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  •  イーブックジャパンのオフィスは、かつて“カルチェラタン”と呼ばれたこともある大学の町、お茶の水の一角にあります。最近この界隈で目立つのが黒の就活スーツに身を固めて行き交う女子大生の姿です。つい先日までは思い思いのファッションをまとって闊歩していた彼女たちが、「仕事」を求めて判で押したような黒の“制服”で足早に町をゆく。「個性」を消して会社に入った先に何が待ち受けているのでしょうか。

     過酷な長時間労働の果てに生きる意味を見失った「新型うつ」が中高年層だけでなく、若い世代の間でも急速に拡大しているという。人類はこれまで、〈空腹だからと食糧を求めて動き、危険だからと安全なところに逃げ込む〉という虫と同じ行動原理「ハングリー・モチベーション」で駆け抜けてきました。しかし「飢え」が克服され、「ハングリー・モチベーション」の時代が終焉に向かっているにもかかわらず、人々はこれまでと変わりなく「ハングリー・モチベーション」に突き動かされて暮らしています。そこに現代人の「心」の危機の淵源がある――精神科医で精神療法を専門とする泉谷クリニックの泉谷閑示(いずみや・かんじ)院長は訴えます。

     近著『仕事なんか生きがいにするな』(幻冬舎新書、2017年2月1日配信)で著者の泉谷院長は、いまから137年前の1880年に発表されたパロディ作品を紹介しています。日本ではあまり知られていませんが、マルクスの娘婿のポール・ラファルグという社会主義者が著した過激な書『怠ける権利』(平凡社、2013年12月27日配信)収録の「資本教」で、資本主義に翻弄される労働者を痛烈に皮肉った風刺は現代社会の病根をも見事に言い当てているように思えます。

    〈問い──おまえの名はなにか。
     答え──賃金労働者です。〈中略〉
     問 ──おまえの宗教はなにか。
     答 ──「資本教」です。
     問 ──「資本教」はおまえにどのような義務を負わせているか。
     答 ──主要な二つの義務、つまり、権利放棄の義務と労働の義務です。〈中略〉
     幼年時代から死ぬまで、働くこと、太陽の下でもガス燈の下でも働くこと、つまりいつでもどこでも働くことを、わたしの宗教は命じます。〈中略〉
     問 ──おまえの神、「資本」は、おまえにどのような報いを授けるのか。
     答 ──いつもどんな時にも、妻や幼い子供やわたしに仕事をくださることによって。
     問 ──それが唯一の報いか。
     答 ──いいえ。畏敬すべき僧侶や選民が常食にしている肉や上等の食糧を、われわれは食べたことがなく、今後も口にすることはないでしょうが、それらの旨そうな陳列品を目で味わうことで飢えをみたすのが公認されております。〈中略〉選ばれたお歴々が、われわれのものにはならぬすばらしいものを享受しているにしても、それらがわれわれの手と頭脳の産物だと考えると、わたしたちは誇らしい気持になります。
    (『怠ける権利』「資本教二 労働者の教理問答」より ポール・ラファルグ著 田淵晉也訳)〉

     いつでも、どこでも働き続けることが義務として課せられているというのですが、その姿は、現在の私たちの状況に重なっているといったら、言い過ぎでしょうか。著者はこう書いています。

    〈今日われわれは、奴隷制を基盤に成立していた古代ギリシヤ市民のような暮らしができるはずはないし、もちろん倫理的にもすべきではありません。しかしながら、その奴隷制の代わりとなるべく機械化や情報化がここまで高度に実現されたにもかかわらず、人々は一向に〈労働する動物〉状態から解放されることなく、むしろあべこべにIT機器の奴隷のように長時間「労働」に従事させられているという、かなり本末転倒な状況に陥っているのです。〉

    〈IT機器の奴隷のように長時間「労働」に従事させられている〉と感じたことはありませんか。誰でも一度や二度、深夜ひとりでPCの液晶画面を見つめ、キーボードを叩いている時、〈自分はIT機器の奴隷か〉そんな思いが胸をよぎったことがあるのではないでしょうか。
    「労働」によってほとんどが占められるような生活は、決して人間的な生活とは呼べません。精神科医としてそう考えてきた著者が注目している存在があります。夏目漱石が描く「高等遊民」――たとえば小説『それから』の主人公代助です。著者は、代助と親友の平岡との会話シーンを引用して、次のように指摘しています。

    〈「君は金に不自由しないから不可(いけ)ない。生活に困らないから、働らく気にならないんだ。要するに坊ちゃんだから、品の好い様なことばっかり云っていて、──」
     代助は少々平岡が小憎らしくなったので、突然中途で相手を遮(さえ)ぎった。
    「働らくのも可(い)いが、働らくなら、生活以上の働(はたらき)でなくっちゃ名誉にならない。あらゆる神聖な労力は、みんな麺麭(パン)を離れている」
    〈中略〉
    「つまり食う為めの職業は、誠実にゃ出来悪(にく)いと云う意味さ」
    「僕の考えとはまるで反対だね。食う為めだから、猛烈に働らく気になるんだろう」
    「猛烈には働らけるかも知れないが誠実には働らき悪いよ。食う為の働らきと云うと、つまり食うのと、働らくのと何方(どっち)が目的だと思う」
    「無論食う方さ」
    「それ見給え。食う方が目的で働らく方が方便なら、食い易(やす)い様に、働らき方を合せて行くのが当然だろう。そうすりゃ、何を働らいたって、又どう働らいたって、構わない、只麺麭が得られれば好(い)いと云う事に帰着してしまうじゃないか。労力の内容も方向も乃至(ないし)順序も悉く他(た)から制肘(せいちゅう)される以上は、その労力は堕落の労力だ」

     ここでは、ハングリー・モチベーションを真正面から主張する平岡に対して、代助は「働くこと」に関する自説をとうとうと述べています。「食う方が目的で働らく方が方便なら」そのような仕事は決して誠実なものではないだろう、というのが彼の主張です。つまり、代助にとって働くこととは、「麺麭を得るため」のものではないのです。先に紹介した「人はパンのみにて生くるにあらず」と言ったキリストと同様、ハングリー・モチベーションで働くようなことは精神の堕落であり不純である、と代助は考えているわけです。〉

    〈働くこととは、パンを得るためのものではない〉〈ハングリー・モチベーションで働くようなことは精神の堕落であり不純である〉と考える小説『それから』の主人公代助=高等遊民に対し、現在の資本主義経済のもとでは多くの人々が〈食うために働くのだ〉と考えています。漱石は、代助の親友・平岡にそうした世間一般の考え方を代弁させているのです。〈働かざるもの食うべからず〉という言葉は、もともと聖書に起源がありますが、いまでは資本主義社会の基本的考え方としてキリスト教文化圏の枠を越えて世界で広く共有されるようになっています。そうした考えが世界中に拡がっていった過程について、本書にはマックス・ヴェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(岩波文庫、2013年4月12日配信)が始まりだったという興味深い指摘がありますが、ここではこれ以上触れません。

     問題は、〈わが国には、資本主義が輸入されたと同時に、知らず知らずのうちに、「労働」に禁欲的に従事すべしという「資本主義の精神のエートス」までもが輸入されていた〉ことにあると、著者は言う。このような禁欲的労働観を背景に、人々の仕事は質の次元を離れて、量でしか計れない「労働」が支配的となってきたというわけです。

    〈この「量」的に傾斜した価値観は、物事に最大限の効率を求めるようになり、ロジカルな戦略を立てて物事に取り組むスタイルを生み出しました。明確な目標設定、その実現可能性やリスクはどの程度で、勝算はどの程度見込めるのか、それに投入するコストはどこまで最小限にできるのか等々、人間の「頭」の算術的なシミュレーション機能を過大に評価した考え方が、子供の勉強から大人のビジネスまで、果ては「ライフプランニング」という言葉も登場するほどに、人生のあらゆる局面までも支配するようになってしまったのです。
     この一見合理的に思える方法論には、致命的な欠陥があります。〉

     残業時間の規制について、繁忙期など特別な場合の上限を「月100時間未満」とする案を政労使がまとめました。月100時間の残業は、労災認定の目安とされる「過労死ライン」ぎりぎりで、過労死で家族を失った遺族は今回の案に強く反対しているという。
    「上限」を設けることに意味がないとはいいません。大事な一歩であることも否定しません。しかし「働き方改革」の問題が、労働の「量」をコントロールすることによってすべて解決できるとは思えません。

    〈量の次元になってしまっている種々の「労働」を、「仕事」という質のあるものに移行させていくことを、これから私たちは真剣に考えなければならないのです。
     人間らしい「世界」を取り戻すためには、儲かるとか役に立つとかいった「意義」や「価値」をひたすら追求する「資本主義の精神のエートス」というものから各々が目覚めて、生き物としても人間としても「意味」が感じられるような生き方を模索すること。この狭き道こそが、これからの私たちに求められている課題であり、希望なのです。〉

     卒業、就職、異動・・・・・・新しい生活が始まる春。「心」の問題に直面する人々を間近に見つめてきた精神科医が“現代日本の病理”を解析し、“生きる意味”――“生きる意義”ではなく――を再考した『仕事なんか生きがいにするな』。自分が今どこにいるのか、何をしたいのか、この先どこに向かえばいいのか迷った時、まず手にとってほしい一冊です。(2017/3/24)
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    投稿日:2017年03月24日
  • 携帯からゆっくり見れてよかったです。
    こちらを登録して購入したのは、主人も私もマンガが大好きで結婚する以前からマンガをたくさん購入していて、私は実家に置いてきたのですが主人がすべてにおいて長編のマンガをいまでも毎月何冊も購入ていて、すでに本棚が床から天井までの沢山入る棚が6つになり置き場所に困ったからです。
    携帯からも見れてたくさん保存ができて、好きな時に見れるので本当に助かっています。子供の習い事の間にゆっくり読めるのですごく便利で気に入っています
    • 参考になった 0
    投稿日:2017年11月20日