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武田泰淳

『蝮のすえ・「愛」のかたち』

「戦後文学」ときいて、何を思い浮かべるでしょうか。野間宏、武田泰淳、埴谷雄高、椎名麟三、大岡昇平、堀田善衛などの名前。戦争体験をもつ彼らは必然的に「戦争と平和」の問題に正面から向き合い、革命と転向体験、生と死などに取り組み、多くの作品を生みだし、ある時期、大きな衝撃を社会に与えました。しかし、一世代前の太宰治のようには読まれなくなっていた戦後文学が、ここにきて再注目されているようです。夏目漱石、太宰治の後は村上春樹まで空白という状況下で、戦後文学を見直そうという機運が盛り上がっているというわけです。それをリードしているのが純文学雑誌『群像』(講談社発行)。9月号では、三島賞受賞の新鋭、1980年生まれの佐藤友哉さんが武田泰淳の『蝮のすえ』と対峙して連作小説『はさみむし(雑誌は漢字で書かれていますが、外字のため開きました)のすえ』を書いています。4月号の『割と暗い絵』――戦後文学好きならすでにお分かりかと思いますが、戦後文学の幕開けとも呼べる問題作、野間宏『暗い絵』を読みかえる実験です――に続く第2弾というわけです。佐藤友哉さんは「青春が呪いのように宿った土地と時代を振り返り、べとべとに粘りつく青春汁を煮染めて作った青春小説こそが戦後文学である」と定義しています。『蝮のすえ』の舞台は太平洋戦争後の上海。武田泰淳自身、33歳の時に上海で終戦を迎えています。上海で代書屋として暮らす主人公の杉には武田泰淳が上海で味わった苦悩や悔恨、憧憬などの生々しい青春の感情が投影されていると考えるのが自然でしょう。だから「青春小説」の大事な条件の一つである「童貞臭」がしないとはいっても、ラストに向かって杉が童貞力を獲得して、若くて青い青春小説となった、と佐藤友哉さんは言っています。青春小説としての『蝮のすえ』。新たな気持ちで読んでみてはどうでしょう。(2010/9/10)


マウンジー 補注:安岡 昭男

『薩摩反乱記』

薩長同盟から大政奉還への歴史のうねりのなかで西郷隆盛が果たした役割とその存在感。そして最後は反乱軍のリーダーとして悲劇的な死に至るという波乱に富んだ人生。いまなお日本人の間で「東洋の偉大な英雄」という評価を得ている西郷隆盛と彼がすべてを捨てて起こした「西南戦争」はイギリスの外交官の目にはどのように映っていたのか。西南戦争当時、イギリス公使館書記官として東京に駐在していたA.マウンジーが最も信頼すべき筋からの記録類や口述による情報――反乱の鎮定に実際にたずさわり活躍した日本人からの情報を多く含む――に基づいてまとめたのが本書「薩摩反乱記」です。マウンジーはこの反乱の原因が1968年の王政復古、すなわち明治維新にさかのぼるとして、その概容を説明するところから綴り始めています。明治維新から10年たった1877年、ともに薩摩出身であり、維新の主役となった西郷隆盛と大久保利通は袂をわかちます。攻める征討軍60,838人に対し、薩軍は30,000余。西郷の死をもって7か月に及んだ反乱は終わりますが、マウンジーのみるところ、西南戦争とは封建制度をいくらかでも復活させようとする最後の真剣な試みであった。「西郷隆盛による反乱の物語」は日本の年代記の中でも注目すべき1章をなすものであり、日本の歴史に一時期を画すものとなるように思われると、マウンジーは西南戦争の重要性を強調しています。英雄・西郷隆盛の光と影を追ったイギリス人外交官の労作です。(2010/9/10)