1. 電子書籍TOP
  2. ボクの墓場本
このエントリーをはてなブックマークに追加
2016/6/3更新
第26回 見過ごされている存在に面白みを見出す
 19歳の時、赤瀬川原平さんに師事する以前に、ボクは路上観察に興味を持っていた。もちろん、路上観察という概念があったわけではない。でも、そういう「街に素知らぬ顔をして紛れ込んでいる面白いもの」を見つけ出すのが大好きだった。
 きっかけは小学校4年生ぐらいだろうか、近所で缶蹴り遊びをしていた時のことだ。路地裏に逃げて、さるお屋敷の古い門のところに身を隠した。オニはそこまで追ってこない。ふとそのお屋敷の表札が目に入った。
 名前が「三平平三」と書いてある。サンペイヘイゾウと読むのだろうか。漢字は上から読んでも下から読んでも同じ。冗談のような名前だ。マンガの主人公の名前だ。真面目に大人が生まれた赤ちゃんにつける名前とは思えない。と、思った。笑ってしまった。でも、その表札は白い陶器のもので、毛筆のような真面目な文字で、住所とともに書いてある。そのことを面白いと思った。それはもう、路上観察だ。笑わせようと思っているのではなく作られたものが結果として、面白い、奇妙な、シュールなものになっている。
 似たようなことが気になっていた。
 映画館の映画の看板のペンキ絵が、主人公に似ていない変な顔になっている。でも誰もそのことを指摘していない。
 マンホールの蓋にあいた穴が泥で詰まってしまっていて、そこに数種の小さな草が生えている。これはのちに路上観察学会が言うところの「坪庭物件」だ。
 だからのちに赤瀬川さんに出会って、同じようなことを面白がる大人がいることがわかった時は、ものすごく嬉しかった。
 そのある物件は「トマソン」と名付けられ、ちょっとしたブームにもなった。
 宝島社の「VOW」シリーズも似ている。ただ、これはちょっと、他人の失敗の揚げ足取りをして笑う事だけが目的のような編集が、時々嫌味だ。
 世の中にはある路上観察的なものを、写真にとって収集している人が大勢いる。インターネットの時代、それが一般的に広く知られるようになった。
 全国のガスタンクを写して歩いている人。薄い建物ばかり集めている人。シブい銭湯を探して全日本回っている人。朽ち果てそうで生きている理髪店を探しては写真に収めている人。ダムマニア。水門マニア。
 そして、やっと今回の本の写真家・中里和人さんにたどり着く。
 この方は、小屋マニアだ。小屋、というのは主に畑の端っこや、海岸にある。農機具を入れたり、漁に使う網や浮きをしまっておく建物だ。ボクは初めてこの人のコレクションを見たのは20年以上前、INAXギャラリーの展覧会だ。その無数の、あまりに個性的で、独創的で、オンボロでツギハギで強引でいい加減で几帳面な小屋の物量に、面白くて、笑いながら感動した。
 確かにこういうものは畑にある。だけどちゃんと見たことはなかった。それは小屋が、人に見られるために作られていないからだ。改めて直視したことがなかった。そこが路上観察好きとしては「やられた」という悔しさと同時に「ありがとう」という感謝の気持ちが同時に心を満たした。
 その時はカタログも買って、時々眺めていたんだけど、このおもしろさを普通の、路上観察に何の興味もない人に伝える術が思いつかなかった。一般のオバサンに見せても「ああ、こういうの昔はあったわね」とか「嫌だ、みすぼらしい」「何でこんなの撮り歩いているの、この人は」と怪訝な顔をされて終わりかもしれない。だいたいマニアはそんなものだが。
 ところが、この小屋の写真を素晴らしい絵本にした編集者がいた。いや、その人を知らないけど、いたんだろう。中里さん本人のアイデアかもしれない。
 中里和人の小屋の写真を1ページあるいは見開きにして並べ、その一つ一つに谷川俊太郎が、その小屋のつぶやきを書き入れて行ったのだ。そしてこれは『こやたちのひとりごと』(文:谷川俊太郎 写真:中里和人)という一冊の素晴らしい絵本になった。
 小屋とは「巧まざる建築」の面白さだ。トマソンという、いわば「作者不在の芸術」に近い。例えばこんな独り言だ。
「むかしから ずうっと ここに立ってる どこかにいきたいと 思ったことはない」
「ぼくをたててくれたひとは えらくない えらくないから 好きなんだ」
「ひとが はいってくると くすぐったいんだよ いつも からっぽで くらしてるから」
「おれを だれだと おもってるんだ! おれは こやだぞ なかまだって いっぱいいるぞ」
「わたしぐらいの としになると くちはてるのも わるくないっておもう」
「ここに いるよ いつだって ここにいるよ またあおう」
 写真を見せられないのが悔しいけど、まさに、一つ一つのオンボロ小屋にぴったりの台詞だ。笑っちゃう。でもどこか泣ける。そして救われる。
 そうなんだ、いつだってそこにいるのに、気がつかれず、見過ごされている存在なのだ、小屋というのは。
 この絵本を読むと、本当に谷川俊太郎という人の天才を感じる。写真から得たインスピレーションを、一文字の無駄もなく研ぎすまされた言葉にしている。そして僕らがツギハギ小屋に見いだす面白さも、そのまま静かなユーモアとして漂わせている。こういうところがVOWの「爆笑!面白看板」とは決定的に違うところだ。
 路上観察とは、日常の中から、誰も注目しなかったことを発見することだ。見出すことだ。見抜くことだ。そしてそこに新たなイメージを与えることで、そのユニークさを際立たせることだ。
 無名の個性に、新たなイメージを与えるという意味で、この本は大傑作となっている。
 谷川俊太郎さんが文を書いた絵本には、大好きな本がいっぱいある。長新太さんと組んだ「わたし」とか「えをかく」なんて、墓場に持っていきたい。eBookJapanでは『地球へのピクニック』という同じコンビのこれまた素晴らしい絵本が購入できる。
 最近では谷川さんと松本大洋が組んだ絵本『かないくん』が素晴らしい一冊だ。『鉄腕アトム』の主題歌は心の底に埋め込まれているし、何か谷川さんの本は墓場に持っていきたいと思っていた。だけど、路上観察者としては、この本が一番かな、と思ってこれを選んだ。「世界にひとつだけの花」なんて、上っ面みたいなきれいごとのメッセージは大嫌いだ。この本を読んでいると、個性なんて当たり前のことで、自分の心で何が発見できるかだけが、自分を変えていく術なのだと感じることができる。
今週の漫画「古本屋台byQ.B.B.」はコチラ
画像をクリックするとご覧いただけます。
※一部のモバイル端末で読みにくい場合がございます。
関連作品
新解さんの謎
新解さんの謎
著:赤瀬川原平
詳細
「墓活」論
「墓活」論
著:赤瀬川原平
詳細
ごちそう探検隊
ごちそう探検隊
赤瀬川原平
詳細
じろじろ日記
じろじろ日記
赤瀬川原平
詳細
東京サイハテ観光
東京サイハテ観光
著:中野純 撮影:中里和人
詳細
地球へのピクニック
地球へのピクニック
著:谷川俊太郎
詳細
青い春 松本大洋短編集
青い春 松本大洋短編集
松本大洋
詳細
バックナンバー
第26回 見過ごされている存在に面白みを見出す
2016/6/3更新
第25回 ボクの大好きな太宰治作品
2016/5/20更新
第24回 文豪を怖れさせた深沢七郎
2016/5/6更新
第23回 妥協なしの仕事ぶりで辿り着いた「神々の山嶺」
2016/4/15更新
第22回 便所本としても併用したい、大好きな江口寿史
2016/4/1更新
第21回 未来永劫の『おともだち』
2016/3/18更新
第20回 『刑務所の中』には美味がいっぱい!?
2016/3/4更新
第19回 オトナになってわかった「ちびくろサンボ」の謎
2016/2/19更新
第18回 ボクが辿った「まんが道」
2016/2/5更新
第17回 大友克洋『童夢』特別版とボクの関係
2016/1/8更新
第16回 清志郎の魂を感じるぜ!
2015/12/18更新
第15回 やはり、谷岡ヤスジは天才だ!
2015/12/04更新
第14回 墓場には持って行かない「ごんぎつね」
2015/11/20更新
第13回 上手と下手の外側にあるルソーの絵
2015/11/06更新
第12回 「河童の三平」はボクの教科書
2015/10/16更新
第11回 ニール・ヤングが「ライブ」を教えてくれた
2015/10/02更新
第10回 楳図かずおに究極のブルースを感じた
2015/09/18更新
第9回 これぞ、ロックンロールな絵本!
2015/09/04更新
第8回 人間の極限状況が描かれた「無人島」本!
2015/08/21更新
第7回 『絵本百科』がボクの創作活動の原点
2015/08/07更新
第6回 『せいめいのれきし』はボクの読書歴史
2015/07/17更新
第5回 山下清の放浪日記
2015/07/03更新
第4回 人間に最も都合の良い図形
2015/06/19更新
第3回 カメラマンがとらえた文士の素顔
2015/06/05更新
第2回 『つげ義春とぼく』とぼく
2015/05/15更新
第1回 墓場に持って行きたい本
2015/05/01更新
ページトップへページトップへ

本ページの内容は公開時点のものです。書籍の情報(販売の有無、価格、消費税込みか別かなど)について、予告なく変更される場合がありますので、購入内容確認画面においてご確認の上で、ご購入をお願いします。
新規購入者限定!ポイント50%還元キャンペーン
>>新規購入者限定! ポイント50%還元キャンペーンはこちらから
お得!割引・セール一覧
>>毎日更新!まんがをまとめ・大人買いする大チャンス!
おすすめまんが・電子書籍まとめ!
>>おすすめの新刊・名作・無料まんがを探そう!
最強無料まんが
>> 最強無料まんがはこちらから
Yahoo! JAPAN ID連携でこんなにお得!
>> Yahoo! JAPAN ID連携でこんなにお得!
このエントリーをはてなブックマークに追加
男性マンガ女性マンガマンガ雑誌ライトノベルキッズ文芸ビジネス・実用雑誌・写真集
電子書籍はeBookJapan