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  •  3月16日。3.11から5日。
    ・福島第一原子力発電所3号機から白い湯気のような煙(のちに3号機は地震の60時間後、2号機は101時間後にメルトダウンしていたと発表)。
    ・米国が福島第一原発から80キロ圏内在住の在日米国人に退避勧告。

    〈放射能が降っています。静かな夜です。 2011年3月16日21:30〉
    〈放射能が降っています。静かな静かな夜です。 2011年3月16日21:35〉
    〈あなたにとって故郷とは、どのようなものですか。私は故郷を捨てません。故郷は私の全てです。 2011年3月16日21:44〉

     20歳になったばかりの頃、作家の井上光晴さんに出会って、詩を書き始めた福島の青年がいた。「いいか、書くんだぞ。書いて、書いて、自分を創造していくんだぞ」――井上さんの言葉をきょとんとした思いで聞いていた20歳の青年は、2011年3月11日、東日本大震災と福島第一原子力発電所のメルトダウン事故の被災者となった。
     3月16日の夜、井上光晴さんの言葉に触発されて詩作を続けていた被災者はツイッターへの投稿を始めます。まったく先の見えない状況下、福島から発信するツイートの数々を詩人は「詩の礫(つぶて)」と名づけた。3.11後の空気をそのまま記録した、それは2か月後の5月26日まで続き、2011年6月、一冊の詩集に編まれた。
    『詩の礫(つぶて)』(徳間書店、2017年7月14日配信)。言葉の力を信じた詩人、和合亮一さんが被災地で書き続けた言葉の礫は2016年にフランス語版が刊行され、総合文化誌「NUNC(ニュンク)」が主催する文学賞「ニュンク・レビュー・ポエトリー賞」を受賞。「福島の原発災害という悲劇的な状況の中で湧き上がる詩的言語の奥深さと清さ。そして、外に向けて発信し、状況を伝え、そして現実/歴史を証言する緊急性がツイッターという手段と相まっている」という受賞理由は、福島で生き、福島から発信しつづける和合さんの創作活動と覚悟に対するなによりの言葉だと思う。
     ヒロシマ1945.8.6 AM8:15 ナガサキ1945.8.9 AM11:02 チュエルノブイリ(旧ソ連、現ウクライナ)1986.4.26 PM01:23 フクシマ2017.3.11 PM02:46――核の歴史に刻印された、4つの特別な一日。そのうちの3つが日本で起きたことであることを、私たちは記憶するべきだ、けっして忘れてはならない特別な日だ。
     この核の歴史に付け加えられるべき、新しい一日は――2017.7.7。核兵器禁止条約が122か国の賛成を得て国連で採択された、記録されるべき特別な日です。核兵器の使用や開発、実験、生産、製造、保有などを禁止するだけでなく、核抑止力の根幹ともされる「使用するとの威嚇」も禁止するという画期的な内容で、条約の前文には「核兵器の使用による被害者〈ヒバクシャ〉ならびに核兵器の実験によって影響を受けた人々に引き起こされる受け入れがたい苦痛と危害に留意」と、日本語のヒバクシャがそのままローマ字で〈hibakusha〉と綴られました。世界は”hibakusha”――「被爆者」、そして「被曝者」――を核を語る共通の言葉として受け入れたのです。しかし――安倍首相の政府は、核兵器を違法とする初めての条約へ参加しませんでした。広島市長(8月6日)、長崎市長(8月9日)がともに参加を求める発言を行いましたが、安倍政権が応じる様子はまったくありません。

     核兵器禁止の動きには不参加で水を差し、福島原発周辺地域への帰還を推し進め、一方で自主避難者に対しては自己責任論で迫り、さらに避難経路も計画も確保しないままに原発再稼働に走り、世界が風力や太陽光など再生可能エネルギーへのシフトを強める中で原子力発電所の新設さえ将来のエンルギ-計画のなかにしっかりと織り込むことを忘れない。3.11から6年――安倍政権とHIBAKUSHAとの間の深い溝が私たちの眼前で露わになっています。だからこそ、『詩の礫』の次の言葉を読んでいただきたい。

    〈南相馬市の夏が好きだった。真夏に交わした約束は、いつまでも終わらないと思っていた。原町の野馬の誇らしさを知っていますか? 2011年3月18日14:14〉
    〈南相馬市の野原が好きだった。走っても走ってもたどりつかない、世界の深遠。満月とススキが、原町の秋だった。 2011年3月18日14:15〉
    〈南相馬市の冬が好きだった。少しも降らない冬の、安らかな冷たさが好ましかった。原町の人々の無線塔の自慢話が好きだった。 2011年3月18日14:17〉
    〈あなたはどこに居ますか。あなたの心は風に吹かれていますか。あなたの心は壊れていませんか。あなたの心は行き場を失ってはいませんか。 2011年3月18日14:18〉

     20分ほどして、詩人はこう発信する。
    〈2時46分に止まってしまった私の時計に、時間を与えようと思う。明けない夜は無い。2011年3月18日14:45〉
     そしてさらに翌日――。
    〈あなたには、懐かしい街がありますか。暮らしていた街がありますか。その街はあなたに、どんな表情を、投げかけてくれますか。 2011年3月19日4:15〉
    〈あなたにとって、懐かしい街がありますか。私には懐かしい街があります。 2011年3月19日4:15〉
    〈その街は、無くなってしまいました。 2011年3月19日4:16〉

     放射能が降る静かな、静かな夜。ひとり、自己を見つめて紡ぐ和合さんの言葉。詩人が綴る想いは、静かに響き胸の底に重く沈んで、確かなものとしていつまでもそこにある。「制御」という言葉について、詩人はこんなふうにつぶやきます。
     3.11から11日。福島県5市町村の水道水から1キロあたり100ベクレル超えの放射性ヨウ素が検出された3月22日の夜――。

    〈制御とは何か。余震。 2011年3月22日22:08〉
    〈あなたは「制御」しているか、原子力を。余震。 2011年3月22日22:13〉
    〈人類は原子力の素顔を見たことがあるか。余震。 2011年3月22日22:16〉

     2013年9月7日。アルゼンチン・ブエノスアイレスで開かれた国際オリンピック委員会(IOC)総会に臨んだ安倍首相のプレゼンテーションは、『詩の礫』と対極にあるものでした。今も官邸ホームページに堂々と掲げられています。
    「フクシマについて、お案じの向きには、私から保証をいたします。状況は、統御されています。東京には、いかなる悪影響にしろ、これまで及ぼしたことはなく、今後とも、及ぼすことはありません」
     スピーチ冒頭で、” The situation is under control”という強い表現で汚染水は完全にコントロールされていると強調した安倍首相の言葉。フクシマがそんな状況にはないことは、多くの日本人が知っています。政治的な思惑を秘めて発する政治家の言葉の軽さを示す典型例と言ったら、言い過ぎでしょうか。
     8月6日広島でも、8月9日長崎でも、多弁ではあるが胸には響かない、真のないスピーチが繰り返されました。そんな時だからこそ、揺れ続ける福島で和合亮一さんが発信してきた3.11後の記録に立ち返ってみたい。
    『詩の礫』のほか、続編にあたる『詩の礫 起承転転』(徳間書店、2017年7月14日配信)も注目です。そしてもう2冊――核の歴史に刻印されたヒロシマとナガサキの特別な日を撮った写真集、『ヒロシマ 1945.8.6――原爆を撮った男たち (1)』(日本写真家ユニオン、2008年7月18日配信)、『ナガサキ 1945.8.9――原爆を撮った男たち (2)』(日本写真家ユニオン、2008年7月18日配信)は、イーブックジャパンでしか読めない特別な本です。今も私たちに突き刺さってくる72年前の被爆実相が、ここにある。(2017/8/11)
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    投稿日:2017年08月11日
  • 出会ってデートして仲良くなってそしてその後ホテルで・・・なんて恋愛模様を描く作品は山のようにありますが、この漫画はそれら作品とは異なり、初エッチしちゃう前の1時間を様々なシチュエーションで描く、そんな作品です。同じ部屋で二人きりになって、お互いもじもじしつつ手を出すか出さないかで激しく迷い悩み、最終的にイチャイチャする直前までの微妙で絶妙なもどかしさがたまりません。

    シチュエーションも豊富で、緊張の中お互い初体験寸前という状況の学生カップルだったり、魔王との決戦前の勇者と魔法使いだったり、幼馴染同士だったり、宇宙人にさらわれた全くお互いを知らない他人同士だったり。。。照れたりアプローチしたり拒んだり恥じらったりする男女二人の情事前1時間がたまらなく面白いわけです。

    そしてこの作品の注目していただきたいところは「情事の内容」が描かれないところですね。あくまで情事に至るまでの1時間を描いており、情事中のシーンはありません。でも、それが良いんです。かなり良いんです。

    そんなわけで、初情事まであと1時間という変な緊張感溢れる物語をぜひお楽しみください!
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    投稿日:2017年08月11日
  •  38年前の1979年に一冊の翻訳書が出版され、70万部を超える大ベストセラーになりました。エズラ・ヴォーゲル著『ジャパン・アズ・ナンバーワン――アメリカへの教訓』(ティビーエス・ブリタニカ発行、広中和歌子、大木彰子訳)です。当時、東アジア研究の第一人者であったハーバード大学・ヴォーゲル教授による日本の経済・社会制度に対する高い評価をストレートに表現した原題”Japan as Number One: lessons for America”は、日本人の心に心地よく響き、流行語にさえなりました。
     “得意の絶頂”から半世紀近い年月を経て、混迷の中にある日本経済。今働き手として社会の中軸にいる40代以下の人たちは「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の時代に幼かったか、まだ生まれていませんでした。ですから敗戦から戦後復興を経て奇跡の高度経済成長を遂げ、ヨーロッパ先進国を追い抜き、アメリカに次ぐ世界第二の経済大国になった時代の空気を直接吸ってはいませんが、日本は先進国として世界経済の中で確固たる位置を占めていると思っているはずです。実際、世界ランキングを見ていくと、日本はすごい国、なのです。
    ・GDP(国内総生産):世界第3位
    ・製造業生産額:世界第3位
    ・輸出額:世界第4位
    ・研究開発費:世界第3位
    ・ノーベル賞受賞者数:世界第6位
     中国に抜かれたとはいえGDPは世界第3位の座をキープしています。ノーベル賞受賞者数を国別に見ると世界第6位ですが、これも2000年以降で見れば世界第3位です。先進国で順位がここまで上がるというのは、珍しいことだそうです。ほかにもさまざまな世界ランキングで日本が上位に位置しているのですが、その日本の位置はあくまでも1億を上回る人口を背景とする表面的なものであり、日本人はそうした見せかけのランキングに基づく「妄想」に気がつくべきべきだと警告する書が注目を集めています。
     デービッド・アトキンソン『新・所得倍増論』(東洋経済新報社、2016年12月9日配信)です。著者のアトキンソンは、1965年生まれのイギリス人。オックスフォード大学で「日本学」専攻、1992年にゴールドマン・サックス入社。同社取締役、パートナー(共同出資者)となりますが、マネーゲームを達観するに至り、2007年に退社。在社中の1999年に裏千家に入門、2006年には茶名「宗真」を拝受。ゴールドマン・サックス時代に日本人スタッフと15年間共に働いた経験を持ち、初来日から31年――人生の半分以上を日本で過ごしてきたという著者は、日本の現状を〈私は、悔しい〉と、こう書くのです。

    〈日本は1990年、世界第10位の生産性を誇っていましたが、今では先進国最下位です。労働者ベースで見てもスペインやイタリアより低く、全人口ベースでは世界第27位です。1990年には韓国の2・4倍も高かった生産性が、今は1・04倍まで低下しています。このまま何も手を打たなければ、あと2~3年で韓国に抜かれて、アジア第4位の生活水準にまで低下するでしょう。〉

     こんなにも勤勉な日本人がイタリアやスペインのラテン系に生産性で劣っている? まさか、と思う人も多いと思います。著者自身、〈2016年8月にこの分析をしたときは、自分が間違えたのではないかと思って3回くらいやり直しました〉と正直に打ち明けるほど衝撃的な結果ですが、これが現在の日本の現実なのです。なぜ、こんなことになってしまったのか。原因は二つあると著者が続けます。

    〈ひとつは、日本は世界ランキングに酔いしれて、実態が見えていない傾向があるということです。厳しい言い方をすれば「妄想」に浮かされているのです。
     日本は、一見するとすばらしい実績を上げているように見えます。たとえば世界第3位のGDP総額、世界第3位の製造業生産額、世界第4位の輸出額、世界第6位のノーベル賞受賞数──枚挙にいとまがありません。
     しかし、これらすべては日本の人口が多いことと深く関係しています。本来持っている日本人の潜在能力に比べると、まったく不十分な水準なのです。潜在能力を発揮できているかどうかは、絶対数のランキングではなく、「1人あたり」で見るべきです。それで見ると、1人あたりGDPは世界第27位、1人あたり輸出額は世界第44位、1人あたりノーベル賞受賞数は世界第39位。潜在能力に比べて明らかに低すぎる水準です。やはり、やるべきことをやっていないといった問題以前に、世界ランキングに酔いしれて、何をやるべきかをわかっていないのではないかと思います。
     2つ目は、人口減少問題です。言うまでもなく「GDP=人口×生産性」ですので、日本人の数が減る中で経済成長するためには、生産性を上げるしかありません。本来なら、人口増加が止まった1990年には、「生産性向上型資本主義」を目指すべきでした。〉

     1990年代のバブル崩壊を境に、それまで順調に成長していた日本経済が低迷します。右肩上がりで膨らんできたGDPも、1995年に500兆円を超えて以降、今にいたるまで横ばいで推移しています。これがいわゆる「失われた20年」と呼ばれる成長の停滞です。「停滞」といいましたが、他国――アメリカやヨーロッパ先進国はこの間も成長を続けていますから、停滞している日本経済は相対的には縮小しているということです。どれほど縮んだのか。
    ・日本のGDPはアメリカの24.4%(2014年。ピークだった1995年は69.6%!)
    ・ピーク時にはドイツ経済の2.2倍あった日本経済が2014年には1.2まで縮小。
    ・ピーク時にフランス経済の3.5倍あったが、2014年には1.6倍まで縮小
    ・ピーク時にイギリスのGDPの4.3倍だった日本のGDPが、2014年になると1.54倍まで縮小。1960年の日本経済は、イギリス経済の1.67倍ということを考えると、それ以前の水準だと言えます。
     ちなみに先進国ではありませんが、中国との比較では――1993年のピーク時に中国経済の10倍近い規模を誇っていた日本経済は、1996年5倍、1999年4倍、2005年2倍と縮小を続け、2009年にはとうとう逆転され、2014年には44%と半分以下の規模に後退してしまいました。世界第2位から第3位に転落した日本経済ですが、2015年のIMFのデータでは、インドに抜かれて第4位にまで落ちたことが明らかとなっています。

    〈世界を見渡してみると、生産性が急上昇している途上国の経済成長がますます高まっています。中国のように、人口が多い上に極端に低かった生産性を徐々に向上させている国も出てきました。一方で、人口がそれほど増えていない先進国も、経済成長は止まっていません。つまり、経済が20年も伸びない日本は、どちらのカテゴリーにも入らない「異常」な国だと言わざるをえません。
     世界全体が成長を継続している中で、日本だけがGDPが増加していないという異常事態によって、日本が世界経済の中で占める比率が著しく低下し、その優位性が大きく揺らいでいます。他国との伸び率の差が毎年わずか数%であっても、20年間継続すれば大きな開きが生まれるのは、考えてみれば当然でしょう。〉

     人口というボーナスのおかげで高度成長を達成した日本はいまや、人口減少社会に転じました。それによる経済の縮小を打開し、成長軌道に復帰するにはどうすればいいのか。道はある――と断言する著者によれば、日本の停滞を象徴しているのが銀行の生産性の悪さです。〈なぜ銀行の窓口はいまだに3時に閉まるのか〉の見出しを掲げて、著者はこう指摘しています。

    〈今の日本の生産性の悪さを象徴するのが、銀行窓口が午後3時に閉まるという現実です。銀行窓口の営業時間には、生産性を上げようという意識のかけらも見られません。
     ご存じのとおり、日本の銀行窓口は午後3時に閉まります。これは、銀行がまだそろばんと手書きの帳簿を使っていた時代の慣習の名残です。3時に窓口を閉めて、お札、小切手、小銭を手作業で確認して、帳簿に書いて計算、数字を合わせると、だいたい5時くらいになります。アナログ時代に、行員たちが5時に終業するための決まりなのです。調べてみたところ、明治時代にできたルールであることがわかりました。
     しかし、今はどうでしょう。ATMもあるので窓口の取引は減り、お札や小銭を数える機械もあります。帳簿は手書きではなくシステムが開発され、計算は機械がやってくれます。3時に窓口を閉める理由はないのです。
     それより驚くのは、ATMを使った振込も3時までで締め切って、その後の振込は翌日扱いになるということです。システムを使った振込ですので、支店の営業時間に合わせる意味がわかりません。あまりに気になったので全国銀行協会に尋ねてみたのですが、やはり理由はないそうです。ただ単に昔の名残が、検証されないまま続いているのです。
     これは、皆が結婚し、男性は仕事、女性は専業主婦という時代だからこそ許容されていた仕組みです。これなら、奥さんがいつでも銀行に行けるので、問題はありませんでした。
     しかし、今はそんな時代ではありません。男性も女性も外で働くことが多くなりましたので、結局、昼休みに銀行窓口の長蛇の列に並ばざるをえないのです。このような光景を見るにつけ、多くの人の生産性が犠牲になっていると感じます。
     くだらない例だと思われるでしょうか。しかし、こういった例はたくさんあります。「塵も積もれば山となる」のことわざのとおり、日本の生産性を下げる要因は、社会全体に蔓延しているのです。〉

     銀行の窓口を3時に閉めるという慣習は、実は日本オリジナルではなく、ヨーロッパの金融機関で生まれたものだそうです。それがそのまま日本にもち込まれたのですが、皮肉なことに「本家」のヨーロッパではすでに、通常のサービス業の企業と同様に遅くまで窓口を開けるようになっています。IT導入によって働き方を変え、生産性向上を実現したのです。ヨーロッパでは過去の習慣を変えているのに、なぜ日本だけはいまだにこのルールを守っているのか。
     旧態依然たる銀行窓口の光景――「女性の職場」は「3時閉鎖」以上に深刻な問題といえるかもしれません。〈銀行の窓口業務を行っているのがほとんど女性行員だという事実〉は、日本の生産性が低いことの象徴的要因なのです。これまで日本企業において女性の潜在能力は明らかに過小評価され、労働力として有効活用されてきませんでした。

    〈日本人女性の収入は、男性の約半分です。他の先進国の女性の収入が男性の約8割ですから、驚くほど少ないと言えます。
     これは単純に女性の給料を上げれば解決できる問題ではありません。ニューヨーク連銀の分析では、この収入格差は同一の仕事に関してのものではありません。まったく同じ仕事をしているのに、女性がパートだから給料が安く、男性が正社員だから高いという話ではないのです。日本では、女性は非正規が多いとか、パートが多いというように、雇用形態にフォーカスをあてた議論が多いのですが、女性にパートや非正規が多いのはあくまで結果であって、問題の根幹は、企業側が女性の潜在能力を有効活用していないということにあるのです。〉

     これまで過小評価してきた、労働者の半分たる女性たちのフル活用。潜在能力に見合う正当な仕事を与えることで、人口減少社会で経済を成長軌道に乗せる道筋が見えてくるはずだというのです。生産性ランキング上位を占める国は、ほぼ例外なく女性の給料が高いという特徴があるそうです。ただ単に高いのではなく、それなりの仕事を与えて、それなりに生産性を高めて、その分が給料アップに結びついているということです。
     かけ声ばかりの「アベノミクス」、「女性活躍社会」では、日本復活の道筋はみえてきません。「1人あたり」の実質的姿に着目した日本経済の分析。そこから導き出された「年収2倍」への道――「平成の所得倍増論」。山本七平賞受賞の前作『新・観光立国論―イギリス人アナリストが提言する21世紀の「所得倍増計画』(東洋経済新報社、2015年6月10日配信)と併せてご一読ください。(2017/8/4)
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    投稿日:2017年08月04日
  • 自分はα(アルファ)だと信じて疑わず生きてきたのに、実はΩ(オメガ)だったことが発覚し、しかも「運命の番」が小学生で…!?
    【オメガバース】&【年の差ラブ】を題材にした本作。高校生の千夏は、偶然出会った少年・はるかが「運命の番」だと分かり制御できないほど発情してしまうのですが、相手はまだ精通もきていない小さな子供。それでも傍にいたいから抑制剤を過剰に飲み続けて…。
    「愛とは、恋とは運命とは番とは こんなにも情欲に塗れて 浅ましく 貪欲になってしまうものなのだろうか」と、千夏は思い悩み、ただ一緒にいたいだけのに、それすら叶わない。オメガの性質や年の差という要素が2人の恋の障害として巧妙に描かれており、あまりにも切なくて涙が出てきました…。ですが、はるかが成長して結ばれるところまで描かれているのでハッピーエンドですし、描き下ろしのエピソードにも大満足!な1冊でした。
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    投稿日:2017年07月28日
  •  背筋が凍るような恐怖感を覚えた。
     経産省在職中の2011年4月――東日本大震災、福島第一原子力発電所事故の翌月――に「東京電力破綻処理策」を提起、経産省から退職勧告を受け、9月に職を辞した古賀茂明氏の新著『日本中枢の狂謀』(講談社、2017年5月30日配信)は、安倍晋三首相とその政権を担う中枢の人たちが国民(市民)の命と安全と引き換えにいったい何をしようとしているのか、どんな国に作り替えようとしているのかを的確に、わかりやすく俯瞰した本だ。
     問題は「メディア支配」「戦争する国」から「日本経済沈没」まで多岐にわたりますが、ここでは国民各層の間に根強い原発再稼働反対の声をよそに原発を復活させてきた狂気の謀(はかりごと)――「狂謀」を見ていきたい。

     2016年8月に再稼働した四国電力伊方原発3号機について、松山地裁は7月21日、運転差止めの仮処分を求めた住民の申し立てを却下しました。3月の広島地裁決定に続いて原発の運転を容認する司法判断の流れに大筋で沿った形で、原発の新規制基準に不合理な点はないという判断です。しかし、はたして原発新規制基準は「不合理な点はない」と言いきれるものなのでしょうか。決定を下した久保井恵子裁判長も避難計画の不備については「適切な見直しがない場合に違法となり得る」と留保せざるを得なかったのはなぜでしょうか。
     古賀茂明氏は、安倍首相が「世界一厳しい」と誇る新規制基準の正体をこう斬って捨てる。少し長くなりますが、〈第六章 甦った原発マフィア〉から一部を引用します。

    〈安倍総理は、二言めには「原子力規制委員会が世界一厳しい規制基準に適合すると認めた原発は再稼動させる」と発言する。「世界一」だということへの批判が強まると、「世界最高水準の」といい換えたりするが、いずれにしても、これこそ「世界一の大嘘」だといってよい話だ。
     もちろん、二〇一一年の福島原発事故前の基準に比べれば、かなり厳しくなったとはいえる。が、それでも、世界の常識からはかなり遅れたところがあるし、基準自体は厳しくなっても、その導入が先送りにされたりする。規制の執行力も極めて弱い。
     いま私が最も信頼している原発専門家である佐藤暁(さとうさとし)氏によれば、アメリカでは、原発から半径〇・四マイル(約六四〇メートル)が立入制限区域、半径三マイル(約四・八キロ)が低人口地帯とされ、近くに人口二万五〇〇〇人以上の町があれば、そのはずれから四マイル(約六・四キロ)以上離さなければならない。五マイル以内に活断層があってもいけない。実際、建設中の原発の周辺に活断層が新たに発見され、その原発建設が中止された例もある。
     ところが日本では、活断層が原発敷地内にまで入り込んでいたり、本来は低人口とすべき地域に大きな病院が建っていたりする。とても、アメリカ並みの基準にすることはできない。
     アメリカでは、少しでも危ないなら建てないほうがいいという、ごく常識的なルールになっているのに、日本では原発の存在を何とか認めるために、ゆるゆるの規制にしているということが分かる。しかも、最近では、重要施設の下に活断層があっても安全対策を施せば原発建設を認めるべきだという議論まで出始めている。
     もし、立地に関するアメリカの基準を当てはめれば、日本のほとんどの原発は廃炉にするしかなくなる。〉

     3.11の時、私たちは「免震重要棟」がいかに重要な施設であるかを知りました。しかし、規制委はその施設の建設を5年間猶予し、さらには〈免震でなくても、同様の効果を発揮できる(意味が分からない)建物なら耐震でもよいということにしてしまった〉と古賀氏はいうのです。この一事をもってしても〈メチャクチャ〉なのですが、それどころか規制委は避難計画を規制基準からはずしてしまった。

    〈IAEA(引用者注:国際原子力機関)が打ち出している「深層防護(Defence-in-Depth)」という考え方がある。これは、原発の安全性を確保するために、五段階の安全対策をとることを各国に求めるものだ。
     その第一層は、異常の発生を防止する。第二層は、異常が発生してもその拡大を防止する。第三層は、異常が拡大してもその影響を緩和し、過酷事故に至らせない。第四層は、異常が緩和できず過酷事故に至っても、対応できるようにする。第五層は、異常に対応できなくても、人を守る、というものだ。
     こんなものがあることは、日本人のほとんどは、福島原発事故の前までは知らなかった。が、福島事故後は頻繁に、この考え方が紹介されるようになった。そこで日本も遅ればせながら、これに基づいて規制基準を作ることになった……はずであった。ところが実際には、規制基準の第五層が抜け落ちてしまった。
     第一から三層までは、主として原発施設の設計など、安全を確保する対策が中心になる。基本的には、ここまでで過酷事故(炉心の燃料に重大な損傷を与えるような事故。要するに大量の放射能の飛散を招く事態だと考えればよい)を未然に防ぐということだ。
     第四層は、過酷事故が起きてしまったときでも、それを何とか収束するための準備。施設的な対応も入るが、過酷事故発生後の人的な対応や関係機関との連携など、ソフト面の対応も重要な部分となってくる。
     そして第五層は、放射能の大量飛散が避けられない状態になったとき、とにかく人的被害を最小限に食い止めるための対策。基本は「逃げる」ための準備だと考えればよい。
     危ないから原発を動かさないのではなく、危なくても原発を動かすためには何をすればよいか、それを示したのが「深層防護」の考え方だ。しかし、これを守ったからといって、人的被害がゼロになる保証などない。ただ、原発事業者から見れば、IAEAという国際機関がいったことを守っていれば、事故が起きて大変な被害を出したとしても、「国際ルールをしっかり守っていました」という言い訳ができる。その意味で免罪符であり、また命綱でもあるのだ。
     したがって、仮に原発を動かすのであれば、最低限これをしっかり守ることが大前提になる。
     もちろん深層防護といっても、具体的な内容は、各国が決める。日本では、原子力規制委が、この深層防護の考え方を守って、五段階の規制を決める必要がある。
     ところが驚くべきことに、規制委は、最後の砦となる第五層の中核となるはずの「避難計画」の策定を規制基準の対象からはずしてしまった。この段階で、日本は国際的な常識から外れた規制を始めてしまったのである。
     もちろん、他の独立した第三者機関が避難計画を審査して、その内容の正当性を担保するのであればよいのだが、実際には各自治体が勝手にこれを決めて運用するだけで、その内容に規制委はまったく関知しないばかりか、誰もその内容を実質的に審査しない、という仕組みになってしまった。世界が五層の防護なのに、日本だけは四層の防護という欠陥をかかえたまま、原発再稼動を堂々と認めているのである。〉

     愛媛県の佐田岬半島に立地する伊方原発の場合――海沿いの細い一本道しかない場所であるため、さすがに陸路が途絶えることを想定して、船で避難させる計画もあります。しかし、港が壊れる想定はされていないし、事故のときに大きな台風が来ていたり、強風で船が着かないという事態も、「ない」という前提で計画が作られているという。どうみても計画のための計画でしかなく、過酷事故が起きた時に人的被害を最小にするための本気の行動計画とは思えません。関西電力の高浜原発で行われた避難訓練では、避難できる道路が一本しかないために、避難者を乗せた救急車が高浜原発のほうにどんどん近づいていき、最後にはその横を通って逃げるということになった、こう本書にあります。まともな避難計画もないままに原発の再稼働を認める知事や市長、そしてその最終責任を請け負う総理。原発のために住民(国民)の命を売り渡す行為――著者は厳しく断罪しています。

     安倍首相が〈世界一厳しい〉と胸を張る日本の原発規制の、これが実態なのです。2011年3月の事故直後から経産省内部で周到に準備され、一貫した意志で政権中枢によって着々と進められてきた原子力発電復活の道のりは、まさに〈嘘とまやかしの塊〉であったことを、本書は明らかにしました。

     内閣支持率の急落をうけて自ら出席を打ち出した加計学園問題の閉会中審査――「丁寧に説明する」の言葉が泣く安倍首相の答弁でした。少し脱線しますが、いま話題の書『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(神田桂一&菊池良、宝島社)に想を得て、安倍首相と菅官房長官の文体模写というか、口まねを書いた文芸評論家・斎藤美奈子氏の「本音のコラム もしも首相が・・・」(東京新聞7月12日付)が面白い。国会や記者会見の場で自身の言い分だけを言いつのり、突きつけられる疑問を封殺する様子が目に浮かんで抱腹絶倒――こんな具合です。
    〈「いわゆるカップ焼きそばの、作り方につきましてはですね、これはもう、まさにこれは、そういう局面になれば、お湯を注ぐわけであります。それをですね、それを何かわたくしが、まるでかやくを入れていないというようなですね、イメージ操作をなさる。いいですか、みなさん、こんな焼きそばに負けるわけにはいかないんですよ」
     そして官房長官は・・・。
     記者「もしも総理がカップ焼きそばを作ったらという点について伺いたいのですが」。菅「仮定の質問にはお答えできません」。記者「総理は焼きそばに負けないといっています」。菅「まったく問題ありません」。記者「ですが、焼きそばは食べ物です」。菅「その指摘は当たりません」。〉

     斎藤美奈子氏は、この文章を〈誰かコントにしてくれません?〉と締めくくっているのですが、安倍首相と側近コンビの「空虚なコトバ」を射貫く批評精神に脱帽です。
     話を戻します。原発復活に限らず、メディア支配を通じて巧妙かつ周到に進められてきた安倍政権中枢の〈狂謀〉。著者の古賀茂明氏は、狂謀――日本を戦争をする国に変えるための謀(はかりごと)と真正面から向き合いました。
     報道ステーション(テレビ朝日系)出演中に、イスラム国の捕虜となっていたジャーナリストの後藤健二氏をめぐる問題で、「日本人は安倍総理とは違う」というメッセージを世界に発信するために〈I am not ABE〉と書いたプラカードを掲げようと視聴者に呼びかけた古賀氏に対し菅官房長官のクレームが間接的に伝えられ、後に番組コメンター降板に発展していった。古賀氏が安倍政権によるメディア支配、メディア劣化に対して強い危機感を抱くようになったのは当然であろう。自らが当事者となった「報道ステーション降板劇」の知られざる内幕、そして安倍官邸と読売新聞の関係――加計学園問題で勇気ある告発をした前川喜平前文科省次官が「援助交際バー」に行っていたという“スクープ”が読売新聞に出て、それを待っていたかのように菅官房長官が前川氏を人格的に貶める発言をくりひろげる。この“チームプレー”に読売新聞は官邸の御用新聞に成り下がったかといった批判が巻き起こりましたが、なんのことはありません。本書によれば、安倍官邸と読売新聞ははるか以前より親密な関係にあったのです。読売新聞社の猛反対で「訪問販売拒否ステッカー」導入が見送りとなり、推進しようとした経産省の参事官は左遷人事で、2015年8月末に霞ヶ関を去っていった。

    〈消費者のために大新聞と命懸けで闘い、菅官房長官のお友だちの読売新聞に睨まれ、最後は幹部にはしごを外された参事官……この左遷劇、現在の安倍政権と大手新聞社の癒着振りがよく分かる事件だった。〉

     表だって動いたのは読売ですが、しかしそれ以外の新聞社はこの問題を知りながら、読者に伝える記事を書いていないという。御用新聞と批判される読売だけの問題ではありません。アメとムチを駆使する安倍官邸のメディア支配は多くの新聞・テレビにも及び、それが狂気の謀(はかりごと)を後押ししているのです。

     背筋が凍るような恐怖感。「こんな権力者」に私たちの命を、そして子どもたちの人生を預けるわけにはいかない――古賀茂明氏『日本中枢の狂謀』の、崖っぷちに立つ日本人への必死の問いかけにどう応えるか。(2017/7/28)
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    投稿日:2017年07月28日
  •  とりあえずこの文章を読んでいただきたい。
    〈「では、彼が犯罪者だと知るまでは、彼のことをどう思っていましたか?」
     麗芬は首を振るのをやめた。おれの背後──はるか彼方(かなた)に視線を向けた。
    「辛(つら)いんです」絞りだすような声。「やっと笑えるようになりました。でも、まだ辛いんです。わたしはあの人を愛していました。夫を殺した人を愛していました」
     それだけが聞きたかった。
    「彼から、夫が死ねばいいと思っていたと聞かされたとき、わたしも思いました。夫が死んでよかったと。わたし、わたし──あの人もわたし自身も許すことができません」
     わななく膝(ひざ)を手で押さえ、おれは立ち上がった。
    「辛い話をさせて申し訳ありませんでした」
     上着の内ポケットから用意しておいた包みを取り出した。女の握り拳(こぶし)ほどの大きさのそれを麗芬の前に置いた。
    「これは謝礼です。たいしたものじゃありませんが、よければ後で開けてください」
    「もういいんですか?」
     涙に潤んだ目がおれを見あげた。抱きしめたい──拳を握った。唇を噛んだ。おれが望んだもの。おれが望んだ女。手を伸ばせば、それが手に入る。
     この女もぶち殺せ──声が聞こえた。声はやむことがない。
     息を吐いた。口を開いた。(中略)
     おれは踵(きびす)を返した。喫茶店を出た。窓ガラスの向こうで、麗芬が包みを開けるのが見えた。ビロード張りの指輪ケース。中には、おれが麗芬に贈った指輪が入っている。
     通りかかったタクシーをとめた。乗りこんだ。麗芬が口を開けている。指輪を見つめている。立ち上がり、顔を左右に振る。おれを探している。
     視線があった。麗芬の口が動いた。唇を読んだ──加倉さん。
     麗芬は駆けだした。目には涙──その奥に混乱。憎しみはない。麗芬が喫茶店のドアに手をかけたとき、タクシーが動きだした。
     ルームミラーに映る麗芬を見守った。タクシーが角を曲がるまで、麗芬はタクシーを追いかけつづけた。
     フィルムを現像に出した。できあがった写真を安ホテルの壁に貼りつけた。
     息を殺して泣いた。〉

    「彼」、「あの人」、そして「おれ」というのは、ノーヒットノーランの記録を持つ元プロ野球投手、加倉昭彦。台湾で八百長に手を染め転落した。多くの黒道(ヘイタオ、台湾やくざ)を殺した。自分を慕う弟分の投手、俊郎(としろう)の妻を奪い、俊郎も殺した。そして手術で顔を変え、声を変えて、その麗芬に別れを告げた。馳星周の『夜光虫』(角川書店、2014年7月4日配信)――第120回(1999年)直木賞候補となったノワール(暗黒)小説の最終場面の一節だ。
     初出は1998年。
    〈夜の台北にうずくまっている。光の渦の中に身を委ねている。
     呪われたやつら──この街の、この国のどこかでのうのうと生きている。
     ぶち殺せ──声が聞こえる。一人残らずぶち殺せ。
     おれはその声に耳を傾けている。〉
     衝撃作『夜光虫』がこの4行で幕を閉じて19年――ダークヒーロー加倉昭彦が帰ってきた。『暗手(あんしゅ)』(角川書店、2017年4月26日配信)――物語の舞台はイタリア、名前を捨て台湾から逃れてきた加倉昭彦は、高中雅人、ヴィト・ルーなどの偽名を使い、ヨーロッパの黒社会で「暗手(アンショウ)」と呼ばれている。
     物語は、待ちに待った馳星周らしさ全開の文体で始まります。

    〈欲望に身を任せた。
     嘘をつき、それを糊塗するためにさらに嘘をついた。
     糊塗しきれなくなると、殺した。
     嘘をついてまで手に入れたかった女に愛想を尽かされた。家族に捨てられた。
     さらに殺した。
     顔を変えた。名前を変えた。
     そして殺した。
     殺した。殺した。殺した。
     殺しすぎて台湾にいられなくなった。
     そしておれは今、イタリアにいる。〉

     イタリア黒社会の何でも屋。殺し以外の仕事ならなんでも請け負う。殺しには飽いた。反吐が出るほど飽き飽きした。暗闇から伸びてくる手――「暗手」がいつしかヨーロッパの黒社会における呼び名になった。
     かつては犯罪者の巣窟と呼ばれていたミラノのナヴィリオ地区。今じゃ、運河沿いの道を無数の人間が行き来するお洒落なエリアに変貌した。
     人混みの中にジミー・チャンの顔が浮かび上がる。中華系のマレーシア人。サッカー賭博組織の末端に連なるチンピラで、ヨーロッパ中を忙しなく渡り歩いている。
    〈「久しぶりだな、暗手(アンショウ)」
     ジミー・チャンが言った。(中略)
    「おまえ、日本語ぺらぺらだったよな」
    「英語もイタリア語もぺらぺらだ」
     おれは答えた。ジミー・チャンが顔をしかめた。
    「レオ・オーモリを知ってるか」
    「名前だけなら」
     おれはうなずいた。〉

     大森怜央。5年ほど前に、日本からベルギーのサッカークラブに移籍してきたゴールキーパーだ。そこでの活躍が認められ、今はミラノから北東に車で1時間半ほど走った田舎町、ロッコのクラブにいる。

    〈「ある筋がオーモリを手に入れたがってるんだ。引き受けてくれないか、暗手」
     それには答えず、グラスに残っていたジュースを飲み干した。(中略)
    「うまく行けば、二十万ユーロがおまえの懐(ふところ)に入る」
     ジミー・チャンが下卑(げび)た目でおれを見る。おれは人混みからジミー・チャンに視線を移した。
    「おまえはいくら取るつもりだ」
     ジミー・チャンの睫(まつげ)が震える。おれはジミー・チャンを殺すところを想像する。そうするだけで、おれの目は氷のように冷たくなるらしい。度胸のないチンピラはそれで震え上がる。
    「お、おまえに三十万、おれに十万。それでどうだ」
    「おまえはなにもしない。それなのに十万だと」
    「話を持ってきたじゃないか」
     ジミー・チャンの口から唾(つば)が飛ぶ。おれは嗤(わら)ってやる。そもそも、四十万などという半端な金額がおかしいのだ。この件でジミー・チャンに提示された金額は五十万ユーロに違いない。
    「おまえに四十万。おれに十万」
     ジミー・チャンが折れた。おれはグラスをテーブルに置いた。
    「わかった。引き受けよう」〉

     ジミー・チャンの背後にいるのは、王天(ワンテイエン)。サッカー賭博の帝王。中国大陸から東南アジア、オセアニア、ヨーロッパまで手広く稼いでいる。そして、人民解放軍特殊部隊出身の殺し屋、馬兵(マービン)と手下たちをボディガードとして雇っている。

     ヨーロッパのサッカーシーズンは秋に始まり、夏が来る前に終わります。シーズンを通して八百長は行われるが、シーズン終盤――優勝が絡む試合、チャンピオンズリーグ出場権が絡む試合、降格や昇格が絡む試合になると掛け金が跳ね上がる。

     無類のサッカー好きで知られる馳星周。〈暗手〉の目を通して、ヨーロッパサッカー界の裏事情をこんな風に描き出して見せます。

    〈どれほどメジャーなリーグでも、どれほどメジャーな大会でも、八百長を仕組もうとする連中は跡を絶たない。つまり、八百長も跡を絶たない。
     スーパースターは八百長には関わらない。スーパースターを目指す連中も関わらない。だが、そんな連中は一握りに過ぎない。大抵のサッカー選手はスーパースターになるどころかビッグクラブから声がかかることもなく、弱小、もしくは中堅クラブでキャリアを終える。稼げる金もたかが知れている。
     あるいは、南米やアフリカからやって来る選手たち。やつらは金儲(もう)けのためにヨーロッパにやって来る。クラブが払ってくれる給料以上の金がもらえるのなら、モラルは簡単に道端に投げ捨てる。
     そうやって、ヨーロッパ中に八百長の触手は伸びていく。
     中国人が金を稼ぐようになって、その傾向は顕著になった。
     やつらほど博打(ばくち)好きな民族はいない。だれもかれもが博打にとち狂っている。〉

     時は秋。イタリアサッカー、セリエAのシーズンは始まったばかり。〈春が来る頃には大森怜央を落とさなければならない〉身長192センチ、体重88キロ。日本人離れした体格を持ち、ミラノでプレイすること、そしてチャンピオンズリーグ出場を熱く願う日本人GK――獲物を狙って暗手が動き出す。
     水曜日の午後、ロッコのバル。練習を終えた大森は家の近くのこのバルでエスプレッソを啜りながら時を過ごすのが日課になっています。カウンターにひとり座る〈地味だが金のかかったスーツ。丁寧に撫でつけた髪の毛。銀縁の眼鏡〉の日本から来たビジネスマン。レオ応援団副会長を自認するイタリア男が大森に引き合わせます。〈高中雅人(たかなか・まさと)〉の名刺を差し出した日本人を大森は〈貿易商〉と理解して意気投合。大森行きつけのリストランテに席を移して、夕食を共にした。銘柄を指定して赤ワインをふるまった。帰り際に、店の男が大森に囁いた。〈一本千ユーロのワインだぞ。いいパトロンになってくれるかも。大事にしろよ〉大森怜央を自在に操るための第一幕――〈釣り針を垂らす必要もない。大森は自分から餌に食いついて〉きた。
     第二幕――暗手が用意した道具は、ひとりの女。シニョリーナ・バレッリ――旧知のミラノの高級売春クラブのマダムを通じて調達した日本人娼婦。服飾デザインで一旗揚げようとミラノに来たが、いつまでたっても日の目を見ず、日々の暮らしに窮して娼婦となった。名前は、ミカ――。

    〈「もっと稼げる仕事がある。やることは娼婦と変わりないが、相手をするのはひとりだけだ」
    「だれかをはめるのね」
     ミカは水を啜った。頭の回転は速い。
    「娼婦と悟られないこと。相手に惚(ほ)れさせること。さっきみたいな態度じゃ話にならない」
    「いくら?」
     ミカはソファに腰をおろし、脚を組んだ。
    「手はじめに一万ユーロ。うまくいけばさらに四万ユーロ」
    「はめる相手は?」
    「大森怜央」
    「だれ、それ?」
     おれは笑った。
    「サッカー選手だ」
    「サッカー選手は嫌い。昔、わたしの友達が遊ばれて捨てられたわ」
    「やるのか?」
    「なにをどうすればいいのか、教えて」
    「OK」
     おれは言った。〉

     かつて八百長に手を染め堕ちていった男が、サッカー選手として光の中に出ていくことを渇望する男を八百長に引きずり込む罠とは? 名を捨て、顔を捨て、声を捨ててヨーロッパの黒社会の底に棲む暗手。過去をすべて抹消したはずの男のミラノの自室には、あの女――麗芬の写真がある。ベッドの端に腰掛けて写真を眺め、その名前〈リーフェン〉を口にする暗手。大森の姉、綾の顔が重なり、身体が震える。震えが止まらなくなる・・・・・・。

     一気に加速する馳星周の世界。帰ってきたダークヒーロー加倉昭彦の後日譚――19年の時を隔てて揃った2冊のクライム・ノベル。『夜光虫』と『暗手』――併せて読めば、作家デビュー20年、馳星周の新たな到達点が見えてくる。(2017/7/21)
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    投稿日:2017年07月21日
  •  2017年5月26日に紙書籍と同時発売された『疑薬』(講談社)。「疑薬」は本作品を書き下ろしたミステリー作家・鏑木蓮による造語です。ブックカバーや本扉に「giyaku」とあり、読みは「ぎやく」というわけですが、辞書、事典には載っていない言葉だ。
     国語辞書や百科事典に載っているのは同音の言葉「偽薬・擬薬」で、これは文字通り〈にせ薬〉。英語ではプラセボと呼ばれ、新薬開発過程では新薬と形・色・味などが同じでありながら、薬理作用はまったくない乳糖やでんぷんで作ったニセの薬が新薬の効果を確かめるために欠かせないものとなっています。
     こちらの「偽薬」は本作にも出てきますが、「偽薬」ではなく、「疑薬」という造語をタイトルにすることによって、鏑木蓮は何を描こうとしたのか。

     2006年に『東京ダモイ』(講談社文庫、2015年10月9日配信)で江戸川乱歩賞を受賞して作家デビュー。大ヒットとなった『白砂』(双葉文庫、2014年4月18日配信)で社会派ミステリーの旗手の位置を確立した鏑木蓮が書き下ろしで挑んだ製薬業界、医療界の闇。著者は題辞(エピグラフ)として、次の言葉を置いています。

    〈──将棋では即時に失格となる禁じ手、「二歩(にふ)」というものがある。初歩的なミスではあるがプロ棋士も犯すことがある。しかしその過ちに相手が気づかず、自らも沈黙を通して勝負に勝てば、勝敗は覆(くつがえ)らない。この沈黙に、私はたえられるだろうか──。〉

     プロ棋士も犯すことがあるという初歩的なミスであっても、その過ちに相手が気づかず、自らが沈黙を保てば勝利は我がものとなる・・・・・・このエピグラフに込められた意味とは? 何を暗示しているのか?

     日本でも有数の中小零細企業密集地帯である東大阪市にある居酒屋「二歩」を営む三人家族――生稲誠一(いくいな・せいいち)、怜子(れいこ)の夫婦と娘の怜花(れいか)が一方の主役です。10年前の師走、母の怜子が風邪をこじらせて入院。治験中の新薬を使い一旦は快方に向かったものの、急に全身のかゆみを訴えるようになった。医師の説明は「失明するかもしれない」という思いもよらぬものだった。音楽で身を立てようと青森から上京、関西まで流れてきたギター弾きの夫、守屋伸三(もりや・しんぞう)は医師の説明を聞くと、そのまま病院を出て戻ってくることはなかった。視力をほとんど失った母と小学生だった娘を「うちに来ないか」と誘ってくれたのが、義父の誠一だった。
     以来、視力を失いながらも二歩で出す焼き物と煮物以外のすべての料理をこなす一方、ビートルズなどの洋楽を奏でる母の三味線は店の目玉となり、ファンもついた。21歳になる怜花には、父親のパッケージ工場を継いだばかりの恋人がいる。その吉井玄(よしい・げん)が夜遅く店に来て、二歩の周辺をなにわ新報社の名刺を持つ男が聞き込みに歩いているという。怜花は翌日、北浜のなにわ新報社に名刺の男――矢島公一(やじま・こういち)を訪ねた。矢島記者は「お母さんの失明の原因を調べている」といって新聞記事のコピーを差し出した。2か月ほど前の昨年12月21日付、高齢者施設で発生したインフルエンザ集団感染と老人二人の死を伝える記事だった。

    〈大阪の高齢者施設でインフル集団感染、八〇代男女二人死亡
     大阪市は二〇日、天王寺区鶴橋の有料老人ホーム「なごみ苑」で、入所者と職員計三八人がインフルエンザに感染、うち患者二人が死亡したと発表した。
     府保健予防課によると、男性が一八日に心不全で、女性が一九日に肺炎で死亡した。二人はインフルエンザに感染し、一〇、一一日に発症。同施設の顧問を務める三品病院、三品元彦院長によると、二人は持病を抱えており、感染が死亡と直接関係があるかどうかは不明としている。
     二人とも予防接種を受けていたことが確認されている。同施設では六~九日に、職員二〇人、入所者一八人がインフルエンザに感染。迅速検査では全員がB型陽性だった。〉

     記事にある三品元彦院長こそ、10年前に風邪をこじらせて入院、後に視力を失うことになった怜花の母の担当医師だったのだ。

    〈・・・・・・三品医師の名を目にしたとたん、母の病状を告げられたときと同じ、冷たさと痛みを手足に感じた。
     一一歳だった怜花には、話の内容もそうだが三品の細い目と鼻の下にあったちょび髭(ひげ)も嫌な思い出だ。
     矢島がこれを手渡したのは、記事に三品医師の名が出てくるからにちがいない。だとすれば、母の失明の原因は三品医師にあったとでも言いたいのだろうか。
     あの日、三品医師が何を言ったのか思い出そうとしてみた。不思議なことに何も出てこない。たぶん母の命だけは助けてほしいという気持ちが強かったからだろう。全面的に三品医師に頼るしかなかった。それに、そのあとすぐに父がいなくなったこともあって記憶がバラバラになっていてちゃんとつながらない。母が退院してから嫌なことはみんな努めて忘れようとしていたことも手伝っているのかもしれない。
     そうだ、確か日記があった。そこには病院でのことを詳しく書いた覚えがある。〉

     さて冒頭に製薬・医学界の闇に挑むミステリーと書きましたが、もう一方の主役はヒイラギ薬品工業の社長代行、川渕良治(かわぶち・りょうじ)です。ヒイラギ薬品の前身は江戸時代に大阪で創業した薬種問屋。創業家の楠木悟(くすのき・さとる)社長がまだ10代だった頃に陣頭指揮した総合ビタミン剤「Vミン」の輸入販売で売上げを驚異的に伸ばして国内シェア第5位の製薬メーカーへと異例の発展を遂げた。川渕良治の母、照美は良治が高校生の時、楠木悟と離婚していた。そのため姓こそ違っているが、悟は良治の実父です。良治の大学進学の資金も出してくれ薬学の道に進む道筋もつけてくれた。前妻の子供を入社させたのはゆくゆくは継がせようと考えていたからでしょうが、良治が入社後、後妻の紗子(さやこ)に男児――良治にとっては楠木家を継ぐ異母弟――ができた。

    〈一一年前──。
     川渕良治は司会者から呼ばれ、壇上へと向かう。登壇すると、会場のあちらこちらからカメラのシャッター音が聞こえた。〉

     大阪研究所主任研究員の良治が中心になって開発した抗インフルエンザウイルス薬、シキミリンβが新薬承認を得た功績によって35歳の良治が悟社長から表彰されるシーン――物語はここから始まります。
     新薬開発の成功率はわずか2万分の1といわれています。10年もの間、それこそ心血を注いできた新薬の承認を実現した良治に社員全員の目が注がれていた。しかし華やかな表彰式の陰で、思いもかけない事態が起きていた。
     副作用が限りなくゼロに近いことが最大の利点であるシキミリンβを治験投与された怜花の母が全身のかゆみを訴え、後に視力を失ったのです。10年がかりで市場に送り出したばかり、これからようやく投資資金の回収に入ろうという矢先の思わぬ事態に、楠木悟社長はある決断を下します。急成長する製薬メーカーにとっては“禁じ手”というべき、この決断を知るのは、悟社長と主任研究員だった良治の二人だけです。

     それから10年――2年前に社長の楠木悟が脳梗塞で倒れ、社長代行となっていた川渕良治に大阪の三品病院の院長から連絡が入った。シキミリンβ投与後失明した生稲怜子の担当医であり、昨年末に高齢者施設で発生した二人の老人の死亡を伝える新聞記事に施設の顧問として名前が載っていた三品院長だ。
    〈シキミリンβのことで個人的に相談したい〉
     10年の時を隔てて突然届いた不気味な連絡。三品院長はいったい、何を狙っているのか? 闇に葬ったはずの失明事故を念頭に因縁をつけられていると感じとった川渕良治は三品院長の身辺調査を決意。学生時代からの友人で、薬品卸会社「薬研ホールディングス」の営業担当部長をしている海渡秀也を小石川後楽園に呼び出した。奥まった、人気のない築山にある古びたベンチに腰を下ろした二人の会話――。

    〈「そもそもどんな人物か知りたい。もみ消すのにそれなりのリスクを払ってるのに、何のためにいまごろ蒸し返してきたのかが知りたいんだ。いまつまらんことで躓(つまず)きたくない、分かるだろう」
    「まあな。会社の舵取り、厳しそうだからな」
    「多角化より、やっぱり創薬だとおれは思ってる。時代に逆行しているようだが、それで乗り切れる力がうちの研究員にはある。研究畑にいたおれだからこそ、彼らの力量を知ってるし、信じてやれる。〉

     怜花の母が光を失ったのは新薬の副作用だったのか? 医療ミスだったのか?
     怜花だけでなく、病院、高齢者施設周辺を執拗に嗅ぎ回る雑誌記者。
     11歳の時の日記を手がかりに真相に迫る怜花。
     異母弟を押し立てて経営権を奪おうと画策する抵抗勢力に追い込まれた社長代行の川渕良治。
     意を決した良治が大阪に怜花を訪ねます。立場は異なるものの、ともに真相を知ろうという強い意志を持つ二人が出会って、事態が大きく動き始めます。

    〈薬はもともと毒〉
     著者は繰り返し書いています。その毒を薬に変えるのが創薬だとすれば、製薬メーカーと医療の世界の正義と悪もまたシンプルに区分けできるものではないのかもしれません。「正義」が転じて「悪」となり、さらに転じて「正義」となる、その弁証法にも似る難しさ、転移していく狭間に何があるのかを見据えた社会派ミステリーの新たな傑作の誕生を率直に喜びたい。(2017/7/14)
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    投稿日:2017年07月14日
  •  ある予感に満ちたタイトル。『あなたは、誰かの大切な人』(講談社、2017年5月17日配信)――原田マハが紡ぐ六つの物語はどれも、その予感を裏切ることなく、読むものの胸に心地よい風を送り込みます。胸に熱いものがこみ上げ、時には目頭が熱くなる。そして、いま確かに人生を生きていることの喜びが胸のうちに静かに広がっていくのだ。
     原田マハは講談社文庫特設サイトに〈文庫版刊行に寄せて〉と題して、
    「あなたがもしも、いま、なんということのない日々を生きているとしたら、それはきっと、あなたが誰かの大切な人であることの証しだ。それが言いたくて、私は、この物語たちを書いた」
     この作品への思いをこう綴っています。
    「この物語たち」の一篇、巻頭収録の「最後の伝言 Save the Last Dance for Me」は、母を送る告別式の朝から出棺までのわずかな時間の経過のなかに母と父、そしてふたりの娘の人生とそれぞれの秘めた思いを綴った物語だ。副題の〈Save the Last Dance for Me〉は、アメリカのコーラスグループ、ドリフターズが1960年にリリースした楽曲で、日本では岩谷時子の訳詞を越路吹雪が歌って大ヒットした。この懐かしい歌、その曲名がなぜ副題となっているのか。

    〈いつその日がやってきても、と心構えはできているつもりだった。
     が、いざその日がやってくると、ただもうあわただしいばかり。こんなふうに人は人を送るんだな、などと、ようやくふっと気を抜けたのは、斎場(さいじょう)のトイレの個室の中だった。
     すがすがしい秋晴れの空のもと、母の告別式の日を迎えた。三日三晩、ほとんど眠る間もなく、目の下のクマを濃いめのファンデーションでどうにか隠した。妹の眞美(まみ)もおんなじような顔だったので、リキッドファンデを重ねづけして、クマを隠してやった。「お姉ちゃん、やさしいとこあるね」と、眞美もそのときようやく気を抜いたようだった。〉

    「最後の伝言」は、告別式の朝を迎えた姉妹の描写から始まります。姉妹の母、平林トシ子、享年73。18歳のときに郷里の茨城から上京して、上野の美容室で下働きを始める。28歳のとき、東京郊外の小さな町で美容室を開業。70歳で持病の糖尿病を悪化させて店を畳むまで、美容師一筋、元祖ワーキングマザーとして、物語の語り手である姉の栄美(えみ)と妹の眞美を育て上げた。
     問題は、母よりひとつ年下の夫、平林三郎、通称サブちゃんにありました。母が危篤となってからも病室を訪れることのなかった父は、喪主の立場でありながら前夜の通夜に出ず、告別式の日になってもどこへやら姿をくらませたままだった。なんの才能もなければ、働く意欲も気力もない。典型的な「髪結いの亭主」的父親なのですが、サブちゃんはかつて姉妹にとって、憧れの人だった。母にとっては、いつまでも夢の男だった。

    〈父は、その昔、そんじょそこらの俳優も太刀打ちできないんじゃないかと思われるほど、正真正銘の美男子だった。そのくせ、C調で、情けなくて、放っておけない。どんな女性のハートも一瞬でさらってしまう。
     そんな男の連れあいになることができて、母がどんなに得意だったか。おトッコと呼ばれようがだめんずといわれようが、どこ吹く風。だって、母にはこの人がどうしても必要だったのだから。この父がいたからこそ、母は、強く、凜々(りり)しく、たくましく生き抜くことができたのだ。
     私もそう。眞美だってそうだ。私たちふたりの娘は、このとんでもない父を、内心、自慢に思っていたのだ。父と一緒に出かければ、女たちの見る目が違う。父兄参観にやってくれば、お母さんたちの目つきが変わる。この人私のお父さんなのよ! と、言いふらしたい気持ちになったことだってある。〉

     ご近所のおばさんたちから「イケメンの走り」ともてはやされ、その顔見たさに母の美容院に通ったという「夢の男」。女遊びで母を悲しませたのは一度や二度ではありません。離婚届に判をついて渡そうとしたこともあったという、正真正銘のろくでなし。告別式の日だというのに姿が見えない。葬儀社の担当者は栄美に喪主変更を促すが、栄美は結論を先送りにし、時間だけが過ぎていく・・・・・・。
     そういえば、亡くなる1週間前――〈「ねえ栄美、お願いがあるんだけど」〉透析を受けながら、母が天井(てんじょう)を見つめたままで言った。

    〈「あたしにもしものことがあったら……うちの一階の仏間(ぶつま)の天袋(てんぶくろ)の、いちばん奥にあるみかん箱の中に、ワシントン靴(くつ)店の靴箱が入ってて、その中にとらやの最中(もなか)の箱があって、その中に山本海苔(のり)の缶が入ってるから、それを開けて……」
    「ちょっ、ちょっちょっちょっ、ちょっと待って」私はあわてて、バッグからメモとペンを取り出した。
    「え、なんて? もう一回、言ってくれる? 居間の押し入れのリンゴ箱の?」
    「ばぁか」と母は、くっくっとのどを鳴らして笑った。「全然違うでしょ。仏間の天袋のみかん箱の……って、わざわざメモ取るのやめてくれない? そんなの、あとで誰かがみつけたら、なんだこりゃ、って思うわよ」
    「わかった」と私は、メモとペンをサイドテーブルの上に載せて、ベッドのほうへ身を乗り出した。
    「何? そこに何が入ってるの?」
    「手紙」と母が、短く答えた。
    「隣町の葬儀屋さん、『永訣堂』の係長、横山さん宛に」
     どきっとした。(中略)
    「で、その人に、なんの手紙?」
    「秘密よ」ふふっと笑って、母が返す。
    「あたしに何かあったら、横山さんに全部仕切ってもらうように、もう頼んであるから。あんたはその手紙を、忘れずに天袋から引っ張り出して、お葬式のまえの日に彼女に渡してくれればいいの。それだけよ」〉

    〈私や眞美には、その……手紙とか、ないの?〉と訊かれた母は少し首を横に振りながら、〈あんたたちは、立派に育ってくれた。それでじゅうぶん〉独り言のように、囁いた。
    〈「じゃあ、お父さんには? 手紙はないの? ……なんにも言うことないの?」
     母は、ふうっと細いため息をつくと、
    「ないに決まってるでしょ。あんなろくでなしに」
     震える声が、細いのどの奥からかすかに聞こえてきた。私は、母の閉じたまぶたがこれっきり開かないんじゃないかと不安になった。それでいっそう、涙がこみ上げた。〉

     それからちょうど1週間後。母は、栄美と眞美に見守られ、眠るように天国へと旅だった。
     栄美が喪主となって始まった告別式。開始前、葬儀社の横山係長は母から託された手紙について〈故人さまから、ご主人さまへ、最後の伝言〉と言葉少なに語り、喪主の不在に「困ったな」とつぶやいていた。
     そして――参列者が母に最後の別れを告げ棺(ひつぎ)に蓋をしようとした、その瞬間(とき)――「トッコおおお!」父の雄叫びが会場にこだました。直後に、

    〈あなたの好きな人と踊ってらしていいわ
     やさしい微笑みもその方におあげなさい
     けれども私がここにいることだけ どうぞ忘れないで〉

     越路吹雪の歌声が斎場内に響き渡り、母から父への最後の伝言が何だったのかがわかります。

    〈きっと私のため残しておいてね 最後の踊りだけは
     胸に抱かれて踊る ラストダンス
     忘れないで〉
     “Save the Last Dance for Me”につけた岩谷時子の詞で物語は終わります。越路吹雪を知る世代なら(もし彼女の歌を聴いたことがなければ、YouTubeで試してみてください)、低く静かに語りかけるように歌う声とともに〈胸に抱かれて踊る ラストダンス 忘れないで〉のフレーズが心にしみ入ってくる、いいエンディングだ。

     この「最後の伝言 Save the Last Dance for Me」を初め、『あなたは、誰かの大切な人』には、
    「月夜のアボカド A Gift from Ester's Kitchen」
    「無用の人 Birthday Surprise」
    「緑陰のマナ Manna in the Green Shadow」
    「波打ち際のふたり A Day on the Spring Beach」
    「皿の上の孤独 Barragan's Solitude」
     6篇の物語が集められています。
    〈あなたは、きっと、誰かの大切な人。どうか、それを忘れないで〉
     原田マハの思いがこめられた短篇集。心が洗われるような六つのストーリー。どうぞ「大切な人」へ思いを馳せてください。(2017/7/7)
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    投稿日:2017年07月07日
  •  とりあえず、この文章を読んでいただきたい。血統書つきの2匹の豆柴――ハナ子とコスモのお見合いの顛末についての文です。

    〈二日目の夜半、ハナ子の甲高い鳴き声が響き渡った。急ぎ駆けつけて合体中の二匹のあられもない姿を発見したTさん、おおいに嘆いた。「うちの箱入り娘のハナ子が、あんなはしたないよがり声を出すなんて! 英語でビッチ(めす犬)を『淫(みだ)らなあばずれ』という悪態に使うわけが初めてわかりましたわ」
     一回の交尾から生まれたのは、三匹のサン・オブ・ア・ビッチ(あばずれの息子=くそったれ)。お見合いの立会い人として、そのうちの一匹をわが家で貰い受けることになった。小次郎(こじろう)と名付けた子犬は、生後三ヵ月のとき、目黒(めぐろ)の豪邸から専用戸建住宅(犬小屋)を持参金代わりに持ち、練馬(ねりま)のしもた屋にやって来た。(中略)
     たった一夜の過ちから生まれた小次郎、血統書つきの両親のやんごとない血筋のせいか、年頃になっても一切発情する気配を見せない。高校生のころ飼っていた雑種犬のボッケリーニとは大違いだ。イタリア人の名前を付けたのが災いしたのか、ボッケ(略称)は、発情期に入ると、毎夜近隣に響きわたるかん高い声で遠吠えをしていた。放っておくといつまでも吠え続ける。仕方なく私が眠い目をこすりながら必殺性欲処理人を務めていた。それを思うと、発情しないだけでなく、外で会うメス犬にもまったく関心を示さない小次郎は実にありがたい。
     こうして筋金入りの堅物ぶりを確認して三年目、小次郎に晴れて田丸の姓を与えたと思ったら、入れ替わりにわが家の嫡男(ちゃくなん)が発情期に突入してしまった。
     小次郎とは違い、こちらは正真正銘の雑種。見事に「野生の証明」をしてくれた。本物の「あばずれ」の子は飼い犬ではなく、わが息子だったのだ。〉

     雌犬を指す英語の”bitch”(ビッチ)といえば、わがままな女、みだらな女、さらにはあばずれ、ばいたという具合に女性を蔑むときに使われます。そこから”son of a bitch”(サン・オブ・ア・ビッチ=あばずれの息子)は、げす、ろくでなし、むかつく奴、ならず者、悪党といった男に対する最大級の侮蔑の言葉となっています。そんな俗語を巧みに操り、「野生の照明」をしてくれたわが家の嫡男を本物の「あばずれの息子」と書く。つまりは、「あばずれ」はその母である自分自身ということになるわけで、超正直。ユーモアたっぷり、軽妙な筆致で読ませます。
     高校生時代に飼っていたボッケが発情期に入ると彼の遠吠えの声が毎夜近隣中に響き渡る。それを放っておくわけにもいかず仕方なく必殺性欲処理人を務めた――下ネタをこうまであっけらかんと書くこの文章の作者は、イタリア語会議通訳の田丸公美子さん。ロシア語翻訳者、通訳、作家として多くの著作を残した、親友米原万里さん(故人)から譲られた「シモネッタ(下ネタの女王)」の自称で広く知られるエッセイストでもある。この文章の初出は、2010年から2013年にかけて「小説現代」に連載された「シモネッタの家族情話」。「オール読物」掲載の一編を加えて『シモネッタのどこまでいっても男と女』のタイトルで単行本となって世に出たのが、2014年4月。そして2017年4月に文庫化され、5月12日に電子書籍の配信が始まった。

    『目からハム』(朝日新聞出版、2012年11月24日配信)、『シモネッタのデカメロン イタリア的恋愛のススメ』『パーネ・アモーレ イタリア語通訳奮闘記』(ともに文藝春秋、2013年3月22日配信)、『シモネッタの男と女 イタリア式恋愛力』(文藝春秋、2013年4月12日配信)、『シモネッタの本能三昧 イタリア紀行』(講談社、2014年2月28日配信)――本書には先行した上掲の本とは大きく異なる部分があります。言語や異文化を語り、なが靴の形をした半島に暮らす人々の人間模様を綴ってきたシモネッタが今回書き綴ったのは、自らの半生――ヨーモアが衣まとって人生を歩いてきたような〈自伝まがい〉の本なのだ。著者があとがきにこう記しています。
    〈フォーマルな席に半裸で座っているかのような居心地の悪さばかりが増してくる。〉
    〈自らの生きざまを反省する我が人生の始末書だ。若さゆえの愚行の数々に、読み返すたびに赤面している。〉

     週刊誌、とくに女性週刊誌の世界では、「他人の不幸は蜜の味」という発想が根強い。田丸さんの〈自伝まがい〉が不幸=蜜の味というわけではけっしてありませんが、ユーモラスに語られる“愚行の数々”はやっぱり面白い、抱腹絶倒だ。そもそも田丸さんはなぜ、〈自伝まがい〉を書くに至ったのか。そのいきさつから、本書は始まります。

    〈わが友、米原万里(よねはらまり)の魅力は、群を抜いた明晰(めいせき)な頭脳と歯に衣(きぬ)着せぬ毒舌にあった。彼女は男性には特に厳しく、「あの人頭悪い」と一刀両断に切り捨て、返す刀で私を糾弾(きゅうだん)していた。「あなたは男に甘すぎるのよ!」
     そんな彼女が、ある日私に尋ねてきた。
    「ねえ、シモネッタはなんであんな人と結婚したの?」
     彼女が、「あの人」ではなく「あんな人」と言った意図を即座に理解した私は、やや投げやりに答えた。
    「暑かったからよ」
     ロシアには、なんであんな旦那と一緒になったのかと聞かれた妻が、「寒かったからよ」と答える小咄(こばなし)がある。私の答えはそれをもじったものだったのだが、笑いのつぼを逃さない万里らしく、大笑いしてくれ、それ以上追及はしてこなかった。〉

     ただその理由――「暑かったからよ」が小咄ではなくほぼ事実であるのが、我ながら情けない、こう続けた田丸さんは東京外国語大学を卒業、イタリア語通訳として働き始めた1974年に遡って、「暑さ」と「あんな人との結婚」の関係を明かします。異常な酷暑に見舞われた東京で、風呂もないアパート暮らしの女性に起きた、日本の一般家庭にクーラーが普及する前の出来事。〈私にとって長編悲劇の幕開け〉となった出来事のこれ以上のいきさつはぜひ本書にお進みいただきたい。

     主人公シモネッタの〈長編悲劇〉、笑いのつぼが随所に仕込まれています。例えば、発情期に入ってすぐ23歳で早々と結婚するという息子と嫁、そして姑の結婚前夜のエピソード。
    〈嫁は、一歳上の才色兼備な女性で、どうみても息子より頭が良い。愚息は、そんな彼女からコクられたという果報者なのだが、実はとんでもない危険分子でもある。幼い頃から滅法、美人に弱いのだ。
     相思相愛の女の子がいた三歳のある日、保育園の連絡ノートに次のような記述があった。「今日もゆかりちゃんと仲睦まじく遊んでいるので尋ねました。『ユウタ君は大きくなったらゆかりちゃんと結婚するの?』。彼は即座に答えました。『ううん、この子とは遊ぶだけ。だって結婚すると、他の子とは遊べなくなるでしょ』。先生たち爆笑でした」
     結婚前、皆で食事をしているとき、あの名言が私の脳裏に蘇(よみが)ってきた。改めて披露したあと、寂しさ半分、ため息をついて彼に言った。「お前、わずか三歳であんな分別があったのに、なんでこんなに早く結婚するの?」
     このときも息子より先に、嫁から見事な牽制球が飛んで来た。
    「さすがユウタくんね! 『結婚したら他の女の子と遊んじゃいけない』って、三歳のときからわかってたのね。えらいわ!」
     息子よ、お前がかなう相手ではない。おとなしく尻に敷かれているほうが身のためだ。女は常に男より役者が上なのだ。〉

     シモネッタ自身の「男と女」のエピソードも紹介しておきます。高校時代に飼っていた雄犬の発情期には彼の性欲処理人を仕方なく務めたことについて「イタリア人の名前をつけたのが災いしたのか」とあることは前述の通りです。愛すべきイタリア男の習性を物語る意味深長な言葉なのですが、その思いはこんなところからきているのかもしれません。通訳業を始めて間もない頃の一夜の経験です。

    〈夜八時過ぎ、部屋に戻るためにエレベーターを降りたときだった。人気のない廊下の陰からフランコが出てきて、いきなり私を抱きしめてキスをしてきた。口がふさがれているせいもあるが、あまりのショックで声も出ない。フランコは、早く私の部屋へ行きたいとはやる気持ちを抑え、きちんとシャワーを浴びたのだろう。着替えた体からはほのかなオードトワレの香りも漂ってくる。
     彼の手が私の胸をまさぐったとき、突然我に返った私に強い怒りが湧いてきた。ふくらみを力任せにつかむ手に一切の優しさがなく痛みしか感じない。彼が力で押す自分本位なセックスをすることは、それだけで十分理解できた。私は思い切り彼を突き飛ばすと「やめてください。私にはそんなつもりはありません」と言い、バッグから指輪の包みを取り出し彼に押し付けた。「お返しします」。今度は彼が当惑した。「そんなつもりで贈ったんじゃない」。私も必死で言い返す。「私にはフィアンセもいますし、まだ処女です。既婚のあなたとそんな関係になることはできません」。そのころのイタリアは、離婚法がやっと成立したばかり、離婚のハードルはかなり高い。結婚と処女というご印籠(いんろう)を掲げられると、頭脳明晰(めいせき)な彼も返す言葉もなく、無言で立ちつくしている。
     相手が窮地に陥ると、そこをついて完膚なきまでに打ちのめすということができないのが日本人だ。それに、はっきり「あなたが好きではない」と言えず、処女であることを理由にしたのも一生の不覚だった。だがその理由が奏功したのか、彼は態度を紳士的なものに変え、私に懇願した。「小倉から三日後に帰ってくる。帰国便を遅らせるから、あともう一度君と逢いたい。それだけだ。何もしないって約束するよ。だから君も、もう一度逢うって約束して!」。〉

     経験豊かな38歳のイタリア人と22歳のおぼこの関係は、このあとフランコの妻、娘たちも一緒に過ごすイタリアへの旅、田丸さんの結婚・出産を経て、月に1度の手紙――情熱的なラブレターが届く関係が16年も続くことになります。主導権は最後まで田丸さんが握った――〈一切のハンディが認められない恋のゲームでは、常に愛しているほうが負ける〉のだという。

     最後に付け加えておきたいことが一つあります。本書を〈人生の始末書〉と位置づける田丸さんは、母の多津子(たずこ)さんの被爆体験に正面から向き合っているのです。21歳の誕生日を迎えた1945年8月6日の朝、広島――爆心地から900メートル、秒速440メートルの爆風は木造の歯科医院兼住宅を瞬時に倒壊させた。多津子さんは瓦礫の下から救い出されたが、その朝、爆心から数メートルの戸外で建物疎開作業を行っていた妹の久子さんは行方不明となった。妹の姿を求めて被爆直後の街を巡り歩く多津子さんと母親が見た光景を誇張なく伝える作者の文章――3章 波瀾万丈な父母の人生「八月六日の誕生日プレゼント」は、安倍一強政権が唐突に憲法改正を言い立て、それに向かってやみくもに走り出した今は特に、読むに値する。(2017/6/30)
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    投稿日:2017年06月30日
  •  マインドコントロール下にあった家族が殺し合った北九州監禁殺害事件を覚えていますか。事件の発覚は、2002年3月。凄惨な虐待の末7人の命が失われた――6人が殺害され、1人は傷害致死とされた事件――2011年12月最高裁で松永太被告に死刑、内縁の妻緒方純子被告に無期懲役の判決が下され、確定しています。
     2017年現在、松永被告に対する死刑は執行されていませんが、妻とその家族を監禁状態に置いて虐待を繰り返し、家族同士の殺し合いに追い込み死体処理まで行わせたという、犯罪史上稀に見る凶悪・猟奇殺人事件です。この事件をモデルに、あるいはこの事件に想を得て多くの作品が生み出されてきました。
     電子書籍が配信されている作品だけでも、新堂冬樹の小説『殺し合う家族』(徳間書店、2013年3月22日配信)、真鍋昌平の人気マンガ『闇金ウシジマくん』の「洗脳くん編」(小学館、第26巻・第27巻・第28巻、2013年8月5日~2014年2月24日配信)、真梨幸子の小説『インタビュー・イン・セル 殺人鬼フジコの真実』(徳間書店、2015年10月2日配信)、福岡地裁小倉支部で行われた裁判の大半を傍聴した豊田正義のノンフィクション作品『消された一家―北九州・連続監禁殺人事件―』(新潮社、2014年6月20日配信)がありますが、4月に文庫化されつい最近配信が始まった誉田哲也の渾身作『ケモノの城』(双葉社、2017年6月2日配信)が文庫本ベストセラーランキングの上位に名を連ね、いま話題となっています。

    『ストロベリーナイト』(光文社、2013年3月29日配信)に始まる姫川玲子シリーズで警察機構内部を緻密な描写で描き、もうひとつの人気作「武士道」シリーズ(第一作『武士道シックスティーン』文藝春秋、2013年3月22日配信)で剣道女子の青春を爽やかに、そして熱く描いてみせた誉田哲也が『ケモノの城』で挑んだのは、人間はどこまで人間でなくなることが可能なのかという極北のテーマです。そして北九州小倉で起きた遺体なき大量殺人事件をモデルに、想像力でその“現実”のはるか先まで行く作品世界を築く。であれば、タイトルは『ケモノの城』以外にない――。

    〈人が人を殺す気持ちなんて、それまでは真剣に考えたこともなかった。〉
     誉田哲也の衝撃作は、主人公の辰吾(しんご)のモノローグ(独白)風の述懐で始まります。
    〈むろん男だから、取っ組み合いの喧嘩(けんか)の一つや二つはしたことがある。でも、顔が変形するほどの殴り合いはしたことがなかったし、ましてや刃物や鉄パイプといった凶器は手にしたこともなかった。喧嘩に負ければ、あんちくしょう、くらいは思った。ぶっ殺してやる。その程度の悪態はついたかもしれない。でも決して本気ではなかった。学校で、職場で、血だらけの相手を目の前にして呆然(ぼうぜん〉とする自分。そのイメージは、容易(たやす)く刑務所に収監される自分のそれへと繋(つな)がった。そして溜め息をつき、一人苦笑いするのだ。
     馬鹿馬鹿しい。ほんのいっときの怒りのために、人生を丸ごと棒に振るなんて、あり得ない──。
     そうやってたいていの人間は、殺意なんて現実味のないものはクシャクシャに丸めて、窓から放り投げてしまうのだと思う。ニュースや新聞で知る殺人事件とは、ある特殊な状況が作り出した不幸な偶然であり、日本の全人口からすればその割合はごくごく小さく、非常に限られた、極めて稀(まれ)なケースなのだと思ってきた。実際、それも間違いではないのだろうし、自分はそういったものに関わることなく一生を終えるのだろうと、漠然と考えてきた。〉
     と続けられたあと、次の1行で締めくくられます。
    〈たぶん。あの男と、出会うまでは。〉

     辰吾は東京西部にある町田の自動車修理工場で働く29歳の板金工。少し前から5歳年下、24歳になる聖子(せいこ)と同棲を始めました。2人のアパートがある町田市木曽東は町田駅周辺の繁華街に出るのにバスで20分ほどかかる辺鄙(へんぴ)な住宅街ですが、町田街道沿いにある辰吾が勤める自動車修理工場には自転車で通えるし、聖子が働くファミレスにも近い。架空地名ではなく、実在する地名です。

    「ちょっといく?」同僚の仕事帰りの一杯の誘いを聖子が待っているからと断った辰吾がアパートに戻ったとき、辰吾と聖子だけのはずのダイニングテーブルに男がいる。ずんぐりとした体型。茶色いニット帽をかぶり、茶色いジャンパーを着ている。口の周りを覆った無精ヒゲ。男が黙々と食っているのは、どうやらチャーハンのようだ。握りがオレンジ色のスプーンも、聖子と二人で選んで買ってきた、辰吾がいつも使っているもの……料理好きの聖子とのことを考え考え帰ってきた辰吾には思いもよらない男の出現。しかも小汚い、ホームレスみたいなオッサンだ。どうして部屋に上げるんだ。なんでメシなんか食わしてんだ。これっていわゆる、間男か? そこに帰ってきちゃった俺って、一体──。
    〈涙が出そうだった。怒り、悲しみ、嫉妬、欲望、劣情、殺意、失意、絶望。あらゆるネガティブな感情が腹の底から湧き上がり、口から噴出しそうだった。
     聖子がフライパンをコンロに置き、火を止める。
    「なんか、急にごめんね」
     あたし、この人と暮らすから、とか、そういうことか。
    「うちのお父ちゃん。東京に出てきたっていうから、だったらうちにくればって、連れてきたの」
    「……は?」
     それが、男と辰吾の、出会いだった。〉

     聖子が「実の父」と説明する男が突然現れたこの夜、辰吾と聖子の世界にもはや元には戻れない変化が始まるのですが、辰吾はそのことをまだ知りません。
     一方、7月8日15時12分、若い女性から身柄保護を求める110番通報があって、虐待事件が発覚。警視庁町田警察署の捜査が始まります。
     後に香田麻耶、17歳と判明する通報者の体には長い期間にわたって虐待が繰り返されてきたと思われる跡が歴然と残っていた。
    〈顔や腕に痣が複数あり、よく見ると、サンダルから出ている足の指には爪が一枚もなかった。そればかりか、右足の中指と薬指、左足の親指と中指は火傷を負っており、治療が不完全だったのか半ば癒着してもいた。〉
    〈全身に様々な傷があり、足だけでなく他にも火傷を複数ヶ所負っている。しかも、まだ新しい傷とすでに完治している古い傷とが混在していることから、かなりの長期間、虐待あるいは拷問に近い行為を受けていたものと推察される。栄養状態もかなり悪く、とりあえず点滴を打つということだった。またTシャツとジャージ以外に着衣はなく、ブラジャーやショーツといった下着類は身に着けていなかった・・・・・・〉

     香田麻耶への聴取から、暴行を加えたのは「ヨシオというオジサン」と「アツコさん」、町田市木曽西五丁目のマンション、サンコート町田403号が暴行の現場であることが判明。捜査員がマンションのチャイムを鳴らすと、女の声で応答があり、やがて玄関に女が顔を出した。
    〈このときすでに、麻耶の聴取を担当した女性捜査員は気づいていたという。彼女もまた、暴行を受けていたのだろうと。麻耶と同様の痣が顔面にあり、動作が緩慢で受け答えも鈍い。上衣は男物と思しきワイシャツ、下衣はジーパンだったが、いずれも薄汚れており、髪もしばらくブラシを通していないのだろう、ぼさぼさでみすぼらしかった。最も印象的だったのは、扉に掛けていた手。赤くボロボロに爛(ただ)れ、まるで腐敗しかけた死体のようだったという。
     しかし、それよりも異様だったのは臭いだ。生ゴミが腐ったような臭いと、それを無理やり誤魔化そうとするような刺激臭。その両方をいっぺんに嗅ぎ、捜査員たちは瞬時に鼻呼吸をやめたという。〉

     403号室の内部は異様だった――すべての部屋の出入り口、開口部には南京錠が仕掛けられており、自由に行き来できなくしてあった。窓という窓は暗幕のようなもので覆われ、塞がれていた。そして、浴室は床から壁から浴槽から、一面ルミノール反応で真っ青になった。これだけの血液が付着したのだから、相当量の出血があったことは間違いない。麻耶がいかなる暴行を受けようと、これだけの出血をしたならばすでに命はあるまい。ということは、浴室の壁や床を汚した血は、麻耶以外の誰かのものと考えることができる。しかもその誰かは、すでにこの世のものではない可能性が高い。

     マル被(被疑者)のアツコもマル害(被害者)の香田麻耶も多くを語らなかったが、まず麻耶が児童養護施設に向かう車の中で、急に〈お父さんは、あの二人に殺されました〉と語り始め、次いでアツコも〈香田さんは、私たちが、殺しました──。〉と供述。
     少女に対する虐待、傷害から殺人事件へ――町田署に特別捜査本部が設置され、マル被の取調官を引き継ぐ警視庁捜査第一課殺人犯捜査第二係の統括主任である木和田栄一(きわだ・えいいち)は、それまでの調書と捜査報告書を2時間かけて読み込んで、首を傾げてしまった。なんなんだ、この事件は──。
    〈木和田が気になったのは、浴室の広範囲にわたるルミノール反応だ。
    「浴室のこれからすると、靖之(引用者注:麻耶の父、マンションの借り主)の遺体は、ここで解体された可能性が高いですね」〉

     麻耶、アツコの体に残る火傷の跡が、罰として与えられた通電によるものだったことが徐々に明らかとなっていきます。性器に直接通電することもあったという。
     サンコート町田403号で何があったのか。梅木ヨシオとはなにもので、どこへ消えたのか。辰吾は、聖子の実父とされる男がアパートから近いサンコート町田403号を密かに見張っているところを、さらに夜になってマンションに入っていくところをも目撃します。いったい、なんのために? 辰吾の内部に渦巻く疑念。そして、聞き込みを続ける捜査員が「横内辰吾」の名前を掴んできた・・・・・・。
     一枚一枚ベールを剥がすように、凄惨な遺体なき大量殺人事件の全貌が明かされていくクライマックス。想像を超えた物語の結末――。
     聖子の実父、中本三郎(なかもと・さぶろう)が辰吾に語った言葉が、ずしりと胸に残ります。
    〈愛の大きい小さい、多い少ないは当然あるでしょう。でも完全にゼロというのは、通常は考えられない。考えられないですが、でも現実にはあるんです。いるんです、そういう人間が……それがどういう状態か、お分かりになりますか〉
    〈人間社会というジャングルで、人間を獲物にして、自分だけが生き残ればいいと考えている。そういう奴は確実にいるんです。……奴らは、人間の皮をかぶったケモノです。だが悲しいかな、人間社会がそれを認識していない〉(2017/6/23)
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    投稿日:2017年06月23日
  •  5月17日に紙書籍(文庫版、2017年5月21日初刷)と同時発売された池井戸潤の新作『アキラとあきら』(徳間文庫)。向井理、斎藤工主演でドラマ化(WOWOW7月9日スタート)の話題性もあって文芸ジャンルで好調な売れ行きを示しています。
    「新作」としましたが、初出は「問題小説」2006年12月号~2009年4月号の連載。執筆時期で言えば、大ヒットドラマ「半沢直樹」の原作小説『オレたちバブル入行組』『オレたち花のバブル組』(ともに文春文庫、2013年8月2日配信)、直木賞受賞作『下町ロケット』(小学館文庫、2015年8月14日配信)よりも前で、その3作品よりも後になって――雑誌連載終了8年目に発刊されたオリジナル文庫。「幻の長篇」として池井戸ファンが長い間待ち望んできた作品です。
     主人公は、同じ「あきら」の名を持つ二人――伊豆河津の零細町工場経営者の息子として育つ山崎瑛(あきら)と、日本の海運業の一翼を担う東海郵船のオーナー一族の御曹司、階堂彬(かいどう・あきら)です。工場が倒産したため母と妹の三人で同じ静岡の磐田にある母の実家に夜逃げ同然で転がり込んだ山崎瑛は、幼少時に母など周辺から「アキちゃん」と呼ばれ、また磐田の小学校の同級生で、物語の後半で再会する生涯の友人、三原比呂志とは「アキラ」「ガシャポン」と呼び合う仲ですが、階堂彬が「あきちゃん」とか「あきら」と呼ばれることはありません。階堂家の人々――父の一磨(かずま)、母、二人の叔父たち――の会話では「彬」となっていて、こんなところからも二人の境遇の違いが浮かび上がってくるようです。

     さて、山崎瑛と階堂彬の二人は小学生時代に――河津駅前でかすかにすれ違います。慌ただしい引っ越しで愛犬チビを連れて行くことができなかった瑛少年は一人で磐田から戻ってみたもののチビには会えず、途方に暮れて駅まで戻った時のことです。「ぼく、ひとりかい? どこまで行くの?」若い駅員に訊ねられた瑛が咄嗟に駅舎を飛び出した。

    〈耳を劈(つんざ)かんばかりのブレーキ音がしたのはそのときだ。振り向いた瑛の視界を、ヘッドライトの白い光芒(こうぼう)が染め上げる。
     気づいたとき、瑛は道路の真ん中で尻餅(しりもち)をついていた。
     ちょうど顔の前にクルマのフェンダーが迫っており、ピカピカに磨き上げられたボンネットの中でエンジンの回る音が低く響いている。
    「大丈夫かい、君」
     そのときドアが開き、慌てた様子で運転手が飛び出してきた。
     黒っぽい上下の服を着、帽子をかぶった男だ。男は、まだ道路に座り込んだままの瑛を白い手袋をした手で起き上がらせてくれ、服についた埃を払ってくれる。
    「怪我しなかったかい」
     あまりのことに瑛は答えられず、ただ小さく頷くことしかできなかった。(中略)
     道の真ん中に立っていた瑛は、そっと脇にどいて、見たこともないクルマを改めて眺めた。黒塗りの、見るからに高級そうなクルマだ。さっきは気づかなかったが、ボンネットの先端に、天使のような小さな像がついている。たぶん外車だ。クルマの後部座席の窓が開いて、小さな顔がこちらをのぞいたのはそのときだ。
     瑛と同じぐらいの歳(とし)の少年が、後ろのシートからじっとこちらを見ている。
     髪をおかっぱにしたその少年は、とても興味深そうな目で瑛をじっと見ていた。瑛の友達にはいない印象の子だった。見下すような目をしている。見るからに都会の金持ちの少年だった。その少年は、何か声をかけてくるかと思ったが、結局、一言も発しないまま、クルマは動き出した。〉

     伊豆の別荘で親しい取引先を招いて開かれる恒例のパーティに向かう途中のクルマ。その後部座席に乗っていたのは、私立小学校5年生の階堂彬と3年生の弟、龍馬(りょうま)です。瑛との一瞬の遭遇――彬少年はこんなふうに見ていました。

    〈「とても淋(さび)しそうな顔してたな。迷子みたいだった」(中略)
     同じ歳ぐらいの子供だった。ずっと見入ってしまったのは、その子の目に、彬がいままで見たこともないような感情の塊(かたまり)が浮かんでいたからだ。
     単に悲しいというのではなく、単に困っているというのでもない。
     もっと突き詰めた、真剣な──そうだ、あえていえばきっと、「絶望」に近い、そんな目ではないか。
    「迷子にはならないよ。きっと地元の子だろうし」
     彬はいった。時間は午後六時をとうに回っている。他所から来た子供があんな顔をして、ひとりでいるはずはない。〉

     後年、ともに東京大学経済学部を卒業した瑛と彬は就職先に産業中央銀行を選びます。東海郵船社長の長男でありながら、あえて定められた道には進まずバンカーの道を選択した彬。一方の瑛は、磐田の小学校、中学校を経て地元では一番の公立高校に進みますが、決して平坦な道ではありません。父親の再就職先の電機部品メーカーが経営危機に直面して一度は大学進学を諦めますが、同じ経験をしてきた若い銀行員の後押しもあって東大に進み、バンカーとなります。銀行員に必死の思いで融資を頼み込む父と母の姿。しかしそれをすげなく拒絶されて倒産、しばらく父と離れ離れに暮らした日々。そして自らは家業の倒産のためにせっかく入った東京の一流大学を途中退学して高卒資格で地元の信用金庫に入り、「瑛を大学に進ませたい」との思いから徹夜で作成した融資稟議書で支店長を説得してくれた若い行員。けっして忘れることのできない経験を積み重ねてきた瑛にとって、「バンカー」という選択には秘めた思いがあったのです。

     二人が入行した産業中央銀行――池井戸ファンならお分かりかと思います。「倍返しだ!」のフレーズで大ヒットしたテレビドラマ「半沢直樹」(原作小説は先述の『オレたちバブル入行組』『オレたち花のバブル組』です)の舞台、つまり半沢直樹が所属する産業中央銀行は、『アキラとあきら』に先に登場していたことになります。
     同じ音の名前を持ち、全く異なる境遇に育ちながら、同じ銀行に就職した二人。3週間に及んだ新人研修の仕上げ――最後の5日間をかけて行われる融資戦略研修「融資一刀両断」。階堂彬と山崎瑛の直接対決は、物語前半のハイライトの一つと言える圧巻のエピソードです。新入行員300人が3人一組になって融資判断を競う予選を勝ち抜いて決勝に残った彬と瑛のチーム。決勝では彬のチームが会社役、瑛のチームが銀行役となった。会社役の彬チームは100ページ近くもある分厚い資料――本物の会社データを使って融資申込書を作成、銀行役の瑛チームはその融資申込に対して諾否の判断を下す。与えられる時間はそれぞれ8時間。
     損益計算書――売上げ、経費、利益状況・・・・・・子細に見ていった彬は思わず唸(うな)った。

    〈「この会社、放っておくと来月ショートするぞ」
     彬はいった。「マジ? いくらだよ」
     栗原も必死になって資料をひっくり返している。
    「ざっと見て、三千万から四千万円ぐらい。預金と入金予定だけじゃあ、支払い予定額が賄いきれない」
    「げっ」(中略)
    「オレたちが経営者なら、どうする?」
     彬はふと口にした。ふたりがはっとした顔でこちらを見た。そのふたりではなく、会議室の虚空を彬は眺め、そして繰り返した。
    「もし、オレたちがこの会社を経営していたとしたら、どうすると思う?」
     ある考えが彬の胸に浮かんだのはそのときだった。「何かいいアイデアでもあるのか」
     きいた栗原の顔を、彬は見つめ返した。
    「うまくいくかどうかはわからないが──オレにひとつ、考えがある」〉

     階堂彬の頭に閃(ひらめ)いたアイデアとは何か。そして、階堂の企みに対して融資をするかどうかを判断する銀行役の山崎瑛はどう出るのか。階堂のプレゼンテーションも山崎の分析もここではつまびらかにはしません。
    〈スリリングだった。これ以上、何も言葉が浮かばない〉と審査委員長席の羽根田融資部長。
    〈羽根田は真顔のまま続けた。「銀行は社会の縮図だ。ここにはありとあらゆる人間たちが関わってくる。ここに来る全ての人間たちには、彼らなりの人生があり、のっぴきならない事情がある。それを忘れるな、諸君。儲かるとなればなりふり構わず貸すのが金貸しなら、相手を見て生きた金を貸すのがバンカーだ。金貸しとバンカーとの間には、埋め尽くせないほどの距離がある。同じ金を貸していても、バンカーの貸す金は輝いていなければならない。金に色がついていないと世間ではいうが、色をつけなくなったバンカーは金貸しと同じだ。相手のことを考え、社会のために金を貸して欲しい。金は人のために貸せ。金のために金を貸したとき、バンカーはタダの金貸しになる。だが今日のところは私の説教などどうでもいい。いまは素直に、我らが誇れるバンカーが誕生したことを称(たた)えたいと思う。」〉

     池井戸潤作品に通底する「銀行」の二つの顔――金を人のために貸すバンカーか、金のために金を貸す金貸しかが熱く語られ、その言葉を胸に新人バンカーとして歩き出す二人の「あきら」の物語。

    〈幼いころの君は、どんな音を聴いていた?
     幼いころの君は、どんな匂いを嗅いでいた?
     瑛の場合それは、油圧プレス機がたてる規則正しい音だった。
     瑛の場合それは、工場から漂ってくるぷんと鼻をつくような油の匂いだった。〉

     物語は、海からの風が懐かしい気分を運んでくるかのような文章で静かに始まります。少年時代に一度すれちがったことのある山崎瑛と階堂彬。バブルに浮かれ私利私欲が横溢する社会のなかで苦悩する日々も経験します。真っ直ぐで熱い気持ちを持つ若きバンカーだからこそ、その悩みは深くなります。
     山崎瑛は、アメリカでの心臓移植を待つ娘を持つ社長家族を救いたい一心で、債権回収に動く上司の指示に従わず、不渡りを出す前夜に預金の移し替えを社長に“指示”します。銀行員人生を投げ打って娘を、そして社長家族を救いたいと願ったのです。
     一族を離れて自分自身の人生を生きるという強い思いからバンカーの道を選んだ階堂彬はしかし、父の死後窮地に陥った東海郵船グループ再建のため東海郵船社長に転じます。運命に抗(あらが)うように生きてきた階堂彬が踏み出したかつてない試練の道。メインバンク産業中有銀行の担当者として階堂彬に向き合うのは、山崎瑛です。
     社長就任当日、経理部長の難波を伴って打合せに出向いた階堂彬を担当の水島カンナと共に山崎瑛が待っていました。
     面談後東海商会に向かうクルマのなかで、〈まだ、ウチにも運があるのかもな〉階堂は難波に語りかけます。〈あいつが稟議を書いてそれが承認されなかったら、他の誰がやっても通らない。もしあの山崎がウチを見放すことがあったらそのとき──東海郵船は終わりだ〉
     少年時代にすれ違い、新人時代の直接対決がいまや伝説となっている二人の「あきら」は起死回生の道をどう切り開くのか―――。

     部長室に入った山崎瑛は「なぜそこまでこだわる?」と問われて、父が会社を潰した少年時代のことから語り始め、〈青臭いと思われるかも知れませんが、私は、救える者であれば全力で救いたい。そう思っています。会社にカネを貸すのではなく、人に貸す。これはそのための稟議です〉こう訴えた。 山崎瑛の“人生をかけた稟議書”を押し黙ったまま読み終えた担当部長の不動公二(ふどう・こうじ)――情状酌量が一切通じないところからロボバンカーと揶揄(やゆ)されてきた男が告げた、ひと言とは?

     5年後――階堂彬からの誘いを受けて春の下田に向かう山崎瑛は、途中右折してミカン畑が連なる一本道に分け入った。妻と2歳になったばかりの長男、生まれたばかりの長女が一緒です。
     段々に続くミカン畑の急峻な斜面と、その向こうで無数の光を反射させている春の海。廃墟と化した工場も、住んでいた家の形跡も消え失せ、すべては自然に戻ってしまったかのようだったが、まぎれもなくそこは瑛の原風景だった。
     小説を読む愉しみがもう一つの人生を生きてみることにあるのだとしたら、『アキラとあきら』は、少年時代の一瞬の出会いから20年あまりの山崎瑛と階堂彬の生き様を通して極上の人生を私たちにもたらしてくれます。急に目頭が熱くなり立ち止まって落ち着くのを待ったことが幾度あったことか。読み終えたとき、二人の苦悩、哀しみはおろか、怒りさえも心地よく響いてくる。

     池井戸潤描くエンディングがいい。
    〈幼いころの君は、どんな音を聴いていた?
     幼いころの君は、どんな匂いを嗅いでいた?
     その答えのすべてが──ここにある。〉

     ひとり静かに、極上の人生の物語の余韻に浸ってみてはどうでしょうか。(2017/6/16)

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    投稿日:2017年06月16日
  • 今作のヒロインは“いろんな人とHしちゃう女の子”小谷さん。そんな小谷さんを本気で好きで独占したいと思っているピュアな同級生の山下くん。自分が山下くんの友達だったら、小谷さんは諦めろ、絶対やめたほうがいいって言いたくなってしまう…小谷さんはそんな女の子です。やはり山下くんも友達に「小谷さんなんてやめとけ」と言われていて、やめたほうがいいというのは頭ではわかっているんですが、やっぱり好きな気持ちはかわらない。そんな頭と心の矛盾がリアルで心をえぐられます。小谷さんも小谷さんで、欲望に忠実に、幸せに生きていると思いきやどこか不安定なところがあってみていてハラハラさせられます。みんなが幸せになれる未来ってあるのかなあぁ。「このマンガがすごい!2015」オトコ編19位!恋愛とセックスの「常識」を揺るがす超問題作!
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    投稿日:2017年06月16日
  • 無表情で素っ気なく見えるけど実は執着がすごい攻めって最高じゃないですか? 同意いただけた方にはぜひ読んでいただきたい作品が『衝突!★★作戦』でございます。
    こちら、pixiv発の超人気シリーズ『複雑!△△関係』のスピンオフ作品なのですが、私は『衝突!~』のほうから先に読みました。本作だけでも十分楽しめるのでご安心ください!
    最初は自分に告白してきた後輩の修一郎のことをまるで相手にしていなかった敦士ですが、おどかすつもりで手を出したら修一郎の反応がエロくてその気になっちゃったり、健気に猛アタックしてくる姿にだんだんと惹かれていって…と敦士の気持ちが少しずつ傾いていく様がきちんと描かれています。
    ところが敦士は恋人ができると激しく束縛してしまう性質。一方、修一郎には実はある秘密があって…と一筋縄ではいかない感じがもどかしくもあるんです。
    それでも最後はちゃんとくっついてラブラブなエッチも描かれているので読後は幸せな気持ちになります(*´ω`*)
    もっと2人のお話が読みたいな~と思う作品でした。
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    投稿日:2017年06月16日
  • 「先進国」日本で、貧困が社会問題となっています。2016年にユニセフがまとめた報告書によると、子どもがいる世帯の所得格差は、日本は先進国41カ国中34位。公立学校の児童・生徒数の約6人に1人が、学用品や給食などの費用の援助を受けているなかで、高級住宅街に1カ月20万円の保育料がかかる保育園が開設されたりしています。

    なぜ、このようなことが起こっているのか。佐藤優さんの解説をもとに考えてみます。2016年、タックスヘイブンを利用した世界中の富裕層による蓄財が話題になりました。このことから私達は、資本がひたすら利潤を増やすことを善とする資本主義というものが、必ず格差を生み出すという事実に直面させられました。とはいえ、日本はこれまでもずっと資本主義社会だったにも関わらず、一昔前まで格差は社会問題ではありませんでした。

    その理由は、東西冷戦時代は、日本を含む西側諸国においても共産主義の影響力が強く、きちんと貧困対策をしないと、革命が起こってしまうという危機感が政府にあったからです。いまでは想像もつきませんが、確かに30~40年前には、安保闘争やベトナム反戦運動が盛んで、左翼勢力によるあさま山荘事件や連続企業爆破事件などがありました。こうした共産主義の脅威がなくなったいま、日本を含む西側諸国は資本主義を突き進み、結果として格差が広がってきているのです。

    佐藤優さんは、今日の格差社会の状況が、明治後期から昭和初期に活躍した経済学者・河上肇が『貧乏物語』の連載を開始した時代と非常に似ているといいます。いま、100年前のベストセラー『貧乏物語』を読む意義は非常に大きいという問題意識のもと、佐藤優さんの現代語訳に解説を付して1冊に編集されたのが本書です。

    河上肇『貧乏物語』は、先進国において貧困問題が加速していた現実を受け、「人はパンのみで生きるものではない、しかし、パンなしでは人は生きられない」を前提とし、いかに貧困問題を解決していくかを考察したものです。1916年9月から12月まで断続的に大阪朝日新聞に連載され、翌年に1冊にまとめられて出版されると一大ブームを巻き起こし、30版を重ね、文庫は40万部以上売れたといわれています。

    議論の詳細は本書に譲りますが、河上肇は、貧困問題が起こる原因について、多大な購買力を持つ富裕層の需要に応える事業に、投資が偏り過ぎているからだといいます。確かに、私達も仕事をしていれば、自らの利益を確保するために、お金がある人にいかに高く買ってもらうかを考えると思います。贅沢品ではなく、生活必需品など庶民の需要に応える事業への投資を呼び込むための、何らかの方策は不可欠でしょう。貧乏は、本人の努力不足の結果ではなく、社会構造の問題なのです。

    現代は、資本がひたすら利潤を増やすことを善とする資本主義が先鋭化し、そのため格差が大きくなっています。先鋭化する資本主義に乗っかって、自らの利潤のみ追求していくのか、社会の安定のために寄与するような行動をとるのか。現代の資本主義社会をどう生きていくか、深く考えさせてくれる1冊です。
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    投稿日:2017年06月16日
  • 『明仁天皇と平和主義』(斉藤利彦著、朝日新聞出版刊、2015年7月15日配信)に、天皇と皇后のある行動――“公務”の一端が紹介されています。2011年3月11日、東日本大震災と福島原発事故の直後、計画停電が実施された時のことです。

    〈一四日には、前述の「平成二三年東北地方太平洋沖地震に関する天皇皇后両陛下のお気持ちなど」が表明される。
     そこでは、震災の被害にともない各地で計画停電が実施されたが、その対象外となった千代田区の皇居においても、自発的に「停電の時間帯に合わせて……電力使用を停止する」ことが述べられている。
     この皇居の「自主停電」について、報道は次のように伝えている。
    <15日は午後3時半~5時半、16日は午後零時半~2時半、17日は午前9時半~11時半と午後5時~7時……。この間、ブレーカーを落とし、照明も、暖房も消える。1回2時間。暗い部屋で寒さをこらえ、夜の場合はろうそくの灯で夕食をとられている>(読売新聞二〇一一年四月三日付)
     自主停電は「計画停電」の解除後も、皇居では五月まで続けられた。〉

     川崎市北部にある私の自宅エリアも計画停電の対象外でした。その幸運に安堵しつつも、いったいいつまで続くのか不安な日々をおくったことは今も鮮明な記憶として脳裡に刻まれています。その間――「計画停電」が解除された後も――皇居の天皇と皇后は「自主停電」を続けていた。象徴天皇として何をなすべきか。明仁天皇と美智子皇后の姿勢は明瞭に思えます。震災から3日たった14日に発表された「お気持ち」にはこうありました。再び、同書から引用します。

    〈次いで、「現下の大災害に関連する諸々の対応に忙殺されている警備当局に更なる負担をかける結果にならないように配慮」し、「適切なタイミングを選んで、被災した人々を慰め、また救援活動に従事している人々を労うなど、いわば人々の心の支えになれ」るような行動を行うことが表明された。
     この、「人々の心の支えになれる」ようにという姿勢は、国民との共苦の意志として天皇と皇后の行動を一貫して貫くものである。〉

     例年この時期に行われていた園遊会などの各種催しの中止が発表され、そして震災発生から5日経過した時点から、救援活動に携わる専門家による説明を受け始めます。
     3月17日 日本赤十字社社長、副社長
     3月18日 海上保安庁長官
     3月23日 日本看護協会会長
     3月24日 日本看護協会副会長
     3月28日 東京大学付属病院院長
     3月30日 外務事務次官
     4月1日 防衛大臣、統合幕僚長
     4月4日 文部科学省研究振興局長、京都大学名誉教授、名古屋大学医学部保健学科教授、学習院大学理学部化学科教授
     4月12日 東京工業大学原子炉工学研究所所長
     この後も専門家による「ご説明」や「ご聴取」が続くのですが、そこに著者は〈傍観者としてではなく、自分自身が状況を深く客観的に理解し、その上で「被災者のこれからの苦難の日々を、私たち皆が、様々な形で少しでも多く分かち合っていく」ことを志向する意志〉を読み取ります。

     そうして3月30日、4月8日、4月11日と立て続けに首都圏に避難している被災者への慰問・交流を行った天皇と皇后は、4月14日、千葉県旭市を皮切りに被災現地への訪問を開始します。
     茨城県北茨城市(4月22日)、宮城県東松山市・南三陸町・仙台市宮城野区(4月27日)、岩手県花巻市・釜石市・宮古市(5月6日)、福島県須賀川市・玉川村・福島市・相馬市(5月11日)。当初5月2日に予定されていた岩手県訪問を、強風のため自衛隊ヘリが飛べず6日に延期するなどの紆余曲折はありましたが、3月30日の東京の避難所訪問を含めて、7週連続で行われた天皇と皇后の被災者慰問――。
     著者の以下の指摘には、多くの人が肯(うなず)けるのではないか。

    〈理念は言葉でも語ることができる。しかし、それを本当に示すものは行動である。未曾有の大災害に直面し、明確なマニュアルのない中で、天皇が課題としたことは何であったのか。
     まずは、被災者や現地を訪問する日程の中に、意志があらわれている。それは、すべて日帰りで被災地を訪れる強行軍の日程であった。
     宿泊をすれば日程に余裕はあるものの、宿舎にまた警備が必要になり現地の人びとに負担をかけるという配慮があった。また、一週間をおかずに現地を訪問しており、七〇代後半(七七歳、七六歳)の高齢の二人が通常組む旅程でないことは明らかである。(中略)
     天皇は、被災の現地ではマイクロバスや時にはレンタカーを使用して移動するという、強行軍を貫いた。
     福島への訪問が一番後になったのは、福島原発の状況を判断する必要があったからである。それでも、原発に近接する相馬市、そして相馬港と原釜を訪問している。
     四月二七日は、甚大な津波の被害を受けた南三陸町で、約二〇〇人が避難する歌津中学校を訪れ、仙台市では約二七〇人が避難する宮城野体育館を見舞った。
     五月六日の釜石市では、九八人が避難生活を送る石中学校を訪れ、宮古市の避難所では一一六人が避難する宮古市民総合体育館を慰問した。
     津波で大きな被害を受けた地区では、黙礼して犠牲者に哀悼の意をささげ、避難所ではできるだけ多くの被災者の話を聞き、床に膝をつき、時に正座し、被災者の話に耳を傾けた。
     また、家族が行方不明のままの被災者や、福島第一原発事故で避難した人々に対して慰問を行った。
     ところで、この場合に限らず、こうした人びとや子どもたちに声をかけ、差し出す手を握り、寝ている老人の枕元まで膝をつきながら行くという二人の行為に、「何もあそこまで」と言う宮内庁幹部もいるという。
     文芸評論家の江藤淳は、阪神・淡路大震災の現場で見舞う両陛下に、こう苦言を呈した。〈何もひざまずく必要はない。被災者と同じ目線である必要もない。現行憲法上も特別な地位に立っておられる方々であってみれば、立ったままで構わない。馬上であろうと車上であろうと良い。〉
     しかし、天皇と皇后が自らの意志で行った、こうした行為こそが、二人の真情を率直にあらわしているのではないだろうか。誰も、人間の真摯で率直な行為を止めることはできないのである。〉

     明仁天皇、そして美智子皇后にとって、“公務”とは、このような行為、行動を含むものなのだ。47歳の誕生日を前にした記者会見で「ご自分に厳しすぎるのではないか」と問われて〈ただ自分に忠実でありたいという気持ちは持っていますけどね。それ以外厳しくしているとは全然思っていません〉と述べた皇太子時代から一貫するその姿勢は自然体で、無理がない。
     戦後70年の2015年(平成27)初め、天皇は年頭所感で4月のペリリュー島訪問を念頭に〈この機会に、満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び、今後の日本のあり方を考えていくことが、今、極めて大切なことだと思っています〉と述べました。ペリリュー島では、1944年9月から2か月間、日本軍とアメリカ軍との間で激戦が繰り広げられ、日本兵の戦死者は1万人を超え、生還者はわずか34人。アメリカ側の戦死者も1,700人を超えた。日本から約3,000キロ離れた南太平洋パラオ諸島のペリリュー島へ。天皇と皇后が長年にわたって強く求めてきた鎮魂の旅――慰霊碑の前で深く静かに頭を下げ拝礼する天皇と皇后の姿が目に焼きついています。
     明仁天皇の、強い平和への思いはどこからきたのでしょうか。著者は、幼少期の時代状況について語った即位10年の記者会見(1999年)に注目して以下のように書いています。

    〈一九三七(昭和一二)年には「日中戦争」(「盧溝橋事件」)が引き起こされ、さらには四一年からの「大東亜戦争」へとなだれ込んでいく。
     こうした幼少期の時代状況について、後に明仁天皇は一九九九(平成一一)年の「天皇陛下ご即位十年に際し」ての記者会見で、次のように述べている。
    <私の幼い日の記憶は、三歳の時、昭和一二年に始まります。この年に盧溝橋事件が起こり、戦争は昭和二〇年の八月まで続きました。したがって私は戦争の無い時を知らないで育ちました>
     このように、明仁天皇の幼少期は、まさに「戦争の無い時を知らない」という時代の状況の下で始まったのである。〉

     明仁天皇が誕生した1933年(昭和8年)――日本は満州への軍事拡大をめぐり国際連盟を脱退し、世界からの孤立を鮮明にしていきます。この年に改訂された国定教科書は「日本は神国である」とうたい、日本を世界に冠たる特別な国家であるとし、天皇の神格化をいっそう推し進めたと著者は指摘します。プロレタリア文学不朽の名作『蟹工船』(岩波文庫版『蟹工船 一九二八・三・一五』、新潮文庫版『蟹工船・党生活者』)で知られる小林多喜二が治安維持法違反で検挙され、警視庁築地署で虐殺されたのもこの年であり、同じく治安維持法違反で受刑中だったマルクス主義経済学者、京都帝国大学教授の河上肇博士が明仁皇太子誕生を記念する恩赦によって5年の禁固刑を4分の1(1年3か月)減じられたのは、誕生の翌年1934年の紀元節(2月11日)のことです。ちなみに「紀元節」とは、日本書紀が神武天皇即位の日と伝える2月11日に基づいて明治政府によって制定された祝日で、戦後の1948年(昭和23)に廃止されましたが、安倍晋三首相の大叔父にあたる佐藤栄作政権の下で1966年(昭和41)に「建国記念の日」として復活しました。
     この時は紀元節復活への抵抗は根強く、提案と廃案を繰り返してようやく成立したのですが、今は安倍一強体制の下「共謀罪」の成立が時間の問題となっています。明仁天皇誕生の昭和前期の日本は、国内的には治安維持法を使って国民を監視、自由な言論を徹底的に弾圧。一方対外的には1937年(昭和12)の盧溝橋事件から「日中戦争」へ、そして1941年(昭和16)「大東亜戦争」へとなだれ込んでいきました。まるで現在の北朝鮮ではないか。そう思えてくるような国家の状況だったわけですが、明仁天皇の〈戦争の無い時を知らない〉との発言は、ただ「戦争状態かどうか」の意味にとどまるものではない――著者はそう指摘して、明仁天皇の「平和主義」をこう要約します。

    〈最も重要な鍵となるのは、「平和の問題というものは、非常に関心のあるところです」と自ら述べているように、天皇が自己の体験の中から見いだしていった平和という価値の問題である。
     ここで、本書が用いる「平和」という概念は、単に戦争のない状態をさしているだけではない。国民が営む生活全体の平穏と安定の状態をさすものであることを確認しよう。例えば、命の尊厳、人権と民主主義の尊重、自然と環境の保全、国際親善、あるいは甚大な自然災害の下でも人びとが共に支え合い、復興の課題を見いだしていこうとする状態をもさしている。さらには、暴力による支配や権力の抑圧から解放され、国民が自由で安定した生活ができる状態をもさすものである。〉

     5月21日、毎日新聞一面トップに〈陛下 公務否定に衝撃〉〈有識者会議での「祈るだけでよい」〉〈「一代限り」に不満〉の見出しが躍り、退位特例法案を閣議決定したばかりの首相官邸、国会周辺に衝撃が走りました。昨年8月に天皇が退位の意向をこめたおことばを公表したのを受けて急遽退位に関する有識者会議が設置された。そこで保守系の専門家が、「天皇家は続くことと祈ることに意味がある。それ以上を天皇の役割と考えるのはいかがなものか」として、被災地訪問などの公務を縮小して負担を軽減し、宮中祭祀(さいし)だけを続ければ退位する必要はない」との主張を展開したことに、陛下が強い不満を感じている、宮内庁幹部は「陛下の生き方を全否定する内容」だとして、陛下の考えを首相官邸に伝えた――これがスクープ記事の主な内容です。
     退位特例法案は衆議院を通過しましたが、退位を一代限りのこととしつつ、官房長官が「将来の先例となりうる」と表明するという小手先の対応は、はたして天皇の希望することに正面から向き合ったものと言えるのでしょうか。
    「戦争のない時を知らない」で幼少期を過ごした明仁天皇は、「平和」の価値――国民が自由で安定した生活ができる状態――を根底に据えて行動してきました。それこそが、自らが果たすべき公務なのだということを天皇は知りぬいているのです。

    〈天皇は、戦争の記憶が絶対に忘れられてはならないという信念を、身をもってあらわしてきたといえる。その生涯を通じた哀悼の行動こそが、自らがいやおうなしに引き受けようとしたものを示している。そして、日本国憲法の下での象徴天皇の課題とは何かを、深く本質的につかみ得た姿がそこにはある。〉

     戦後日本社会は、いまかつてない岐路に立っています。日本国憲法の下で「平和」――自由で安定した生活――がありました。それを今後どうしていくのか。象徴天皇制の意味を見つめ直した本書『明仁天皇と平和主義』は、日本社会の将来を構想する際に重要な手がかりとなる一冊です。
     矢部宏治&須田慎太郎の写文集『戦争をしない国 明仁天皇メッセージ』(小学館、2016年1月15日配信)、2017年6月2日配信の小林よしのりの新刊『ゴーマニズム宣言SPECIAL 天皇論平成29年~増補改訂版~』(小学館、上・下)も併せてお読みください。(2017/6/9)
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    投稿日:2017年06月09日
  • 料理を通じて様々な問題を解決する的な漫画ってたくさんありますよね。この漫画もいろんな悩みを持ったお客様のために「バーガー」を作るっていうお話です。第1巻では、なかなか成績を挙げられないキューバから来たプロ野球選手のために「故郷の味のバーガー」を作ったり、第3巻では喧嘩しているイギリス人とアメリカ人の友人を仲直りさせるためのバーガーを作ったり。。。そして毎回きっちり終わってくれる面白さがあるんです。

    また、毎回出てくる多種多様なバーガーがとにかく美味しそうで、マカロニやフォアグラ、羊の内蔵や豆を使ったバーガーなどなどホント食べたくなります… さらに私も全く知らないような調理法で作ったバーガーや、そんな食材を使うの!?と驚かされるようなバーガーがたくさん出てくるので読んでいて色んな発見がありますね。

    いやー、どっかに「UNLIMITED SOULS」(主人公のお店)があればなぁ、毎週通っちゃいますよ。ちなみに私が一番食べたいなぁと思ったのが第2巻に出てくる大トロのライスバーガー。他にも第5巻に出てくる三種類の玉ねぎを使ったバーガーも気になる…あ、第2巻に出てくるザリガニのバーガーも食べたい。。。

    みなさんも物語を楽しみつつ、これが食べたい!と思えるバーガーを見つけてみてください~
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    投稿日:2017年06月09日
  • 山本小鉄子先生の作品はどれも好きなのですが、中でも一番好きかもしれないです!!(2017年6月現在。更新の可能性もあり)
    『明日はどっちだ!』は、男らしいヤンキーに憧れながらも、女の子みたいにかわいい美少年に成長した星(きらら)は、周囲から狂犬と恐れられる幼馴染・顕(けん)のことを好きになるけれど、顕がホモ嫌いなことを知って…!?というお話。
    攻めの顕が、何かとトラブルを起こしてしまう星を陰から見守っていたり、時には助けてくれたりして、もう…「お前…絶対、星のこと好きやんけ…」という感じなんですが当の本人は自覚がないのか認めたくないのか?星には素っ気ない態度ばかりをとってしまうわけです。かなりこじらせてますよね。でもそれがすごくイイ!! そして星も鈍感だしアホの子(かわいい)だから顕は自分のことなんて好きじゃないと思っている。うーん、じれったい(> <)
    こじれまくった2人の恋が実る日はくるのか!? いいや、きてほしい! 続きが待ちきれない作品です!
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    投稿日:2017年06月02日
  • イケメン女子×美少女男子のじれったいラブストーリーを描く『おとなりコンプレックス』。
    女装も似合うキレイな顔の男の子・まことと元バレー部で背も高くてかっこいい女の子・あきら。
    2人は家が隣同士で幼なじみ。深刻な感じではないものの、女らしくないこと・男に見られることをけっこう気にしているあきらに「お前のままでいればいい」というまこと。
    あきらはそんなまことに救われているんですが、まことの本当の気持ちには全然気づいていないようで…!?
    あきらの無自覚さに振り回されるまことがかわいいというかいじらしくて応援したくなるけど、なかなか進展しない関係がじれったい…!
    2人の関係がどう動くのか、これからも見守っていきたいと思います!
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    投稿日:2017年06月02日
  •  読売新聞がおかしい。
     憲法記念日の5月3日――安倍首相は日本会議の集会向けに「2020年までに憲法を改正、9条1項(戦争放棄)、2項(戦力不保持)はそのまま残したうえで自衛隊の存在を明記」と提案するビデオメッセージを寄せ、その真意を国会で問われて(8日)、「そうとう詳しく読売新聞(首相インタビュー)に書いてあるので、熟読いただいて」と答弁。“一強安倍首相”にとって国会は何なのか丸見え、その意味では面白いともいえる問題答弁だったのですが、当の読売新聞が翌9日の社説に「各党は、生産的な改正論議をしてもらいたい」とまるっきりの上から目線で書いたのには、のけぞりました。

     歯に衣着せない評論で人気の斎藤美奈子さんがさっそく5月10日、東京新聞「本音のコラム」(毎週水曜日担当)で読売新聞を“さすが腰巾着”と評していました。「腰巾着」――「新明解国語辞典」(三省堂)には、もともと腰に下げる巾着をさした言葉で、そこから「頼りになる人のそばをいつも離れない者の意や、胡麻(ゴマ)をすったり べったり依存したりする者」の意味をもつようになったとありますが、読売新聞の“腰巾着”ぶりをうかがわせる記事はこれだけではありませんでした。

     5月22日朝刊社会面に「前川前次官出会い系バー通い」の見出しが踊りました。「文科省在職中、平日夜」のサブ見出し、9段抜き、「どうして今頃?」の疑問符がつく、内容以上に目立つ記事でした。「総理のご意向」「官邸の最高レベルがいっている」などの記述があった加計(かけ)学園の獣医学部新設を巡る内部文書の存在が朝日新聞の報道によって明らかとなった時、菅官房長官は即座にこの内部文書を「怪文書」と斬り捨てました。それに対して前川前次官が「文科省内にあったのは事実、まちがいない」ときっぱり証言したのは5月25日。読売の異例のスキャンダル記事にはこの衝撃証言に先立って前次官を貶(おとし)め、証言の信用性、影響力を前もって低下させることを意図した官邸サイドのリークがあったのではないかという見方が拡がっています。本来、緊張感を持って時の政権と対峙すべき新聞が政権中枢に寄り添うように記事を書く。しかもそれが日本最大の新聞なのだ。もしそれが本当だったとしたら、ジャーナリズムの死というほかありません。



     最高権力者の行動と政治・行政の公正性を巡る疑惑が噴出する中で、報道機関のあり方が厳しく問われています。そんな時代状況を捉えた長篇小説が話題になっています。WOWOW連続ドラマ原作、堂場瞬一著『社長室の冬』(集英社、2017年1月13日配信)です。

     読売新聞社会部記者の経験を持つ著者は、アメリカの新興IT企業と日本の老舗新聞社との間の買収交渉を通して、メディアの劣化、新聞と政治家との関係、そして報道機関の存在意義を突き詰めていきます。

     物語の舞台は、130年の歴史を持つ日本新報。今なお部数300万部を維持する老舗の大手新聞ですが、経営悪化を打開する最終手段としてアメリカの新興ネットメディア、AMCに身売りを持ちかけて交渉を進めていた社長が心筋梗塞で急死。前社長の指名で後任社長の座に就いた新里明(にいざと・あきら)、社会部記者あがりの社長室員・南康祐(みなみ・こうすけ)、交渉窓口であるAMCの日本法人AMCジャパン社長の青井聡太が主な登場人物。この3人に、親の代までは日本新報の社主だった、個人筆頭株主・長澤英昭(ながさわ・えいしょう、日新美術館館長)、そして政権を握る民自党政調会長・三池高志(みいけ・たかし)が絡んで物語は展開します。ちなみに、かつて日本新報外報部記者だった青井に異動を通告したのが新里外報部長で、それがきっかけとなって青井は日本新報を退社。その二人が巡り巡って買収交渉で火花を散らしているというわけです。また南は社会部記者時代に老獪な政治家である三池にしてやられて誤報を打つという苦い経験をしています。



     AMCジャパンに転じた青井が三池に対する執念を日本新報社長室の南を相手に語るシーンがあります。報道にたずさわる者への著者のまなざしがうかがえる、力のこもった一節です。「第三部 混沌の中で」より一部を引用します。



    〈「三池のスキャンダルが欲しい。そのネタを、君からもらえるんじゃないかと思ったんだが、どうだろう」

     南は無言で首を横に振った。無理……できることだったら、自分でとっくにやっている。

    「そうか、仕方ないな」青井が伝票を掴み上げた。南が手を出す暇もなかった。「まあ、君の助けがなくても、私は絶対に三池の尻尾を掴む。だいたい、君の助けがなくても、私は絶対に三池の尻尾を掴む。だいたい、三池のような人間が好き勝手できる世の中は、間違っている。こんなことがまかり通ったら、民主主義は崩壊するだろう。この社会を守るためにも、ふざけた政治家は必ず血祭りに上げる。一罰百戒で、他の政治家もビビらせてやるよ。本来、マスコミの役目はそういうことじゃないのか? 恰好つけるわけじゃないが、マスコミが民主主義の番人というのは、本当だ。少なくとも私はそう信じている」〉



    〈三池のような人間が好き勝手できる世の中は、間違っている〉〈この社会を守るためにも、ふざけた政治家は必ず血祭りに上げる〉思わず、「三池」の2文字を別の2文字に読み替え妙に納得してしまったのですが、それにしても主人公の青井に〈マスコミが民主主義の番人というのは、本当だ。少なくとも私はそう信じている〉と語らせている堂場瞬一の眼には「加計学園問題」を巡る古巣読売新聞の報道はどんなふうに映っているのでしょうか。

     かつて読売には大阪社会部長、黒田清さん(故人)がいました。毎年夏に「黒田軍団」と呼ばれた社会部記者たちによる手作りの「戦争展」を続け、反権力を貫いた伝説の記者でした。現在の読売新聞にその伝統は残念ながら受け継がれてはいないようです。



     少し脱線しました。話を作品に戻します。ネットニュースへの全面移行を買収の条件とするAMCに対し、紙の新聞の発行にこだわる日本新報のぎりぎりの交渉が続く中、民自党の三池の暗躍が始まります。報道機関を保守政治家がどう見ているのか――じつに興味深いくだりがあります。



    〈三池はにわかに心配になった。今や新聞は、日本の言論界──そもそもそんなものがあるかどうか分からないが──の中心から滑り落ちているとはいえ、倒産という事態にでもなれば、影響は小さくない。少なくとも戦後、日本で全国紙が倒産したケースはないのだ。三池にとって新聞は敵のようなものだが、なくなれば状況は変わってくるだろう。政治家側が、ますますマスコミをコントロールしやすくなる──それこそ三池の望む世界なのに、何故か不安だった。

     新報には、救いの手を差し伸べるべきかもしれない。ここで恩を売っておけば、今後のコントロールはさらに容易になるだろう。衰えたりとはいえ、新報は未だに三百万部の部数を誇る大新聞だ。そういうメディアを自分の思う通りに動かせれば、何がしかのメリットはあるだろう。

     三池は頭の中で、素早くシナリオを練り上げた。〉



     マスコミをコントロールしようという思惑からAMCによる日本新報買収をつぶしにかかる政治家と、その動きを封じるために政治家の尻尾を掴もうとするネットメディアのせめぎ合いから予想外の結末が待つクライマックスへ。青井は三池を血祭りにあげることができるのか? 老獪な三池はどう出るのか?

     ネット時代の新聞というメディアの劣化を捉え、その先に待つ新聞企業の未来を暗示する堂場瞬一メディア三部作。完結編『社長室の冬』に連なる一作目『警察(サツ)回りの夏』(集英社、2014年12月5日配信)――主人公の南康祐は日本新報甲府支局で6回目の夏を迎え、幼い姉妹殺害事件を追う――と、二作目『蛮政の秋』(集英社、2016年3月4日配信)――甲府支局から本社にあがった南康祐は社会部遊軍。IT企業が民自党議員に配った献金リストがメールで送られてきた。その中に三池高志の名があった――の2冊もあわせてお読みください。(2017/6/2)

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    投稿日:2017年06月02日
  •  東京北区赤羽の古い住宅地で64歳のひとり暮らしの男性が殺害され、その家に家事代行として働きに来ていた30歳の女性が有力な容疑者として浮かび上がる――。

     警察小説を書いてきた佐々木譲が「現実の事件を見ていけば、けっして犯人の逮捕で事件が終わるわけではないと気づいていた。逮捕のその後のドラマを書いてみたかった」(新潮社サイトより)と初めて挑んだ法廷ミステリー『沈黙法廷』(新潮社)――2016年11月に紙書籍が刊行されて半年たった2017年5月5日、ようやく電子書籍の配信が始まりました。
     紙書籍と電子書籍の同時刊行が増えていますが、出版社によって、また書籍によって数か月から半年、1年とタイムラグをとって電子化するケースも少なくありません。昨秋刊行と同時に読んだ本書は、いま私たちが生きている時代をストレートに反映したミステリーです。フィクションですが、現代がそのまま息づいている物語なのです。それを思うと、佐々木譲愛読者としては、半年という時間が何とももったいないと感じてきました。
     佐々木譲はこの新作で、格差社会と呼ばれる時代の翳(かげ)に光をあて、現代社会の歪みを犯罪を通して鮮烈に抉りだして見せました。

     ひとりで暮らす65歳以上の高齢者を「独居高齢者」と呼ぶそうですが、その数はいまや600万人を超えたという。住宅リフォームのセールスマンによって死体が発見された被害者、馬場幸太郎は64歳という設定ですが、「独居高齢者」の一人と考えていいでしょう。玄関が施錠されていなかったことを理由にセールスマンは居間、寝室まで上がり込んでいますが、いったいどんな暮らしぶりだったのか。
     荒物屋を営んでいた父親から引き継いだ瓦屋根の古い一戸建て。商売は継がず会社勤めをしてリタイア。二度結婚したがうまくゆかずに離婚して、ひとり暮らしをしていた。アパートやマンションなど不動産をいくつか持ち、暮らしには困らない。小金持ちの幸太郎は時折、赤羽の無店舗型性風俗業「赤羽ベルサイユ」から若いデリヘル嬢を呼び、通常の料金に加えて1万円のチップを渡していたことも後に分かってきます。
     一方、家事代行業(ハウスキーパー)の女性も家に入れます。「下層老人」とは対極にあるような暮らしぶりで、年寄り相手に高額商品を売りつける業者間でやりとりされるリストにも名前が載っているらしい。その独居老人が殺害され、死体発見から2日目赤羽署に捜査本部が設置された。
     フリーのハウスキーパーとして被害者の家に出入りしており、死亡推定時間に家を訪ねていることから山本美紀という30歳になる女性が有力な容疑者として浮上。地味な顔だちと雰囲気で、女を売り物にして「ハウスキーパー」をしているようには見えないタイプだったが、警視庁は強盗殺人容疑で逮捕に踏み切った。埼玉県警大宮署が別のひとり暮らし老人殺害容疑で逮捕したものの、結局有力な物証が揃わなかったためさいたま地検が処分保留として釈放した、その夜だった。捜査本部に入った警視庁捜査一課の鳥飼達也(とりがい・たつや)が牽引した強引な逮捕だった。埼玉県警も警視庁も物証もないまま、状況証拠だけで逮捕に踏み切り、容疑者として拘留して自供を迫る訊問を重ねます。

     早朝に任意同行を求められた山本美紀が大宮署捜査員による訊問に答える印象的なシーンがあります。この後、逮捕状が請求され、山本美紀は身柄を拘束されることになります。

    〈「きょうは、お仕事は?」
    「は?」
    「お仕事の予定が入っているんじゃないかと思って」
    「仕事が入っているようなら、きょうここには来ませんでした」
    「毎日お仕事があるわけじゃあないんですね」
    「会社に属しているわけじゃありませんので。一日に二件入っているときもあれば、全然ない日もあります」
    「失礼ながら、生活のほうは、それでも十分にやっていけるのですか?」
    「かつかつですが。だから多少遠いお客さんのもとにも出向きます」
    「ご家族はないとのことでしたね?」
    「ひとり暮らしです」
    「副業などはされていますか?」
     また山本美紀の目が鋭くなった。
    「さっきと同じことを訊かれているのでしょうか?」
    「副業のことを訊いたのは、初めてのつもりですが」
    「何もしていません」
    「家事代行業だけであると」
    「はい」
    「そのお仕事で、年間どのくらいの収入があるんです? おおまかでいいんです。確定申告はしていますよね?」
    「大津さんのことと、どういう関係があるんでしょう?」
    「失礼は承知です。大津さんの家に出向いての仕事で、どのくらい収入になっていたかを知りたいものですから」
    「ハウスキーパーとして、一回に一万円から一万五千円くらいです。それが行った回数分」「トータルの年収は?」
    「貧乏であることは、犯罪ですか?」
     この反駁は予想外だった。北島は首を振った。
    「そういう意味じゃありません。でも、教えていただけると、捜査がしやすくなります」
     意味が伝わったかどうかはわからないが、山本美紀は答えた。
    「二百五十万円から三百万円のあいだぐらいです」〉

    「貧乏であることは、犯罪ですか?」山本美紀の必死の問いかけが胸を打ちます。頼れる身寄りもない不幸なヒロイン。ホテルのベッドメーキング、ビルの清掃、農家の手伝。何でもやってきた。格差社会の底辺を誠実に生きてきた彼女の運命は、二度の逮捕によって一変します。
     逮捕・起訴をきっかけに、テレビのワイドショーや週刊誌などが山本美紀の過去を暴き立て、“資産家老人を狙う悪女”というおよそ彼女の実像とはかけ離れたイメージを作り上げていく。山本美紀は裁判員裁判が始まる前にメディアによって裁かれている……こんな情景もまた現代の縮図と言えるのかもしれません。

     物語の舞台は、中盤から裁判員裁判の場へ――〈わたしは、馬場幸太郎さんを殺していません。おカネを奪ってもいません〉検察官による起訴状の内容を被告人が否認して裁判員裁判が始まります。
     もし有罪判決なら、死刑か無期懲役という重罪となる強盗殺人。山本美紀の無罪を100%信じる弁護士と検察がしのぎを削る緊迫の法廷は、初めて裁判を傍聴する28歳の男性(弘志)の視点で描かれます。それが誰であるのかはここでは触れません。ようやく就くことのできた正社員の仕事を辞めて仙台から上京。ネットカフェに寝泊まりしながら傍聴に通う彼の眼前で、それまで無罪を主張して簡潔に答えていた山本美紀被告が突然、口を閉ざします。公判6日目、被告人質問が昼の休憩を挟んで再開された時でした。

    〈 検察側による被告人質問が再開された。
     奥野が言った。
    「次に、川崎の松下和洋さんとの関係を伺います。さきほどあなたは弁護人からの質問に対して、松下和洋さんとのつきあいは平成二十四年十二月から二十五年の五月ころまでと話していました。二十五年三月を最初に、数回、性交渉があったと。それで間違いありませんか?」
     山本美紀の答えが遅れた。裁判官たちも傍聴人も、法廷の全員が山本美紀を注視した。
     山本美紀が答えた。
    「答えたくありません」
     法廷内の空気が一瞬ざわついた。
     黙秘権の行使、ということだろうか? 被告人の黙秘権行使は、初めてだが。
     弘志は弁護人の矢田部の顔を見た。彼もその答えは意外だったようだ。視線を証言台の山本美紀に向けている。
     奥野も、怪訝そうだった。ここで山本美紀が黙秘権を行使するとは想定していなかったかのように見える。質問も、新しいものではない。弁護人の質問に彼女が答えたことの確認なのだ。
     奥野はしかし、その黙秘を咎めることなく、次の質問を口にした。
    「あなたは松下和洋さんを、誰かに紹介されたのでしょうか?」
     山本美紀の答えはいまと同じ調子だった。
    「答えたくありません」〉

     検察官は質問を続けますが、山本美紀は「答えたくありません」身を固くしたまま繰り返した。突然の黙秘――彼女に何があったのか?
     弁護人の再質問、裁判官と裁判員による被告人質問、論告求刑と最終弁論、最終陳述を経て判決へ――佐々木譲初の法廷ミステリーのクライマックスに圧倒されました。そして読了後、捜査段階で〈貧乏であることは、犯罪ですか〉と問いかけた山本美紀の最終陳述――秘めてきたまっすぐな思いを読み返しました。

     ミステリーは時代を映す鏡です。『沈黙法廷』は、警察という巨大な力によって個人の人生がいとも簡単に狂わされていくという現代社会の断面――組織の功名心を背景に複数の可能性を排除した見込み捜査によって、誠実に生きてきた女性がある日突然、「犯罪者」に仕立てられていく怖さを鮮明に描き出しました。
     東京新聞は2017年5月24日付朝刊一面トップで【「対テロ」名目 心も捜査】の大見出しを掲げて、「共謀罪」法案の衆議院通過を伝えました。「内心の自由」を取り締まるというこの法案の本質を的確に表現した出色の見出しだったと思う。この問題法案が十分な議論もないままに成立必至となった今、佐々木譲『沈黙法廷』の問いかけの意味は重い。(2017/5/26)
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    投稿日:2017年05月26日
  • 家族、特に父親をテーマに数々の名作を生み出してきた重松清さんの代表作です。2015年には西島秀俊・香川照之W主演でドラマ化され、大変注目を集めました。すでに様々なところで論評され、絶賛されている作品ですが、私なりにどう感じたかを書いてみようと思います。

    主人公は永田一雄、38歳。家族は、崩壊寸前でした。息子の広樹は中学受験に失敗し、学校でいじめられて引きこもり、家庭内で暴力をふるっていました。妻の美代子はテレクラにはまり、朝になっても帰宅しないこともありました。そして一雄自身は、会社をリストラされ、死期の迫った父親を故郷まで看病しにいくたびにもらう「お車代」を当てにする日々。数年前までの幸せな生活が嘘のような、どん底を味わっていました。

    父親の看病を終えた一雄は、羽田空港から電車を乗り継いで、安酒をあおりながら自宅最寄駅に降り立ちました。あのときああしていれば……、そんな後悔にさいなまれ、死んじゃってもいいかなあ……、と思いながら、バス乗り場のベンチでウイスキーをあおっていると、不思議なワゴンが近づいてきました。
    「早く乗ってよ。ずっと待ってたんだから」

    ワゴンには、一雄が5年前に読んだ新聞記事に書かれていた交通事故で死亡した、橋本親子が乗っていました。彼らは、自分たちは死者であり、これから一雄を大切な場所――人生の分岐点――に連れ戻すと言うのです。ワゴンに乗せられて過去に戻った一雄は、なんと同い年の父親と出会い、一緒に分岐点であった状況に直面します。あのとき、自分はどうすればよかったのか……。

    一雄は、父親として一生懸命だったと思います。しかし、家族のいろんなことに気づけなかったことは事実です。それはなぜなのか。私自身、働きながら子育てをしていて思うのは、仕事(ビジネス)をするうえで大切なことと、子育てをするうえで大切なことが大きく異なっているので、しっかりと頭を切り替えなければならない、ということです。

    仕事の目的は、利益を出すこと。競合に打ち勝ち、取引先からは有利な条件を引き出し、ヒットするモノ・サービスを考え、日々業務の優先順位をつけ、費用対効果を意識し、切り捨てるべきものは切り捨てること、などが大切になると思います。一方、子育ての場で大切なのは、きちんと子どもの目を見て向き合うこと、気持ちに寄り添いながら躾けること、無駄を恐れないこと、客観的にみてダメな子でも絶対に見捨てず存在を認めること、といったところでしょうか。方向性がまったく逆なので、仕事モードのまま家庭で一生懸命になってしまうと、確実に家庭は崩壊していくでしょう。

    家庭よりも会社にいる時間の長い父親は、こうしたことを意識し過ぎるぐらいでちょうどよいかもしれません。人生の分岐点を巡った一雄は、何を思い、どのように行動するのでしょうか。重くなりそうなテーマですが、一緒に分岐点を巡る一雄の父親(チュウさん)や、橋本親子のキャラクターが、物語に彩りを与えてくれますし、何よりも、著者の重松さんの筆の力が素晴らしく、大変読みやすい物語になっています。
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    投稿日:2017年05月26日
  • 『近キョリ恋愛』『きょうのキラ君』のみきもと凜最新作の『午前0時、キスしに来てよ』。見どころはなんといっても超絶イケメン俳優・綾瀬楓!どんな小さなコマにいても存在感を放つ、すさまじいまでのキラキラオーラの持ち主。そんな楓きゅん(と女性イーブック社員の間で讃えられている)が“おとぎ話のような恋”を夢見る優等生に出会い――!? 超人気イケメン芸能人×普通の女子高生のシンデレラストーリー!午前0時は王道が王道たる所以を思い出させてくれた素晴らしい作品です。楓きゅんがただ息をしているだけで少女マンガ店長はドキドキしてしまうので、責任とって幸せになってほしいですね!
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    投稿日:2017年05月19日
  •  英語実用書としては異例とも言える19万部を突破して話題の本があります。2016年10月に紙書籍と電子書籍ほぼ同時に刊行された『英語は3語で伝わります』(ダイヤモンド社、2016年11月11日配信)です。
    〈会話もメールも英語は3語で伝わります〉というわかりやすいタイトルが日常的に英語で苦労しているビジネスパーソンの琴線にビビッときたのでしょうか。なにしろ技術翻訳、テクニカル・ライティングの第一人者として知られる著者、中山裕木子さんが〈英語は3語で伝わる〉〈学校で習った「イデオム」はいらない〉などなど、英語学習の年数だけはけっこう長いけれど、ちゃんと伝わる英語がどうにも身につかない日本人がとらわれてきた「英語についての常識」をどんどんひっくり返していくのです!

     まず、以下の3つの英文をご覧ください。
    [1]The news made me surprised.
      そのニュースは、私にとって驚きだった。
    [2]It is not difficult for me to understand your situation.
      私にとって、あなたの状況を理解することは難しくない。
    [3]There is a need to buy this book.
      この本を買う必要がある。

     これらは著者がチャプター1〈「日本人の英語」が伝わらない理由〉で紹介している「日本人が好む英語」の3つの欠点を示す典型例なのですが、どこに問題があるのかわかりますか?
     [1]は、いわゆる5文型と呼ばれる文型のうちの、複雑な第5文型[S(主語)+V(動詞)+O(目的語)+C(補語)]
     [2]は、It is〜for ... to do(…がするのは〜である)の形、つまり「仮主語」itを使った表現。
     [3]は、There is構文を使っています。「〜がある」という日本語が頭に浮かぶと、be動詞をたっぷり教えられてきた日本人の場合、即座にThere is〜を使うことが多いらしい。
     著者は〈これらの文は文法的に正しく、そして一見「英語らしく」見えます。しかし、これらの文には次の3つの欠点があります〉としたうえで、その3つの欠点を具体的に挙げていきます。

     まず欠点1は、結論(動作)がすぐに伝わらないことです。
    The news made me ...
    It is not difficult for me to ...
    There is a need to ...
    〈それぞれの文の前半を見てみましょう。前半だけでは、この文が何を伝えたいのかがわかりません。
    「結論」、つまり文が伝えたい「動作」が出てくるのが、文の前半ではなく、文の後半、あるいは文の最後となっています。
     例えば、<It is not difficult for me to>まで話したときのことを考えてください。会話の相手が「一体何の話? ポイントは何?」という顔で、首を長くして結論を待っている、そんな気まずい経験をした人もいるのではないでしょうか。〉

     恥ずかしい話ですが、私自身もったいぶった調子で”It is not difficult for me to…”と話し始めたことが過去に幾度もありました。相手の反応を気にする余裕などまったくないにもかかわらず、難しい言い回しを好むという「日本人の英語の罠」に完全にかかってしまっていたのですね。

     欠点2は、組み立てる側の負担が大きく、それだけ間違える可能性も高くなるということです。その端的な例として、著者は複雑な第5文型(SVOC)の
    The news made me ...
     について以下のように説明しています。
    〈ここまで組み立てるだけでも、ノンネイティブにとっての負担は相当なものです。「made me」を組み立てる過程で、「SVOC構文を使おう」などと構文に配慮し、頭の中で一生懸命、英文を組み立てています。文を完成させる頃には、頭も疲れてしまい、次のような誤った文を組み立ててしまうかもしれません。〉
     ありがちな間違いの例として著者が挙げるのは、複雑な構文の最後のC(補語)に〈surprising〉を入れて「できた、完成!」とほっとしてしまうケース。しかし、正しくは〈surprised〉で、〈surprising〉は文法的に間違いなのです。
    〈SVOCのような難しい構文を使うと、文の組み立てに意識が向きすぎて、このように文法的に誤ってしまう可能性が高まります。
     特に口頭の場合、その場で判断して口に出す必要がありますので、細かいところを誤ってしまう可能性がより高まります。〉
     残る2つの文〈It is not difficult for me to ...〉〈There is a need to...〉も日本人の間で人気の高い構文ですが、組み立てる負担が大きい文で、「伝えるための英語」を重視するなら、避けるのが賢明というわけです。
    .
     単語数が多いためにコミュニケーションが遅くなる――これが3つめの欠点です。
    〈コミュニケーションにおいて、スピードは非常に重要です。組み立てる単語数が多いと、コミュニケーションの速度が落ちてしまいます。速度が落ちてしまうと、それを受ける相手の負担も大きくなります。
     その結果、コミュニケーションが円滑に進まないという可能性が高まります。〉

    ・結論(動作)がすぐに伝わらない
    ・組み立てる側の負担が大きく、誤ってしまう可能性が高い
    ・単語数が多いためにコミュニケーションが遅くなる
     これら3つの欠点により、一見、英語らしく見える表現は、「伝わりにくい表現」となってしまうことがわかってきました。

     ではどうすればいいのか? どうすればちゃんと伝わる英語になるのか?
     著者が提案するのが「3語の英語」――主語(S)+動詞(V)+目的語(O)を基本として組み立てる英語です。「誰か[何か]が何かをする」というきわめてシンプルな文で、例えば、”I like English”がこれにあたります。I=主語、like=動詞、English=目的語。5つの文型(SV、SVC、SVO、SVOO、SVOC)のうち、最も力強く、最も簡単なSVOを使って表現するテクニックこそが、伝わる英語の基本というわけです。

     さて冒頭の[1]~[3]の英語を3語(SVO)で組み立てるとどうなるでしょうか。
    [1] The news made me surprised.
    3語→The news surprised me.
    [2] It is not difficult for me to understand your situation.
    3語→I can understand your situation.
    [3] There is a need to buy this book.
    3語→I need to buy this book.→I need this book.

    〈これらは「かっこいい英語」ではないかもしれません。しかし伝わる英語です。そして組み立てやすく、誤りが起こりにくい英語といえます。〉
     かっこいい英語はいらない。最小限の単語数で、平易な構文を使って組み立てることで、誤りが減り、そして伝わりやすくなる――実践の場で英語と格闘してきた著者が説くポイントは単純で明解です。
    「3語の英語」の大事なポイントになるのが動詞です。著者はhave、use、include、find、like、enjoy、surprise、interest、dislikeなどの基本動詞を使用場面別に分類、詳述していますが、これがわかりやすく役に立ちます(チャプター3)。
     そして何よりうれしいのは、チャプター5〈「3語で伝える」ために、ここはバッサリ捨てましょう!〉で、学校で学んできたものをこの際思い切って捨ててしまおうという「逆転の提案」というか、実践的オススメ。各チャプターで展開してきたことのまとめですが、ざっと列記すると、こんな具合です。
    ・There is/are構文を捨てる
    ・仮主語と仮目的語のitを捨てる
    ・SVOO・SVOC構文を捨てる
    ・受け身形を捨てる
    ・イディオム(句動詞)を捨てる
    ・not文を捨てる
    ・難解な英単語を捨てる
    ・難しい時制を捨てる
     なかでも著者が〈イディオムなんて捨ててしまいなさい〉と言い切っているのは感動的だ。
     make use of 「〜を使う、利用する」、get rid of「〜を取り除く」、give rise to「〜を生じさせる」……学生時代、試験のたびにイディオムで苦しんだ経験を持つ人は多いはずです。そんなイディオムを英語の実践の場で使おうと悩むのは愚の骨頂、どうせノンネイティブには伝わらないことが多いと考えるのが正解なのだという割り切りが気持ちいい。
     この3つのイディオムの場合、use(〜を使う)、delete(〜を削除する)、cause (〜を引き起こす)を使えば、動詞1語で表せるのですから、何の問題もないのです。もう面倒なイディオムに悩む必要はありません。
     伝わる英語を今すぐに必要とするビジネスパーソンを勇気づける一冊だ。(2017/5/19)
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    投稿日:2017年05月19日
  • 小学生の頃だったか中学生の頃だったか、突然、それまで当たり前だったことの一つひとつが、当たり前ではないような感覚にとらわれてしまうことがありました。なぜ、自分はあの人ではなく自分なのか? なぜ、自分はここにいるのか? なぜ、自分はこの学校に通っているのか? なぜ、自分はこの人たちと関わっているのか……。普通に生きていることが自明なものでなくなっていく、そして生きるということはどういうことなのだろうと考えてしまう、危うい感覚。私はこの作品を読んで、この感覚を思い出しました。素晴らしい青春小説を読んでその作品世界にどっぷりつかっているとき、よくこの感覚を思い出すのです。

    内気で草食で小説好きの高校生の僕と、活発で人気者のクラスメイトの女の子・桜良が主人公。ある日僕は、病院で一冊の文庫本を拾います。それは、その病院に通っていた桜良が密かに綴っていた日記帳で、そこには、彼女が膵臓の病気のため、余命いくばくもないことが書かれていました。僕は、桜良が親友にも知らせていない秘密を知ることになり、その後、桜良の半ば強引な誘いにより、二人は何度も行動を共にします。そのなかで、二人は、生きること、そして人を愛するということについて、何度も語り合います。

    難病の女の子と文学少年という組み合わせから、ものすごくシリアスな展開を想像してしまうかもしれませんが、この作品は会話を中心に、テンポよく展開していきます。この設定や展開のため、ライトノベルや携帯小説のようだと評されることもありますが、生と死、愛といった哲学的なテーマを扱っており、それでいて観念的にならず、具体的なエピソードが丹念に(そしてコミカルに)描写されているので、純文学のファンの方々にも興味深く読んでいただける作品だと思います。

    この作品では「死」というものを、難病の桜良だけが直面しているものではなく、実は誰にでも、明日にでも訪れるものと捉えられています。そして、難病だろうが健康だろうが関係なく、普遍的な生きる意味、そして愛するということの意味を、登場人物が自分の言葉で掴み取ろうとしていく過程が、素晴らしいと思いました。

    そして、「君の膵臓をたべたい」。このタイトルが本当にすごいと思います。インパクトがあるから、だけではありません。このタイトルが、まさにこの物語そのものを表しているからです。これほどまでに内容とタイトルがマッチしている作品は、ないと思います。

    この作品は、小説投稿サイト「小説家になろう」の人気連載が書籍化されたものです。2016年本屋大賞で2位となり、2017年4月に文庫化、7月は映画公開ということで、いま再び話題になっています。
    • 参考になった 1
    投稿日:2017年05月19日
  • 「友達のいない方歓迎」のうたい文句に惹かれてルームシェアを始めたワケあり女子3人。女が集まると始まるのは大抵愚痴に悪口ばかり…そんな傷のなめ合いトークにうんざりしてたりしませんか? でも、この「友達のいない女子」3人の話題は「"女の人生"比べ」に「他人に"お母さん"と呼ばれたくない」「受け身の性欲」などなど、「たしかに!」とうなずけるものばかり。それぞれが全然違う価値観を持っているのに、ぶつかるわけでもなれ合うわけでもなく認め合える不思議な関係。女同士だけどべたべたしない、さっぱりした関係と本音のトークに共感すること間違いなしです!
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    投稿日:2017年05月12日