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超人ロック生誕50周年!! 超人ロック50周年トークショー

聖悠紀と「超人ロック」
〜永遠を生きるエスパー・誕生から50年〜

 今年、生誕50年を迎えた『超人ロック』。その記念展示「聖悠紀 超人ロック生誕50周年展」が明治大学 米沢嘉博記念図書館(東京都千代田区)にて盛況をもって閉会しました。会期中に、聖悠紀先生とbelne(ベルネ)先生のトークショーが行われましたので、残念ながらトークショーに参加できなかった人と50周年展に足を運べなかった人のために、そのイベントの一部を紹介します。
 2017年9月2日(土)に開催された『聖悠紀と「超人ロック」〜永遠を生きるエスパー・誕生から50年〜』。開場30分前で既に長蛇の列を成した会場の明治大学リバティタワー。
 入場すると瞬く間に席は埋まり、立ち見が出るほどの盛況ぶりで211名が参加。聖悠紀先生と登壇されたbelne先生は作画グループの元会員で、ばばよしあき、聖悠紀、みなもと太郎の3先生の後輩にあたり、現在は京都精華大学で教鞭をとられている。ふたりのトークに会場はしばしば大爆笑。楽しい時間が過ぎていった。

belne先生からのお祝いの花束を前に、率直な言葉を口にする聖先生。

belne先生からのお祝いの花束を前に、率直な言葉を口にする聖先生。

belne:聖先生、『超人ロック』生誕50周年、おめでとうございます。私は70年代頃から(その)存在を知っているのですが、知る人ぞ知る作品がファンの支持で作者と出版界を動かして、みんなのスターになった作品です。色々なものが黎明期にあった60年代に起きた世界を変えてきた現象のひとつだと思っています。1967年に『超人ロック』が描かれたわけですが、この頃は名古屋ですか!?

聖悠紀(以下、聖):そうですね。名古屋で描いています。

belne:SFファンだった聖先生が、マンガを描き始めたのはどんな感じだったのですか? 当時は、東京にマンガ・マニアが集まる「コボタン」というマンガ喫茶もあって、マンガもブームだった時代ですが……。

聖:マンガというものは描いていなくて、落書きしていた程度ですね。たまたま雑誌を見て「作画グループ」の同人募集の告知を発見してそれに応募して、入った以上マンガを描かなければいけないということで描き始めたんです。

belne:マンガを描く道具などの情報は、どこから手に入れたのですか!?

聖:石ノ森先生の『マンガ家入門』あたりじゃないかな。当時はスプーンペンとかは、郵便局や銀行で使われていましたから、文房具屋で手に入れています。一応、墨汁か製図用インクを使っています。(現在使っている道具について)実は変わっていないんですよ。パイロットの製図用インクですね。Gペンを使っています。昔はタチカワを使っていました。ちょっと硬めですね。

belne:それでは力が入りますね。

聖:そんなでもないです。腱鞘炎とかは一切ないですね。

belne:SF作品を描きたいと思われたきっかけをうかがいたいのですが……。

聖:まあ、話しを思いつくのがSFだったということですかね。中学校の頃にハードカバーのジュブナイルのSFをいっぱい読んでいましたので、自然とそういう話しを描くようになったんですかね。

belne:石ノ森先生の『マンガ家入門』のどこに影響を受けたのですか?

聖:マンガの描き方を全然知らなかったので、一所懸命読みました。技術的な入門書ですね。

belne:「作画グループ」は1964年に、ばばよしあきを中心に作られた日本最大のマンガサークルで、2016年まで活動しています。「日本統一ストーリィ作品研究会作画グループ」といいます。「ボーイズライフ」に同人募集が掲載されてたんですね。たまたまハガキがあったので応募したというインタビューを見たのですが……。

聖:同人募集の告知はふたつあったんです。両方に出したのですが、返事が来たのは「作画グループ」だけでした。しばらくして会誌が送られてきて、色々な人がいるなと思って、これは描かなきゃいかんなと……。

belne:1967年に『超人ロック』を描くまでに『心臓』、『輝ける未来のために』、『星』、『太陽は輝いていた』の4作をお描きになっています。『太陽は輝いていた』が掲載された作画のオフセット会誌を、ばばよしあきさんは、書店さんに頼み込んで「COM」の創刊号にはさんだといわれています。ばばよしあきさんと、やはり「作画グループ」の重鎮のみなもと太郎さんと聖悠紀先生で「トリオ・ザ・作画」と呼ばれるようになりますが、このおふたりの印象をお聞かせください。

聖:ふたりともメガネをかけていました(場内、大爆笑)。みなもと太郎先生の方は社会人でした。バリッとスーツを着ていて、大人だと思いました。ばば氏の方は、一応お勤めはしていたんですが、なんか仕事行かないんですよ。経理関係のお仕事で、その時期にならないと仕事にならないので、割りと自由な時間があったみたいですね。だから、しょっちゅう彼のところに行ってましたね。

belne:「聖悠紀は黙々とマンガを描き、ばばよしあきは会誌作りに余念がなく、みなもと太郎はただべちゃべちゃ意味もないことを口走るのであった」と「作画グループ」の会報誌にありますが……。

聖:かもしれませんね、みなもと氏もよく本部に来ていましたね。

belne:本部はばばさんの自宅ですよね。ばばさんの第一印象は……!?

聖:あんまり社会人という感じはしないんですよ。学生みたいだけど学生じゃない。

belne:当時はばばさんも描いていたんですね。

聖:描いていました。僕が下描きを描いたのに、ばばさんがペン入れしたってのもあります。

belne:「俺は聖がいたので、マンガを描くのを辞めたんだ。マンガ界にあいつがいれば、俺が描かなくてもいいと思った」とばばさんに何度も聞かされていました。

聖:周りから人伝えには聞いていますが、本人からは聞いたことはないんですね。

50年以上の歴史を持つ作画グループは、創作同人と作品制作ユニットの顔を持っていた

50年以上の歴史を持つ作画グループは、創作同人と作品制作ユニットの顔を持っていた

belne:さて『超人ロック』ですが、タイトルの由来を聞いたことがあるんです。ドノヴァンの邦題で『狂人ロック』のもじりだというのは本当ですか?

聖:本当です。

(ドノヴァンの『狂人ロック』が流れる)

belne:ドノヴァンのアルバムに『コズミック・ホイール』(『Cosmic Wheels』)というのがありますが……。

聖:えー、関係あるかもしれませんね。

belne:ロック・マンガを描こうとは思いませんでしたか?

聖:何度か描こうとしましたが、紙から音が出ないので挫折しました。(場内、大爆笑)

belne:『超人ロック』は1967年から描き始めて今ではライフワークになっていると思うんですが、こんなに長くなると思われていましたか?

聖:全然思ってなかったです。他の作品を描かなくなってきて、ファンの支持がひしひしと感じられるようになって……。

belne:初期には周りが盛り上がっていたという感じでしたね。

聖:そうでしたね。割りと本人は冷静だったんですが……。「聖悠紀を弾圧して超人ロックを守ろう会」なんてのが出来ましてね、弾圧されました(笑)。

belne:「少年キング」の連載に至る程のファンの盛り上がりは理想的で、スゴイなと思ってました。そんなファンの盛り上がりは作者にとって嬉しいものですか、それともプレッシャーですか?

聖:あー、プレッシャーはありましたね。同人誌時代とは違うものを描いているわけで、それを昔のやつを描けと言われるとプレッシャーを感じました。「ロック」を好きだから描いてくれと言われれば単純に嬉しいですが、自分の中でケリがついていた作品だという思いがありましたから……。

belne:プロとして『超人ロック』を描き始めるわけですが、エンターテインメントとして読者に突きつけるには難しいものがあったと思います。ロマンスがあり、アクションがあり、女性にも読者が多いと思います。ロックって存在は、聖先生にとってどんなヒーローなんですか?

聖:まあ、死なない人ですね。マンガを読んでいると分かるんですがね、主人公だけは死なないんです。ただ、それを公(おおやけ)にしないというか、認めないというか、主人公は死なないんだよと堂々と宣言するマンガを描いてみようと思って……。それが最初の思いですね。描いているうちに、この人はどう考えるだろうってことで、ああいう形になった。最初から計画立てているわけではなく、キャラクターを泳がせていくんです。

belne:主人公がストーリーを背負ってやってくるんですね。

聖:そうですね。キチッとしたプロットはないです。

belne:ストーリーテリングなお話しが多いと思いますが……。慎重に物語を作るタイプなのでは……?

聖:実はないですね。

belne:ロックは人間の形をした超越者ではないかと思うのですが……?

聖:それは読んでいる人にお任せです。死なない人で最強の人です。ピンチがあってお話しが出来ていくんです。

2017年9月2日取材
記事◉綿引勝美(メモリーバンク)

聖悠紀 超人ロック生誕50周年展

明治大学 米沢嘉博記念図書館で開催中した『聖悠紀 超人ロック生誕50周年展』では、約350点に及ぶ原画等を展示4回の会期に分けて展示を行いました。ガラスケースのボックス展示内には、『超人ロック』の原画の他にも高校・大学時代のスケッチ、少女マンガ・少年マンガ誌、「作画グループ」時代、商業誌時代、コミカライズ作品など幅広く作品を展示。併せて、聖悠紀先生によるコメントが解説として並置され、当時が回想される。壁面には大きめのサイズの原画が展示されていて、その迫力は圧巻。「超人ロック発表順年表」「超人ロック 宇宙年表」も掲載されて充実した展示会でした。

聖悠紀作品を4会期に分け展示替えをし、すべての期に作画グループ時代から『少年キング』はじめ商業各誌、全年代の原画を展示した。

会場に置かれた来場者への感謝の気持ちを描いたイラスト。

お知らせ

2017年10月19日(木)より「新潟市マンガの家」で巡回展が決定!!

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