ヤマツヨ
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【ヤマツヨ】さんのレビュー一覧

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  • 国内外で多くの熱烈なファンがいる中村文則さんの、13冊目の本です。2002年に『銃』でデビューして以来、個人の内面を深く深く掘り下げた純文学を書いてきた中村さんは、特に2009年に単行本が発売された『掏摸』以降は、純文学的な深さを追求しつつ、物語としての面白さも積極的に作品に取り入れています。今回ご紹介する『去年の冬、きみと別れ』は、純文学的な深みを持ちながら、様々な仕掛けが施された、超一級のミステリーです。

    母親から見捨てられ、暴力的な父親から逃れ、姉とともに施設で育った写真家の男が犯した殺人事件を巡る謎を、編集者から依頼を受けたライターの男が追います。ここでいう謎とは、事件で何が起こったのか、ということだけでなく、登場人物たちの心の内面の謎も含まれています。文体は、一人称の地の文だけでなく、手記、モノローグなど様々な手法が駆使されており、場面転換も鮮やかで、読み始めたら物語世界にぐいぐい引き込まれていくと思います。そして最後には、とんでもないどんでん返しが待っています。

    この作品は、ミステリーとして読んでも面白いですが、自分とは何か、認識とは何か、自分の奥底に秘められた真の欲望とは何か、といった純文学的なテーマも踏まえられており、これも作品の大きな魅力となっています。
    「……想像してみるといいよ。異様な犯罪を犯した人間の話を、そんな至近距離で、内面の全てを開かされる。……まるできみの中に、僕を入れていくみたいに。」
    冒頭の場面で写真家の男が語ったこの言葉に、私は心をわし掴みにされてしまいました。

    自分はなぜ自分なのだろう、自分は本当は何を望んでいるのだろう、自分がもし同級生のあいつだったらどんな人生を送るのだろう……。子供の頃、私はしばしばそんな想念にかられることもあったのですが、いつしか心の底に封印していました。中村文則さんの小説を読んでいると、そうした封印したはずの想念が、ぐいっと表に引き出される瞬間があって、そのたびに驚かされます。同じように感じている人は、きっと多いと思います。だからこそ、中村さんに熱狂的なファンが多いのでしょう。
    なお、この本作のテーマは、後年に発表された小説『私の消滅』で、さらに深掘りされています。電子書籍化されていないのが残念ですが。

    写真家の男が、内面が空虚な人間として描かれているのも、面白いと思いました。今はデジタルカメラが主流なので想像しにくいかもしれませんが、カメラとはカメラ・オブスクラ(暗い部屋)の略で、フィルムカメラのレンズとフィルムの間には、ただ暗い空間があるだけです。レンズを通過した光が暗い空間の中で反転し、フィルムに焼付けられる。その光の量や像のボケ具合は、絞りとシャッタースピードで調節される。ただそれだけの仕組みなのです。私は学生時代、フィルムカメラをいじりながら、自分の心の空虚さを思っていたこともありました。なんとも暗い人間でしたね。しばらく忘れていましたが、この小説を読んで思い出してしまいました。

    中村さんの小説の紹介文を書くのは恐ろしい行為です。なぜならそれは、自分の内面をさらけ出す行為であり、この紹介文を読んだ人に果たして共感してもらえるのかどうか、ものすごく不安になってしまうからです。
    純文学としての深さと、エンターテインメントとしての面白さを併せ持つ本作は、2015年本屋大賞にノミネートされ、2018年には映画化されました(3月10日公開)。ぜひこの機会に、この恐ろしくもやめられない作品世界を覗いてみてください。
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    投稿日:2018年03月09日
  • 私も年をとっていくにつれて、日本の将来が気になってきました。最近も、日本はこれで大丈夫だろうか、と思うようなことがありました。2017年10月22日に投開票が行われた、衆議院議員総選挙。解散が明らかになった9月から、様々な“風”が吹き荒れました。

    9月初旬、民進党の目玉人事であった山尾志桜里氏の幹事長就任が不倫疑惑で頓挫し、国民の野党への失望が広がったのをみて、安倍首相は衆議院の解散を決めます。このタイミングでは自民党の圧勝かと思われましたが、9月25日に、小池百合子都知事が自ら代表となって希望の党設立を宣言し、追って前原民進党の合流のニュースが流れると、一気に自民党に逆風が吹きます。当時、自民党が敗北する調査結果もあったといいます。

    ところが、9月29日、民進党との合流にあたり、小池氏の「排除発言」が報じられると、希望の党への追い風は、一気に逆風に変化します。希望の星だった小池氏が「緑のたぬき」などと呼ばれるようになり、逆に、希望の党に排除されたメンバーが急遽結成した立憲民主党は、「筋を通した」ということで国民的人気が高まりました。選挙結果はご存知のとおり、自民党圧勝、大きく離れて立憲民主党が野党第一党となり、希望の党は惨敗しました。

    これでいいのか、と思いました。この選挙結果に対して、ではありません。たった一カ月の間に、あの一言がなければ真逆の結果になっていたかもしれないほど、選挙情勢が大きく変化したことに対してです。人気投票みたいに、“風”で国政選挙の結果が変わっていいのでしょうか。そして、政治という実は高度に専門的な仕事が、誰でも分かるように定型化された安物のドキュメンタリー的手法で語られることに、大いに違和感を覚えたのです。「排除!? けしからん!」とか「筋を通した! 立派だ!」とかいう単純なストーリーによって、国の大事を決める選挙結果が左右されていいのでしょうか。

    そう思っていたときに読んだのが、適菜収『日本をダメにしたB層の研究』です。著者は結構口が悪く、好き嫌いが分かれるかもしれませんが、私にとっては非常に納得できる内容でした。大衆民主主義社会の孕む危険性を、豊富な事例と先人たちの言葉とともに説いた本です。

    「B層」とは、小泉元首相が「郵政民営化に賛成か反対か! 民意を問う!」と叫んで実施した総選挙の際、自民党が広告代理店に作らせた資料にあった用語だそうです。B層、つまり煽動に乗りやすく改革好きな、国民の大多数を占める大衆に対して、いかにアプローチするかが選挙結果を左右する、という内容だったようです。適菜氏は本書の中で、B層が力を持ち、何にでも参加するようになり、プロフェッショナルの仕事が軽視される社会の危険性を指摘します。政治だけでなく、文化・芸術のジャンルや、私たちの日常生活での振る舞いについても言及されています。

    インターネットを通じて電子書籍を販売する事業をしている私たちも、先人たちが遺した文化を破壊することのないよう、本書の内容を肝に銘じなければならないと思いました。大衆の洗礼を受けていないというだけの理由で、人気がないというだけの理由で、条件反射的に批判したり、切り捨てたりしてはいけない。また、“本物”を見極める目を持つこと、“本物”に触れること、身の程を知ること、そして自分や他人のルサンチマンに注意すること。こうしたことの大切さを教えてくれる本です。読む人の人生観を変えるであろうすごい本ですし、本書で説かれた視点は、これからの日本にとって本当に必要なことだと思いました。
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    投稿日:2017年11月24日
  • 今までなかったタイプの子育て小説です。すごく面白いです。子育てといえば母の愛、みたいな社会通念がありますが、自らも子育て中の海猫沢めろんさんは、こうした考え方に否定的です。なんせ、子育てからは最も遠い存在である、ホストに子育てをさせてしまうのですから。ハチャメチャな設定なのですが、この設定だからこそ、子育てにまつわる様々な問題点や重要な視点が浮かび上がります。

    ポジティブマインドを極めたホスト・白鳥神威は、いつもと同じように起床し、いつもと同じように自らが店長を務めるホストクラブに出勤。25時前に営業を終え、スタッフとの反省会のあとに帰宅すると、自宅玄関前にベビーカーが置かれていました。そして、おんぎゃあと響く泣き声を聞き、赤ん坊の上に「神威さまへ よろしくお願いします」と書かれたメモを発見します。

    「(カリスマホストだった)恋田さんの前には自称息子がよく現れるけど、なにも聞かずにそいつら全員を受け入れるんだ。ホストとしてかっこいいよ。俺たちは女の金で生きてる。だからいつかはツケが回ってくる。そのときにそれを前向きに受け入れるかどうかで、自分の信念の正しさが決まる」
    これは、後に神威が後輩に語るホストとしての矜持ですが、神威は母親を探すことなく、自らの手で子どもを育てることを決意します。

    とはいえ、夜の繁華街で働くホストが子どもを育てるのは、並大抵のことではありません。様々な問題が起こりますが、そこはスーパーポジティブな神威のこと。友人で元ホスト、今はIT企業を経営する三國孔明に相談を持ちかけ、クラウドファンディングで子育て支援を募るサイト「KIDS-FIRE.COM」を開設します。いやはや、すごい展開です。

    「生まれや戸籍ではありません。前向きに考えるべきは、育て方です。その結論のひとつがソーシャル子育てという方法論なんです」というセリフが小説の中にありますが、本書には、親(特に母親)の愛がないと子育てはできない、という社会通念を疑う考え方が貫かれています。実は主人公の神威自身、風俗嬢だった母親と客だった父親の間に生まれ、母親の愛を知らずに育ちました。それでも、大人になり生きています。

    また、こんなセリフも出てきます。「君は子供が愛の結晶だと口にした。しかし、それは、愛のない家庭に生まれた人間にとっては、自分の存在を否定されるような暴力的な言葉だ」。このセリフを読んだとき、こんなことを思い出しました。最近小学校では、子どもが10歳になると1/2成人式だということで親への感謝の言葉を語らせることもあるそうです。また、赤ちゃんの魂が「この親のもとに生まれたい」と選んで母親のお腹に宿るのだ、といった考え方もあるそうです。こうした考え方に、賛同する意見もある一方、否定的な見方もあります。

    なぜなら、現在進行形で不幸な生い立ちを歩んでいる子どもや、子どもがほしくてもなかなかできない大人にとって、「子どもは愛の結晶だ」とか「赤ちゃん自らが親を選ぶ」といった考え方は受け入れがたく、少なからず存在するそうした人々を、意味もなく苦しめてしまうからです。親の愛というものが絶対的なものではないとしたら、子どもが育つために不可欠なものとは何か? これからの時代に合った子育てとはどんなものなのか? 本書には、かなりラディカルな内容が書かれていますが、哲学的な思考実験として非常に面白いです。

    小難しいことをタラタラ書いてしまいましたが、この小説、文章のテンポがよく、実際にホスト経験のある海猫沢さんによる綿密な取材に裏打ちされており、コミカルに脚色されていながらリアル感のあるホストの世界が垣間見られ、楽しみながらサクサク読み進められます。登場人物も、歌舞伎町ホスト界のレジェンドである恋田さんや、若手論客の荻窪リキなど、現実のパロディであったり、同時収録されている、神威が育てた赤ちゃんが6歳になった頃を描いた「キャッチャー・イン・ザ・トゥルース」には、当たり前ポエムがさりげなく挿入されていたりと、遊び心満載です。肩の力を抜いて作品世界を楽しむことができると思います。
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    投稿日:2017年11月24日
  • 出川哲朗さんではありませんが、本当にヤバイですよ。日本には、絶対に目を背けてはいけない大問題があります。数年後に、いや、もうすでに影響が出始めているのです。それは、急速に進む人口減少問題です。

    本書の表紙帯にもありますが、目次を見ると、衝撃的な年表が表示されています。いくつか抜粋します(西暦右の( )は、2017年から何年後かを私が記入しました)。

    2020年(3年後)  女性の2人に1人が50歳以上に
    2024年(7年後)  3人に1人が65歳以上の「超・高齢者大国」へ
    2033年(16年後)  全国の住宅の3戸に1戸が空き家になる
    2040年(23年後)  自治体の半数が消滅の危機に
    2042年(25年後)  高齢者人口が約4000万人とピークに
    2065年(48年後)~ 外国人が無人の国土を占拠する

    呑気なことは言っていられません。目をそらさず、すぐに対策を取らねばなりません。特に、子どもたちにとっては死活問題です。本書は、日本最大の問題である人口減少問題について、「恐るべき日本の未来図を時系列に沿って、かつ体系的に解き明かす書物」です。2部構成になっていて、「第1部は『人口減少カレンダー』とし、2017年から約100年後の2115年まで、年代順に何が起こるのかを示した。(中略)第2部では、第1部で取り上げた問題への対策を『日本を救う10の処方箋』として提示」しています。2017年6月に発売以来、継続的に売れ続けているベストセラーです。

    現在、コンビニエンスストアや飲食チェーン店では、外国人の店員がいるのが当たり前になっていますが、人口減少への処方箋として、しばしば主張され、政府も一部進めているのは、移民(外国人)の活用拡大です。この取組に対して、本書は慎重な立場をとっています。

    「政府内に、外国人労働者の大量受け入れや永住権付与の緩和を推し進めようとの動きが強まっているが、日本人が激減する状況においていたずらに外国人を受け入れたならば、日本人のほうが少数派となる市町村や地域も誕生するだろう。「反日」の国が悪意を持って、自国民を大規模に日本に送り出す事態も想定しておかなければならない。(中略)かつて、対馬市議会や長崎県壱岐市議会、沖縄県与那国町議会といった国境の島の自治体が(外国人)参政権付与に反対の意見書を可決したことがあったが、リアルな危機として感じたからであろう」。ヨーロッパでは、移民と、もともとの国民の軋轢が顕在化しており、同じ道を辿らないようにする必要があるでしょう。

    ではどのようにすればいいのか。著者は、「人口激減後を見据えたコンパクトで効率的な国への作り替え」だと言い、様々な具体案を提示しています。まったなしの人口減少問題。本書は、まさに現代の日本人の必読書です。
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    投稿日:2017年11月24日
  • 著者の藤田伸二氏は、長年にわたり、中央競馬のトップジョッキーとして華々しく活躍してきました。2004年と2010年の2度、成績優秀かつ制裁点のない騎手に与えられる「特別模範騎手賞」を受賞。あの武豊騎手でさえ、2017年時点で一度も受賞していない、栄誉ある賞です。一方、フェアプレーを信条とするあまり、他の騎手の騎乗に対して非常に厳しく、若手騎手に恐れられる存在だったともいわれています。

    引退の2年前に発行された本書のなかで、「しかるべきタイミングが来たら、俺は俺らしく、静かに鞭を置くつもりだから」と記載していますが、その言葉通り、藤田氏は2015年9月6日、日本中央競馬会(JRA)に突如騎手免許取消願いを提出、同日の騎乗をもって引退しました。JRA通算1918勝(引退時点で歴代8位)の騎手が、引退式もやらず突如引退するというのは、極めて異例のことです。何が藤田氏をそうさせたのか。

    「今の競馬を憂えているし、黙ってはいられない」藤田氏は本書のなかでそう書いています。そして、1982年には252人いた騎手が、本書執筆時点には約130人と半分近くにまで激減したこと、競馬学校騎手課程の応募者数が、最盛期の1997年には761人いたのに、2010年にはたった148人しかいなかったこと(80%減!)などを明らかにし、騎手という職業の魅力が減ってしまったと嘆きます。なぜか。藤田氏は、エージェント制度に代表される悪しきルールをつくったJRAの責任を強く問うています。

    エージェント制度とは、競馬専門紙記者などが厩舎回りをし、騎手の騎乗馬を決める仕組みのこと。それまでは騎手自らが必死に厩舎回りをしたり、調教を手伝ったりして騎乗馬を確保していたのが、この制度によって、調教師や馬主は直接騎手とコミュニケーションをとることが少なくなりました。そのため、乗り替わり(騎手の交代)を告げることに躊躇がなくなり、外国人ジョッキーばかりに良い馬が集まるようになってしまいました。

    また、大手馬主の巨大化が進み、馬主の発言力が強くなりすぎて、騎手の騎乗方法について注文をつけるケースが多くなりました。これは、プロフェッショナルの領域に、素人が土足で踏み込むようなことが、平気でまかり通っているということだと思います。こうした状況よって、競馬界には、多少の失敗には目をつぶってでも若手を育てよう、というような雰囲気がなくなり、騎手側も目先の結果ばかりを気にして思い切った騎乗ができなくなったと言います。こうした競馬界の問題点は、「序章 さらば競馬界」「第4章 なぜ武豊は勝てなくなったのか」などに詳しく書かれています。

    本書は、現役ジョッキー(執筆当時)の視点で競馬界の問題点が赤裸々に書かれているので、下世話なことを言えば、暴露本を読むような楽しみ方もできるのですが、私はこの本の一番の魅力は、藤田氏がプロの視点で具体的に騎手の技術や本当に強い馬について、さらに自らの経験について語っているところだと思います。藤田氏のプロとしての矜持、目先の結果にばかりこだわる昨今の風潮に対する強烈な反骨心が伝わってきます。

    プロ意識やプロの技術というものは、目に見えるものではないし、素人には簡単には分からないものです。そうしたものが軽視され、素人にも分かるような目に見える数字や、目先の結果ばかりが追い求められる風潮は、何も競馬界に限らず、現代社会全体で強くなっている気がします。つまらないことだと思います。競馬界という狭い世界について書かれていながら、本書がベストセラーになったのは、多くの人々の琴線に触れる内容が込められているからでしょう。
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    投稿日:2017年11月24日
  • 政治評論家・戸川猪佐武のベストセラー『小説吉田学校』をもとに、劇画界の巨匠・さいとう・たかをが作画した『歴史劇画 大宰相』シリーズ(全10巻)。自民党の政争を軸に、戦後日本の政治史をマンガで辿ることができる名作です。本書の内容をもとに、「吉田学校」ができるまでの流れをみてみましょう。

    日本国憲法制定後に行われた戦後初の総選挙を経て、第一党となったのは、鳩山一郎が率いる自由党でした。しかし鳩山は、GHQの命令で突然公職追放されてしまいます。そこで、後任総裁として白羽の矢が立ったのが、吉田茂でした。もともと外交官だった吉田は、終戦直後に組閣された東久邇宮内閣、つづく幣原内閣にて外務大臣を務めていました。

    鳩山に総裁就任を打診されると、「引き受けてもいいが………自分にはカネがない。カネづくりは一切やらない。内閣の選考にも口を出してもらっては困る。それにいやになったらいつでも投げ出す。こいつを承知してくれるか?」と返答。第一次吉田内閣を発足させます。しかし、鳩山に伝えた言葉通り、党内に諮ることなく組閣した吉田に、党人たちは反発。吉田は孤立していきます。

    野党転落後、再び与党・民主自由党総裁に返り咲いた吉田は、第二次吉田内閣の組閣で、再び党人たちと軋轢を起こします。そこで、「自由党の中にわが藩屏(守ってくれるもの)をもたなくてはならない。自分の手でつくり出す以外にない…それには、なにをおいても官僚だ。彼らにはきたえられた政策的な知性、行政能力がある。それ以上に官界の長老としての自分に、忠実であるはずだ」と決意。佐藤栄作、池田勇人ら多数の官界出身者に総選挙出馬を打診。後に吉田の側近となる田中角栄も獄中立候補しました。

    「私はこれらの連中を閣僚や政務次官、党幹部に、起用していくつもりだ! 彼らを教育して、新しい政治家に育てあげたい! そうだ!! そうとも、学校さ!! “吉田学校”だよ」。民主自由党は過半数を獲得する大勝利をおさめ、第三次吉田内閣が誕生。池田勇人は大蔵大臣に、佐藤栄作は党政調会長に、抜擢されました。

    日本の戦後史の中心にいたのは、吉田茂と、「吉田学校」の流れを汲む面々でした。終戦から中曽根内閣までを描いた『歴史劇画 大宰相』シリーズ。田中角栄の秘書だった早坂茂三の解説も魅力です。政治家が政治家らしかった時代の息吹を、巨匠の劇画でぜひ味わってみてください。
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    投稿日:2017年11月03日
  • 「先進国」日本で、貧困が社会問題となっています。2016年にユニセフがまとめた報告書によると、子どもがいる世帯の所得格差は、日本は先進国41カ国中34位。公立学校の児童・生徒数の約6人に1人が、学用品や給食などの費用の援助を受けているなかで、高級住宅街に1カ月20万円の保育料がかかる保育園が開設されたりしています。

    なぜ、このようなことが起こっているのか。佐藤優さんの解説をもとに考えてみます。2016年、タックスヘイブンを利用した世界中の富裕層による蓄財が話題になりました。このことから私達は、資本がひたすら利潤を増やすことを善とする資本主義というものが、必ず格差を生み出すという事実に直面させられました。とはいえ、日本はこれまでもずっと資本主義社会だったにも関わらず、一昔前まで格差は社会問題ではありませんでした。

    その理由は、東西冷戦時代は、日本を含む西側諸国においても共産主義の影響力が強く、きちんと貧困対策をしないと、革命が起こってしまうという危機感が政府にあったからです。いまでは想像もつきませんが、確かに30~40年前には、安保闘争やベトナム反戦運動が盛んで、左翼勢力によるあさま山荘事件や連続企業爆破事件などがありました。こうした共産主義の脅威がなくなったいま、日本を含む西側諸国は資本主義を突き進み、結果として格差が広がってきているのです。

    佐藤優さんは、今日の格差社会の状況が、明治後期から昭和初期に活躍した経済学者・河上肇が『貧乏物語』の連載を開始した時代と非常に似ているといいます。いま、100年前のベストセラー『貧乏物語』を読む意義は非常に大きいという問題意識のもと、佐藤優さんの現代語訳に解説を付して1冊に編集されたのが本書です。

    河上肇『貧乏物語』は、先進国において貧困問題が加速していた現実を受け、「人はパンのみで生きるものではない、しかし、パンなしでは人は生きられない」を前提とし、いかに貧困問題を解決していくかを考察したものです。1916年9月から12月まで断続的に大阪朝日新聞に連載され、翌年に1冊にまとめられて出版されると一大ブームを巻き起こし、30版を重ね、文庫は40万部以上売れたといわれています。

    議論の詳細は本書に譲りますが、河上肇は、貧困問題が起こる原因について、多大な購買力を持つ富裕層の需要に応える事業に、投資が偏り過ぎているからだといいます。確かに、私達も仕事をしていれば、自らの利益を確保するために、お金がある人にいかに高く買ってもらうかを考えると思います。贅沢品ではなく、生活必需品など庶民の需要に応える事業への投資を呼び込むための、何らかの方策は不可欠でしょう。貧乏は、本人の努力不足の結果ではなく、社会構造の問題なのです。

    現代は、資本がひたすら利潤を増やすことを善とする資本主義が先鋭化し、そのため格差が大きくなっています。先鋭化する資本主義に乗っかって、自らの利潤のみ追求していくのか、社会の安定のために寄与するような行動をとるのか。現代の資本主義社会をどう生きていくか、深く考えさせてくれる1冊です。
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    投稿日:2017年06月16日
  • 家族、特に父親をテーマに数々の名作を生み出してきた重松清さんの代表作です。2015年には西島秀俊・香川照之W主演でドラマ化され、大変注目を集めました。すでに様々なところで論評され、絶賛されている作品ですが、私なりにどう感じたかを書いてみようと思います。

    主人公は永田一雄、38歳。家族は、崩壊寸前でした。息子の広樹は中学受験に失敗し、学校でいじめられて引きこもり、家庭内で暴力をふるっていました。妻の美代子はテレクラにはまり、朝になっても帰宅しないこともありました。そして一雄自身は、会社をリストラされ、死期の迫った父親を故郷まで看病しにいくたびにもらう「お車代」を当てにする日々。数年前までの幸せな生活が嘘のような、どん底を味わっていました。

    父親の看病を終えた一雄は、羽田空港から電車を乗り継いで、安酒をあおりながら自宅最寄駅に降り立ちました。あのときああしていれば……、そんな後悔にさいなまれ、死んじゃってもいいかなあ……、と思いながら、バス乗り場のベンチでウイスキーをあおっていると、不思議なワゴンが近づいてきました。
    「早く乗ってよ。ずっと待ってたんだから」

    ワゴンには、一雄が5年前に読んだ新聞記事に書かれていた交通事故で死亡した、橋本親子が乗っていました。彼らは、自分たちは死者であり、これから一雄を大切な場所――人生の分岐点――に連れ戻すと言うのです。ワゴンに乗せられて過去に戻った一雄は、なんと同い年の父親と出会い、一緒に分岐点であった状況に直面します。あのとき、自分はどうすればよかったのか……。

    一雄は、父親として一生懸命だったと思います。しかし、家族のいろんなことに気づけなかったことは事実です。それはなぜなのか。私自身、働きながら子育てをしていて思うのは、仕事(ビジネス)をするうえで大切なことと、子育てをするうえで大切なことが大きく異なっているので、しっかりと頭を切り替えなければならない、ということです。

    仕事の目的は、利益を出すこと。競合に打ち勝ち、取引先からは有利な条件を引き出し、ヒットするモノ・サービスを考え、日々業務の優先順位をつけ、費用対効果を意識し、切り捨てるべきものは切り捨てること、などが大切になると思います。一方、子育ての場で大切なのは、きちんと子どもの目を見て向き合うこと、気持ちに寄り添いながら躾けること、無駄を恐れないこと、客観的にみてダメな子でも絶対に見捨てず存在を認めること、といったところでしょうか。方向性がまったく逆なので、仕事モードのまま家庭で一生懸命になってしまうと、確実に家庭は崩壊していくでしょう。

    家庭よりも会社にいる時間の長い父親は、こうしたことを意識し過ぎるぐらいでちょうどよいかもしれません。人生の分岐点を巡った一雄は、何を思い、どのように行動するのでしょうか。重くなりそうなテーマですが、一緒に分岐点を巡る一雄の父親(チュウさん)や、橋本親子のキャラクターが、物語に彩りを与えてくれますし、何よりも、著者の重松さんの筆の力が素晴らしく、大変読みやすい物語になっています。
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    投稿日:2017年05月26日
  • 小学生の頃だったか中学生の頃だったか、突然、それまで当たり前だったことの一つひとつが、当たり前ではないような感覚にとらわれてしまうことがありました。なぜ、自分はあの人ではなく自分なのか? なぜ、自分はここにいるのか? なぜ、自分はこの学校に通っているのか? なぜ、自分はこの人たちと関わっているのか……。普通に生きていることが自明なものでなくなっていく、そして生きるということはどういうことなのだろうと考えてしまう、危うい感覚。私はこの作品を読んで、この感覚を思い出しました。素晴らしい青春小説を読んでその作品世界にどっぷりつかっているとき、よくこの感覚を思い出すのです。

    内気で草食で小説好きの高校生の僕と、活発で人気者のクラスメイトの女の子・桜良が主人公。ある日僕は、病院で一冊の文庫本を拾います。それは、その病院に通っていた桜良が密かに綴っていた日記帳で、そこには、彼女が膵臓の病気のため、余命いくばくもないことが書かれていました。僕は、桜良が親友にも知らせていない秘密を知ることになり、その後、桜良の半ば強引な誘いにより、二人は何度も行動を共にします。そのなかで、二人は、生きること、そして人を愛するということについて、何度も語り合います。

    難病の女の子と文学少年という組み合わせから、ものすごくシリアスな展開を想像してしまうかもしれませんが、この作品は会話を中心に、テンポよく展開していきます。この設定や展開のため、ライトノベルや携帯小説のようだと評されることもありますが、生と死、愛といった哲学的なテーマを扱っており、それでいて観念的にならず、具体的なエピソードが丹念に(そしてコミカルに)描写されているので、純文学のファンの方々にも興味深く読んでいただける作品だと思います。

    この作品では「死」というものを、難病の桜良だけが直面しているものではなく、実は誰にでも、明日にでも訪れるものと捉えられています。そして、難病だろうが健康だろうが関係なく、普遍的な生きる意味、そして愛するということの意味を、登場人物が自分の言葉で掴み取ろうとしていく過程が、素晴らしいと思いました。

    そして、「君の膵臓をたべたい」。このタイトルが本当にすごいと思います。インパクトがあるから、だけではありません。このタイトルが、まさにこの物語そのものを表しているからです。これほどまでに内容とタイトルがマッチしている作品は、ないと思います。

    この作品は、小説投稿サイト「小説家になろう」の人気連載が書籍化されたものです。2016年本屋大賞で2位となり、2017年4月に文庫化、7月は映画公開ということで、いま再び話題になっています。
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    投稿日:2017年05月19日
  • 紙の初版は2010年7月。ちょっと前の作品ですが、とても好きな作品なので、ご紹介したいと思います。お坊さん作家、玄侑宗久さんの短編集です。

    四雁川という架空の川が流れる東北の町を舞台に、様々な人生模様が描かれた7編が収められています。介護施設で働く結納を控えた女性、暴君であった父を亡くした中年男性、若かりし頃の恋人を見舞う老人、高校生の娘を事故で亡くした夫婦、行方不明になった友を探す予備校生、性の芽生えを迎えた男の子、そして、ヤクザ者の生と死を見つめる僧侶。同じ町で生きながら、交わることのない7つの人生。派手さはありませんが、どれも清冽な空気感と、優しいまなざしに満ちた物語です。

    この四雁川流域の町は、生と死が混沌とした町として描かれています。伝承では、この地で鎌倉時代に財をなした長者が、秘密を知った使用人を何人も切り捨てたといいます。そして、恨みに思った使用人の計略にかかり、長者は実の娘を切り殺してしまう……。この屋敷跡からは無数の人骨が発掘されたといいます。また神社では、神輿や天狗や巫女が登場する伝統的なお祭りが続いています。特に都会で生活していると忘れがちな、あちら側の世界ともいうべき世界と、現実世界が混沌と交わった町です。

    特に心に残った一編は、「地蔵小路」です。高校生の娘を交通事故で亡くした夫婦の話です。妻は、事故の直前に娘に厳しく当たったことを悔やみ、仕事に復帰後も夜は地蔵小路の飲み屋で深酒してしまう日々を送っていました。学芸員の夫が展覧会のために借り受けた地獄極楽めぐり図、四雁川で発見されたある老人の死、鎌倉時代の長者の伝承……。それらの間を夫婦の意識は駆け巡り、やがてこの悲しみを悲しみのまま受け入れていきます。人が死ぬってのは、いろんなことが絡まってるってことだよ――。娘の死を受け入れていく過程を描く著者の筆の塩梅が、実に素晴らしい。

    また、最終話の「中洲」もよかったです。寺の副住職である義洲の視点を通じて、谷さんというヤクザ者の生と死を見つめた物語です。
    〈本堂で蝋燭に照らされた本尊さまに向き合うたび、自分だけでなく和尚さんや奥さんも、代々の住職たちも居候だったのだと思えてくる。谷さんも居候なら、陽子さんもクロも居候なのだ。〉
    この文章に、著者自身の僧侶としての生き方、死生観が表現されていると思いました。

    玄侑宗久さんを「僕にとって別格」と私淑する作家の道尾秀介さんは、文芸誌「文學界」掲載の書評で、「人が知っているつもりで忘れ、忘れているということさえとっくに忘れてしまっているそんな単純な事実に、『四雁川流景』は優しく気づかせてくれる」と評していましたが、まったく同感です。読後に静かな感動に満たされる、そんな小説です。
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    投稿日:2017年05月12日
  • 〈端爪北斗は誰かに抱き締められた記憶がなかった。
     人の身体が温かいのか、冷たいのか、わからない。〉
     冒頭の文章から、この異様な物語世界に一気に引き込まれてしまいます。主人公の端爪北斗は、端爪家の絶対君主である父と、父に逆らえない、いや、進んで父の支配下に入る母に、信じ難い虐待を受け続けていました。

     この世界は無情で残酷なところだ、というのが父の教えでした。北斗は、父に殴る蹴るの暴行を受け、母に針金ハンガーで体中を滅多打ちにされる家庭よりも、外の世界の方が恐ろしいと思わされていました。家庭での仕打ちを他の大人に打ち明けることなく、学校でもできるだけ目立たないように努めていたため、小学校高学年のとき、「幽霊」というあだ名をつけられていました。

     やがて家を出た北斗は、生まれて初めて心底信頼できる大人に出会います。しかし、母と慕ったその人は、不幸にも亡くなってしまいます。すると北斗は暴走し、二人の女性を殺害してしまうのです。
     幼い頃から虐待を受け続けてきた青年が、殺人を犯し、裁判を受ける。物語の設計図は、とてもシンプルです。なのに、とてつもなく豊穣な世界が広がっていて、これほどまでに読む者の心を打つのはなぜなのか。

     一つは、北斗のキャラクターが非常に興味深い、ということがあると思います。幼い頃から誰からも守られず、社会と対峙させられてきた端爪北斗という人物は、傍から見たら凶悪犯罪者ですが、実はとても賢く、ナイーブで、真面目な人物です。本当は愛されたくて愛されたくて仕方ない。でも、自分は生まれてきてはいけない人間だったという思いが強く、自分を助けようとしてくれる人を頑なに避けてしまう。この心情は、多かれ少なかれ、ほとんどの人が理解できてしまうのではないでしょうか。そのため、強烈に感情移入してしまうのでしょう。

     もう一つは、著者の石田衣良さんの筆の力だと思います。まるでレポートのように読みやすく、理路整然としたドライな文体が、最後まで一定のリズムで貫かれています。この文体が、この物語の豊さを支えているのです。
     凄惨な虐待、狂った父と母の成れの果て、殺人者・北斗の心を一生懸命溶かそうとする周囲の人々、遺族たちの悲しみと怒り、そして、愛に飢えた北斗の迸る感情……。これらがむき出しのまま読者に届けられたら、最後まで読み通すためには、とてつもない体力と精神力が必要になるでしょう。ドライで一定の文体で最後まで描かれているからこそ、私たちは余すところなく、物語世界を受け取ることができるのです。

     北斗の弁護を務めた高井弁護士が、裁判とは「人の心を裸にしていく劇だよ」と言う場面があります。その言葉通り、北斗は裁判で、今までの自分の人生、自分の犯した罪、生きる意味、愛とは何かについて、とことん考え抜きます。北斗が心の扉を開いたとき、北斗を愛する人、憎む人、好奇の目で見る人たちの前で、何を語るのか――。生きるとは、愛とは何かについて、深く考えさせてくれる名作です。
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    投稿日:2017年05月05日
  • 近年、子どもの貧困が注目されています。貧困家庭は社会的に孤立し、親が心身を病んでいたり、虐待やDVが行われたりしているケースも多いといわれています。社会的な問題意識の高さから、子どもの貧困について書かれた本が次々と出版されていますが、中学校の保健室を軸に、現在の子どもたちを取り巻く問題を丹念に取材して書かれたのが、本書『ルポ 保健室 子どもの貧困・虐待・性のリアル』です。

    貧困家庭に育った子どもたちの多くは、家庭に居場所をつくれず、また標準的な中流家庭で育つ子どもたちが集まるという建前を前提とした学校の教室にもなじめません。また、貧困以外の理由でも「標準」から外れた子どもたちは、家庭や教室で十分にケアされないケースが多い。そうした子どもたちが居場所を求めて集まるのが、保健室だといいます。

    子どもは大変です。私は貧困家庭で育ったわけではありませんが、それでも子ども時代を思い出してみれば、大人と比べて生活範囲が狭く、学校と家がすべてで、この場でうまくやっていけなければ人生終わりだ、と思うほど閉塞感がありました。あの頃周囲から感じていた同調圧力は、大人になった現在の比ではなく、思えば自分の居場所を確保すべく、どう振る舞えばいいのかを考えることに、いつも必死になっていました。

    本書には、「保健室は、悩める子どもたちの居場所となっている」「保健室をみれば、いまの子どもが抱える問題がわかる」という問題意識のもと、保健室に集まるに至った子どもたちの様々なケースが、具体的に書かれています。

    例えば第2章には、家庭で父・母・姉から壮絶な虐待を受け、ものすごく苦しんだ女の子について書かれています。彼女は中学校の保健室で温かいケアを受けて立ち直り、卒業する間際に、保健室の先生にこんな手紙を書きました。「私は先生が大好きだし、今までで一番大切な先生だし、私の基本になっているんです」。実は、彼女はその後進学した高校では十分なケアを受けられず、ものすごいいじめを受けてしまいます。それでも、中学校の保健室での経験があったからこそ、逆境のなかでも自力で前に向かって進むことができたそうです。

    「私の基本になっているんです」この言葉が心に残りました。子どもにとって、大人たちから生きる「基本」を与えられるかどうかは、ものすごく重要だと思います。保健室は、言わば行き場をなくした子どもたちの命綱となっているのです。もし、その命綱が機能しなかったら……。

    保健室の先生こそが、各学校に一人ずつしか配置されていないケースが多く、孤立しています。様々な不安を抱えていたり、スキルにバラツキがあったりしています。また、子どもの問題を解決するには、どうしても家庭に介入しなければならないケースもあるのですが、それができないというもどかしさを感じている保健室の先生も多い。個々の保健室の先生の努力に、問題を抱えた子どもたちの命運が託されている、という現状を変えるための提言も、本書には盛り込まれています。

    子どもを取り巻く問題を解決するために懸命に努力している保健室の先生たちに頭が下がる思いです。また、このような良書を書いた著者にも感謝したい気持ちです。子どもを持つ親として、深く考えさせられました。
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    投稿日:2017年04月28日
  • 数年前、『葬式は、要らない』(2010年、島田裕巳著)という本が話題になり、葬儀業界の不透明な料金体系や営業手法が批判を浴びました。そして、インターネットや流通企業などが葬儀業界に参入し、より現在のニーズに合った葬儀方法のオプションが多数生まれ、業界が大きく変わりました。

    一方、映画『おくりびと』(2008年、本木雅弘主演)の大ヒット以来、葬送の現場で働く人たちに注目が集まっています。日常から外れた「死」というものに、常に向き合う仕事に、映画を観た後、私自身も興味をひかれました。

    先日、葬送の現場で働く人たちを間近で見る機会がありました。父方の祖母が亡くなり、出棺から火葬、通夜、葬式、初七日と参加したからです。祖母は105歳だったので、この葬儀に悲愴感はなく、むしろ久々に親戚一同が集まって、和やかな雰囲気でした。とはいえ、死化粧をした祖母と対面した後、火葬場で焼かれ骨だけになった祖母を見たときは、少なからず衝撃を受けました。火葬場のスタッフは、神妙な面持ちで「御歳を考慮して、600度で55分……」「こちらは骨盤になります……」などと説明していました。

    そんな流れで手に取ったのが、本書『葬送の仕事師たち』です。葬儀の専門学校の生徒、葬儀社の営業担当者、納棺師、エンバーマー、火葬場スタッフなど、葬送の様々な現場で働く人たちの生の声を集めたノンフィクションです。

    現場の人々が接するのは、天寿をまっとうした人だけでなく、生まれて間もなく亡くなった乳児、事故死した人、死後しばらくして発見された人、検死で解剖された後の遺体など、様々です。特に、東日本大震災の遺体安置所の様子は、「戦争が終わった後って、こんなだったのか」という感じだったようです。目を背けたくなる現実です。しかし、葬送の現場の人たちは、遺族の心情に寄り添い、遺体の尊厳を守るべく、現実に正面から向き合います。

    葬送の現場の人たちが発する言葉は、ひと言ひと言が心に染み入りました。なぜだろう、と考えました。彼らが日々接している「死」とは、現世のすべての属性や地位から解き放たれることです。そして、「死」と向き合うという行為は、属性や地位は関係なくひとりの人間として、人生というものと対峙するということだと思います。また、葬送の仕事は、残念ながら差別の対象にもなっています。現場の人たちが悩み、苦しみ抜いた末に掴みとった、自分自身の言葉で語ってくれているからこそ、心にずっしりと残る重みがあるのでしょう。昨今、型通りでオーバーポジティブで空疎な言葉が飛び交うことが多いなか、このような本が存在する意義は大きいと思います。ノンフィクションですが、まるで純文学を読んでいるような感覚になりました。

    いくつか印象に残った言葉を抜粋しようと思いましたが、やめておきます。ここに抜き出すことで、言葉が軽いものになってしまう気がするからです。ぜひ本書を読んでいただきたい。自ら声を上げることの少ない職種の人たちの、ひと言ひと言が胸を打つ名著です。
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    投稿日:2017年04月21日
  • 中村文則さんの小説を読むのは、恐ろしい体験です。作品には、ふだん無意識的に見過ごしてしまっている世界の残酷な現実、そして人間の内面の奥の奥が描かれています。目にはみえないけれど確かに存在する裏の世界。一度とりことなってしまえば、元の意識を保つことはできなくなるのではないか。そんな恐怖を感じながらも、作品の持つ強烈な吸引力に負けるように、読み進めてしまうのです。

    私が初めて読んだのは、芥川賞を受賞した『土の中の子供』でした。続けて、『悪意の手記』『遮光』『銃』と遡って読み進め、心を鷲掴みにされてしまいました。なんて暗いんだろう。そして、その暗さが、なぜ自分の琴線に触れるのか……。その事実に、ものすごく戸惑いました。戸惑った挙句、しばらく中村さんの作品から遠ざかってしまっていました。

    久しぶりに読んだ中村さんの作品が、『掏摸』です。大江健三郎賞を受賞し、英訳『The Thief』は、アメリカでも高く評価されました。そして、アメリカのデイビッド・グーディス賞の受賞や、本屋大賞にノミネートされた『去年の冬、きみと別れ』、「読書芸人」で火がついた『教団X』などによって、日本のみならず世界中に、中村文則ファンが爆発的に増えていきました。中村さんの作品に魅力を感じる人が、これほど多く存在することがわかり、私はとてもうれしくなりました。

    本書『掏摸』は、中村さんの8冊目の小説です。初期作品の圧倒的な暗さとパワーはそのままに、巧みな設定と鮮やかな場面展開、登場人物の強烈なキャラクター、濃密で簡潔な文体を兼ね備え、文庫版で180ページほどの短い作品ですが、深くて面白い、ものすごい小説です。

    天才的な掏摸師の「僕」が主人公。掏摸仲間の石川の縁で、木崎という闇社会に生きるヤバイ男に出会います。この男は、「僕」が以前関わっていた犯罪グループの、ずっと上にいる男で、まさに絶対的な悪を体現した存在でした。彼にとって、圧倒的な力によって他人の運命を支配し、そして絶望の淵に追い込むことは、この上ない快楽でした。一方で「僕」は、売春婦の母に万引きを強要される男の子に出会います。人は、生まれた場所によって運命が規定されてしまう現実に直面し、その子に自分の子ども時代を重ねます。

    木崎は「僕」に三つのヤバイ仕事を要求します。失敗したら「お前が死ぬ」、引き受けなければ「あの親子を殺す」――。人の運命を支配しようとする木崎と、残酷な運命に抗う「僕」。各シーンはすべて研ぎ澄まされた文体で描写されていますが、特に、木崎が自らの世界観を語る場面、「僕」が男の子に掏摸の技を教えるシーン、そして、木崎からの実現不可能な要求に圧倒的な掏摸の技術でこたえていく際の緻密な描写は、圧巻です。

    運命とは何か、自由とは何か? 天才掏摸師と絶対悪との戦いから目が離せません。中村文則作品を初めて読むという方にもオススメの傑作です。
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    投稿日:2017年04月14日
  • 私たちはどこから来たのか? なぜ、自分がいまここに存在するのか? 自分を取り巻く社会のルールはなぜ存在するのか? どうしてそれは絶対的なものとして私に迫ってくるのか? 人生にはどんな意味があるのか……。こうした疑問にとらわれた経験がある人は、少なからずいると思います。解答を求めて、小説を読んだという人も多いでしょう。しかし、小説以上に、こうした疑問にたいして、重要な示唆を与えてくれる歴史書があります。それが、本書『サピエンス全史』です。

    歴史といえば、日本史や中国史、ヨーロッパ史など、各国・地域の歴史に馴染んできたという人も多いと思いますが、言ってしまえば、それらはたかだか数千年の出来事を追うだけです。しかし本書には、アフリカ大陸の片隅で進化を続け、七万年ほど前から文化を形成し始めた、私たちホモ・サピエンス全体の歴史が綴られています。ある時代、ある時点に限った歴史ではなく、ホモ・サピエンスが生きた期間と場所すべてに目を配った、壮大な歴史書なのです。

    本書では、万物の霊長の地位を確立したホモ・サピエンスの歴史の道筋を決めた、三つの重要な革命について言及されています。それは、認知革命、農業革命、科学革命です。約七万年前に始まった認知革命によって、ホモ・サピエンスだけが「虚構(フィクション)」を共有できるようになりました。神話や宗教、貨幣、国家、会社などの虚構を共有することで、多数の見知らぬ者同士が協力し、他の動物よりも大きな力を発揮することができるようになりました。

    約一万二千年前に始まった農業革命によって、定住が可能になり、その場所に生活できる人数が爆発的に増加しました。そして約五百年前に始まった科学革命は、帝国主義や資本主義との相乗効果も相まって、ホモ・サピエンスを地球の支配者とするための、大きな原動力となりました。そして、その先にある未来とは? 最終章に描かれた内容は、想像を絶する衝撃的なものでした。しかし、近い将来起こり得ることであり、この内容を踏まえて、これからどうやって生きていけばいいのか、深く考えさせられました。

    また本書は、個人の「幸福」という観点で歴史を捉えていることも特徴的です。一般に、農業革命によって多くの人々食えるようになり、人類の幸福も増大したと思われています。しかし、全体ではなく「個々人の幸福」という観点でみた場合、狩猟採集時代と比較して、果たして私たちは幸せと言えるのか、大いに疑問があるといいます。全体の幸福と個々人の幸福、という観点は、いまを生きる私たちにとって重要な観点だと思います。

    これだけ壮大な視点で人類の歴史を学んだ後は、現在の自分を取り巻く状況や人間というものが、まったく違って見えてくることでしょう。文章は非常に読みやすく、抜群に面白いので、まるで小説を読んでいるように先が気になって、ページを送る手を止めることができませんでした。そして、一文一文が心に刺さり、自分の血となり肉となるような感覚を味わうことができました。歴史書でありながら世界的ベストセラーとなり、多くの著名人が熱烈に推薦するのも納得の、すごい本です。
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    投稿日:2017年04月07日
  • 京都の春夏秋冬を背景に、天真爛漫な黒髪の乙女と、一途で間抜けな先輩が織りなす青春恋愛物語です。連続した4つの物語で構成されています。春の夜の冒険、夏の古本市、秋の学園祭、そして、風邪が猛威をふるう冬の京都。乙女と先輩が交互に語り手となって進行していきます。レトロでテンポのよい独特の文体で、現実離れしたいろんな不思議なことが起こりますが、読みやすく先が気になる展開なので、ぐんぐん物語世界に引き込まれてしまいます。

    先輩は、大学のクラブの後輩である黒髪の乙女に一目惚れしたのですが、直接恋心を伝えることができず、外堀を埋めるような行動しかできません。すなわち、彼女との「偶然の」出会いを頻発させることで徐々に距離を縮め、やがて、運命の赤い糸で結ばれているのでは? と思わせようとしたのでした。

    ……なんて書くと、ただのストーカーのようですが、この物語のファンタジックな世界観と、先輩の間抜けなキャラと、何度先輩と「偶然」出会っても「奇遇ですねえ!」という乙女の天真爛漫さによって、楽しく読み進めることができます。

    乙女と先輩のすれ違いっぷりが魅力なのですが、他の登場人物たちの個性も面白い。絢爛豪華な三階建ての乗り物に乗り、偽電気ブランという酒を人々に振る舞う李白翁、酔うと人の顔を舐めまくる癖のある羽貫さん、自らを天狗と名乗り空中浮遊の術を使う樋口さん、恋の願掛けのために同じパンツを履き続けて下半身を患うパンツ総番長、などなど。

    この物語を読むときは、理屈で考えるのはやめましょう。荒唐無稽なことも含めて、この世界観を素直に受け入れ、浸り切ることです。人が天狗のように空を飛んでも、夜の先斗町に突然三階建ての絢爛豪華な乗り物が現れたっていいんです。そう思えてしまうのは、森見登美彦さんの抜群の筆力はもちろん、この物語の舞台である京都という街の持つ魔力のせいかもしれません。

    果たして、先輩の恋は成就するのでしょうか。星野源さんが声優を務めることでも話題の、本書が原作のアニメ映画は、2017年4月7日(金)に公開されます。映画を観る前に、ぜひご一読を!
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    投稿日:2017年03月31日
  • 落語協会所属の落語家5人が真打に昇進し、東京・上野にある鈴本演芸場の3月下席興行(3月21日~)より、真打披露興行が行われます。そこで今回は、落語の本をご紹介します。

    寄席に行ったことがない人でも、長寿TV番組『笑点』は観たことがあるという人は多いでしょう。現在は、桂歌丸から引き継いだ春風亭昇太が大喜利の司会を努め、林家木久扇、三遊亭好楽、三遊亭小遊三、三遊亭円楽、林家たい平、林家三平が回答者として出演しています。林家、三遊亭といった落語家の苗字を「亭号」といいますが、ほかにも、柳屋、古今亭といった亭号が有名です。

    さて、本書の著者の一人、桃月庵白酒さんの亭号は「桃月庵」です。なお、師匠の名前は五街道雲助、弟弟子は隅田川馬石と蜃気楼龍玉。「五街道」「桃月庵」「隅田川」「蜃気楼」という亭号は、今やこの一門でしかお目にかかれない珍しいものです。埋もれていた名跡を、自らの力で大きくして蘇らせようということでしょう。

    桃月庵白酒さんは、1968年生まれの九州男児。真打昇進直前の2005年、将来性のある若手落語家に贈られる林家彦六賞を受賞し、2011年には国立演芸場花形演芸大賞を受賞。人気、実力ともにトップクラスの落語家です。本書の表紙に本人の顔写真が載っていますが、この丸顔と愛嬌のある表情はずるいなーと思いながら、噺を聴くたびに笑わされてしまいます。

    本書は、落語を愛してやまない書評家の杉江松恋さんが、その魅力を伝えたいと考え、「おもしろい人が自分がやる噺の演じ方や、この芸能についての思いを語るのが、もしかすると落語の魅力を伝える一番の近道なんじゃないのか」(前書きより)ということで、売れっ子落語家の桃月庵白酒さんに白羽の矢を立て、インタビューしたのをまとめた本です。

    「芝浜」「目黒のさんま」など13の演目について、白酒さんが噺についての知識や、演じるときに心がけていることなどを語ります。また、そこから脱線した白酒さん自身のことや、下世話な話なども収録されていて面白い。落語を超えた「芸術」「表現」についても考えを深めることができます。落語を聴いたことがない人でも、演目の概要が書かれているので安心。落語好きにとっても「へぇー!」という内容が満載。つまり、誰が読んでも楽しめるので、ぜひ読んでみてください!
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    投稿日:2017年03月17日
  • 小説すばる新人賞を受賞した、青春群像劇です。著者の青羽悠さんは16歳の高校生。同賞の史上最年少受賞でした。先日の単行本発売とタイミングを合わせて、TV番組『王様のブランチ』で紹介され、大変話題になっています。

    町の科学館に併設された図書館で、毎年一緒に夏休みの宿題をやっていた幼馴染4人。館長がにこやかに語ってくれる宇宙の話は、祐人、理奈、薫、春樹の好奇心を刺激しました。宇宙は、みんなの夢でした。同じ高校に進学した4人でしたが、3年生になると、祐人は文系クラスを選択し、宇宙への夢を諦めます。理奈はそれが許せず、4人の関係はギクシャクしてしまいます。それぞれの道を歩んだ4人が再会したのは、高校卒業から5年ほど経った年の夏、突然亡くなった館長の通夜の日でした。

    久々にともに時間を過ごす4人。やがて明らかになる館長の過去。館長の孫で高校生の直哉と同級生の河村が直面している現実。夢とはなにか、夢というものをどう捉え、どのように生きていけばよいのか。三世代の人生が交錯し、物語は進んでいきます。

    高校生ぐらいの時期は、子ども時代が終わりを告げ、否が応でも「大人の社会」というものが押し寄せてくる時期でしょう。自分が心惹かれる、ただそれだけで価値があるわけではない。大人の社会の基準というものがあって、それが圧倒的な力を持ち始める。社会で「自立」していくために、競争してよいポジションをとっていかなければならない。そういったなかで、自分の夢を貫くというのは、どういうことなのか。

    16歳が書いた青春小説というと、二の足を踏んでしまう大人の読者もいるかもしれません。しかし、この作品は、高校生が書いたとは思えないほどリアルでテンポのよい会話でストーリーが展開していき、切実な思いが溢れていても十分に抑制された文体で描かれているため、どんどん読み進めることができます。青春期のモヤモヤを何とか自分の言葉で表現しようとする著者の奮闘や、悩むことや失敗することを肯定する著者の度量の広さを、ぜひ感じてほしいと思います。

    この作品には、著者が高校生という時期だからこそ描けた世界があります。逆に、大人の視点で記憶のなかにある青春時代を描いた、山下澄人さんの芥川受賞作『しんせかい』と読み比べてみるのも、面白いと思います。この作家が、成長とともに、どのような作品を書いていくのか。早くも次作を読みたい気持ちになりました。非凡な才能を持った超若手作家のデビュー作を、ぜひお読みください。
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    投稿日:2017年03月10日
  • 少年犯罪をテーマに数々の傑作を産み出してきた薬丸岳さんの新作が、2017年2月24日、紙と同時に電子版も発売しました。今回の主人公は、中学校教師の秋葉悟郎。随所に謎が盛り込まれ、どことなく不穏な空気が漂っており、先が気になってページを送る手を止めることができませんでした。

    秋葉は、赴任して間もない中学校が、これまでの学校と比べて問題が少ないと感じていました。しかし、何かがおかしい。不良がいない、保健室の利用者が極端に少ない、なのに相次ぐ長期欠席者。

    実は、その中学校の平穏は、生徒たちによる自警団「ガーディアン」によってもたらされたものでした。それまで問題だらけだった学校が、ガーディアンの発足後、急速に平和になっていったのです。ガーディアンの存在は、生徒たちの間だけの秘密で、その存在を教師や親に漏らした者には、厳しい制裁が待っていました。

    ふとしたきっかけから、秋葉はガーディアンの存在に気付きます。周囲の教師たちの協力は望めないと分かると、独自に調査をし、核心に迫っていきます。すると、大人しかった生徒たちが態度を豹変させ……。

    実はこの小説、秋葉が主人公ですが、語り手となる人物が、中学生、教師、保護者含め全部で13人いて、それぞれの視点で物語が進められていきます。そのうち、中学生は8人。ひとりひとりが、困難な状況に晒されたり、友人を心配したりする様子が描かれています。

    思えば中学生とは、心が子どものまま、急激に広い社会に晒される時期。困難な状況に陥っても、いったいどうやって助けを求めればいいのか、誰が本当に信頼できるのか分からず、日々息苦しさを感じながら、それでも必死に生きている時期だと思います。そんな時、生徒たちの助けになってくれたのが、ガーディアンでした。しかし同時に、ガーディアンを敵にまわしたことで、苦況に陥ってしまう人もいました。

    果たして、ガーディアンとは何者なのか。生徒の味方なのか、それとも、生徒を縛り付ける存在なのか。ガーディアンによって、中学校に平和がもたらされたのは事実。しかし、このままガーディアンの存在を許してよいのか。秋葉は、教師ができることの限界にぶち当たり、葛藤します。教師は、生徒が抱える困難に対して無力な存在なのでしょうか。

    そして、驚きのラストへ。生きていれば、様々な困難に直面する。しかし、勇気を持って心を開くことで、周囲の景色が違って見える。そして、力強く乗り越えていける。そんな希望を与えてくれる小説です。
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    投稿日:2017年03月03日
  • 昭和から平成にかけての塾業界・教育界の変遷と、三世代にわたってこの業界に深く関わってきた家族の奮闘が描かれた物語です。すごく面白かったです。各時代背景がリアルに描かれているので、どの世代の人が読んでも楽しめると思います。登場人物のキャラが立っているのもいいですね。

    子どもの能力を引き出す天才的な能力がありながら女性にだらしない、大島吾郎。自らが考える理想の教育のためには手段を選ばず猪突猛進する、大島千明。「千葉進塾」を創設したこの夫婦が主役です。三人いる娘達も個性的。長女の蕗子は、聡明で周囲に気を遣う人で、血のつながりのない吾郎を慕い、千明と対立します。次女の蘭は、手がつけられないほど我が強く、千明以上に冷徹に目的達成に向かいます。三女の菜々美は、快活で人懐こく、マイペースに育っていきます。そして、最終章の主役、蕗子の息子・一郎のキャラもいい。周囲をイラつかせるおっとりした性格だが、心に秘めた強い気持ちを持っています。

    また、「教育」というテーマにがっぷり正面から取り組んだことも、すごいと思います。これほど様々な考え方が存在し、歴史があり、誰もが「当事者」を経験してきたテーマはないでしょう。学校だけでなく、家庭、会社など、社会のさまざまな場所で、教育が行われています。

    「秩序」が存在するところ、必ず教育というものが存在します。なぜなら、教育は「支配」というものと密接な関係があるからです。言ってしまえば、教育とは、人々をコントロールして、支配者の目的を叶えるための手段でもあります。日本の公教育でいえば、大日本帝国憲法下の時代、GHQ支配下の時代、サンフランシスコ講和条約後、政権交代後など、支配者が変わるたびに教育方針が大きく変更されてきました。私たちは教育というものを通じて、支配者の都合に振り回されてきました。

    こうした状況に反発して、千明は「理想の教育」を求めて奮闘します。ところが、そんな千明も、「支配」というものから抜け出すことができません。「お母さん、前はよく言ってたじゃん。人の言うことに惑わされないで、自分の頭でものを考えろって。だから、あたし考えたの。そしたら、考えれば考えるほど、高校に行く意味がわかんなくなっちゃって」。高校受験前に勉強しない娘の菜々美を叱った(コントロールしようとした)ところ、こう反論された千明は、ぐうの音も出ませんでした。

    それでは、千明の奮闘は無意味だったのでしょうか。そんなことはありません。この小説には、教育という普遍的なテーマのもと、教育をする側の人、教育を受ける側の人など、様々な立場の人々、そして時代における実存のドラマが描かれています。最終章で描かれた一郎の取り組みは、現代における「理想の教育」の、一つの結論でしょう。ものすごく共感できるのですが、吾郎や千明、蕗子、蘭、菜々美たちの葛藤と試行錯誤が克明に描かれてきたからこそ、より感動的なものになったのだと思います。時が経っても読み継がれていってほしい名作です。
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    投稿日:2017年02月24日
  • ホラー、ファンタジー、青春……。様々な要素が絡み合った傑作です。
    主人公の大橋が、学生時代に通っていた英会話スクールの仲間たちを誘い、10年ぶりに「鞍馬の火祭」を見物しにいくことになりました。今回集まったのは、5人。10年前の「鞍馬の火祭」で突然姿を消した仲間のひとり、長谷川さんを偲んでのことでした。

    大橋は今回の待ち合わせの前、ふと立ち寄った画廊で、岸田道生という画家による「夜行」という銅版画の連作シリーズを偶然見ることになります。シリーズは全部で48作品あり、「夜行――鞍馬」のように日本の各地の名前が付されていました。「天鵞絨(ビロード)のような黒の背景に白い濃淡だけで描きだされた風景は、永遠に続く夜を思わせた。いずれの作品にもひとりの女性が描かれている。(中略)一つ一つの作品を見ていくと、同じ一つの夜がどこまでも広がっているという不思議な感覚にとらわれた」

    宿に到着後、そのことをみんなに話すと、ほかの4人全員が、実はすでにこの作品に出会っていたことが分かります。そして、ひとりひとりが、「夜行」にまつわる経験を語り始めます。それぞれのエピソードが語られるなかで、長谷川さんの失踪や、岸田道生に関する謎が、少しずつ明らかになります。でも、あくまで「少しずつ」です。各エピソードは、なんとも不思議で不気味、それでいてリアルです。最後まで読んでも、解明されないまま放置された謎が残ります。それでも、きちんと物語として完結させる、そのサジ加減が絶妙です。

    それぞれが語る「夜行」の世界とは何でしょうか。作中に「夜行列車の夜行か、あるいは百鬼夜行の夜行か」という場面がありますが、日常の世界とは異なるシステムで動いている、「向こう側の世界」のことでしょう。日常の世界の常識とはまったく異なる、不思議で非合理で不気味な世界。読者の皆さんはぜひ、この向こう側の世界の「存在」をありのままに受け入れ、解明されない謎に自らの想像を働かせ、見たくない世界にも目を見開いて、物語世界に浸ってみてください。

    夜道を歩いていると、昼間はまったく気にも留めていなかった細道が、まったく違った姿を見せることがあります。「夜行」の世界への入り口は、本当に私たちの目の前にあるのかもしれません。日常とは異なるシステムで動く世界の存在を受け入れ、思いを馳せる。それは私にとって、心地よい癒しとなりました。
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    投稿日:2017年02月17日
  • 物語の舞台は、世界的に有名なピアノコンクール。4人のピアニストたちが、それぞれの人生を振り返りながら、優勝を目指していきます。紙の単行本で2段組500ページ超というボリュームですが、抜群に読みやすく面白いので、音楽に馴染みのない人でも一気に読むことができると思います。

    コンクールに出場するのは、専門の音楽教育を施されてきた実力者がほとんど。しかし、一人異色の存在がいました。風間塵、16歳。養蜂を営む父と移動生活をするこの天才ピアニストは、自分のピアノを持たず、まともな音楽教育も受けていませんでした。それなのに、世界中のピアニストたちが憧れた、いまは亡き伝説の音楽家ホフマンが、自ら塵のもとを訪れ、弟子というよりも一人の音楽家として塵少年と付き合ってきたというのです。

    「皆さんに、カザマ・ジンをお贈りする。文字通り、彼は『ギフト』である。(中略)中には彼を嫌悪し、憎悪し、拒絶する者もいるだろう。しかし、それもまた彼の真実であり、彼を『体験』する者の中にある真実なのだ。彼を本物の『ギフト』とするか、それとも『災厄』にしてしまうのかは、皆さん、いや、我々にかかっている」。伝説の音楽家ホフマンによる推薦状の文面です。

    世界は、すでに至上の音楽に満たされている。それなのに、譜面に、コンサートホールに、そして音楽教育といった狭い箱の中に、音楽が閉じ込められてしまっている。「よし、塵、おまえが連れ出してやれ。」生前のホフマンの言葉を胸に、型破りの天才・風間塵は、才能をフルに発揮して、その課題に取り組んでいきます。

    風間塵だけでなく、新たなクラシックをつくるための戦略を立てるマサル・カルロス・レヴィ・アナトール、母の死をきっかけにピアノが弾けなくなってしまったかつての天才少女・栄伝亜夜、そして、妻子持ちで仕事の合間に練習を続けて出場を決めた高島明石――。それぞれが、自らの人生の課題に正面から取り組み、葛藤することで、最高の演奏を繰り広げていきます。

    この小説のすごいところはたくさんありますが、二つ挙げるとしたら、まず、一つひとつの演奏が言葉で見事に表現されていることが挙げられます。4人だけでも54曲演奏するのですが、それぞれがきちんと書き分けられ、本当に音楽が聴こえてくるような気がしました。二つめは、登場人物がみんな悪意も毒気もない、いい人でありながら、しっかりと葛藤が描写されているからか、物語全体がフワフワしておらず、読後に心地よい満足感に満たされることです。

    構想12年、取材11年、執筆7年。第156回直木賞を受賞したこの作品は、間違いなく恩田陸の最高傑作の一つです。
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    投稿日:2017年02月10日
  •  第156回芥川賞受賞作です。読みやすい青春小説です。主人公は、著者本人を思わせる19歳の青年、スミト。高校卒業後、アルバイト生活を送っていたところ、間違って自宅のポストに投函された新聞に、彼の知らない人が主宰する住み込みの演劇塾の生徒を募集する記事を発見します。俳優志望というほどでもなかったが、生まれ育った土地から遠く、授業料がかからないことに魅力を感じ、応募したところ、なんと合格。スミトは船に乗ってその演劇塾に辿り着き、俳優志望や脚本家志望の若者たちと、自給自足の生活を送りながら、【先生】から演劇について学んでいきます。その演劇塾での二年間が描かれています。

     私は、若者たちの共同生活なのだから、きっとドロドロとした愛憎劇が繰り広げられるだろう、【先生】との軋轢もあるだろう、自給自足の生活はものすごく過酷だろう、それらはどんな風に描写されるのだろう、と期待して読み進めていきました。しかし、その期待は、やや肩透かしを食らわされた形になりました。確かに描写されているのですが、あまりにサラリとしている気がしたのです。スミトの同期生が、一般社会を「シャバ」と表現したシーンがあり、そこはこの演劇塾の雰囲気が伝わってきて、面白いと思いました。しかし、ラストの煙に巻くような言葉……。

     私には、青春小説とは切実さが伝わるように描かれているもの、という先入観がありました。どうやら、それが間違っていたようです。例えば、10代、20代の頃、もう人生終わりだーと思ったような経験も、それから10年、20年たって振り返ってみると、なんてことはない、実際いま生きているし、というようなことは、多々あるものです。この小説は、描かれている当時の主人公の視点ではなく、それから何年もたった後の主人公の、主観的な記憶が描かれた小説です。遠い記憶だから、サラっとしていて、曖昧で、時に時系列が乱れることもあります。

     この小説には、前回の芥川賞受賞作『コンビニ人間』(村田沙耶香)のような、刺激的なキャラクターは登場しませんが、読めば読むほど、記憶のあいまいさ、人間の意志や主体性というものへの懐疑、といったテーマが、ジワジワと伝わってきます。過去とは、疑いようのない事実ではなく、現在の主観で構成される幻のようなものなのだ、と思いました。

     なお、同時収録の「率直に言って覚えていないのだ、あの晩、実際に自殺をしたのかどうか」は、「しんせかい」の前日譚ですが、半日の出来事が凝縮して描かれています。その手法の違いも面白い。小説というものの幅広さを味わうことができました。
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    投稿日:2017年02月03日
  • 夫婦関係に問題を抱えるアラフィフオヤジ三人を中心に個性豊かな面々たちが登場し、「家族とは何か」について考えていく作品です。テーマはシリアスなのですが、テイストはドタバタコメディなので、とても読みやすいです。

    中学教師の主人公・宮本陽平は、子どもが二人とも家を出たため、夫婦二人で過ごすことに。陽平は新生活に前向きでしたが、偶然、妻が署名済の離婚届を見つけてしまいます。さらに、陽平の教え子・克也の家庭にも問題が発覚……。また、陽平と同じ料理教室に通う武田一博は、妻と四年半前から別居状態。そしてなぜか、通っている料理教室の新しい女性講師と、その妊娠中の娘が、一博の家に転がり込んできます。

    一方、一博の小学生時代の同級生で、陽平にとっては料理の師匠である小川康文は、今では円満家庭を築いていますが、一度離婚を経験しています。一度失敗しているからか、康文の言葉には含蓄があります。ほかにも個性的な面々が登場し、多彩な料理を作りながら、「家族」にまつわる自分自身の「哲学」を語っていきます。それぞれが違った「哲学」を持っているのですが、みんな一本筋が通っているので、なるほど、と納得させられます。この物語は、料理から生まれた名言が満載です。

    例えば、陽平が教え子で家庭に問題が起こってしまった克也に伝えた言葉。「メシを食うことの重みがわからないうちは、おまえはまだ駄々をこねてるだけのガキなんだよ」「メシをつくることは、それを食べる相手の笑顔を見たいと思う、ってことなんだ。優しさなんだ。料理を覚えることは、優しさを覚えることでもあるんだ」。この「優しさ」というのが、この物語の核となるキーワードの一つです。

    さて、妻の離婚届を発見した陽平は、妻と別居中の一博は、結局離婚してしまうのか……。なお、この作品は、2017年1月28日に公開される映画『恋妻家宮本』(主演:阿部寛・天海祐希)の原作です。ぜひ読んでみてください。
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    投稿日:2017年01月27日
  • 私が著者の東田直樹さんを知ったのは、2014年8月に放映されたNHKのドキュメンタリー番組『君が僕の息子について教えてくれたこと』を観たのがきっかけです。この番組名にある「君」が東田さん、そして「僕の息子」は、日本滞在経験もあるイギリスのベストセラー作家・デイヴィッド・ミッチェルさんの、自閉症の息子さんのことです。2016年12月11日には、続編『自閉症の君が教えてくれたこと』が放映され、話題になりました。

    自閉症とは先天性の発達障害の一つで、言葉の発達が遅れ、対人関係を築くことが困難で、特定のことに執拗なこだわりを見せるという特徴があるそうです。ミッチェルさんは、自分の子どもの心が理解できず、悩んでいました。なぜ床に頭を打ちつけるのか、なぜ奇声を発するのか、なぜ自分の言葉が届かないのか……。

    そんなミッチェルさんが偶然見つけたのが、この『自閉症の僕が跳びはねる理由』。重度の自閉症と診断された東田直樹さんが、中学生時代(続編の『自閉症の僕が跳びはねる理由2』は高校生時代)に執筆した本です。「自閉症の人の心の中を僕なりに説明する」(はじめにより)ために、「どうして目を見て話さないのですか?」「なぜくり返し同じことをやるのですか?」といった様々な質問に、東田さんが回答する形で編集されています。

    自閉症の人は、うまく言葉を発することができないのですが、東田さんは、PCのキーボードを模した文字盤を使用することで、自らの考えを言葉にすることができるようになったそうです。これによってこの本が生まれ、国内のみならず海を超えて、自閉症の人とのコミュニケーションに悩む人を救ったのです。ミッチェルさんが本書を英訳したのを皮切りに世界数十言語に翻訳され、世界的ベストセラーになりました。

    特に心に残った東田さんの言葉を抜粋します。「自分の気持ちを相手に伝えられるということは、自分が人としてこの世界に存在していると自覚できることなのです」「僕たちが一番辛いのは、自分のせいで悲しんでいる人がいることです」「普通の人は気持ちが苦しくなると、人に聞いてもらったり、大騒ぎしたりします。僕たちは、苦しさを人にわかってもらうことができません」。

    人を理解するとはどういうことか、コミュニケーションで大切なことは何かを、コミュニケーションに障がいのある東田さんが教えてくれた気がします。なお、巻末には、デイヴィッド・ミッチェルさんによるコメントが収録されています。自閉症への深い理解と、悩む人々に寄り添う気持ちと、東田さんへのリスペクトにあふれた文章です。こちらもぜひ読んでいただきたいと思います。
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    投稿日:2017年01月20日