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  • 私たちを取り巻く環境、世界が以前にも増して複雑化しているのは、誰の目からも明らかだろう。膨大な情報、多様な価値観が入り乱れ、変化も激しい現代社会で、本来の「人間らしさ」を取り戻すのは困難のようにみえる。日本で「断捨離」がブームになっているのに、そうした背景があるのは確かだろう。本書は、1895年にフランスで刊行され、欧米でミリオンセラーとなった「La vie simple」の邦訳。当時の欧米では、産業革命後の工業化により、社会全体としては豊かになる一方で、貧富の差が広がりつつあった。現代と似たところもある激動の時代にあって著者は、人間らしさとは「簡素な生き方」「簡素な精神」にあるとし、物質的な豊かさやそれに伴う虚栄心や権威欲、傲慢さや野心などにとらわれない「善き人間」になるための考え方を説いている。著者のシャルル・ヴァグネル(1852-1918)はフランスの教育家、宗教家で、近代フランス初等教育を宗教から独立させ、無月謝の義務教育として確立させた功績でも知られる。
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    投稿日:2017年06月13日
  •  2017年ノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロ(代表作『日の名残り』『わたしを離さないで』ほか8作品が早川書房より配信中)が受賞インタビューで「母と一緒に観た小津映画に影響を受けた」と語ったことから、小津安二郎の映画が話題になっていますが、先頃(2017年9月29日)配信が始まった内田百けん(「けん」は「間」と似ていますが、門構えに「日」ではなく「月」を置きます)の『ノラや』を久しぶりに読み直していて、紡がれる言葉、行間からわきたつ家族の温(ぬく)もりにしみじみ感じ入りました。晩年の内田百けんと奥さん、そして2匹の猫が一つ屋根の下で暮らすあれこれを日々綴った連作集は、小津が白黒映画で描いた昭和の家族に重なりあいます。

     私の手元にある中公文庫版『ノラや』の奥付には、
     1980年3月10日 初版発行
     1997年1月18日 改版発行
     2016年10月15日 改版19刷発行
     とあります。改版発行から19刷。20年もの間絶えることなく版を重ねてきた凄い本だということがわかります。初出が昭和31年(1956年)から昭和45年(1970年)にかけてで、翌昭和46年(1971年)に百けん先生は82歳で没します。それから半世紀近い年月を経てなお色褪せることなく、読み継がれている昭和の出版遺産。それが電子書籍になって、いつでも、どこでも読めるようになりました。

     作品の舞台は、戦後間もない昭和23年(1948年)、百けん先生が新居(三畳間が3つ並んだ「三畳御殿」)を構えた東京都千代田区六番町。JR市ヶ谷駅や作品中にしばしば登場する雙葉学園、区立番町小学校、法政大学に近く、また神楽坂、九段の靖国神社、皇居の半蔵門なども歩ける範囲にある一帯です。
     漱石門下の小説家・随筆家の内田百けんと奥さんの二人暮らしに、一匹の野良猫が加わります。日本海軍がハワイ真珠湾を奇襲、対米戦争に突入した翌年に結成された日本文学報国会への入会を拒否した一言居士の大先生(後年、芸術院会員に推薦された時、〈イヤダカラ、イヤダ〉と言って断っています)、野良猫との縁について独特のユーモアをまじえてこんなふうに綴ります。「彼ハ猫デアル」より引用します。

    〈うちの庭に野良猫がゐて段段おなかが大きくなると思つたら、どこかで子供を生んだらしい。何匹ゐたか知らないが、その中の一匹がいつも親猫にくつ附いて歩き、お勝手の物置の屋根で親子向き合つた侭居睡りをしてゐたり、欠伸(あくび)をしたり、何となく私共の目に馴染みが出来た。
     まだ乳離(ちばな)れしたかしないか位の子供が、夜は母親とどこに寝てゐるのか知らないけれど、昼間になると出て来て、毎日同じ所で、何だか面白くて堪らない様に遊び廻る。親猫にじやれついてうるさがられ、親猫はくるりと後ろ向きになつて居睡りを始めてゐるのに、まだ止めない。その内に、相手になつて貰へないから、つまらなくなつたのだらうと思ふ。物干しの棒を伝つてお勝手の庭へ降りて来て、家内が水を汲んでゐる柄杓(ひしゃく)の柄にからみついた。手許がうるさくて仕様がないから家内が柄杓を振つて追つ払はうとしたら、子猫の方では自分に構つてくれるものと勘違ひしたらしく、柄杓の運動に合はして、はずみをつけてぴよいぴよいとすつ跳んだ向うの、葉蘭の陰の金魚のゐる水甕(みずがめ)の中へ、自分の勢ひで飛び込んでしまつた。
     うるさいから追つ払つたけれど、水甕におつこちては可哀想である。すぐに縁(ふち)から這ひ上がつて来たさうだが、猫は濡れるのはきらひだから、お見舞に御飯でもやれと私が云つた。
     彼が水甕に飛び込んだのが縁の始まりと云ふ事になる。彼と云ふのは雄だからである。静岡土産のわさび漬の浅い桶に御飯と魚を混ぜたのを家内が物置の前に置いてやつた。よろこんで食べたらしいけれど、いつの間にか食べてどこかへ行つてしまつたと云ふ風で、何分野良猫の子だから、物を食べる時は四辺に気を配るらしい。その次にまた桶に入れてやつた時、それに気がついても抜き足差し足で近づくと云ふ様子だから、もつとはたから見えない様に、葉蘭の陰に置いてやれと云つた位である。〉

     家に馴染んできた猫はあくまでも〈彼〉であり、いつの間にか〈猫にご飯をやる〉ことが百けん先生と奥さんの癖になっていきます。けっして〈餌をやる〉とは書きません。〈お膳で食べ残した魚の頭や骨は、猫にやればいいと思ふ様になった〉のはごく自然の成り行きで、雨が降る日以降、ご飯を入れたわさび漬けの桶の置き場所もお勝手の上がり口へ変わり、猫は家に一歩近づいた。すっかり乳離れしたようで、親猫の姿を見なくなった頃合いに、先生と奥さんは〈この子猫を飼ってやろうかと云ふ相談〉をして、〈野良猫だからノラと云ふ名前〉を付けます。

    〈飼ふと云ふ事になれば、食べ物と寝床を与へなければならない。物置小屋の板壁の板を少しずらして、小さなノラが出入り出来る位の穴をつくり、その内側にわさび漬の桶と蜜柑箱を置く事にした。蜜柑箱の中には雑巾にする襤褸のきれが分厚に敷いてあつて暖かさうである。
     暫らくの間、彼はその装置に安住し、どこへ行つたのだらうと思ふと小屋の中の蜜柑箱でいい心持に寝てゐる様になつた。腹がへればお勝手口へ来て、にやあにやあ騒いでせがむ。まだ子供だから、そのにやあにやあ云ふ声も心細い程細い。〉(「彼ハ猫デアル」より)

     何日か経つうちに、ノラが風を引きます。まるっきり元気がなくなって、ご飯も魚も食べないノラ。先生夫妻の看病ぶりがけなげというか、ほほえましい。〈コンビーフをバタでこね廻したのに玉子を掛けてやつて見ると、少し食べた〉といって少し安心し、〈水の代りに牛乳を供し〉、さらに〈蜜柑箱の中にはヰスキーの罎に温湯を入れたのを湯たんぽの代りに入れて〉あげるという具合。

    〈手当ての効ありて、二三日でなほつた様だが、その間家内が可哀想がつて頻りに抱いたので、野良猫の癖に余程私共に親近感を抱く様になつたらしい。又寒い雨が降り続いたりしたので、いつの間にか小屋の中のわさび漬の桶はお勝手の上り口の土間に移され、夜も小屋へは帰らず、風呂場に這入つて風呂桶の蓋の上に寝る様になつた。いつの間に彼はその場所を発見したのか知らないが、私は毎日風呂に這入るので、中には大概いつも温かい湯が這入つてゐるから、蓋は何とも云へないいい気持の暖かさになつてゐる。朝鮮のオンドルは話に聞いてゐるだけで実際には知らないが、猫はさう云ふつもりで風呂桶の蓋の上に寝てゐるに違ひない。(中略)
     何しろ風呂桶の蓋がよくて仕様がないらしい。晩になつて私が風呂に這入らうとすると彼がその上を占領してゐるから摘まみ出す。さうしておいて裸になつて行くと、又這入つて来る。仕方がないから又摘まみ出す。もう掛け湯をして、そこいらが濡れてゐるのに又這入つて来る。這入つて来ても、もう蓋はない。すると彼は風呂桶の縁へ上がつて、狭い所で落ちない様に中心を取つてゐる。猫と混浴するのは困る。〉(「彼ハ猫デアル」より)


     仰向けでムササビ(原文では漢字)の様な恰好になつて、腋の下を出して寝ているノラを見て、いたずら心を刺激された先生、〈くすぐつてやつたが平気らしい。人間の様にくすぐつたがらない〉とも綴っています。

     夫婦二人きりの無人の家にすっかり馴染んで、家族の一員となったノラ。しかしある日、その姿が見えなくなります。

    〈三月二十八日木曜日
     半晴半曇夕ストーヴをつける。夕方から雨となり夜は大雨。
     ノラが昨日の午過ぎから帰らない。一晩戻らなかつた事はあるが、翌朝は帰つて来た。今日は午後になつても帰らない。ノラの事が非常に気に掛かり、もう帰らぬのではないかと思つて、可哀想で一日ぢゆう涙止まらず。やりかけた仕事の事も気に掛かるが、丸で手につかない。その方へ気を向ける事が出来ない。それよりもこんなに泣いては身体にさはると思ふ。午前四時まで待つた。帰つて来たら、「ノラや、帰つたのか、お前どこへ行つてたのだい」と云ひたいが、夜に入つて雨がひどくなり、夜更けと共に庭石やお勝手口の踏み石から繁吹(しぶ)きを上げる豪雨になつて、猫の歩く道は流れる様に濡れてしまつた。〉(「ノラや」より)

     翌3月29日、百けん先生、こう続けます。
    〈快晴夕ストーヴをたく。
     朝になつてもお天気になつても、ノラは帰つて来ない。ノラの事で頭が一ぱいで、今日の順序をどうしていいか解らない。夕方暗くなり掛かつても帰つて来ない。何事も、座辺の片づけも手につかない。夜半三時まで、書斎の雨戸も開けた侭にして、窓の障子に射す猫の影を待つてゐたけれどノラは帰らなかつた。寝るまで耳を澄ましてノラの声を待つたがそれも空し。〉(「ノラや」より)

     人を頼んで近所を探してもらい、奥さんがノラが仲よくしていた猫を飼っている家を訪ね、さらに警察に相談し、朝日新聞に〈猫ヲ探ス、猫が無事に戻れば薄謝三千円を呈し度し〉の広告を出した。それよりも効果があろうと折り込み広告を印刷して新聞販売店に配ってもらいもした。情報が寄せられれば、確認に出向く。しかしノラは見つからず、戻って来ない。〈ノラやと思つただけで後は涙が止まらなくなり、紙をぬらして机の下の屑篭を一ぱいにしてしまふ〉そんな毎日が始まりました。日々の営みも激変します。

    〈ノラが帰らなくなつてからもう十日余り経つ。それ迄は毎晩這入つてゐた風呂にまだ一度も這入らない。風呂蓋の上にノラが寝てゐた座布団と掛け布団用の風呂敷がその侭ある。その上に額を押しつけ、ゐないノラを呼んで、ノラやノラやノラやと云つて止められない。もうよさうと思つても又さう云ひたくなり、額を座布団につけて又ノラやノラやと云ふ。止めなければいけないと思つても、ゐないノラが可愛くて止められない。〉(「ノラや」より)

    〈ノラが帰らなくなつた三月二十七日からもう半年になるが、その間一度も鮨を取つてゐない。今でもまだ註文する気になれない。私は仕事を続けてゐる時、晩のお膳にはその日の仕事が終つてからでなければ坐らない事にしてゐるので、その順序は毎晩遅くなる。だから仕事に掛かる前に一寸した小じよはんをしておく為にお鮨の握りを取り寄せる事がよくある。一日置き、どうかすると毎日続いた事もしよつちゆうで、御贔屓の鮨屋があるのだが、三月二十七日以来ノラに触れるのがこはくて持つて来させる事が出来ない。〉(「ノラに降る村しぐれ」より)

     ノラは、奥さんの手から貰う鮨の屋根の玉子焼に目がなかった。奥さんの膝に両手を乗せて、玉子焼を貰う恰好を思い出してしまう、だからもう鮨はとらない、というわけです。

     4月15日月曜日――夕方近く洗面所の前の屏の上にノラに似た猫がいた。痩せて貧弱だが、ノラももうその位は痩せたかと気になるので奥さんが追って行くと、後姿の尻尾が短かかつたのでノラではないことがはっきりした。
     5月25日土曜日――書斎の窓の障子の外で音がする。ノラがいつも帰ってきた時の気配だ。急いで開けた――。
    〈例のノラに似た猫がゐて、人の顔を見てノラのする通りにニヤアニヤア云ふ。堪らなくなつて暫らく泣き続けた。本当にノラだつたら、どんなにうれしいだらう。この一瞬から万事が立ち直るのに、と思つた。〉(「ノラやノラや」より)

     ノラの弟かもしれない、よく似た尻尾の短い猫。奥さんがご飯を与え始め、家族の一員となる、2匹目の登場です。尻尾が短いところから、「クルツ」という名を考える。6月8日のことです。
    〈ノラに似た尻尾の短かい猫はこの頃いつも物置にゐる。こんなにゐつくなら、名前をつけてやらうかと思ひ出した。一両日前からそんな気になつてゐた。尻尾が短かいから「クルツ」と云ふ事にする。三音で呼びにくかつたら、「クル」でも「クルツちやん」の「クルちやん」でもいいだらう。しかしまだ一人で考へてゐるだけである。
     クルツがノラに似てゐる点は毛並や動作だけでなく、表情がそつくりなので正視する事が出来ない。家内はいつも何かやつてゐる様だが、私は成る可く見ない様に目をそらす。〉(「ノラやノラや」より)

    「クル」と声をかけてかわいがりたいけれど、2か月ほど前に雨の中を出かけたまま戻らないノラを思い出してしまうので懸命に目をそらす百けん先生の姿が目に浮かぶようです。
     8月8日木曜日 立秋 ノラがいなくなって135日――夫婦は相談して、ノラが戻ってきた時のために用意しておいた頚輪をクルにはめてやることにします。そうすれば、金具に所番地や電話番号が彫りつけてあるから、迷っても手がかりになるだろうというわけです。もちろん、ノラのためにはもう一つもっと皮の柔らかいのを造って帰りを待つ二人です。
     ノラを待ち続ける百けん先生と奥さんの二人暮らしにクルが加わった穏やかな日常は、この後5年3か月続きます。そして8月9日から11日間、毎朝8時頃に九段のドクトルが来診、夫婦揃って懸命に尽くした最後の日々。

    〈クルを撫でてゐる家内が、吃逆をすると云つたので、すぐに跳ね起き附き添つてやる。臨終也。余り苦しみはなく、家内と二人でクルに顔をくつつけ、女中が背中を撫でてやる内に息が止まつた。午後四時五分。三人の号泣の中でクルは死んだ。ああ、どうしよう、どうしよう、この子を死なせて。取り乱しさうになるのを、やつと我慢した。しかしクルや、八月九日以来十一日間、夜の目を寝ずにお前を手離すまいとしたが、クルやお前は死んだのか。〉(「クルやお前か」より)

     クル臨終の稿、こう続きます。
    〈縡切(ことき)れたクルを暫らく抱いてやる。無論まだ温かく、可愛い顔をしてゐる。しかしすつかり痩せて、ふだんの半分よりまだ軽い。可哀想な事をした。こんなに痩せる迄、どうにもしてやれなかつた。顔をくつつけて、「クルや、クルや」と呼んだ。クルの小さな額(ひたい)や三角の耳に、クルの毛が濡れる程涙が落ちた。〉

     生あるものへの温かいまなざし。その不在に涙するまっすぐな気持。時代に追われるように駆け足で生きる私たちが喪(うし)ってきた、人生の確かな営みが、ここにはあります。一夜一話読むもよし、秋の夜長、14編を一気に読むもよし。(2017/10/13)
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    投稿日:2017年10月13日