいんだけど、ボクの気持ちをうまく伝えられるような友達は、クラスに見当たらなかった。
 でもこの時、ボクはわかったんだと思う。音楽、絵画、写真、デザイン、マンガ、絵、そして悲しい思いも切ない思いも馬鹿馬鹿しい冗談も、一人の作者の表現として、完全に融合し合えると。さらに、いろいろな人の才能を借りても、自己表現が可能だと。ボクはこの作品で、ジャンルとか時代とか個性とかから解放されたんだと思う。
 ボクが今のいろんな仕事で、どれがメインという考えがまったく無いのも、思えばこのアルバムから始まっていると思う。もちろん、そういう性格だったから、このアルバムに激しく反応したのだろうが、具体的にそれをボクに知らしめたのは、間違いなくこのアルバムであり、それよりこの小冊子だ。
 そして、ボクは高校を卒業して、大学と同時に、美学校という神保町の小さな学校で、1年間赤瀬川原平さんに師事した。通うようになってから、『乙女の儚夢』のアルバムタイトルロゴを描いたのが赤瀬川さんだと知って、飛び上がるほど驚いた。
 赤瀬川さんの関係で、林静一さんに出会って、一緒にお酒を飲んだりした。
 さらに、それから数年後、いろいろな偶然から、あがた森魚さんがプラネタリウムで行うコンサートのポスターデザインを頼まれた。予算が全然なくて、ボクの弟が美学校のシルクスクリーン教室を使って刷った。それをあがたさんがエラく気に入ってくれて、当時あがたさんが組んでいた『ヴァージンVS』の新作のジャケットデザインを頼んでくれた。この時も本当にひっくり返りそうになった。
 81年に、泉昌之として、「ガロ」誌でマンガデビューすると、「ガロ」のマンガが好きなムーンライダーズの人たちと知り合った。そして、85年に「はちみつぱい再結成コンサート」があり、そこで彼らが「新曲」として、ボクが作詞、鈴木慶一さん作曲の「骨」が演奏された。この時の感激は一生忘れられない。「骨」はのちにあがたさんも自分のアルバムに収録してくれ、今でもライヴで歌ってくれている。
 さらに遠藤賢司さんとも知り合い、ゲストとしてステージに立った。あのアルバムの製作メンバーにことごとく出会って、友達になっていった。こういうのも運命というのだろうか。
 中2のボクは、この将来を夢にも思わなかっただろう。今でもこのアルバムと、遅れてきた小冊子は宝物で、いつ見ても中2の時の感情を思い出す。死んでも墓に持って行きたい「本」だとボクはためらわずに言える。

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