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  •  それにしても、「乳房」とはこんなにも美しく、やさしいものだったのか。やすらぎを与えてくれるものだったのか。
     女性の乳房だけを写した写真集『BREASTS 乳房抄/写真篇』(文・写真:伴田良輔、朝日出版社)が売れ続けています。『ランダムハウス英和大辞典』(小学館)で「breast」を引くと、3つめの意味として「(女性や哺乳動物の雌の)乳房(の一方);乳,母乳」とあります。ちなみにhigh breastsは「垂れていないで前に突き出た乳房」を指す言い方だそうですが、エロティシズムを美術の目線で捉えた評論、著作を多く著してきた伴田良輔が自ら撮影し執筆した本書。美しいフォルムをもつ乳房がオブジェのように並んでいます。女性の顔も、下肢もありません。乳房の奥に遠景のようにかすんだ横顔が見える1枚を除けば、乳房以外に写っているのは細い指だけです。
     フランス文学者、評論家の鹿島茂は、本書表紙に最高の賛辞を寄せています。サイトに表示される表紙の小画像(サムネール)は、残念ながら字が小さくて鹿島流を読むのに苦労します。全文を紹介しましょう。

    〈愛とはオッパイである。人のオスだけがセックス時にオッパイをまさぐるのは、失われた黄金郷へのノスタルジーのためといわれる。本書は、視線でこの「愛のアルカディア」を蘇らせる大胆な試みである。〉

     アルカディアは「牧歌的で平和な桃源郷、理想郷」伝説で有名な古代ギリシャのペロポネソス半島中央部に位置する高原の名称です。愛の理想郷を蘇らせる試みとする鹿島茂に対して、賛辞を寄せたもう一人、美術史家の山下裕二は、その美しさに圧倒されたという。
    〈「絵にも描けない美しさ」は、竜宮城じゃなく、富士山と乳房にこそある。だから伴田さんは「写真」でおっぱいに迫った。おっぱいの「絵」に感応したことのない私が、美しい「写真」に感応した。〉

     美しい「写真」に収められたのは、モデルの募集に応募した女性21人の乳房。顔がそうであるように、乳房もひとつとして同じものはありません。それぞれが個性を主張しているかのようです。その写真には、21人のプロフィール、撮影時の雑感とともに、各ページに堀内大学の詩「乳房」(『ヴェニュス生誕』所収)からの引用2行が置かれ、そしてロンサール、シャルル・ピトウー、ヴォルテール、佐藤春夫、与謝野晶子、吉野弘、北原白秋らの詩の一節が添えられ、古今東西の「乳房」をめぐるアフォリズムの秀作となっています。私たちの想像力を刺激してやみません。

     最初に紹介されている〈k.s.さん、24歳〉。プロフィール欄には短くこうあります。
    〈下町で店員をしながら、休みの日にニコンの一眼レフカメラで写真を撮っている。何気ない風景に惹かれる。古くてかわいい服が好きで「部屋の中は洋服だらけ」らしい。実家にいた猫が去年の春に死んだ。〉

     その後、〈m.r.さん 26歳 会社員〉〈a.i.さん 21歳 大学生〉と続き、〈s.kさん 27歳 会社員〉に向き合ったとき、それまでひたすら乳房に焦点を絞ってきた著者が撮影の仕方をすこし変えています。なにが刺激を与えたのか。
     s.kさん 27歳 会社員
    〈てのひらにちょうど載りそうな、堀口大学の詩の中から抜け出したような乳房。丸い鏡を右に置いて撮影した。向こうにあるのが鏡に映ったほう。鏡はひんやりとつめたいのだが、カメラを向けるとふわっと暖かい空気がながれた。〉
     t.m.さん 23歳 無職
    〈腕と乳房はひとつのセットで何かを語り始める。最初のうちは乳房ばかりに焦点をあわせていたぼくは、いつからかこうして、腕を画面に入れて撮影するようになった。窓の向こうで犬が吼えていた。〉

     そして最後に登場する〈k.a.さん 30歳 会社員〉。
    〈つんと上を向いた乳首の存在感が圧倒的だった。赤ん坊ならすぐにでも吸い付いてはなさないにちがいない。それを下から撮影。もうすぐ夏休みという初夏の一日。撮影のあとは会社の同僚と飲みにいくとのことだった。〉

     そうして撮影された彼女の乳房の写真。そのページには、いまブームの詩人・吉野弘の詩が捧げられています。

     若い娘
     あなたがどんなにつつましく
     仕合わせに向かって控え目でいても
     あなたの胸のふくらみは
     青白く緊張し
     不当と思えるほど上向きに突き出し
     夏のうすものの下では
     殆どとがってさえ見える。
     (吉野弘「乳房に関する一章」より)

     著者はあとがきにこう綴ります。
    〈そのままで、ただ見るだけで、誰もが幸せに感じるものがあるとしたら、乳房をおいてほかにないのではないでしょうか。誰もが、というのはもちろん男だけをさしているのではありません。
     この15年間、おりにふれ女性のバストの写真を撮影してきました。(中略)
     撮影方法は、そのまま撮ろうということにつきます。もともと自然の神は乳房にじゅうぶんな美質を与えています。それを不自然に、過剰に演出する必要はないというのがぼくの考えです。過剰な演出は、たいてい乳房やおっぱいへの無理解にもとづく思い込みからきていて、紋切り型のエロチシズムを生んでしまいます。そして乳房が持っている精妙で奇跡的なフォルムを台無しにしてしまいます。〉

     無垢な赤ん坊にとっては「乳房」は世界そのものだという。そこにむしゃぶりつく赤ん坊。そのような視線で、カメラを通して乳房に近づこうとしたという著者による、乳房からほぼ30センチの距離からの視線の記録。著者のこだわりが生み出した“奇書”は、現代ニッポン文化の一つの到達点といっていいと思います。(2015/6/19)
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    投稿日:2015年06月19日