オススメ特集

一覧を見る



新刊 4/24~30発売! 304冊

新刊一覧

文芸

文芸の新刊一覧

ミステリー

ミステリーの新刊一覧

歴史・時代

歴史・時代の新刊一覧

エッセイ

エッセイの新刊一覧

ノンフィクション

ノンフィクションの新刊一覧

  • 週別日別

  • 初出は昭和6年「オール読み物」創刊号
    「親分、てえへんだ!」
    「おう、どうした八!」
     このやり取りだけで「あ、銭形平次だ」と思い出す人も多いのでは?
     ドスを振り回す悪党相手に、十手をふるって大立ち回り。やにわに十手を口にくわえ、寛永通宝の投げ銭が敵の額にビシッと決まる。
     大川橋蔵主演のテレビドラマは大人気を博し、888回を数える長寿番組となった。その原作が野村胡堂の「銭形平次捕物控」。(ただしドラマ版と違って、必ずしも毎回投げ銭を使うわけではない)。こちらも昭和6年「オール読物」創刊号に第1話が発表されて以来、27年間に383話という長寿小説だ。
     現在、電子書籍でも青空文庫に140話ほどがあげられているのをはじめ、全集的なもの、傑作集等、異なる編集で数種のコンテンツが配信されていて、簡単に読むことができる。

     小説中の平次親分は、とにかく人情に厚い。どれくらい厚いかというと、情状酌量の余地があるような下手人(犯人)は、片っ端から見逃してしまう。5~6話に1回くらいは見逃しちゃってませんかね親分!それをまた上司にあたる与力の笹野新三郎が「お前の道楽にも困ったものだ」と苦笑いで許しちゃう。
     また平次親分は名探偵ホームズのような推理力と洞察力の持ち主だ。持ち出せるはずのない千両箱が消えた!苔の庭に残された謎の足跡が!連続殺人事件に見えたものが、実はそれぞれ別人の犯行だった!等々、舟木一夫が歌ったドラマの主題歌そのままに「かけてもつれた謎を解く」、難事件を次々と解決していく筋書きは、推理小説としても十分お腹いっぱいにしてくれる。

     本編を読み始めると、今の小説にはほとんど見られない丁寧語文体にちょっと戸惑うけれど、そんなのはすぐ慣れる。セリフの江戸っ子調と文章のですます調が織りなすテンポに、いつの間にかどっぷり。平次と子分の八五郎の掛け合いをちょっと抜き書きしてみよう。
    『「親分、近頃つくづく考えたんだが―」
    ガラッ八の八五郎は柄にもない感慨無量な声を出すのでした。
    「何を考えやがったんだ、つくづくなんて面(つら)じゃねえぜ」
     銭形平次は初夏の日溜りを避けて、好きな植木の若芽をいつくしみながら、いつもの調子で相手になっております。』(第77話冒頭より文字遣い等若干変更して引用)
     このように毎回ノリノリである。ちなみに平次親分の趣味は園芸だ。
     記念すべき小説第1話「金色の処女」は、最近のドラマによくある第1話拡大版を意識したかのようなスケールの大きい異色作だ。
     将軍家光暗殺計画というネタもさることながら、後に平次の妻となるお静は捕まって身体に金箔を貼られ、儀式の生贄にされかけるわ、悪事が露見した犯人たちは建物ごと派手に自爆するわと、これでもかの大サービス!投げ銭までも、この回だけは銭でなく小判を投げている。

     時代劇研究家のペリー荻野さんが、大川橋蔵版、風間杜夫版、北大路欣也版、村上弘明版の各銭形平次について、投げ銭を後から拾っているかどうかを考察していて興味深いが、さて、小説第1話で投げた小判は回収できたのか気になるところ。
     他にも、触ると暖かいお地蔵様の謎を解く「人肌地蔵」、殺されたはずの男が舞い戻って自分の仇を探す「地獄から来た男」、盗賊団の暗号を解き、一網打尽にする「平次屠蘇機嫌」等々、おすすめの話はたくさんあるけれど、キリがないのでこのへんで。

     清濁併せ呑む変化球ヒーローが多い昨今、平次親分のような直球の時代劇ヒーローで読後感すっきり!全話でも手軽に持ち歩ける電子書籍で体験してみてはいかが?
    投稿日:2016年05月27日
  •  福岡市の繁華街で白昼、貴金属関連会社の社員が銀行から下ろしたたばかりの現金3億8,400万円を大型スーツケースごと強奪された直後、福岡空港でトランクに入れた現金7億円を海外に持ち出そうとした韓国籍の男性4人が関税法違反の容疑で逮捕された。
     4月22日付朝日新聞によれば、ソウルにある自動車販売会社の男性社長(42)が名乗り出て、“東京の日本人男性から伊フェラーリの高級車「ラ・フェラーリ」2台を受注し、その代金として約7億3,500万円を福岡空港で受け取り、社員4人に香港まで運ばせようとした。過去にも何回か同様に現金を運ばせたことがある。法律に触れるとは思わなかった。(現金強奪事件について訊かれて)偶然同じ日にそういうことが起きてびっくりした。この強奪事件がなかったら、関税法違反で逮捕されるほどでもなかったのでは”と語ったという。偶然の出来事だとしても、同じ町、同じ日のほぼ同時刻に3億8,400万円が強奪され、7億円が香港に持ち出されようとしていた。そして翌日、東京銀座の路上でやはり白昼、4,000万円が奪われる事件が発生。わずか2日の間に億単位、一千万単位の現金が事件となったわけですが、私が見聞きした限りでは事件を伝えるメディアはなぜか登場する人物、会社の名前を書かないし、言いません。不明なのか被害者への配慮なのかわかりませんが、私たちの日常では普通出てこない巨額現ナマをめぐる不可解な事件です。じつは表に出てはならなかったはずのお金だったのではないか、そんな風に妄想を逞しくした時、1冊の長編小説が頭に浮かびました。
     ちょうど1年前に文庫版を底本に電子化された橘玲著『タックスヘイヴン Tax Haven』(幻冬舎文庫、2016年4月12日配信)です。こんな一節があります。スーツケースに入れた現金を闇に紛れて日本船から韓国船に海上で受け渡す緊迫シーンです。

    〈対馬の北端から韓国の釜山までは五〇キロほどしかない。高速フェリーなら一時間一〇分の距離で、時速一〇ノットの釣り船でも三時間弱で着く。
     午前二時過ぎ、船は韓国との国境近くで停まった。暗闇から、サーチライトを照らしながら別の船が近づいてくる。ひとまわり大きな漁船で、韓国旗を掲げている。
     こちらからもサーチライトで合図すると、韓国船がゆっくりと横づけしてきた。
     床に寝転んで荒い息を吐いている堀山を置いて、古波蔵は船室を出た。
     韓国船では、船員たちがブリッジを下ろす準備をしている。漁師が操舵室から下りてきて、ブリッジを引き込んで素早くデッキに固定した。屈強な体躯(たいく)の若い船員が二人、韓国船から乗り移ってきた。
    「スーツケースを運ばせるから、先に向こうの船に行ってくれ」古波蔵は、青白い顔で船室から出てきた堀山に声をかけた。
     堀山は一瞬、躊躇(ちゅうちょ)し、「それはあきまへんで」といった。「ワシはいつでもあんたといっしょや」
     古波蔵は肩をすくめると、手早く救命胴衣をつけ、コートの内ポケットから封筒を取り出して漁師に差し出した。漁師はなにもいわずに封筒を受け取り、乱暴に尻のポケットに突っ込んだ。
     韓国人の船員がスーツケースを抱えてデッキに戻ってきた。古波蔵はブリッジに足をかけ、バランスをとりながら一気に渡った。そのあとを、手すりにしがみつき、四つんばいになって堀山がついてくる。
     転げ落ちるようにして韓国船のデッキに下りると、堀山はぜいぜいと息をつきながら古波蔵のうしろに立った。向こうの船には、韓国人の船員二人とスーツケースが残されている。
     古波蔵は、脇腹のあたりに硬いものが当たるのを感じた。
    「このまま船が別々になれば、カネはおしまいや」堀山はいった。「そのときはあんたを殺して、ワシはこの冷たい海に飛び込むことに決めとりまんねん」
     堀山の言葉を無視して、古波蔵は大きく手を振った。韓国人の船員がスーツケースの取っ手とキャスターを持って、ブリッジを駆け上がってくる。
     二人は堀山の足元にスーツケースを置くと、手際よくブリッジを片づけて、操舵室に向けて手を振った。エンジンがかかり、船がゆっくりと動き出す。〉

     文中の堀山(健二)は関西を中心にファッションヘルスやピンサロを手広く経営。二重帳簿で売上げを隠蔽してきたが、大阪国税局査察部による摘発が時間の問題となるにおよんで、在日韓国人の大物フィクサー崔民秀(チェ・ミンス)の配下で、裏社会に通じた情報屋・柳正成(リュ・ジョンソン)を通じて古波蔵佑(こばくら・たすく)に接触をはかった。手元に残った現金5億円を国税の摘発前に海外に移すことが目的だ。
     古波蔵佑は関西の国立大学を卒業して米系の外資系銀行に就職。横浜支店でプライベートバイキングといわれる富裕層向けの営業を担当。しかし法令違反が問題化して日本から撤退が決まった時、ヘッドハンティングを受けてスイスにあるユダヤ財閥系のプライベートバンクへ。自分の担当する顧客の口座の大半も一緒に移した。日本との間を往復する生活を続けたが、リーマンショックで日本への出張が禁止されるやそこを退職、どこの組織にも属さないプライベートバンカーとして独立した。フリーとなった古波蔵に最初に接触してきたのが、情報屋の柳だった。裏社会にも通じ、高度な金融商品や海外送金の仕組みに精通した一匹狼。国際金融ミステリーにはこれ以上ないキャラクターの主人公だ。

     古波蔵が使う日本から韓国に現金を密輸するルートは、日本の政財界と裏社会を結びつける「最後のフィクサー」と呼ばれた崔民秀が10年ほど前につくったものだ。

    〈いまもむかしも、現金こそがもっとも匿名性の高い決済手段だ。マネーロンダリングへの監視が厳しくなればなるほどその価値は上がり、堀山のように、どれだけコストがかかっても手持ちの現金を海外に運びたいというカモが増えてくる。柳が古波蔵に接触してきたのは四年ほど前で、それ以来古波蔵はこのルートを使っていた。プライベートジェットやクルーザーを使った大掛かりな現金移送は税務当局が監視しており、こちらの方がずっと安全なのだ。〉

     韓国に密輸された現金5億円は釜山の信用金庫に持ち込まれ、現金の山から手数料・謝礼として支店長に7束、700万円、船の運賃として2束、200万円がひかれた。残った4億9,100万円はユーロに変換されて堀山が持つリヒテンシュタインの銀行の法人口座に2営業日で入金される。堀山の名前は一切表に出ることなく秘密は完全に守られるのですが、その仕組みの詳細についてはここでは触れません。本書をご覧ください。

     さて送金額の1割が古波蔵の報酬です。今回の場合5,000万円で、古波蔵はそのうち6割を崔と柳に渡す取り決めだ。つまり5日間の小旅行で2,000万円の無税の報酬を得ての帰路、福岡空港搭乗口に向かおうとする時、古波蔵のスマートフォンが振動した。「通知不可能」との表示があった。搭乗の列から外れて受信ボタンをタップした古波蔵の耳に切羽詰まった男の声が飛び込んできた。

    〈「コバ?」いきなりあだ名を呼ばれた。「コバなんだろ」
    「誰だ?」古波蔵は混乱した。
    「あの、俺」相手は切羽詰まった口調でいった。「サトル、牧島慧だよ」〉

     牧島慧は静岡県内の高校時代に仲のよかった友人で、東京の私立大学理工学部を出て大手電気メーカーに就職。5年前に退職して技術書やビジネス書の翻訳の仕事をしてなんとかくいつないでいる。
     高校時代のもうひとりの友人、紫帆とともにシンガポールに来ているが、ある書類にサインするよう求められて、どうしていいか判断に迷って、ふと思い浮かんだ古波蔵に連絡をしたという。
     紫帆の夫、北川康志(きたがわ・やすし)はシンガポールを拠点とするプライベートバンカーですが、ホテルのベランダから墜落死。事件性がないか警察の捜査が始まっているが、連絡を受けて遺体の確認などのためにシンガポールを訪れた紫帆の前にスイス系銀行のシンガポール法人でエグゼクティヴダイレクター(執行役員)を努めるエドワード・ウィリアムズと名乗る男が現れ、夫の北川には彼の銀行に対する1,000万ドル(10億円)の負債があると告げた。しかし、銀行に対する求償権を放棄し、この件については今後一切口外しないことを約束すれば、10億円もの負債も北川所有のコンドミニアムにつけた抵当権も放棄する、だからこの場で契約書にサインせよ――そう迫られて古波蔵に電話したというわけです。
     ひととおり事情を聞いた古波蔵の返事は簡潔なものでした。

    〈「バカか、お前は」と古波蔵はいった。牧島はエドワードのところに戻ると、古波蔵にいわれたとおりのことを伝えた。
    「法律家のチェックを受けないどのような書類にもサインできません。その代わり、私たちがなんらかの不利益を被らないかぎり、この件については沈黙を約束します。コンドミニアムの抵当権を行使するかどうかは、あなた方が判断することです」
     エドワードはしばらく牧島を眺めていたが、「それもひとつの見識かもしれませんね」と書類をしまい、席を立って紫帆と牧島に握手した。〉

     しかし、これで一件落着というわけにはいかなかった。彼らは既にトラブルに巻き込まれていた。シンガポールから帰国した牧島が古波蔵を誘い、5年ぶりに会った二人の会話――。

    〈古波蔵は・・・・・・「自分たちがどんなトラブルに巻き込まれたかわかってるのか?」と訊いた。
     牧島は驚いて首を振った。
     古波蔵はレザージャケットのポケットから四つに折りたたんだ紙を取り出すと、それを広げて牧島の前に置いた。フィナンシャルタイムズ・アジア版のコピーだった。〈スイスSG銀行、一〇〇〇万ドル行方不明か?〉という見出しで、シンガポールの金融当局がプライベートバンクの不透明な資金処理の調査に入ったことが報じられていた。日付は三日前になっているから、牧島たちがエドワードに会ってから事件はメディアの知るところとなったのだ。
    「消えたのがどういうカネだったかもわかっている」古波蔵はもう一枚のプリントアウトを牧島に見せた。それは東証二部に上場する「民平」という飲食店チェーンが、株主へのIR情報としてホームページに掲載したものだった。予定していた自社株の取得ができなくなったことの釈明で、「スイスSG銀行シンガポール法人から自社株の買取り資金として八億円の融資を受けることが決まっていたものの、期日になっても約束の融資が実行されなかった」と書かれていた。
    「PB(プライベートバンク)は、担保がなければ融資などしない」古波蔵が説明した。「民平に融資されるはずの八億円は、オーナーがスイスSG銀行に持っている口座の資金が担保になっていたはずだ」〉

     担保となるはずの預金が消えた。そのため融資が実行されずに自社株取得もできなくなった。すべての発端となった「消えた預金」に墜落死した紫帆の夫が関わっており、残された紫帆、シンガポールに同行した牧島、そして古波蔵――事情をよく知らないまま、気がついてみれば「やばい立場」に立たされていた同級生3人・・・・・ここから物語が動き始めます。

     裏社会に詳しいノンフィクション作家の溝口敦さんは、福岡現金3億8千万円強奪事件について、「おそらく金インゴット(地金)の密輸がらみの犯罪だろう」という興味深い見方を示しました(4月25日付「日刊ゲンダイ」)。実際、福岡では昨年7月、警察官を装った男数人が、金を貴金属店に持ち込もうとしていた男たちを取り囲み、「密輸品なのは分かってるんだぞ」と、金塊入り(6億円相当)のケースを搾取した事件が発生しているのです。「福岡、沖縄辺りは税関がぬるいのか、金密輸の集積地になろうとしている」と溝口さん。巨額現金が表舞台に出た一連の事件は、地表の裂け目から地下世界が一瞬露わになった想定外の出来事だったのかもしれません。

     日本人プライベートバンカーの転落死。直後にコンドミニアムから姿を消した現地妻と5歳の男の子。ODA。大物保守政治家の影、北朝鮮の暗躍。東京地検特捜部検事。二人の同級生と古波蔵佑・・・・・・思わぬ形で露出した「現金社会」の広がりに触発されて再読した『タックスヘイヴン』は、一度目とはまったく違うリアリティに溢れていた。橘玲渾身の国際情報小説――いま、見逃せない1冊だ。(2017/4/28)
    • 参考になった 1
    投稿日:2017年04月28日
  • 3月20日
    3月20日は地下鉄サリン事件が起きた日だ。
    私は当時はニュースで事件の報道を知ったくらいで、完全に傍観者でしかなかったが。
    あの日と阪神大震災と東日本大震災を機に、日本は社会としての方向を大きく転換せざるを得なくなったように感じる。
    ファッション、現象、流行として村上春樹を捉える風潮には以前から困惑を覚えていたけれど、この記録は、多くの葛藤を経て、この事件当事者の方々の肉声を、真摯に伝えようとするものであり、村上氏の別の引き出しをまた一つ新たに私達に示している。
    当時は誰もが、なぜこんなことが起きたのか受け止めることができず、まさに報道は狂騒の極みのようだった。しかし、他の数え切れない痛ましい事件と同様に、当事者に何が起きていたのか、結局のところは傍観者には伝わっては来なかったし、私を含めて傍観者は他の事件や雑多なニュースと一緒にして、数年もしたらこの異常な忌まわしい事件も記憶の片隅に押しやってしまったように思う。忘れられることは人間にとって救いでもあるけれど、決して忘れてはならないこともあるだろう。
    北朝鮮情勢に神経を尖らせ、ISの脅威に曝されている今こそ、理不尽かつ圧倒的な暴力が、人に一体何をもたらすのか、心に刻むべく、広く読み継がれるべき記録だと思う。
    • 参考になった 1
    投稿日:2017年04月03日