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  •  東京北区赤羽の古い住宅地で64歳のひとり暮らしの男性が殺害され、その家に家事代行として働きに来ていた30歳の女性が有力な容疑者として浮かび上がる――。

     警察小説を書いてきた佐々木譲が「現実の事件を見ていけば、けっして犯人の逮捕で事件が終わるわけではないと気づいていた。逮捕のその後のドラマを書いてみたかった」(新潮社サイトより)と初めて挑んだ法廷ミステリー『沈黙法廷』(新潮社)――2016年11月に紙書籍が刊行されて半年たった2017年5月5日、ようやく電子書籍の配信が始まりました。
     紙書籍と電子書籍の同時刊行が増えていますが、出版社によって、また書籍によって数か月から半年、1年とタイムラグをとって電子化するケースも少なくありません。昨秋刊行と同時に読んだ本書は、いま私たちが生きている時代をストレートに反映したミステリーです。フィクションですが、現代がそのまま息づいている物語なのです。それを思うと、佐々木譲愛読者としては、半年という時間が何とももったいないと感じてきました。
     佐々木譲はこの新作で、格差社会と呼ばれる時代の翳(かげ)に光をあて、現代社会の歪みを犯罪を通して鮮烈に抉りだして見せました。

     ひとりで暮らす65歳以上の高齢者を「独居高齢者」と呼ぶそうですが、その数はいまや600万人を超えたという。住宅リフォームのセールスマンによって死体が発見された被害者、馬場幸太郎は64歳という設定ですが、「独居高齢者」の一人と考えていいでしょう。玄関が施錠されていなかったことを理由にセールスマンは居間、寝室まで上がり込んでいますが、いったいどんな暮らしぶりだったのか。
     荒物屋を営んでいた父親から引き継いだ瓦屋根の古い一戸建て。商売は継がず会社勤めをしてリタイア。二度結婚したがうまくゆかずに離婚して、ひとり暮らしをしていた。アパートやマンションなど不動産をいくつか持ち、暮らしには困らない。小金持ちの幸太郎は時折、赤羽の無店舗型性風俗業「赤羽ベルサイユ」から若いデリヘル嬢を呼び、通常の料金に加えて1万円のチップを渡していたことも後に分かってきます。
     一方、家事代行業(ハウスキーパー)の女性も家に入れます。「下層老人」とは対極にあるような暮らしぶりで、年寄り相手に高額商品を売りつける業者間でやりとりされるリストにも名前が載っているらしい。その独居老人が殺害され、死体発見から2日目赤羽署に捜査本部が設置された。
     フリーのハウスキーパーとして被害者の家に出入りしており、死亡推定時間に家を訪ねていることから山本美紀という30歳になる女性が有力な容疑者として浮上。地味な顔だちと雰囲気で、女を売り物にして「ハウスキーパー」をしているようには見えないタイプだったが、警視庁は強盗殺人容疑で逮捕に踏み切った。埼玉県警大宮署が別のひとり暮らし老人殺害容疑で逮捕したものの、結局有力な物証が揃わなかったためさいたま地検が処分保留として釈放した、その夜だった。捜査本部に入った警視庁捜査一課の鳥飼達也(とりがい・たつや)が牽引した強引な逮捕だった。埼玉県警も警視庁も物証もないまま、状況証拠だけで逮捕に踏み切り、容疑者として拘留して自供を迫る訊問を重ねます。

     早朝に任意同行を求められた山本美紀が大宮署捜査員による訊問に答える印象的なシーンがあります。この後、逮捕状が請求され、山本美紀は身柄を拘束されることになります。

    〈「きょうは、お仕事は?」
    「は?」
    「お仕事の予定が入っているんじゃないかと思って」
    「仕事が入っているようなら、きょうここには来ませんでした」
    「毎日お仕事があるわけじゃあないんですね」
    「会社に属しているわけじゃありませんので。一日に二件入っているときもあれば、全然ない日もあります」
    「失礼ながら、生活のほうは、それでも十分にやっていけるのですか?」
    「かつかつですが。だから多少遠いお客さんのもとにも出向きます」
    「ご家族はないとのことでしたね?」
    「ひとり暮らしです」
    「副業などはされていますか?」
     また山本美紀の目が鋭くなった。
    「さっきと同じことを訊かれているのでしょうか?」
    「副業のことを訊いたのは、初めてのつもりですが」
    「何もしていません」
    「家事代行業だけであると」
    「はい」
    「そのお仕事で、年間どのくらいの収入があるんです? おおまかでいいんです。確定申告はしていますよね?」
    「大津さんのことと、どういう関係があるんでしょう?」
    「失礼は承知です。大津さんの家に出向いての仕事で、どのくらい収入になっていたかを知りたいものですから」
    「ハウスキーパーとして、一回に一万円から一万五千円くらいです。それが行った回数分」「トータルの年収は?」
    「貧乏であることは、犯罪ですか?」
     この反駁は予想外だった。北島は首を振った。
    「そういう意味じゃありません。でも、教えていただけると、捜査がしやすくなります」
     意味が伝わったかどうかはわからないが、山本美紀は答えた。
    「二百五十万円から三百万円のあいだぐらいです」〉

    「貧乏であることは、犯罪ですか?」山本美紀の必死の問いかけが胸を打ちます。頼れる身寄りもない不幸なヒロイン。ホテルのベッドメーキング、ビルの清掃、農家の手伝。何でもやってきた。格差社会の底辺を誠実に生きてきた彼女の運命は、二度の逮捕によって一変します。
     逮捕・起訴をきっかけに、テレビのワイドショーや週刊誌などが山本美紀の過去を暴き立て、“資産家老人を狙う悪女”というおよそ彼女の実像とはかけ離れたイメージを作り上げていく。山本美紀は裁判員裁判が始まる前にメディアによって裁かれている……こんな情景もまた現代の縮図と言えるのかもしれません。

     物語の舞台は、中盤から裁判員裁判の場へ――〈わたしは、馬場幸太郎さんを殺していません。おカネを奪ってもいません〉検察官による起訴状の内容を被告人が否認して裁判員裁判が始まります。
     もし有罪判決なら、死刑か無期懲役という重罪となる強盗殺人。山本美紀の無罪を100%信じる弁護士と検察がしのぎを削る緊迫の法廷は、初めて裁判を傍聴する28歳の男性(弘志)の視点で描かれます。それが誰であるのかはここでは触れません。ようやく就くことのできた正社員の仕事を辞めて仙台から上京。ネットカフェに寝泊まりしながら傍聴に通う彼の眼前で、それまで無罪を主張して簡潔に答えていた山本美紀被告が突然、口を閉ざします。公判6日目、被告人質問が昼の休憩を挟んで再開された時でした。

    〈 検察側による被告人質問が再開された。
     奥野が言った。
    「次に、川崎の松下和洋さんとの関係を伺います。さきほどあなたは弁護人からの質問に対して、松下和洋さんとのつきあいは平成二十四年十二月から二十五年の五月ころまでと話していました。二十五年三月を最初に、数回、性交渉があったと。それで間違いありませんか?」
     山本美紀の答えが遅れた。裁判官たちも傍聴人も、法廷の全員が山本美紀を注視した。
     山本美紀が答えた。
    「答えたくありません」
     法廷内の空気が一瞬ざわついた。
     黙秘権の行使、ということだろうか? 被告人の黙秘権行使は、初めてだが。
     弘志は弁護人の矢田部の顔を見た。彼もその答えは意外だったようだ。視線を証言台の山本美紀に向けている。
     奥野も、怪訝そうだった。ここで山本美紀が黙秘権を行使するとは想定していなかったかのように見える。質問も、新しいものではない。弁護人の質問に彼女が答えたことの確認なのだ。
     奥野はしかし、その黙秘を咎めることなく、次の質問を口にした。
    「あなたは松下和洋さんを、誰かに紹介されたのでしょうか?」
     山本美紀の答えはいまと同じ調子だった。
    「答えたくありません」〉

     検察官は質問を続けますが、山本美紀は「答えたくありません」身を固くしたまま繰り返した。突然の黙秘――彼女に何があったのか?
     弁護人の再質問、裁判官と裁判員による被告人質問、論告求刑と最終弁論、最終陳述を経て判決へ――佐々木譲初の法廷ミステリーのクライマックスに圧倒されました。そして読了後、捜査段階で〈貧乏であることは、犯罪ですか〉と問いかけた山本美紀の最終陳述――秘めてきたまっすぐな思いを読み返しました。

     ミステリーは時代を映す鏡です。『沈黙法廷』は、警察という巨大な力によって個人の人生がいとも簡単に狂わされていくという現代社会の断面――組織の功名心を背景に複数の可能性を排除した見込み捜査によって、誠実に生きてきた女性がある日突然、「犯罪者」に仕立てられていく怖さを鮮明に描き出しました。
     東京新聞は2017年5月24日付朝刊一面トップで【「対テロ」名目 心も捜査】の大見出しを掲げて、「共謀罪」法案の衆議院通過を伝えました。「内心の自由」を取り締まるというこの法案の本質を的確に表現した出色の見出しだったと思う。この問題法案が十分な議論もないままに成立必至となった今、佐々木譲『沈黙法廷』の問いかけの意味は重い。(2017/5/26)
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    投稿日:2017年05月26日
  • 家族、特に父親をテーマに数々の名作を生み出してきた重松清さんの代表作です。2015年には西島秀俊・香川照之W主演でドラマ化され、大変注目を集めました。すでに様々なところで論評され、絶賛されている作品ですが、私なりにどう感じたかを書いてみようと思います。

    主人公は永田一雄、38歳。家族は、崩壊寸前でした。息子の広樹は中学受験に失敗し、学校でいじめられて引きこもり、家庭内で暴力をふるっていました。妻の美代子はテレクラにはまり、朝になっても帰宅しないこともありました。そして一雄自身は、会社をリストラされ、死期の迫った父親を故郷まで看病しにいくたびにもらう「お車代」を当てにする日々。数年前までの幸せな生活が嘘のような、どん底を味わっていました。

    父親の看病を終えた一雄は、羽田空港から電車を乗り継いで、安酒をあおりながら自宅最寄駅に降り立ちました。あのときああしていれば……、そんな後悔にさいなまれ、死んじゃってもいいかなあ……、と思いながら、バス乗り場のベンチでウイスキーをあおっていると、不思議なワゴンが近づいてきました。
    「早く乗ってよ。ずっと待ってたんだから」

    ワゴンには、一雄が5年前に読んだ新聞記事に書かれていた交通事故で死亡した、橋本親子が乗っていました。彼らは、自分たちは死者であり、これから一雄を大切な場所――人生の分岐点――に連れ戻すと言うのです。ワゴンに乗せられて過去に戻った一雄は、なんと同い年の父親と出会い、一緒に分岐点であった状況に直面します。あのとき、自分はどうすればよかったのか……。

    一雄は、父親として一生懸命だったと思います。しかし、家族のいろんなことに気づけなかったことは事実です。それはなぜなのか。私自身、働きながら子育てをしていて思うのは、仕事(ビジネス)をするうえで大切なことと、子育てをするうえで大切なことが大きく異なっているので、しっかりと頭を切り替えなければならない、ということです。

    仕事の目的は、利益を出すこと。競合に打ち勝ち、取引先からは有利な条件を引き出し、ヒットするモノ・サービスを考え、日々業務の優先順位をつけ、費用対効果を意識し、切り捨てるべきものは切り捨てること、などが大切になると思います。一方、子育ての場で大切なのは、きちんと子どもの目を見て向き合うこと、気持ちに寄り添いながら躾けること、無駄を恐れないこと、客観的にみてダメな子でも絶対に見捨てず存在を認めること、といったところでしょうか。方向性がまったく逆なので、仕事モードのまま家庭で一生懸命になってしまうと、確実に家庭は崩壊していくでしょう。

    家庭よりも会社にいる時間の長い父親は、こうしたことを意識し過ぎるぐらいでちょうどよいかもしれません。人生の分岐点を巡った一雄は、何を思い、どのように行動するのでしょうか。重くなりそうなテーマですが、一緒に分岐点を巡る一雄の父親(チュウさん)や、橋本親子のキャラクターが、物語に彩りを与えてくれますし、何よりも、著者の重松さんの筆の力が素晴らしく、大変読みやすい物語になっています。
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    投稿日:2017年05月26日
  •  英語実用書としては異例とも言える19万部を突破して話題の本があります。2016年10月に紙書籍と電子書籍ほぼ同時に刊行された『英語は3語で伝わります』(ダイヤモンド社、2016年11月11日配信)です。
    〈会話もメールも英語は3語で伝わります〉というわかりやすいタイトルが日常的に英語で苦労しているビジネスパーソンの琴線にビビッときたのでしょうか。なにしろ技術翻訳、テクニカル・ライティングの第一人者として知られる著者、中山裕木子さんが〈英語は3語で伝わる〉〈学校で習った「イデオム」はいらない〉などなど、英語学習の年数だけはけっこう長いけれど、ちゃんと伝わる英語がどうにも身につかない日本人がとらわれてきた「英語についての常識」をどんどんひっくり返していくのです!

     まず、以下の3つの英文をご覧ください。
    [1]The news made me surprised.
      そのニュースは、私にとって驚きだった。
    [2]It is not difficult for me to understand your situation.
      私にとって、あなたの状況を理解することは難しくない。
    [3]There is a need to buy this book.
      この本を買う必要がある。

     これらは著者がチャプター1〈「日本人の英語」が伝わらない理由〉で紹介している「日本人が好む英語」の3つの欠点を示す典型例なのですが、どこに問題があるのかわかりますか?
     [1]は、いわゆる5文型と呼ばれる文型のうちの、複雑な第5文型[S(主語)+V(動詞)+O(目的語)+C(補語)]
     [2]は、It is〜for ... to do(…がするのは〜である)の形、つまり「仮主語」itを使った表現。
     [3]は、There is構文を使っています。「〜がある」という日本語が頭に浮かぶと、be動詞をたっぷり教えられてきた日本人の場合、即座にThere is〜を使うことが多いらしい。
     著者は〈これらの文は文法的に正しく、そして一見「英語らしく」見えます。しかし、これらの文には次の3つの欠点があります〉としたうえで、その3つの欠点を具体的に挙げていきます。

     まず欠点1は、結論(動作)がすぐに伝わらないことです。
    The news made me ...
    It is not difficult for me to ...
    There is a need to ...
    〈それぞれの文の前半を見てみましょう。前半だけでは、この文が何を伝えたいのかがわかりません。
    「結論」、つまり文が伝えたい「動作」が出てくるのが、文の前半ではなく、文の後半、あるいは文の最後となっています。
     例えば、<It is not difficult for me to>まで話したときのことを考えてください。会話の相手が「一体何の話? ポイントは何?」という顔で、首を長くして結論を待っている、そんな気まずい経験をした人もいるのではないでしょうか。〉

     恥ずかしい話ですが、私自身もったいぶった調子で”It is not difficult for me to…”と話し始めたことが過去に幾度もありました。相手の反応を気にする余裕などまったくないにもかかわらず、難しい言い回しを好むという「日本人の英語の罠」に完全にかかってしまっていたのですね。

     欠点2は、組み立てる側の負担が大きく、それだけ間違える可能性も高くなるということです。その端的な例として、著者は複雑な第5文型(SVOC)の
    The news made me ...
     について以下のように説明しています。
    〈ここまで組み立てるだけでも、ノンネイティブにとっての負担は相当なものです。「made me」を組み立てる過程で、「SVOC構文を使おう」などと構文に配慮し、頭の中で一生懸命、英文を組み立てています。文を完成させる頃には、頭も疲れてしまい、次のような誤った文を組み立ててしまうかもしれません。〉
     ありがちな間違いの例として著者が挙げるのは、複雑な構文の最後のC(補語)に〈surprising〉を入れて「できた、完成!」とほっとしてしまうケース。しかし、正しくは〈surprised〉で、〈surprising〉は文法的に間違いなのです。
    〈SVOCのような難しい構文を使うと、文の組み立てに意識が向きすぎて、このように文法的に誤ってしまう可能性が高まります。
     特に口頭の場合、その場で判断して口に出す必要がありますので、細かいところを誤ってしまう可能性がより高まります。〉
     残る2つの文〈It is not difficult for me to ...〉〈There is a need to...〉も日本人の間で人気の高い構文ですが、組み立てる負担が大きい文で、「伝えるための英語」を重視するなら、避けるのが賢明というわけです。
    .
     単語数が多いためにコミュニケーションが遅くなる――これが3つめの欠点です。
    〈コミュニケーションにおいて、スピードは非常に重要です。組み立てる単語数が多いと、コミュニケーションの速度が落ちてしまいます。速度が落ちてしまうと、それを受ける相手の負担も大きくなります。
     その結果、コミュニケーションが円滑に進まないという可能性が高まります。〉

    ・結論(動作)がすぐに伝わらない
    ・組み立てる側の負担が大きく、誤ってしまう可能性が高い
    ・単語数が多いためにコミュニケーションが遅くなる
     これら3つの欠点により、一見、英語らしく見える表現は、「伝わりにくい表現」となってしまうことがわかってきました。

     ではどうすればいいのか? どうすればちゃんと伝わる英語になるのか?
     著者が提案するのが「3語の英語」――主語(S)+動詞(V)+目的語(O)を基本として組み立てる英語です。「誰か[何か]が何かをする」というきわめてシンプルな文で、例えば、”I like English”がこれにあたります。I=主語、like=動詞、English=目的語。5つの文型(SV、SVC、SVO、SVOO、SVOC)のうち、最も力強く、最も簡単なSVOを使って表現するテクニックこそが、伝わる英語の基本というわけです。

     さて冒頭の[1]~[3]の英語を3語(SVO)で組み立てるとどうなるでしょうか。
    [1] The news made me surprised.
    3語→The news surprised me.
    [2] It is not difficult for me to understand your situation.
    3語→I can understand your situation.
    [3] There is a need to buy this book.
    3語→I need to buy this book.→I need this book.

    〈これらは「かっこいい英語」ではないかもしれません。しかし伝わる英語です。そして組み立てやすく、誤りが起こりにくい英語といえます。〉
     かっこいい英語はいらない。最小限の単語数で、平易な構文を使って組み立てることで、誤りが減り、そして伝わりやすくなる――実践の場で英語と格闘してきた著者が説くポイントは単純で明解です。
    「3語の英語」の大事なポイントになるのが動詞です。著者はhave、use、include、find、like、enjoy、surprise、interest、dislikeなどの基本動詞を使用場面別に分類、詳述していますが、これがわかりやすく役に立ちます(チャプター3)。
     そして何よりうれしいのは、チャプター5〈「3語で伝える」ために、ここはバッサリ捨てましょう!〉で、学校で学んできたものをこの際思い切って捨ててしまおうという「逆転の提案」というか、実践的オススメ。各チャプターで展開してきたことのまとめですが、ざっと列記すると、こんな具合です。
    ・There is/are構文を捨てる
    ・仮主語と仮目的語のitを捨てる
    ・SVOO・SVOC構文を捨てる
    ・受け身形を捨てる
    ・イディオム(句動詞)を捨てる
    ・not文を捨てる
    ・難解な英単語を捨てる
    ・難しい時制を捨てる
     なかでも著者が〈イディオムなんて捨ててしまいなさい〉と言い切っているのは感動的だ。
     make use of 「〜を使う、利用する」、get rid of「〜を取り除く」、give rise to「〜を生じさせる」……学生時代、試験のたびにイディオムで苦しんだ経験を持つ人は多いはずです。そんなイディオムを英語の実践の場で使おうと悩むのは愚の骨頂、どうせノンネイティブには伝わらないことが多いと考えるのが正解なのだという割り切りが気持ちいい。
     この3つのイディオムの場合、use(〜を使う)、delete(〜を削除する)、cause (〜を引き起こす)を使えば、動詞1語で表せるのですから、何の問題もないのです。もう面倒なイディオムに悩む必要はありません。
     伝わる英語を今すぐに必要とするビジネスパーソンを勇気づける一冊だ。(2017/5/19)
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    投稿日:2017年05月19日
  • 小学生の頃だったか中学生の頃だったか、突然、それまで当たり前だったことの一つひとつが、当たり前ではないような感覚にとらわれてしまうことがありました。なぜ、自分はあの人ではなく自分なのか? なぜ、自分はここにいるのか? なぜ、自分はこの学校に通っているのか? なぜ、自分はこの人たちと関わっているのか……。普通に生きていることが自明なものでなくなっていく、そして生きるということはどういうことなのだろうと考えてしまう、危うい感覚。私はこの作品を読んで、この感覚を思い出しました。素晴らしい青春小説を読んでその作品世界にどっぷりつかっているとき、よくこの感覚を思い出すのです。

    内気で草食で小説好きの高校生の僕と、活発で人気者のクラスメイトの女の子・桜良が主人公。ある日僕は、病院で一冊の文庫本を拾います。それは、その病院に通っていた桜良が密かに綴っていた日記帳で、そこには、彼女が膵臓の病気のため、余命いくばくもないことが書かれていました。僕は、桜良が親友にも知らせていない秘密を知ることになり、その後、桜良の半ば強引な誘いにより、二人は何度も行動を共にします。そのなかで、二人は、生きること、そして人を愛するということについて、何度も語り合います。

    難病の女の子と文学少年という組み合わせから、ものすごくシリアスな展開を想像してしまうかもしれませんが、この作品は会話を中心に、テンポよく展開していきます。この設定や展開のため、ライトノベルや携帯小説のようだと評されることもありますが、生と死、愛といった哲学的なテーマを扱っており、それでいて観念的にならず、具体的なエピソードが丹念に(そしてコミカルに)描写されているので、純文学のファンの方々にも興味深く読んでいただける作品だと思います。

    この作品では「死」というものを、難病の桜良だけが直面しているものではなく、実は誰にでも、明日にでも訪れるものと捉えられています。そして、難病だろうが健康だろうが関係なく、普遍的な生きる意味、そして愛するということの意味を、登場人物が自分の言葉で掴み取ろうとしていく過程が、素晴らしいと思いました。

    そして、「君の膵臓をたべたい」。このタイトルが本当にすごいと思います。インパクトがあるから、だけではありません。このタイトルが、まさにこの物語そのものを表しているからです。これほどまでに内容とタイトルがマッチしている作品は、ないと思います。

    この作品は、小説投稿サイト「小説家になろう」の人気連載が書籍化されたものです。2016年本屋大賞で2位となり、2017年4月に文庫化、7月は映画公開ということで、いま再び話題になっています。
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    投稿日:2017年05月19日
  • 『近キョリ恋愛』『きょうのキラ君』のみきもと凜最新作の『午前0時、キスしに来てよ』。見どころはなんといっても超絶イケメン俳優・綾瀬楓!どんな小さなコマにいても存在感を放つ、すさまじいまでのキラキラオーラの持ち主。そんな楓きゅん(と女性イーブック社員の間で讃えられている)が“おとぎ話のような恋”を夢見る優等生に出会い――!? 超人気イケメン芸能人×普通の女子高生のシンデレラストーリー!午前0時は王道が王道たる所以を思い出させてくれた素晴らしい作品です。楓きゅんがただ息をしているだけで少女マンガ店長はドキドキしてしまうので、責任とって幸せになってほしいですね!
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    投稿日:2017年05月19日
  •  昭和天皇の誕生日だった4月29日――今は「昭和の日」と呼ばれる祝日の早朝、東京の地下鉄(メトロ)が運転を見合わせた。
     北朝鮮がミサイルを発射したという報道を受けての措置で、約10分後に運転は再開されましたが、ちょうど乗り合わせたメトロ利用者からは「“北朝鮮からミサイルが発射されて東京メトロ全線で運転を見合わせてます”ってちょっとにわかに信じられない放送でした」といった驚きの声があがりました。それも当然でしょう。「ミサイル発射による運転見合わせ」は初めてのことで、その背景には、警戒態勢強化を強く打ちだしている首相官邸が「弾道ミサイル落下時の行動について」と題する”対処マニュアル”(と言えるかどうかはなはだ疑問ですが)を公開して対北朝鮮警戒態勢強化を前面に出していることがあります。「国民保護ポータルサイト」という名称になっていますが、しかしその内容は「?????」と書く以外にありません。
     弾道ミサイル落下時(情報が流れたら)――
    [屋外にいる場合]できる限り頑丈な建物や地下街などに避難する。
    [建物がない場合]物陰に身を隠すか、地面に伏せて頭部を守る。
    [屋内にいる場合]窓から離れるか、窓のない部屋に移動する。
     これはまったく“対策”にはなっていません。発射後10分程度で到達するミサイルに対してただ物陰に身を隠せ、地面に伏せて頭部を守れという指針にわが身を託すことができる国民がいるのでしょうか。

     米軍のB29爆撃機が落とす焼夷弾に対し急ごしらえの防空壕とバケツリレーによる消火活動で対抗しようとした日本は死者数十万人、国土は焼け野原と化しました。72年前のことです。つい72年前のことなのですが、戦後生まれが人口の8割を超えた今となっては、「72年も前の出来事」と言うべきなのでしょうか。実際に役にたつとは思えない、その意味で真剣味を欠いた“弾道ミサイル対策”が堂々と政府のホームページに掲げられました。その指針に沿って東京では地下鉄が一時運転を止めました。一方、稼働中の原発は運転を中止することはありませんでした。ちぐはぐな対応への疑問はともかく、今はっきり言えることは、「戦争の記憶」が世代を超えて共有されることなく、薄れてきているということでしょう。

     戦争を知る最後の世代、1930年(昭和5年)生まれの野坂昭如の作家デビュー作『エロ事師たち』(新潮文庫、2017年2月3日配信)にこんな一節があります。後に直木賞(1967年度下期)を受賞する2作品『アメリカひじき』『火垂るの墓』(この2作品を表題作とする6篇収録の短編集として文春文庫版新潮文庫版が配信されています)につながっていく野坂昭如の戦争観、人間観、死生観が鮮烈に描かれていて興味深い作品です。少し長くなりますが、引用します。

    〈母は十七年前、神戸空襲で死んだ。みじめな死にざまであった。父は戦地へ駆り出され、母一人子一人細々と洋服のつくろいで過ごすうち、過労のためかそれまでも病身だった母の腰が抜けた。スブやん中島飛行機へ勤め、勤労特配などあってかつかつ喰うには困らなかったが、さてB二九が白い飛行機雲空になびかせはじめては、母の始末に窮した。疎開(そかい)するとてたよる血縁はなく、家は湊川(みなとがわ)神社のすぐ横でいわば神戸の中心、そうでなくても、アメリカは楠公(なんこう)さん焼くそうやとデマがとびかい、どうころんでも助かる道はない。そして二十年三月十七日、パンパンと今から思えばクリスマスのクラッカーのように軽薄な音が焼夷弾(しょういだん)の皮切りで、「おちましたでえ」というより火の粉煙が先きに立ち、「お母ちゃんどないしょ」「ええから逃げなはれ」上半身起してスブやんをみつめる姿に、かなわぬと知りつつ後からかかえて二歩三歩、とてもその軽さに泣くゆとりはない。「お母ちゃんに布団かけて、はよかけて」スブやんいまはこれまでと布団ひきずり出し、一枚かけては防火用水のバケツぶちまけ、また一枚おおっては水道の水を汲(く)み、せめてこれでなんとか持ちこたえてえなと、これは切端(せっぱ)つまって親子二人考え出した非常時の処置であった。
     そのまま母の無事を祈るいとまなく、楠公さんのきわの電車道にとび出せば、すでに町内は逃げたのか人影もみえず、ただ湊川神社の木立ちめらめらと焔(ほのお)をあげ、今までいた家並みそろって黒煙を吐き出している。しかもひっきりなしに、あの荒磯(あらいそ)を波のひくようなザアザアという爆弾の落下音が轟(とどろ)き、思わず伏せてバケツを頭にかぶったスブやんの、ほんの二米(メートル)先きを、まるで筍(たけのこ)の生えそろったように焼夷弾びっしりと植わって、いっせいに火を吹いた。
     翌日、まだうっかりすると燃えつきそうに熱い焼跡を、警防団が母を掘り出したが、幾枚かけたか覚えのない布団の、下二枚は焦(こ)げ目もなく、そして最後にお母ちゃんがあらわれた。全身うすい焦茶色となり、髪の毛だけが妙に水々しく、苦悶(くもん)の色はみえなかった。
    「黒焦げになって、猿みたいにちぢこまった仏さんもようけいてはるのや。こないに五体満足なだけましやで」
     警防団員の一人が肩にまわり、一人が脚を持とうとすると、まるで金魚すくいの紙が破れるみたいに、お母ちゃんの体はフワッと肉がくずれ骨がみえた。ウッと口を押さえとびすさった警防団、ややしばし後に「しゃアないわ、スコップですくお」と、そのスコップの動きにつれて、指の一本一本の肉までがきれいにはがれ、くだけ、最後はこれもまるでオブラートの如くたわいない寝巻きとごちゃまぜにむしろの担架につみ上げられたのだった。スブやんはただ立ちすくみ、今もかしわの蒸し焼きだけは見る気もしない。〉

     1945年の神戸大空襲で養父を亡くし、逃げのびた疎開先の福井で妹を栄養失調で亡くし、戦火の下で人がどう生き、どう死んでいったのかを身をもって知ることになった野坂昭如が描く「戦争」の実相に嘘はなく、政府や軍、つまりお上が市井の人々を守ることはないことを知る焼け跡闇市派の作家デビュー作は、いま北朝鮮のミサイルの悪夢を煽る一方で「地面に伏せて頭部を保護せよ」という政権の正体をも見事に照らし出しているのではないか。
     その意味で、幼少時体験から湧き出てきたかのような野坂昭如の小説スタイルはけっして古くなってはいません。むしろ電子書籍配信の機に読み直してみて、その新鮮さに驚きました。
     愛すべき主人公、スブやんの「母の死」を通して「戦争」の残酷な現実を描いたシーンを見てきましたが、本書『エロ事師たち』はいわゆる「戦争文学」ではありません。夥しい死を目の当たりにしながらも戦争を生きのび、「戦争体験」を胸のうちにしまい込んだ生身の人間として大阪周辺でしたたかに生きる男たちの物語です。
     35歳のスブやん、写真専門の伴的、運び屋ゴキ、エロ本書きのカキヤ、後に加わる美青年カボー。お互い「エロ事師」と称するスブやん一党は、写真、本、媚薬にはじまり、やがて性具からブルーフィルムに手を拡げ、さらには“処女紹介”、コールガールの斡旋、痴漢術の指導、ついには乱交パーティ開催にまで行きつきます。堂ビルの裏に月五千円の電話番つきデスクを借り受け、ここを連絡事務所にエロネタなら何でも引き受け――〈常に強い刺激を求める色餓鬼亡者相手の東奔西走〉する日々。当然、非合法、法の網の目を潜り抜ける生業(なりわい)だ。

     たとえば“処女の紹介”は、広告代理店重役のたっての希望が始まりだった。結婚して15年たった今になって妻が処女ではなかったと頑固に思い込み、「ていらず」求める42歳。
    〈この年なって、わいがはじめての男やいう女知らんちゅうことは、こら悲しいで。よう考えんのやけどなあ、ぼくなんか飛行機で東京なんかいくやろ、ひょっとして落ちるわなあ、わい死にきらんで。わいはついに処女知らんかったんか思たら、こら切ないで」ぼくとわいを使いわけながら、重役はスブやんにこうかきくどいた。「いっそ癌やとわかったらな、ほならわい、恥も外聞もないわ、女学生強姦したるわ、わかってえな」と、金はなんぼでも出す、どうぞ処女を一人頼む〉

     泣かんばかりにかきくどかれても処女のあてなどまったくなかったスブやんですが、同業者から芦屋(あしや)に「処女屋」のおばはんがいると聞き、手土産もって訪ねます。

    〈大きな指輪の、その五十がらみのおばはん、まず客の好みを根掘り葉掘りききただして後、「ホナ安子よろしわ、二十三やけどもう十五、六ぺんやってるベテランやさかい、よろこんでもらえま」
     処女のベテランときいてスブやん、なんやわかったようなわからんような気イしたが、事の次第を詳しくきくと、つまり処女の演技専門のコールガールが、阪神だけで十三人いてる。いっちゃん上は二十八、下は二十一で、客によりうまいこと芝居をしてみせる。もちろん明礬(みょうばん)使(つこ)うての、江戸伝来の方法もつかうし、静脈から血イとって出血を装(よそお)うこともする。そやがもっとも肝心なんは、客がもっとる処女のイメージに自分をあわせることで、これができたら子持ちかて、ばんとした処女や。
    「紹介者の駆けひきもいるねん。注文受けてから三月待たすこっちゃ、そいで、いざ引き合す段取りになったらいっぺんすっぽかして、やはりどうも最後の決心がつきかねるようでしていうて、なおいっそう餓鬼の期待を高める、ワクワクさせるんですわ」
     戦前、大森で連込み宿を経営していたという肥えたおばはん、ようしゃべり、そしてよう寿司を喰うて、「ま、いつでもいうとくれやす、前日の医者の処女膜証明書つきでまわしまっさ」おばはんに手数料一万五千円、女に一万五千円、後はスブやんの腕次第、なんぼにでも売りつけていい。〉

     スブやんの話を聞いた広告代理店重役「それで何時やったらええねん」と手帳とり出し、身も心も勇みきっています。まずは露見の恐れなしとみて、スブやん8万円と吹っかけますが、「ええわ、ホテル代ともで10万ちゅうとこか」と、いとも気易い。
     それもそのはず、後日、安子に引き合わせる直前、処女鑑定書を渡すスブやんに「あ、これ8つ入っている」と封筒を差しだし、「すまんが、領収書10万にして」と重役。

    〈けったくそわるい、こんなもんまで社用にしよると思たが、まあ社用やろうと汚職やろうと金は金や。
     後は勝手にさらせとスブやん、簡単に両者ひき合せて喫茶店にとってかえし、おばはんに約束の金を渡す。「大丈夫やろな?」
    「まかしとき、誰かて処女やないと見破るために抱けへん、処女であって欲しい願うとるのやろ、めったにばれまへん」〉

     大阪弁による会話と独特のリズムの語りともいうべき地の文によって構成される野坂昭如の世界。残念ながら電子版には収録されていませんが、澁澤龍彦は文庫版解説で、
    〈オナニズムを最高のエロティシズムとする氏の性の世界は、純粋に観念の世界なのだ。男と女がベッドで正常の営みをして、正常の興奮やら満足やらを味わうといったような、世間一般の小説や映画のなかに数限りなく出てくる性愛のパターンが、野坂氏の小説のなかには、ほとんど一つも出てこないということに注意していただきたい。端的に言えば、野坂氏の興味はいつもエロティシズムの否定面、あるいは欠如体としてのエロティシズムにのみ向けられているのである。オナニズムについて、インポテンツについて、タナトフィリア(死の愛好〉について、あれほど執拗に語る作家が、氏以外にどこにいるだろうか。大げさに言えば、野坂氏はこの点で、古今東西の世界文学史上においても、まことに希有なる存在というべきなのである〉
     と、性の探求者への最大級の賛辞を綴っています。

    〈いっちゃんはじめの男と女は、全部乱交やったんとちゃうか〉〈ありきたりのセックスの形を全部かなぐり捨てて、ほんまに地位も美醜もあらへん、えり好みするゆとりない、雄やから雌を、雌やから雄を抱き抱かれ〉〈(男と女を)気ちがいにさせるには、いや、まともにさせるには、これしかない、絶対にない〉――エロネタ探求を使命とするスブやんが行きついた命懸けの乱交の先には、何が待つか?

     小説『エロ事師たち』が刊行されたのは1966年(昭和41年)。1970年(昭和45年)に文庫化。以来版を重ね、電子化の底本となったのは、2015年(平成27年)12月発行の第39刷。
     澁澤龍彦によれば、アメリカで出版された際の英訳タイトルは『ザ・ポーノグラファーズ』だそうです。
     性の極致に生を見つめる野坂昭如の傑作ポルノグラフィー。
     軍記物や義太夫などの伝統に連なる、日本の古典的な語り物文芸として味わってみるのも面白い。(2017/5/12)
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    投稿日:2017年05月12日
  • 「友達のいない方歓迎」のうたい文句に惹かれてルームシェアを始めたワケあり女子3人。女が集まると始まるのは大抵愚痴に悪口ばかり…そんな傷のなめ合いトークにうんざりしてたりしませんか? でも、この「友達のいない女子」3人の話題は「"女の人生"比べ」に「他人に"お母さん"と呼ばれたくない」「受け身の性欲」などなど、「たしかに!」とうなずけるものばかり。それぞれが全然違う価値観を持っているのに、ぶつかるわけでもなれ合うわけでもなく認め合える不思議な関係。女同士だけどべたべたしない、さっぱりした関係と本音のトークに共感すること間違いなしです!
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    投稿日:2017年05月12日
  • 13年後の自分、想像できますか? 主人公はある日、未来からやってきた自分に、30歳になっても自分は独身で、気になる幼なじみ・真之介が結婚した、あなたは真之介のことが好きでしょうと告げられます。最初はそんなことないと反発する主人公でしたが、次第に真之介への気持ちに気づき始めて…!? 傍から見ればお互い想いあっているようにしか見えないのに、なかなかうまくいかない2人の関係…。でも、ノリがいいというかなんだかんだへこたれない主人公のおかげで、やきもきすることもなく(はないけど)楽しく読めます。ぽんぽんストーリーが進んでいく中で、ふとしたときに現れるドキッとするシーンがたまらない…! ライバルの櫛田さんをはじめ出てくるキャラクターもみんな魅力的で、中でもはじめはチャラ男だった瀧くんは予想を裏切るいいやつっぷりを見せるので注目です。しかし、瀧くんを応援したいという気持ちはあるけど、主人公はやっぱり真之介とくっついてほしいです……。ごめんね瀧くん……。
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    投稿日:2017年05月12日
  • 紙の初版は2010年7月。ちょっと前の作品ですが、とても好きな作品なので、ご紹介したいと思います。お坊さん作家、玄侑宗久さんの短編集です。

    四雁川という架空の川が流れる東北の町を舞台に、様々な人生模様が描かれた7編が収められています。介護施設で働く結納を控えた女性、暴君であった父を亡くした中年男性、若かりし頃の恋人を見舞う老人、高校生の娘を事故で亡くした夫婦、行方不明になった友を探す予備校生、性の芽生えを迎えた男の子、そして、ヤクザ者の生と死を見つめる僧侶。同じ町で生きながら、交わることのない7つの人生。派手さはありませんが、どれも清冽な空気感と、優しいまなざしに満ちた物語です。

    この四雁川流域の町は、生と死が混沌とした町として描かれています。伝承では、この地で鎌倉時代に財をなした長者が、秘密を知った使用人を何人も切り捨てたといいます。そして、恨みに思った使用人の計略にかかり、長者は実の娘を切り殺してしまう……。この屋敷跡からは無数の人骨が発掘されたといいます。また神社では、神輿や天狗や巫女が登場する伝統的なお祭りが続いています。特に都会で生活していると忘れがちな、あちら側の世界ともいうべき世界と、現実世界が混沌と交わった町です。

    特に心に残った一編は、「地蔵小路」です。高校生の娘を交通事故で亡くした夫婦の話です。妻は、事故の直前に娘に厳しく当たったことを悔やみ、仕事に復帰後も夜は地蔵小路の飲み屋で深酒してしまう日々を送っていました。学芸員の夫が展覧会のために借り受けた地獄極楽めぐり図、四雁川で発見されたある老人の死、鎌倉時代の長者の伝承……。それらの間を夫婦の意識は駆け巡り、やがてこの悲しみを悲しみのまま受け入れていきます。人が死ぬってのは、いろんなことが絡まってるってことだよ――。娘の死を受け入れていく過程を描く著者の筆の塩梅が、実に素晴らしい。

    また、最終話の「中洲」もよかったです。寺の副住職である義洲の視点を通じて、谷さんというヤクザ者の生と死を見つめた物語です。
    〈本堂で蝋燭に照らされた本尊さまに向き合うたび、自分だけでなく和尚さんや奥さんも、代々の住職たちも居候だったのだと思えてくる。谷さんも居候なら、陽子さんもクロも居候なのだ。〉
    この文章に、著者自身の僧侶としての生き方、死生観が表現されていると思いました。

    玄侑宗久さんを「僕にとって別格」と私淑する作家の道尾秀介さんは、文芸誌「文學界」掲載の書評で、「人が知っているつもりで忘れ、忘れているということさえとっくに忘れてしまっているそんな単純な事実に、『四雁川流景』は優しく気づかせてくれる」と評していましたが、まったく同感です。読後に静かな感動に満たされる、そんな小説です。
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    投稿日:2017年05月12日
  •  時事通信社記者として経済分野の現場で鍛えられた「真実」を見抜く直感力のなせる技だろうか。
    『震える牛』(小学館、2013年6月14日配信)で食肉偽装問題を、次いで『ガラパゴス』(小学館、上・下、2016年3月25日配信)では非正規・派遣労働の実態を抉りだした相場英雄が、日本の企業社会を根底から揺るがせている〈不適正会計〉事件をモデルに大手電機企業の粉飾決算を描ききった衝撃作。最後まで読者をぐいぐい引っぱていく力わざがこの社会派作家の魅力だ。
     たとえば、主人公の古賀遼が“政界のプリンス”に初めて会うシーン――。

    〈……桜川(引用者注:老舗光学メーカー・ゼウス光学財務本部運用部長)がニヤリと笑った。
    「元外務大臣の芦原恒太郎先生のご子息で恒三さんです」
     東田(引用者注:大手電機企業・三田電機産業海外事業本部長などを歴任、後に社長)と肩を並べ、芦原が古賀に近づいてきた。政界のプリンスと呼ばれ、与党の民政党の前幹事長だった父親の恒太郎にそっくりだ。顔の色つやが良い。年齢は四〇程度か。
    「三田やゼウス有志の勉強会に出てもらっているご縁がありましてね。こういう機会だから恒三さんを古賀さんに紹介しようと思っていたんですよ」
     東田が笑みを浮かべ、言った。
    「芦原恒三です。よろしく」
     芦原が強い力で古賀の手を握った。
    「古賀と申します。今後お見知り置きを」
    「いずれは、お父上の後を継がれるサラブレッドです」
     東田が言うと、芦原が甲高い声で笑った。屈託のない声だ。中野や大牟田の荒井……古賀は今まで様々な人々と関わってきた。それぞれの声には、各自が歩んできた人生の重み、あるいは苦しみのようなものが反映されていた。一方、この芦原という男の声にはどこにもひずみや暗い過去をうかがわせるような気配がない。(中略)
     ……古賀は芦原に名刺を渡した。手慣れているのだろう。芦原は受け取ると気さくに古賀の手を握った。
     体格の良い芦原だが、その手は存外に柔らかかった。大牟田では絶対にお目にかかれない人種だ。故郷の炭鉱町では、男たちの手は例外なく節くれ立ち、指先まで黒ずんでいた。芦原の柔らかく白い手に触れた瞬間、古賀はすべてを悟った。この国は、こうした白く柔らかい手を持つ人間が支配している。〉

     時は1990年(平成2)10月上旬――1978年(昭和53)3月に福岡県大牟田市内の商業高校を卒業して上京、最大手の村田証券系列の国民証券の場立ちとなった古賀良樹。高卒ながら吉祥寺支店の営業マンに取り立てられたのをきっかけに着実に実績をあげ力をつけていきます。そして大牟田を出て12年目の秋に古賀は30歳で金融コンサルタントとして独立。この時、三田電機の東田から紹介されたのが“政界のプリンス”芦原恒三で、以後古賀と芦原は月に一度は会うようになっていく。

     炭鉱の事故で幼くして父を失い、水商売の母と貧しい炭鉱町で育ち、株の世界に進んだ高校の先輩から聞いた “金が膨らむ”という言葉を脳裏に刻み込んで上京した青年、古賀遼こと古賀良樹の物語が1977(昭和52)年10月福岡県大牟田市で始まるのに対し、もうひとつの物語は2015(平成27)年9月東京都千代田区で始まります。
     主人公は警視庁捜査二課の管理官・小堀秀明、マネーゲームの果てに粉飾決算を構造化して恥じない企業摘発に執念を燃やす若手キャリア。小堀警視が次なる獲物として狙い定めるのは、三田電機産業。2015年9月15日の大手各紙一面には三田電機産業の〈不適切会計〉の大見出しが踊っている。
    〈三田電機産業は、創業から一〇〇年以上の老舗電機企業だ。洗濯機などの白物家電、パソコンや半導体製造を担う弱電部門から、生活インフラに関わる送電設備や原子力発電所など重電部門まで揃える総合電機メーカーであり、株式を東京証券取引所に公開している。〉
     東芝問題が2017年前半の産業界を根底から揺さぶっていますが、本書の〈三田電機産業〉はまさに東芝を彷彿させる老舗企業という設定です。その老舗が7年で1,500億円もの売上げを過剰計上していたことが発覚した。粉飾が明らかであるにもかかわらず〈不適切会計〉という穏便な表現に抑えられているのはなぜか。その背景に背任行為が隠れているのではないかと強い疑念を抱いた小堀の捜査が始まります。

     書名となる〈不発弾〉は、自殺した大牟田合同信用金庫理事長が残したメモに綴られていた言葉として出てくるのが最初です。大牟田現地に出張した小堀警視が所轄警察署に保管されていたファイルから再発掘しました。

    〈「自殺の動機は?」
    「仕事上のストレスが溜まっていた……家族や信金に聞いてもストレスではという一言のみでした」
    「遺書は」
    「特には。本職も随分自殺に立ち会いましたが、大概は家族への詫びや、会社や組織への恨み言が綴ってあるメモが残っておりますが……」
     そう言うと、署長が口を閉ざした。小堀が視線を向けると、腕を組んでなにかを思い出そうとしているようだった。
    「どうされました?」
    「遺書というほどのものではありませんが、たしか、書きなぐったようなメモがあったと思います」
     小堀は再度ファイルをめくった。
     現場写真や検視官の所見、地元医師の死亡診断書のあとに、鑑識係が撮った写真が添付されていた。
    「これですね」
     小堀が写真を指すと、署長が大きく頷いた。
    「仏が残したのはこれだけです」
     小堀は写真を凝視した。踏み台を蹴る直前にでも書いたのだろうか。信金の名入りメモ用紙にペンで殴り書きされたものだ。筆圧が一定していないので読みづらい。小堀はさらに目を凝らした。
    「〈不発弾を背負って死ぬ〉……そう書いてあるのでしょうか?」
    「そうです」
    「不発弾とは? なにか心当たりはありますか?」
     小堀が訊くと、署長は強く首を振った。
    「信金にも問い合わせましたが、全く心当たりがないと言われました」
    「なにか仕事上のトラブルでも?」
    「自殺という明確な見立てがありました。事件性が認められなかった以上は我々としてはさらに事情を聴くことはありませんでした」
     署長が言葉を濁した。〉

     ちなみに死んだ信金理事長の荒井は、古賀の母とはなじみ客以上の関係がある因縁の男です。古賀遼の姿が小堀警視の視野に入ってきた・・・・・・。

     38年の時を隔てて始まる二つの物語。それぞれが時系列に沿いながら重層的に進行していくスタイルと〈芦原の柔らかく白い手に触れた瞬間、古賀はすべてを悟った。この国は、こうした白く柔らかい手を持つ人間が支配している〉と書ききる社会派作家の熱量が一体となって展開にスピード感を与えています。
     鍵となる〈不発弾〉の謎に迫る小堀秀明と古賀遼――追う者と追われる者、二つの物語が合流していくクライマックス――思いもよらぬ結末が待っています。(2017/5/5)
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    投稿日:2017年05月05日
  • 〈端爪北斗は誰かに抱き締められた記憶がなかった。
     人の身体が温かいのか、冷たいのか、わからない。〉
     冒頭の文章から、この異様な物語世界に一気に引き込まれてしまいます。主人公の端爪北斗は、端爪家の絶対君主である父と、父に逆らえない、いや、進んで父の支配下に入る母に、信じ難い虐待を受け続けていました。

     この世界は無情で残酷なところだ、というのが父の教えでした。北斗は、父に殴る蹴るの暴行を受け、母に針金ハンガーで体中を滅多打ちにされる家庭よりも、外の世界の方が恐ろしいと思わされていました。家庭での仕打ちを他の大人に打ち明けることなく、学校でもできるだけ目立たないように努めていたため、小学校高学年のとき、「幽霊」というあだ名をつけられていました。

     やがて家を出た北斗は、生まれて初めて心底信頼できる大人に出会います。しかし、母と慕ったその人は、不幸にも亡くなってしまいます。すると北斗は暴走し、二人の女性を殺害してしまうのです。
     幼い頃から虐待を受け続けてきた青年が、殺人を犯し、裁判を受ける。物語の設計図は、とてもシンプルです。なのに、とてつもなく豊穣な世界が広がっていて、これほどまでに読む者の心を打つのはなぜなのか。

     一つは、北斗のキャラクターが非常に興味深い、ということがあると思います。幼い頃から誰からも守られず、社会と対峙させられてきた端爪北斗という人物は、傍から見たら凶悪犯罪者ですが、実はとても賢く、ナイーブで、真面目な人物です。本当は愛されたくて愛されたくて仕方ない。でも、自分は生まれてきてはいけない人間だったという思いが強く、自分を助けようとしてくれる人を頑なに避けてしまう。この心情は、多かれ少なかれ、ほとんどの人が理解できてしまうのではないでしょうか。そのため、強烈に感情移入してしまうのでしょう。

     もう一つは、著者の石田衣良さんの筆の力だと思います。まるでレポートのように読みやすく、理路整然としたドライな文体が、最後まで一定のリズムで貫かれています。この文体が、この物語の豊さを支えているのです。
     凄惨な虐待、狂った父と母の成れの果て、殺人者・北斗の心を一生懸命溶かそうとする周囲の人々、遺族たちの悲しみと怒り、そして、愛に飢えた北斗の迸る感情……。これらがむき出しのまま読者に届けられたら、最後まで読み通すためには、とてつもない体力と精神力が必要になるでしょう。ドライで一定の文体で最後まで描かれているからこそ、私たちは余すところなく、物語世界を受け取ることができるのです。

     北斗の弁護を務めた高井弁護士が、裁判とは「人の心を裸にしていく劇だよ」と言う場面があります。その言葉通り、北斗は裁判で、今までの自分の人生、自分の犯した罪、生きる意味、愛とは何かについて、とことん考え抜きます。北斗が心の扉を開いたとき、北斗を愛する人、憎む人、好奇の目で見る人たちの前で、何を語るのか――。生きるとは、愛とは何かについて、深く考えさせてくれる名作です。
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    投稿日:2017年05月05日
  •  福岡市の繁華街で白昼、貴金属関連会社の社員が銀行から下ろしたたばかりの現金3億8,400万円を大型スーツケースごと強奪された直後、福岡空港でトランクに入れた現金7億円を海外に持ち出そうとした韓国籍の男性4人が関税法違反の容疑で逮捕された。
     4月22日付朝日新聞によれば、ソウルにある自動車販売会社の男性社長(42)が名乗り出て、“東京の日本人男性から伊フェラーリの高級車「ラ・フェラーリ」2台を受注し、その代金として約7億3,500万円を福岡空港で受け取り、社員4人に香港まで運ばせようとした。過去にも何回か同様に現金を運ばせたことがある。法律に触れるとは思わなかった。(現金強奪事件について訊かれて)偶然同じ日にそういうことが起きてびっくりした。この強奪事件がなかったら、関税法違反で逮捕されるほどでもなかったのでは”と語ったという。偶然の出来事だとしても、同じ町、同じ日のほぼ同時刻に3億8,400万円が強奪され、7億円が香港に持ち出されようとしていた。そして翌日、東京銀座の路上でやはり白昼、4,000万円が奪われる事件が発生。わずか2日の間に億単位、一千万単位の現金が事件となったわけですが、私が見聞きした限りでは事件を伝えるメディアはなぜか登場する人物、会社の名前を書かないし、言いません。不明なのか被害者への配慮なのかわかりませんが、私たちの日常では普通出てこない巨額現ナマをめぐる不可解な事件です。じつは表に出てはならなかったはずのお金だったのではないか、そんな風に妄想を逞しくした時、1冊の長編小説が頭に浮かびました。
     ちょうど1年前に文庫版を底本に電子化された橘玲著『タックスヘイヴン Tax Haven』(幻冬舎文庫、2016年4月12日配信)です。こんな一節があります。スーツケースに入れた現金を闇に紛れて日本船から韓国船に海上で受け渡す緊迫シーンです。

    〈対馬の北端から韓国の釜山までは五〇キロほどしかない。高速フェリーなら一時間一〇分の距離で、時速一〇ノットの釣り船でも三時間弱で着く。
     午前二時過ぎ、船は韓国との国境近くで停まった。暗闇から、サーチライトを照らしながら別の船が近づいてくる。ひとまわり大きな漁船で、韓国旗を掲げている。
     こちらからもサーチライトで合図すると、韓国船がゆっくりと横づけしてきた。
     床に寝転んで荒い息を吐いている堀山を置いて、古波蔵は船室を出た。
     韓国船では、船員たちがブリッジを下ろす準備をしている。漁師が操舵室から下りてきて、ブリッジを引き込んで素早くデッキに固定した。屈強な体躯(たいく)の若い船員が二人、韓国船から乗り移ってきた。
    「スーツケースを運ばせるから、先に向こうの船に行ってくれ」古波蔵は、青白い顔で船室から出てきた堀山に声をかけた。
     堀山は一瞬、躊躇(ちゅうちょ)し、「それはあきまへんで」といった。「ワシはいつでもあんたといっしょや」
     古波蔵は肩をすくめると、手早く救命胴衣をつけ、コートの内ポケットから封筒を取り出して漁師に差し出した。漁師はなにもいわずに封筒を受け取り、乱暴に尻のポケットに突っ込んだ。
     韓国人の船員がスーツケースを抱えてデッキに戻ってきた。古波蔵はブリッジに足をかけ、バランスをとりながら一気に渡った。そのあとを、手すりにしがみつき、四つんばいになって堀山がついてくる。
     転げ落ちるようにして韓国船のデッキに下りると、堀山はぜいぜいと息をつきながら古波蔵のうしろに立った。向こうの船には、韓国人の船員二人とスーツケースが残されている。
     古波蔵は、脇腹のあたりに硬いものが当たるのを感じた。
    「このまま船が別々になれば、カネはおしまいや」堀山はいった。「そのときはあんたを殺して、ワシはこの冷たい海に飛び込むことに決めとりまんねん」
     堀山の言葉を無視して、古波蔵は大きく手を振った。韓国人の船員がスーツケースの取っ手とキャスターを持って、ブリッジを駆け上がってくる。
     二人は堀山の足元にスーツケースを置くと、手際よくブリッジを片づけて、操舵室に向けて手を振った。エンジンがかかり、船がゆっくりと動き出す。〉

     文中の堀山(健二)は関西を中心にファッションヘルスやピンサロを手広く経営。二重帳簿で売上げを隠蔽してきたが、大阪国税局査察部による摘発が時間の問題となるにおよんで、在日韓国人の大物フィクサー崔民秀(チェ・ミンス)の配下で、裏社会に通じた情報屋・柳正成(リュ・ジョンソン)を通じて古波蔵佑(こばくら・たすく)に接触をはかった。手元に残った現金5億円を国税の摘発前に海外に移すことが目的だ。
     古波蔵佑は関西の国立大学を卒業して米系の外資系銀行に就職。横浜支店でプライベートバイキングといわれる富裕層向けの営業を担当。しかし法令違反が問題化して日本から撤退が決まった時、ヘッドハンティングを受けてスイスにあるユダヤ財閥系のプライベートバンクへ。自分の担当する顧客の口座の大半も一緒に移した。日本との間を往復する生活を続けたが、リーマンショックで日本への出張が禁止されるやそこを退職、どこの組織にも属さないプライベートバンカーとして独立した。フリーとなった古波蔵に最初に接触してきたのが、情報屋の柳だった。裏社会にも通じ、高度な金融商品や海外送金の仕組みに精通した一匹狼。国際金融ミステリーにはこれ以上ないキャラクターの主人公だ。

     古波蔵が使う日本から韓国に現金を密輸するルートは、日本の政財界と裏社会を結びつける「最後のフィクサー」と呼ばれた崔民秀が10年ほど前につくったものだ。

    〈いまもむかしも、現金こそがもっとも匿名性の高い決済手段だ。マネーロンダリングへの監視が厳しくなればなるほどその価値は上がり、堀山のように、どれだけコストがかかっても手持ちの現金を海外に運びたいというカモが増えてくる。柳が古波蔵に接触してきたのは四年ほど前で、それ以来古波蔵はこのルートを使っていた。プライベートジェットやクルーザーを使った大掛かりな現金移送は税務当局が監視しており、こちらの方がずっと安全なのだ。〉

     韓国に密輸された現金5億円は釜山の信用金庫に持ち込まれ、現金の山から手数料・謝礼として支店長に7束、700万円、船の運賃として2束、200万円がひかれた。残った4億9,100万円はユーロに変換されて堀山が持つリヒテンシュタインの銀行の法人口座に2営業日で入金される。堀山の名前は一切表に出ることなく秘密は完全に守られるのですが、その仕組みの詳細についてはここでは触れません。本書をご覧ください。

     さて送金額の1割が古波蔵の報酬です。今回の場合5,000万円で、古波蔵はそのうち6割を崔と柳に渡す取り決めだ。つまり5日間の小旅行で2,000万円の無税の報酬を得ての帰路、福岡空港搭乗口に向かおうとする時、古波蔵のスマートフォンが振動した。「通知不可能」との表示があった。搭乗の列から外れて受信ボタンをタップした古波蔵の耳に切羽詰まった男の声が飛び込んできた。

    〈「コバ?」いきなりあだ名を呼ばれた。「コバなんだろ」
    「誰だ?」古波蔵は混乱した。
    「あの、俺」相手は切羽詰まった口調でいった。「サトル、牧島慧だよ」〉

     牧島慧は静岡県内の高校時代に仲のよかった友人で、東京の私立大学理工学部を出て大手電気メーカーに就職。5年前に退職して技術書やビジネス書の翻訳の仕事をしてなんとかくいつないでいる。
     高校時代のもうひとりの友人、紫帆とともにシンガポールに来ているが、ある書類にサインするよう求められて、どうしていいか判断に迷って、ふと思い浮かんだ古波蔵に連絡をしたという。
     紫帆の夫、北川康志(きたがわ・やすし)はシンガポールを拠点とするプライベートバンカーですが、ホテルのベランダから墜落死。事件性がないか警察の捜査が始まっているが、連絡を受けて遺体の確認などのためにシンガポールを訪れた紫帆の前にスイス系銀行のシンガポール法人でエグゼクティヴダイレクター(執行役員)を努めるエドワード・ウィリアムズと名乗る男が現れ、夫の北川には彼の銀行に対する1,000万ドル(10億円)の負債があると告げた。しかし、銀行に対する求償権を放棄し、この件については今後一切口外しないことを約束すれば、10億円もの負債も北川所有のコンドミニアムにつけた抵当権も放棄する、だからこの場で契約書にサインせよ――そう迫られて古波蔵に電話したというわけです。
     ひととおり事情を聞いた古波蔵の返事は簡潔なものでした。

    〈「バカか、お前は」と古波蔵はいった。牧島はエドワードのところに戻ると、古波蔵にいわれたとおりのことを伝えた。
    「法律家のチェックを受けないどのような書類にもサインできません。その代わり、私たちがなんらかの不利益を被らないかぎり、この件については沈黙を約束します。コンドミニアムの抵当権を行使するかどうかは、あなた方が判断することです」
     エドワードはしばらく牧島を眺めていたが、「それもひとつの見識かもしれませんね」と書類をしまい、席を立って紫帆と牧島に握手した。〉

     しかし、これで一件落着というわけにはいかなかった。彼らは既にトラブルに巻き込まれていた。シンガポールから帰国した牧島が古波蔵を誘い、5年ぶりに会った二人の会話――。

    〈古波蔵は・・・・・・「自分たちがどんなトラブルに巻き込まれたかわかってるのか?」と訊いた。
     牧島は驚いて首を振った。
     古波蔵はレザージャケットのポケットから四つに折りたたんだ紙を取り出すと、それを広げて牧島の前に置いた。フィナンシャルタイムズ・アジア版のコピーだった。〈スイスSG銀行、一〇〇〇万ドル行方不明か?〉という見出しで、シンガポールの金融当局がプライベートバンクの不透明な資金処理の調査に入ったことが報じられていた。日付は三日前になっているから、牧島たちがエドワードに会ってから事件はメディアの知るところとなったのだ。
    「消えたのがどういうカネだったかもわかっている」古波蔵はもう一枚のプリントアウトを牧島に見せた。それは東証二部に上場する「民平」という飲食店チェーンが、株主へのIR情報としてホームページに掲載したものだった。予定していた自社株の取得ができなくなったことの釈明で、「スイスSG銀行シンガポール法人から自社株の買取り資金として八億円の融資を受けることが決まっていたものの、期日になっても約束の融資が実行されなかった」と書かれていた。
    「PB(プライベートバンク)は、担保がなければ融資などしない」古波蔵が説明した。「民平に融資されるはずの八億円は、オーナーがスイスSG銀行に持っている口座の資金が担保になっていたはずだ」〉

     担保となるはずの預金が消えた。そのため融資が実行されずに自社株取得もできなくなった。すべての発端となった「消えた預金」に墜落死した紫帆の夫が関わっており、残された紫帆、シンガポールに同行した牧島、そして古波蔵――事情をよく知らないまま、気がついてみれば「やばい立場」に立たされていた同級生3人・・・・・ここから物語が動き始めます。

     裏社会に詳しいノンフィクション作家の溝口敦さんは、福岡現金3億8千万円強奪事件について、「おそらく金インゴット(地金)の密輸がらみの犯罪だろう」という興味深い見方を示しました(4月25日付「日刊ゲンダイ」)。実際、福岡では昨年7月、警察官を装った男数人が、金を貴金属店に持ち込もうとしていた男たちを取り囲み、「密輸品なのは分かってるんだぞ」と、金塊入り(6億円相当)のケースを搾取した事件が発生しているのです。「福岡、沖縄辺りは税関がぬるいのか、金密輸の集積地になろうとしている」と溝口さん。巨額現金が表舞台に出た一連の事件は、地表の裂け目から地下世界が一瞬露わになった想定外の出来事だったのかもしれません。

     日本人プライベートバンカーの転落死。直後にコンドミニアムから姿を消した現地妻と5歳の男の子。ODA。大物保守政治家の影、北朝鮮の暗躍。東京地検特捜部検事。二人の同級生と古波蔵佑・・・・・・思わぬ形で露出した「現金社会」の広がりに触発されて再読した『タックスヘイヴン』は、一度目とはまったく違うリアリティに溢れていた。橘玲渾身の国際情報小説――いま、見逃せない1冊だ。(2017/4/28)
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    投稿日:2017年04月28日
  • 近年、子どもの貧困が注目されています。貧困家庭は社会的に孤立し、親が心身を病んでいたり、虐待やDVが行われたりしているケースも多いといわれています。社会的な問題意識の高さから、子どもの貧困について書かれた本が次々と出版されていますが、中学校の保健室を軸に、現在の子どもたちを取り巻く問題を丹念に取材して書かれたのが、本書『ルポ 保健室 子どもの貧困・虐待・性のリアル』です。

    貧困家庭に育った子どもたちの多くは、家庭に居場所をつくれず、また標準的な中流家庭で育つ子どもたちが集まるという建前を前提とした学校の教室にもなじめません。また、貧困以外の理由でも「標準」から外れた子どもたちは、家庭や教室で十分にケアされないケースが多い。そうした子どもたちが居場所を求めて集まるのが、保健室だといいます。

    子どもは大変です。私は貧困家庭で育ったわけではありませんが、それでも子ども時代を思い出してみれば、大人と比べて生活範囲が狭く、学校と家がすべてで、この場でうまくやっていけなければ人生終わりだ、と思うほど閉塞感がありました。あの頃周囲から感じていた同調圧力は、大人になった現在の比ではなく、思えば自分の居場所を確保すべく、どう振る舞えばいいのかを考えることに、いつも必死になっていました。

    本書には、「保健室は、悩める子どもたちの居場所となっている」「保健室をみれば、いまの子どもが抱える問題がわかる」という問題意識のもと、保健室に集まるに至った子どもたちの様々なケースが、具体的に書かれています。

    例えば第2章には、家庭で父・母・姉から壮絶な虐待を受け、ものすごく苦しんだ女の子について書かれています。彼女は中学校の保健室で温かいケアを受けて立ち直り、卒業する間際に、保健室の先生にこんな手紙を書きました。「私は先生が大好きだし、今までで一番大切な先生だし、私の基本になっているんです」。実は、彼女はその後進学した高校では十分なケアを受けられず、ものすごいいじめを受けてしまいます。それでも、中学校の保健室での経験があったからこそ、逆境のなかでも自力で前に向かって進むことができたそうです。

    「私の基本になっているんです」この言葉が心に残りました。子どもにとって、大人たちから生きる「基本」を与えられるかどうかは、ものすごく重要だと思います。保健室は、言わば行き場をなくした子どもたちの命綱となっているのです。もし、その命綱が機能しなかったら……。

    保健室の先生こそが、各学校に一人ずつしか配置されていないケースが多く、孤立しています。様々な不安を抱えていたり、スキルにバラツキがあったりしています。また、子どもの問題を解決するには、どうしても家庭に介入しなければならないケースもあるのですが、それができないというもどかしさを感じている保健室の先生も多い。個々の保健室の先生の努力に、問題を抱えた子どもたちの命運が託されている、という現状を変えるための提言も、本書には盛り込まれています。

    子どもを取り巻く問題を解決するために懸命に努力している保健室の先生たちに頭が下がる思いです。また、このような良書を書いた著者にも感謝したい気持ちです。子どもを持つ親として、深く考えさせられました。
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    投稿日:2017年04月28日
  • テンポがよくてサクサク読める誰も死なない(死んでも生き返る)ライトノベルです。とは言いつつも主人公和真は冒頭でいきなり死んでいて、死後の世界で女神アクアに魔王がいる世界で人生をやり直さないかと提案されその話に乗ってしまいます。しかし、転生系作品にありがちな「強力な能力」を与えられ異世界へ降り立つと思いきや、和真が求めた「もの」はなんと「女神アクア」。。。異世界で和真とアクア二人がお金も無く知り合いもいない状態で冒険がスタートします。

    主人公が最強の能力を持っている!というライトノベルはたくさんありますが、この作品では主人公が弱く、さらに仲間になる面々も癖の強すぎるキャラばかり。そんなキャラたちがバイトしたり冒険に出てボロボロになったり、カエルに食べられて全身ヌメヌメになったり空飛ぶキャベツを捕まえたりします。ギャグ展開満載で楽しく読めますね~

    そんなギャグ展開満載のこの作品。アニメも面白いですがラノベもこの機会にお楽しみいただければと思います!
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    投稿日:2017年04月28日
  • 突然脳内に浮かぶやっかいな選択肢のせいで学校中から変態だと思われてしまう、容姿はいいのに全くモテない主人公甘草奏の残念ラブコメディです。脳内に浮かぶ選択肢はどうしても選びたくないようなものばかり。例えば、

    「① 上半身裸で、日本男児風に叫ぶ」
    「② 上半身裸で、アマゾンの戦士風に叫ぶ」

    という選択肢が出てきて、どちらかを選ばないと奏の身にとんでもないことが起きてしまうわけで。ちなみにこの選択肢、どっちを選んだんでしょうね?どっちを選んでもあまり変わりませんが、ラノベの中では他にももっと過激な選択肢に奏の脳内は襲われているんです。

    そんな選択肢によって変態的な行動を取らされる奏と、そんな奏の周りに集まるヒロインたちの残念だけど笑えるこの作品、個人的にかなりオススメします!
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    投稿日:2017年04月28日
  • エッチな行為をすることでヒロインたちがパワーアップ!世界を守るために主人公の傷無(きずな)は「エロス」と叫ぶ、そんなラノベです。ちなみに「エロス」と叫ぶと「魔導装甲(ハート・ハイブリッド・ギア)」という体を覆う装甲が具現化し戦闘モードに入れるんですよ。

    そして、ヒロインたちの胸を揉んだり体を撫で回したりしてある一定以上の状態になると、魔導装甲の能力が飛躍的にパワーアップ!? 敵である魔導兵器を倒すために、真面目にエッチなことをしなければならない主人公とヒロインたちの物語、この機会にぜひ!
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    投稿日:2017年04月28日
  • 2017年4月よりアニメが放送する注目作品!この作品は、地上を正体不明の怪物たちに蹂躙され人間を含む多くの種族が滅ぼされた後の世界が舞台。そんな世界に人間族の唯一の生き残りである「ヴィレム・クメシュ」が、他の種族に嫌われたり借金に追われるといった状況の中で死んだみたいに生きている、という少し暗めのキャラクターが主人公のお話です。

    1巻ではそんなヴィレムが友人から「軍の施設の兵器管理」の仕事を紹介され現場へ行ったけど兵器らしきものはどこにもなく・・・?という展開からスタート。しかしその「兵器」は施設内に既に存在するものだった、という事実に驚愕。驚きと悲しさを同時に感じました。この続きはぜひ読んで楽しんでいただければと思います。簡単に感想をお話しますと、派手さはそんなに無いですがじっくりと深みのある物語を紐解いていく面白さがある内容だと感じました。

    というわけで、アニメが始まる前にぜひ原作ラノベをお楽しみ頂ければと思います。
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    投稿日:2017年04月28日
  •  桜の季節は、“税の重さ”を感じる季節でもある。確定申告にともなう所得税や消費税・地方消費税の納期限はそれぞれ3月15日と3月31日。約1ヵ月支払時期を延ばすことができる振替納税も4月20日、4月25日には指定の口座から引き落とされることになっています。
     朝日新聞連載(2015年8月23日~2016年8月29日、タイトルは「にっぽんの負担」)を基にまとめられた『ルポ 税金地獄』(文春新書、2017年3月17日配信)――取材にあたった経済記者たちはその思いを込めてこんなふうに書き始めています。少し長くなりますが、プロローグから引用します。

    〈お手元に給料明細があったら見てほしい。あなたの給料の額面と税金などを引かれた後、手取り収入がどのくらい残っているか。家族の状況などにもよるが、年収七百万円のサラリーマンだと実際の手取りは七割程度で、一千五百万円だと六割程度しか残らない(図1参照)。所得税、住民税、年金、医療、介護などと、項目は分かれているが、われわれはこんなに負担させられているのかと、あらためて驚くはずだ。
     しかも、これは天引きされている税金や保険料だけの話だ。買い物をするたびに八%の消費税を取られ、中にはビールなどの酒、たばこ、自動車やガソリンなど、商品の値段に含まれていて二重に払う税金もある。持ち家があれば固定資産税も払う。こんなに負担をしているのに、国と地方の借金は一千兆円を超えた。(中略)
    「にっぽんの負担」という連載を二〇一五年八月から一年間にわたって続けたが、そこで見えてきたのは、富裕層や大企業には税金を逃れるための様々な抜け道があるのに、サラリーマンや非正規労働者には逃げ道が少なく、増え続ける負担に押しつぶされかねない状況にあることだった。〉

     オビには〈税金を払わない富裕層VS.搾取されるサラリーマン〉の大活字、それと並んで〈税=不平等 これが日本の現実だ!〉の惹句。善良なるサラリーマンは税金を言われるままに払ってきた。しかし、サラリーマンたちからいいように税金をとりたてる一方、富裕層には税金を逃れるための様々な抜け道がちゃんと用意されており、さらにアベノミクス企業減税の恩恵を受けるのは超大企業ばかり……これが日本の実情だという。
     ニッポンの税の歪みはいったいどうなっているのか! このままでいいのか。このままでいいわけがない。溜め息まじりの怒りの声が行間から漏れ聞こえてくるような一冊。2015年12月に刊行され、年が明けて配信が始まった『ルポ 老人地獄』(文春新書、2016年1月15日配信)に続く、朝日新聞経済部記者たちによるルポ第2弾だ。

     富裕層の税金逃れに使われているのが、ここ数年人気の「ふるさと納税」だ。本書によれば、2015年度に全国の自治体が受け取った寄付額は、前年度の4倍を超える1,653億円に達した。なぜ、寄付が急増したのか。人気の直接的な理由は自治体の趣向を凝らした「返礼品」です。
     本書では「ふるさと納税」をわかりやすく説明するために年間1億円の給料をもらう人の例をあげています。1億の収入の人がある町に400万円のふるさと納税をすると、寄付をした年の所得税が確定申告で戻るだけではなく、翌年度の市民税、県民税も減額されて、所得税とあわせて計399万8,000円が戻ってきます。結局、400万円を寄付した人が実施的に負担するのはわずか2,000円というわけです。しかも寄付の全額に近い税金の戻りがあったうえに、2,000円を大きく上回る自治体の「返礼品」が送られてくるのですから、富裕層にとっては魅力的な税回避策であることはまちがいありません。そして「返礼品」として地方の名産品ばかりではなく、ついには金券が登場。かくして税収確保を狙う地方都市が“日本のタックスヘイブン”になっている構図ができあがったというわけです。記者が現地取材した千葉県大多喜町では、ほんとうにすごいことになっています。

    〈房総半島の中央にある人口約一万人の千葉県大多喜町。徳川家康の忠臣、本多忠勝が城主となった大多喜城が観光のシンボルだが、最近はふるさと納税でもらえる金券の「ふるさと感謝券」が富裕層の間で注目を集めた。町は一四年十二月に返礼品として金券を贈り始め、一五年度の寄付額は前年度の四十倍近い十八億五千五百万円と急増した。うち九六%が金券を求める寄付だった。
     一六年四月末の大型連休中に町を訪ねた。町の中心部にあるスーパー「いなげや」に行くと、夫婦が買い物カートを連ねて、四つのかごに山盛りの買い物をしていた。レジで取り出したのは分厚い「ふるさと感謝券」の束だった。
     取材するうちに、感謝券で自動車を買う人までいることがわかった。二百万~七百万円の新車を数台、全額感謝券で売ったという町内の自動車販売業者は、実態をこう話した。
    「新車や高級タイヤが売れました。大量の感謝券を持っている方は、タケノコや椎茸で五百万円分使うわけにはいきません。期限内に消費しないと紙くずになります。枚数が多くて数えるのが大変でした」
     感謝券は寄付額の七割相当が贈られる。七百万円の感謝券を使う人がいたということは、一千万円の寄付をしたか、インターネットのオークションなどを通じて、額面よりも割安に買い集めたということだ。販売業者はこれで売り上げが急に増えて、さぞかし喜んでいるのかと思ったが、意外な言葉を聞いた。
    「高額納税者の合法的な節税対策になってしまっています。本来、ふるさと感謝券の目的は地元の町おこしですが、自動車というのは特産品でも何でもありません。一時的で麻薬的な活性化にはなるかもしれませんが、買っていくのは県外の人ばかりです。そこに頼っていては商売は成り立ちません。本当は、これでいいのかと思いながら、登録店になっています」〉

    「ふるさと納税」では〈寄付額-2,000円〉の税金が戻ってきます。そのうえ実質2,000円の負担で寄付額の7割相当の感謝券(金券)が手に入るというのです。人気化しないわけがありません。大多喜町取材中に記者は、川崎ナンバーの高級外車で家族経営の電器店に乗り付けた夫婦が最新の冷蔵庫など25万円分を選んで金券で購入するのを目撃します。その男性は〈これまでに町を四回訪ねて、大きな買い物はここでした〉と記者に語ったとあります。
    「ふるさとへの寄付(納税)」の名を借りた税回避策は、さらなる利得を求める高級品ネット通販まで生み出した。「ふるさと納税」ブームに沸く人口1万人の町の生々しい姿は、ニッポンの何を映しているのでしょうか。

     菅義偉官房長官が第1次安倍政権で総務相だった2007年に打ち出した「ふるさと納税」。税金対策になるということでブームとなったわけですが、誰でもがその恩恵に浴せるわけではありません。年収や家族構成などに応じた控除上限額があるため節税効果をたっぷり享受できるのは高所得層だけ――と本書は指摘しています。

    〈例えば、宮崎県都城市は百万円の寄付で焼酎「黒霧島」の一升瓶が三百六十五本もらえる。しかし、百万円を寄付するには、サラリーマンだと年収三千万円ぐらいの人でないと不可能だ。戻る額には限度があるので、貧しい人にはふるさと納税のメリットはほとんどない。〉

     ふるさと納税収支黒字額トップの都城市の黒字額は42億円余り。それだけ人気も高いというわけですが、魅力ある返礼品を揃えた地方の自治体が人気化すればするほど、一方で都会では弊害が生じています。例えばふるさと納税の収支で2015年度の赤字がなんと16億円となった東京都世田谷区。待機児童数が全国で最も多い自治体なのですが、区によると16億円あれば120人規模の保育所を二つ新設して、1年間運営してもおつりがくるという。世田谷区のほか、約28億円もの赤字となった横浜市、約18億円の名古屋市と大都市が赤字自治体の上位に並びます。
     税金対策に熱心な富裕層が頼るのは「ふるさと納税」だけではありません。「タワーマンション」もあれば、海外移住、正真正銘のタックスヘイブンの活用もあります。本書では適法の手段を用いて税を逃れている実践者たちの言い分もきちんと聞いて紹介しています。税の仕組みを考えるうえでも興味深い主張も数多く含まれています。

     富裕層vsサラリーマンの不平等を中心に紹介してきましたが、もうひとつの不平等として忘れてはならないのは企業に対する減税措置の問題です。日本では各企業に対して多岐にわたる減税措置がとられています。しかしどんな企業がどういう減税項目でいくらまけてもらったかの実名はいっさい公表されていません。
     減税は国に入る税金が減ることになるので、実態は税金から特定の企業にお金を出す補助金と変わりがない。だが金額や支出先が明らかにされる補助金とは違い、減税ではそうした情報が公開されることはありません。財務省の750ページに及ぶ調査報告書には個別企業の名前は一切なく、減税項目ごとに利用している上位10社がアルファベットと6桁の数字によるコードで示されているだけ。記者たち取材班は、企業の公表資料と照合するなどの方法で、複雑な企業減税の一端をつかみます。それによれば、トヨタは報告書に公表されている減税項目の九つで上位10社に入っているという。なかでも金額も大きくとくに注目すべきは、第2次安倍政権になって一気に再拡充された研究開発減税です。2014年度の特例減税約1.2兆円の半分以上にあたる6,746億円がこの研究開発減税によって占められていたことをつきとめた記者たちは、こう続けます。

    〈トヨタはこの項目だけでも一千八十三億円と、ダントツの減税を受けていた。同減税の二、三位は同じ自動車大手の日産自動車とホンダで、四位はリニア新幹線で開発費が増えているJR東海、五位は連結ベースで年三千億ほどの研究費を計上するキヤノンだった。上位五社で二千億円近い減税を受けていた。〉

     上位5社分を除いてなお研究開発減税は4,000億円を優に上回る巨額です――いったいどの企業の懐を潤しているのか。そしてそれを動かしているのは誰なのか。
     不平等社会ニッポンの税金地獄の実態――給与明細、あるいは確定申告書(控え)を脇に置いて、じっくりとお読みください。(2017/4/21)
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    投稿日:2017年04月21日
  • 数年前、『葬式は、要らない』(2010年、島田裕巳著)という本が話題になり、葬儀業界の不透明な料金体系や営業手法が批判を浴びました。そして、インターネットや流通企業などが葬儀業界に参入し、より現在のニーズに合った葬儀方法のオプションが多数生まれ、業界が大きく変わりました。

    一方、映画『おくりびと』(2008年、本木雅弘主演)の大ヒット以来、葬送の現場で働く人たちに注目が集まっています。日常から外れた「死」というものに、常に向き合う仕事に、映画を観た後、私自身も興味をひかれました。

    先日、葬送の現場で働く人たちを間近で見る機会がありました。父方の祖母が亡くなり、出棺から火葬、通夜、葬式、初七日と参加したからです。祖母は105歳だったので、この葬儀に悲愴感はなく、むしろ久々に親戚一同が集まって、和やかな雰囲気でした。とはいえ、死化粧をした祖母と対面した後、火葬場で焼かれ骨だけになった祖母を見たときは、少なからず衝撃を受けました。火葬場のスタッフは、神妙な面持ちで「御歳を考慮して、600度で55分……」「こちらは骨盤になります……」などと説明していました。

    そんな流れで手に取ったのが、本書『葬送の仕事師たち』です。葬儀の専門学校の生徒、葬儀社の営業担当者、納棺師、エンバーマー、火葬場スタッフなど、葬送の様々な現場で働く人たちの生の声を集めたノンフィクションです。

    現場の人々が接するのは、天寿をまっとうした人だけでなく、生まれて間もなく亡くなった乳児、事故死した人、死後しばらくして発見された人、検死で解剖された後の遺体など、様々です。特に、東日本大震災の遺体安置所の様子は、「戦争が終わった後って、こんなだったのか」という感じだったようです。目を背けたくなる現実です。しかし、葬送の現場の人たちは、遺族の心情に寄り添い、遺体の尊厳を守るべく、現実に正面から向き合います。

    葬送の現場の人たちが発する言葉は、ひと言ひと言が心に染み入りました。なぜだろう、と考えました。彼らが日々接している「死」とは、現世のすべての属性や地位から解き放たれることです。そして、「死」と向き合うという行為は、属性や地位は関係なくひとりの人間として、人生というものと対峙するということだと思います。また、葬送の仕事は、残念ながら差別の対象にもなっています。現場の人たちが悩み、苦しみ抜いた末に掴みとった、自分自身の言葉で語ってくれているからこそ、心にずっしりと残る重みがあるのでしょう。昨今、型通りでオーバーポジティブで空疎な言葉が飛び交うことが多いなか、このような本が存在する意義は大きいと思います。ノンフィクションですが、まるで純文学を読んでいるような感覚になりました。

    いくつか印象に残った言葉を抜粋しようと思いましたが、やめておきます。ここに抜き出すことで、言葉が軽いものになってしまう気がするからです。ぜひ本書を読んでいただきたい。自ら声を上げることの少ない職種の人たちの、ひと言ひと言が胸を打つ名著です。
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    投稿日:2017年04月21日
  •  年代も趣も異なる二人のアーティストによる、流れるような美しい旋律とポップなサウンド。前者は前奏とエンディングに流れて心地よい余韻を残し、後者は物語の大事なアクセントとなって労使の息詰まるような交渉劇に人間味を加えます。
     4月11日発表の「本屋大賞2017」で第3位に入った『罪の声』(講談社、2016年8月26日配信)著者の塩田武士の最新リリース作品『ともにがんばりましょう』(講談社文庫、2017年3月15日紙書籍と同時配信)。寺内隆信(てらうち・たかのぶ)委員長から口説かれて労働組合の執行委員教宣部長を務めることになってしまった入社6年目の社会部記者・武井涼(たけい・りょう)の眼を通して、大阪の地方紙「上方(かみがた)新聞」の秋年末闘争――緊迫の労使交渉劇を克明に描いた仕事小説です。
     著者はプロローグの前に短い文章をおき、物語を始めます。一部を引用します。

    〈瞼に光を感じた。
     時を置かずして広がってゆく白く霞んだ世界に、姿形はない。ぼやけてはいるものの、確かにまばゆいその輝きに包まれ、男は一日の始まりを悟った。自らの心音を聞き、呼吸していることに気付く。(中略)
     ただ、生きること。
     それが男にできる精いっぱいの恩返しだった。
     毎日、毎日、先の見えない道に立って息子の無事を祈る。ずっとそばにいることが、実はどれほどつらいことか。漫然と過ごす日常からは決して見えない「生き続ける」という現実が、この白い病室にはある。
     寝ている男の頭上で音楽が流れた。
     ピアノが憂いの旋律を奏でる。朝だからといってイキのいい曲をかけないところが、いかにも母らしいと男は思う。
     ヘンリー・マンシーニは、母が好きな作曲家だ。映画『ひまわり』のメインテーマは、病室の朝には不釣り合いかもしれない。だが、物心がついたころにはこの曲を口ずさんでいた彼にとって、その選曲は違和感のないものだった。(中略)
     感情を表現できることの尊さを彼はこの五年間で十分に学んでいた。
     夏がきた。月日が流れるのは早い。
     季節が移ろえば、またあの人たちがたずねてくる。〉

     白い病室で「生き続ける」男。その男には〈静かなピアノの余韻と重なり合い、風鈴の音が優しく香るように聞こえた〉と綴られるヘンリー・マンシーニの「ひまわり」――1970年公開の名画(マルチェロ・マストロヤンニ、ソフィア・ローレン主演)のテーマソングは、物語の終盤に再び、そして初めて白い病室を訪れた人たちの心に静かに響きます。

     もうひとつの音楽――第3章「会社回答」に「横山剣」の名が突然出てきます。横浜生まれのロッカー、横山剣。大きな声では言えませんが、私じつは彼の「クレージケンバンド」がけっこう好きな「カクレ横山剣」派で、横山剣を「ヨコハマ・ローカル」と信じこんでいて、そのためこのロッカーの登場を“突然”と感じてしまったのです。
     新聞記者でありながら、極度のあがり症の武井涼記者と労組専従の書記・新見遥(にいみ・はるか)の間に“化学変化”の兆しが初めて見えたシーン。第1次回答が出た夜、一人残って組合ニュースを作成していた武井の孤独な作業をねぎらう遥。二人の“触媒”となったのが“横山剣”――秋年末闘争は始まったばかり、まだ前哨戦だ。

    〈……明日は秋年末交渉に向けて、各支部長の決意表明を載せる『俺の話を聞け』って企画です」
    「それってクレイジーケンバンドの?」
    「知ってます? 『タイガー&ドラゴン』のサビから取ったんです」
    「私、iPodにクレイジーケンバンドのベストアルバムが入ってるんです!」
    「僕もです!」
    「イーネッ!」
     バンドのリーダー横山剣のまねをする遥を見て、武井は案外明るい人だと思った。〉

     28歳の武井涼がサビのフレーズを「組合ニュース」に使い、同じ年齢(とし)の遥が感度よく反応した横山剣「タイガー&ドラゴン」。ご存じない人もいると思いますので、地元密着の詞を紹介しておきます。

    トンネル抜ければ 海が見えるから
    そのまま ドン突きの三笠公園で
    あの頃みたいに ダサいスカジャン着て
    お前待ってるから 急いで来いよ

    俺の話を聞け! 5分だけでもいい
    貸した金の事など どうでもいいから

    お前の愛した 横須賀の海の優しさに抱かれて
    泣けばいいだろう ハッ!

    俺の俺の俺の話を聞け! 2分だけもいい
    お前だけに 本当の事を話すから

    背中で睨み合う 虎と龍じゃないが
    俺の中で俺と俺とが闘う
    ドス黒く淀んだ 横須賀の海に浮かぶ
    月みたいな電気海月よ ハッ!

     さて、上方新聞労働組合は秋年末交渉で、80万円の大台を守る805,437円の一時金と経営側が打ち出している深夜労働手当引き下げの阻止を最重点課題とし、その二つにハラスメント対策の拡充を加えた要求書を提出。
     それに対し経営側は、第一回団体交渉で〈一時金の回答額は七〇万二一三五円。昨年の秋年末から比べれば、八千円ちょっとのマイナスだが、今年の夏闘、つまり前期比だと五百円のプラス〉という、回答がマイナス、場合によっては70万円の大台を割ることも覚悟していた武井ら執行部を困惑させる、減益の中でのプラス回答を出してきた。しかし一方で深夜労働手当については、〈心身ともに負担が大きいC、D時間帯を手厚くします。逆にA時間帯は深夜労働手当の対象時間とは言い難く、制度の趣旨に合わないとの判断〉に至ったとして、深夜労働が常態化している新聞社とはいえ、時代が大きく変わった以上深夜労働手当を見直し削減をしていかなければ、会社の存続も危ういのだという姿勢を明確にし、労組側の譲歩を強く求めるのだ。
     団交一日目、二日目、三日目・・・・・・このままでいけば会社が潰れる、時代にあわなくなっていると主張する会社側と深夜手当は基本給の一部であり譲れない、大幅削減の根拠を示せという労組側の主張が平行線をたどり、膠着した。組合は職場集約を経て一時金と深夜手当改定を拒否することに決定。秋年末交渉から秋年末闘争へ突入します。

     午後8時50分。闘争本部メンバーが団交部屋に揃い、10分後に拒否を経営側に伝えます。9時ちょうどに専務の朝比奈蓮労担、総務局長・権田勝、編集局次長・塚田剣志郎ら経営側が部屋に入ってきます。緊迫の団交――。

    〈「長い間、お待たせしました。諾否検討の結果をお伝えします。一時金、拒否」
     この瞬間、朝比奈の顔が大きく歪んだ。権田、塚本は示し合わせたように、顔を天井に向け目を閉じている。
    「深夜労働手当、拒否。ハラスメント、諾。以下、理由を申し上げます」
    「ちょっと待って」
     緊張した寺内の声を遮ったのは朝比奈だった。
    「聞き間違いかもしれないからもう一度聞くけど、一時金と深夜労働手当は何だって?」「拒否です」
     朝比奈は椅子の背もたれにふんぞり返ったまま黙ってしまった。離れていても怒りのオーラが伝わってくる。武井はパソコンのキーの上で手を止めたまま動けなくなった。
    「それぞれ、結果に至った経緯を述べます」
     寺内の声は落ち着きを取り戻していた。この状況で平静を保つことなど武井には考えられなかったが、組合を束ねる者として彼はふさわしい態度をとった。
    「もういいよ」
     朝比奈が首を振りながら言った。〉

     このまま交渉は決裂してしまうのか――物語はここから思いもよらないクライマックスに向かって一気に加速していきます。
     駆け足で見てきましたが、著者の塩田武士は、神戸新聞記者時代に労働組合の執行部で活動した経験があるそうです。『罪の声』の広告に惹句を寄せた弁護士・角田龍平氏の文庫版解説(残念ながら電子版には未収録)によれば、主人公の武井涼は新聞記者時代の著者の化身(けしん)だという。その眼を通した「労働組合小説」だからこその、リアリティだろう。そして新聞の現在を問う妥協のないまなざし。ネットの時代に新聞の存在意義はどこにあるのか。嘘のニュースの波に溺れないためには、どうすればいいのか、なにをすればいいのか。
     地方紙労使の本気の交渉劇に潜ませた著者の問いかけには、メディアに関わるものとしての確固たる矜持(きょうじ)がうかがえるのです。
     著者の2作品『罪の声』『ともにがんばりましょう』だけでなく、揺れる新聞社のこれからを描いた秀作が昨年から今年にかけて相次いでリリースされ、いずれも高い評価を得るなど注目の書となっています。
     本城雅人『ミッドナイト・ジャーナル』(講談社、2016年2月24日配信、吉川英治文学新人賞受賞)。
     同『紙の城』(講談社、2016年12月23日配信)。
     堂場瞬一『社長室の冬』(集英社、2017年1月13日配信)。
     3人とも新聞記者の経験を持つ気鋭の作家です。この機会に読み比べてみてはいかがでしょうか。(2017/4/14)
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    投稿日:2017年04月14日
  • 中村文則さんの小説を読むのは、恐ろしい体験です。作品には、ふだん無意識的に見過ごしてしまっている世界の残酷な現実、そして人間の内面の奥の奥が描かれています。目にはみえないけれど確かに存在する裏の世界。一度とりことなってしまえば、元の意識を保つことはできなくなるのではないか。そんな恐怖を感じながらも、作品の持つ強烈な吸引力に負けるように、読み進めてしまうのです。

    私が初めて読んだのは、芥川賞を受賞した『土の中の子供』でした。続けて、『悪意の手記』『遮光』『銃』と遡って読み進め、心を鷲掴みにされてしまいました。なんて暗いんだろう。そして、その暗さが、なぜ自分の琴線に触れるのか……。その事実に、ものすごく戸惑いました。戸惑った挙句、しばらく中村さんの作品から遠ざかってしまっていました。

    久しぶりに読んだ中村さんの作品が、『掏摸』です。大江健三郎賞を受賞し、英訳『The Thief』は、アメリカでも高く評価されました。そして、アメリカのデイビッド・グーディス賞の受賞や、本屋大賞にノミネートされた『去年の冬、きみと別れ』、「読書芸人」で火がついた『教団X』などによって、日本のみならず世界中に、中村文則ファンが爆発的に増えていきました。中村さんの作品に魅力を感じる人が、これほど多く存在することがわかり、私はとてもうれしくなりました。

    本書『掏摸』は、中村さんの8冊目の小説です。初期作品の圧倒的な暗さとパワーはそのままに、巧みな設定と鮮やかな場面展開、登場人物の強烈なキャラクター、濃密で簡潔な文体を兼ね備え、文庫版で180ページほどの短い作品ですが、深くて面白い、ものすごい小説です。

    天才的な掏摸師の「僕」が主人公。掏摸仲間の石川の縁で、木崎という闇社会に生きるヤバイ男に出会います。この男は、「僕」が以前関わっていた犯罪グループの、ずっと上にいる男で、まさに絶対的な悪を体現した存在でした。彼にとって、圧倒的な力によって他人の運命を支配し、そして絶望の淵に追い込むことは、この上ない快楽でした。一方で「僕」は、売春婦の母に万引きを強要される男の子に出会います。人は、生まれた場所によって運命が規定されてしまう現実に直面し、その子に自分の子ども時代を重ねます。

    木崎は「僕」に三つのヤバイ仕事を要求します。失敗したら「お前が死ぬ」、引き受けなければ「あの親子を殺す」――。人の運命を支配しようとする木崎と、残酷な運命に抗う「僕」。各シーンはすべて研ぎ澄まされた文体で描写されていますが、特に、木崎が自らの世界観を語る場面、「僕」が男の子に掏摸の技を教えるシーン、そして、木崎からの実現不可能な要求に圧倒的な掏摸の技術でこたえていく際の緻密な描写は、圧巻です。

    運命とは何か、自由とは何か? 天才掏摸師と絶対悪との戦いから目が離せません。中村文則作品を初めて読むという方にもオススメの傑作です。
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    投稿日:2017年04月14日
  • 俺様でケダモノだけど優しい王子と、奴隷の身分ながら王子の側妻になった少女の王宮ラブストーリー。女子なら一度は憧れる王道設定!なのですが、ヒロインは王子を好きになっても周囲に認めてもらえる女性になるまでは正妻にはなれないと言って王子を驚かせたり(王子は彼女のそんなところにも惹かれていくわけですが!)、2人の恋が一筋縄ではいかないところが面白いです。両想いに見えるのになかなかくっつかない2人にジレジレしながらも、徐々にラブラブになっていくのかな、と期待が高まるので今後の展開も楽しみです♪
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    投稿日:2017年04月14日
  • 〈2018年度から使用される道徳教科書。「パン屋」が「和菓子屋」に変更された? 国や郷土を愛する態度が足りないから? あほか、と思った人が多いはず。〉
     東京新聞2017年3月29日付朝刊「本音のコラム」をこう書き始めた文芸評論家の斎藤美奈子さん。和菓子は遣唐使が持ち帰った中国の菓子にルーツを持つことなどを指摘したうえで、次のように続けます。
    〈問題は文科省の検定基準だろう。道徳教育について、文科省は四つの視点に基づく二十二項目を掲げている。ここには「感謝」「礼儀」「伝統と文化の尊重、国や郷土を愛する態度」などとともに「規則の尊重」「勤労、公共の精神」「家族愛、家庭生活の充実」などが含まれる。人権についての規定はなし。個人の権利は教えない。差別問題にもふれない。全体に従順で主張しない子を求めている印象だ。
     教科書だけでなく、これを基準に子どもたちの道徳観に点数をつけるのだ。〉

    「道徳教育」の名の下に子どもたちに何を求めているのか、どういう子どもが望ましいか――文科省が考えていることが透けて見えてきませんか。そしてこれは、「憲法、教育基本法に反しない限り」と条件をつけてはいるものの「教育勅語」を教材として使用することを否定しないという答弁書を閣議決定(3月31日)した安倍政権の姿勢に先取り的かつ忠実に寄り添うものと言っていいでしょう。幼稚園児に教育勅語を唱和させていた森友学園も、その幼稚園で行われていた“愛国教育”を「優れた道徳教育を基として、日本人としての誇りを持つ、芯の通った子どもを育てます」と手放しで誉め称え、計画されていた小学校の名誉校長を引き受けていた安倍昭恵総理夫人も、一度は国会で「私の考え方に非常に共鳴している方」と籠池泰典氏を肯定した安倍晋三総理――いまでは掌を返すように「非常にしつこい人」と突き放しているのですが――も、みんな根っこは同じなのです。森友学園が安倍流の道徳教育に先行した“モデル”だったと見れば、その異様性がくっきりと浮かびあがってきます。
     となれば、問題は「安倍晋三」とは何者なのかだろう。改憲への強い意欲を語り、「美しい国」と呼ぶ「古き良き日本」への憧憬を色濃く滲ませる、東京で生まれ育った世襲政治家。そのタカ派ぶりは、いったいどこから来ているのか。

     ここに一冊の本がある。青木理(あおき・おさむ)著『安倍三代』(朝日新聞出版、2017年3月7日配信)――共同通信出身の著者が、2015年8月から2016年5月にかけて「AERA」に断続的に連載した原稿を土台に、大幅な追加取材と加筆・修正作業をほどこしたうえで完成したルポルタージュ作品です。
     タイトルに「安倍三代」とあるように、現総理晋三の父、安倍晋太郎(あべ・しんたろう)も、晋太郎の父、つまり晋三の父方の祖父、安倍寛(あべ・かん)も政治家であり、晋三は三世の世襲政治家であることはよく知られているとおりです。学生時代の友人によれば、晋三は自己紹介の時、「安倍晋太郎の息子」ではなく、母方の祖父の名を挙げて「岸信介の孫です」と言っていたという。父方の祖父の名を口にすることはほとんどありません。
     先の大戦下、無謀な戦争に突き進んだ軍部に抗った寛、その息子であり、首相まであと一歩というところで病に倒れた晋太郎は、筋金入りの反骨政治家だった父を終生誇りにしていたという。安倍家の語られざる男系のルーツである安倍寛は、政治思想的にも、政治手法の面でも、政治的な立ち居振る舞いの面でも、現政権とはおそらく真逆の地平に立っていた。
     安倍家に連なる3人の政治家の人間像を子細に追跡することによって、現政権のありようを浮かびあがらせることができるのではないか。そう考えて、著者と取材協力者として共同作業を行った記者たちは安倍三代の選挙区である山口県を歩き、安倍寛、晋太郎のゆかりの人々を訪ね回り、晋三支援者の本音に耳を傾けた。晋三が小学校・中学・高校・大学の16年間通った成蹊学園の同窓生、教員関係者を訪ね、学園生活の思い出から政治思想に至るまでを語り合った。その中で寛と晋太郎については、彼らの政治家としての熱き思いやエネルギーを感じ取れる証言やエピソードが聞けたのに対し、晋三については成蹊時代、神戸製鋼所時代を通じて、取材を進めれば進めるほど“何もない”ことがわかってきて、脱力したという。引用します。

    〈しかし、晋三は違った。成育過程や青年期を知る人々にいくら取材を積み重ねても、特筆すべきエピソードらしいエピソードが出てこない。悲しいまでに凡庸で、なんの変哲もない。善でもなければ、強烈な悪でもない。取材をしていて魅力も感じなければ、ワクワクもしない。取材するほどに募るのは逆に落胆ばかり。正直言って、「ノンフィクションの華」とされる人物評伝にふさわしい取材対象、題材ではまったくなかった。(中略)
     さて、晋三は1979(昭和54)年春、留学先(引用者注:「留学」について疑惑報道が出て、経歴から削除)の米西海岸から帰国すると、神戸製鋼所に入社した。はっきり言えば、明らかな“コネ入社”だった。それが言い過ぎだというなら、“政略入社”であったと言い換えてもいい。神戸製鋼所で晋三の直属の上司となり、のちに同社の副社長にも就いた矢野信治(73〉に話を聞くと、当時を忌憚なく振り返ってくれた。
    「彼(晋三)は要領が良くて、腰も軽かったから職場にも馴染んだし、結構一生懸命にやる子だったから、みんなに好かれていましたよ。ただ、率直に言って“政略入社”ですからね。当時の製鉄会社は、神戸製鋼に限らず、政治関係の“政略入社”が多かったんですよ」
     一度も受験を経験しないまま計16年を成蹊学園で過ごした晋三は、大半の者にとっては人生の重大岐路となる就職時にも荒波にさらされず、敷かれたレールの上に淡々と乗って社会人になった。そうして置かれた場所で見せたのも、残念ながら「凡庸だがみんなに好かれる“いい子”」の姿のみだった。〉

     神戸製鋼所の矢部元副社長が大笑いしながら語ったエピソード――若き安倍晋三の姿を紹介しておきます。

    〈「こっちはもう、毎晩酒を飲むようなタイプだから、胃の調子がいっつも悪いわけですよ。で、医者からは『酒を飲むんだったら、夕方に牛乳を飲みなさい。胃の粘膜をカバーするから』と言われましてね。その牛乳を晋三くんに買いに行かせていたんです(笑)」
     矢野が課長を務めていた鋼板輸出課は当時、神戸製鋼所東京本社ビルの6階にあった。牛乳を売っているスタンドがあるのは同じビルの2階。晋三はイヤな顔ひとつせず命令に従い、夕方になると矢野の牛乳を買うために6階から2階のスタンドまで走った。そのうちに矢野が小銭を手にチャラチャラと音をさせるだけでサッと駆けより、いそいそと牛乳を買ってきてくれるようにまでなった。矢野の思い出話を続ける。
    「それがあとで上にバレて、僕はコテンパンに怒られましたけどね(笑)」
    ──突飛な質問ですが、もし晋三さんが普通の新入社員として神戸製鋼所に入っていたら、どこまで出世したと思いますか。
    「専務とか役員クラスにまでいけるかどうかはともかく、部長クラス以上にはなったんじゃないですか。最大の要素は真面目で、敵をつくらない。これは(サラリーマン社会で)大きいですよね。僕なんかは、叩かれたら叩き返すっていうような感じでしたが、(晋三は)新世代ですから。人づきあいの勘が良くて、要領が良くて真面目で、敵をつくらない。だからみんなに好かれていましたよ。そう、まるで子犬みたいだったなぁ……」〉

     凡庸だが真面目で要領がよく、みなにかわいがられていた子犬──そんな印象を上司に残した三世(確たる政治信念を持つことなく育ったおぼっちゃん)が為政者として政治の頂点に君臨し、戦後営々と積み重ねてきた“この国のかたち”を変えようとしている。著者は、そこがなによりも不気味だという。
     いったい、安倍晋三に何が起きたのか。矢野氏など何人かが、筋金入りのライト(右派)になっていったのは政界入り後のこと、つまり子犬が狼の子と群れているうち、まるで狼のようになってしまったという見方を語っています。しかし、それだけで説明がつくのか。

     著者のインタビューに応じた昭恵夫人の
    〈主人は、政治家にならなければ、映画監督になりたかったという人なんです。映像の中の主人公をイメージして、自分だったらこうするっていうのを、いつも考えているんです。だから私は、主人は安倍晋三という日本国の総理大臣を、ある意味では演じているところがあるのかなと思っています〉
     という発言がむしろ「安倍晋三のなぜ」を解くカギになるのではないか。

     父晋太郎の異父弟、西村正雄(日本興業銀行元頭取)は死の間際に甥の晋三に手紙を書き、「悲惨な戦争に至った史実を学べ」と訴えた。第1次安倍政権成立前夜のことです。そして安倍晋三が愛する母校、成蹊大学の宇野重昭元学長は涙を浮かべつつ心底からの諫言を放った――「周囲に感化された後づけの皮相な思想らしきものに憑かれ、国を誤った方向に向かわせないでほしい」 4月6日、宇野元学長の死去が報じられました。本書著者のインタビューに応じた元学長の発言は、教え子への“遺言”となった。
     宇野元学長の応接間の机の上に数日前の新聞の切り抜きが大切そうに置かれていました。人気作家・桐野夏生の近著『バラカ』(集英社、2016年2月26日配信)の出版広告だった。聞けば宇野ゼミ生だった桐野夏生とはいまも師弟として連絡を取り合っているという。『バラカ』は東日本大震災と福島第一原発の凄惨な事故に想を得たディストピア小説で、安倍晋三より3年先輩にあたる桐野夏生について語る時、宇野元学長が初めて自慢げに微笑んだとあるのが、印象的です。

     ただ一人の弟として晋太郎の最後の日々をみとった叔父・西村正雄が雑誌論文を残して、総理の座につこうとする甥に晋太郎に代わって伝えたかったこと、母校の最高の碩学が切々と語った教え子への言葉。二人は至極まっとうな、言ってみれば健全な保守リベラルの立場に立つ存在です。私たちは、この二人の諫言を通して、安倍晋三が葬り去ったものの大きさを知ることになります。(2017/4/7)
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    投稿日:2017年04月07日
  • 『失恋ショコラティエ』『脳内ポイズンベリー』などの少女マンガ(当然オススメ)や『窮鼠はチーズの夢を見る』『俎上の鯉は二度跳ねる』などのBL(抵抗がなければとてもオススメ)で活躍している水城せとなが青年誌で描く、友情・嫉妬・悪意……。幼馴染で立場が変わっても仲良しな3人の男子が、ありがちな不幸比べをしているところにやってきたのは、セカイという謎組織のナナミと名乗る人物(超能力らしきなにかも使える)。ナナミ(というかセカイ)は人の「不幸」に関するデータを集めていて、3人は「3人の中で一番不幸になった者は、どんな願いでも叶う」ゲームをもちかけられます。三者三様ぜんぜん違う「不幸」を感じている3人ですが、ナナミが手をかざすとDQという数値で不幸度が数値化される仕様。初めはユルユルな感じで始まったゲームですが、DQハイスコアのため、不幸になるため、それぞれ考えているようで…? 表面上はユルユルで平和に見えても、時々見え隠れする不穏な影にハッとさせられる展開。3人には不幸になってほしくないですが、物語がどんな結末を迎えるのか、怖い反面とても楽しみです。
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    投稿日:2017年04月07日
  • 私たちはどこから来たのか? なぜ、自分がいまここに存在するのか? 自分を取り巻く社会のルールはなぜ存在するのか? どうしてそれは絶対的なものとして私に迫ってくるのか? 人生にはどんな意味があるのか……。こうした疑問にとらわれた経験がある人は、少なからずいると思います。解答を求めて、小説を読んだという人も多いでしょう。しかし、小説以上に、こうした疑問にたいして、重要な示唆を与えてくれる歴史書があります。それが、本書『サピエンス全史』です。

    歴史といえば、日本史や中国史、ヨーロッパ史など、各国・地域の歴史に馴染んできたという人も多いと思いますが、言ってしまえば、それらはたかだか数千年の出来事を追うだけです。しかし本書には、アフリカ大陸の片隅で進化を続け、七万年ほど前から文化を形成し始めた、私たちホモ・サピエンス全体の歴史が綴られています。ある時代、ある時点に限った歴史ではなく、ホモ・サピエンスが生きた期間と場所すべてに目を配った、壮大な歴史書なのです。

    本書では、万物の霊長の地位を確立したホモ・サピエンスの歴史の道筋を決めた、三つの重要な革命について言及されています。それは、認知革命、農業革命、科学革命です。約七万年前に始まった認知革命によって、ホモ・サピエンスだけが「虚構(フィクション)」を共有できるようになりました。神話や宗教、貨幣、国家、会社などの虚構を共有することで、多数の見知らぬ者同士が協力し、他の動物よりも大きな力を発揮することができるようになりました。

    約一万二千年前に始まった農業革命によって、定住が可能になり、その場所に生活できる人数が爆発的に増加しました。そして約五百年前に始まった科学革命は、帝国主義や資本主義との相乗効果も相まって、ホモ・サピエンスを地球の支配者とするための、大きな原動力となりました。そして、その先にある未来とは? 最終章に描かれた内容は、想像を絶する衝撃的なものでした。しかし、近い将来起こり得ることであり、この内容を踏まえて、これからどうやって生きていけばいいのか、深く考えさせられました。

    また本書は、個人の「幸福」という観点で歴史を捉えていることも特徴的です。一般に、農業革命によって多くの人々食えるようになり、人類の幸福も増大したと思われています。しかし、全体ではなく「個々人の幸福」という観点でみた場合、狩猟採集時代と比較して、果たして私たちは幸せと言えるのか、大いに疑問があるといいます。全体の幸福と個々人の幸福、という観点は、いまを生きる私たちにとって重要な観点だと思います。

    これだけ壮大な視点で人類の歴史を学んだ後は、現在の自分を取り巻く状況や人間というものが、まったく違って見えてくることでしょう。文章は非常に読みやすく、抜群に面白いので、まるで小説を読んでいるように先が気になって、ページを送る手を止めることができませんでした。そして、一文一文が心に刺さり、自分の血となり肉となるような感覚を味わうことができました。歴史書でありながら世界的ベストセラーとなり、多くの著名人が熱烈に推薦するのも納得の、すごい本です。
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    投稿日:2017年04月07日