1. 電子書籍TOP
  2. おすすめまんが・電子書籍まとめ
  3. まんが家まとめ
  4. どおくまん特集 SPECALインタビュー2
このエントリーをはてなブックマークに追加

どおくまん特集 SPECALインタビュー2

SPECALインタビュー その2

◆『嗚呼!!花の応援団』の連載についてエピソードを。

 『嗚呼!!花の応援団』の第一話は連載が条件で、「漫画アクション」に読み切りで掲載されました。背景からその他大勢に至るまで、全て僕が描いてます。これから始まる『嗚呼!!花の応援団』は、こういうふうに描いてほしいという見本みたいなもんですね。
 第一話に主人公の青田赤道が出てこないのも、連載想定だからできたこと。計算ずくでそうしました。キャラクターは全員僕が創りましたが、実作業は久本みすずと薬痴寺は小池が、女性のキャラクターはみわみわが担当しました。
 『嗚呼!!花の応援団』は読み切り連載やったけど、ほとんど何もない状態からスタートしたので完全に自転車操業(笑)。応援団らしいというか、応援団ならではのネタがあればストーリーは創れるので、普通のストーリーになってしまわんように。そこが一番気ぃ遣いました。
 頭で考えてどないかなるネタとちゃいますから、当時は連載当初から柱とかコマの余白に「応援団体験談募集」って、よぉ書きました(笑)。そやから現役の応援団員やOBから、毎日のようにネタを送ってきてもろて。中には「名前は絶対に出さんといてな」って書いて送ってくれる人もいましたね。そない考えたら読者に愛され、支えられた作品やったんとちゃいますか。
 現場は修羅場でしたよ。原作担当とか作画担当なんて言ってられへんから、太地(大介)にも作画を手伝ってもらいました。

●小池たかし あの頃は夜も昼も関係あらへん(笑)。いつ寝てたんやろっていうぐらい漫画ばかり描いてたなあ。

●みわみわ そうそう。意識が朦朧となって、ハイになって来て(笑)。“ちょんわ、ちゃんわ”とか“ちゃんちゃこりん”なんかは、そんな時に誰かからポロっとこぼれ出た言葉やったね。

 「〜ねんのねん」なんかは、みわみわが言い出したんやったっけ。それを小池が気に入って使い始めたんとちゃうかったかな。ちょっとしたことで一人がプッと吹き出すと、もうアカン。描いていても笑いが止まれへん(笑)。
 そやけど、今思えばガクランは黒一色なんでずいぶん助かりました。スクリーントーンなんかいらんかったから。トーンを一枚も使うてない漫画なんて、当時でも珍しかったんとちゃいますか。
 『嗚呼!!花の応援団』がどーんと話題になって、すぐに映画化の話が舞い込んできました。なんや訳がわからんまま、にっかつの人から「ここに判子お願いします」みたいな感じで、とんとん拍子で話が進み、あとから担当さんに「勝手なことされると困ります」って怒られましたわ(笑)。  映画化だけでなく舞台化もされましたけど、どっちも漫画とは別モノという感じやったね。ただ、映画はいっぺん自分が監督してみたかった。映画と漫画はリンクする要素がめちゃめちゃ多いんで。
 ふと気がついたら、どおくまん=『嗚呼!!花の応援団』みたいなイメージになりましたけど、自分が描く作品は全て“おもろい”という自信がありましたね。生意気かもしれんけど、実力で人気を勝ち獲ったと思てます。『嗚呼!!花の応援団』は百回ぐらいで終わるつもりやったんですが、その時かて「次もいける」って確信してましたもん。

◆ヒットの予感はご自身の中にありましたか?

 もうじき漫画家としてブレイクするぞっていう予兆は『嗚呼!!花の応援団』の連載を始める少し前から感じてましたね。集英社でお世話になっていた頃はまだ、2カ月に1回のシリーズで当然、職業としてはなりたたず、昼間はヘルメットをかぶって実家の工場で働いてたんですよ。「このままじゃアカン」と思てた時に、秋田書店の『がきデカ』や『ドカベン』、『ブラック・ジャック』を手がけた名編集長の壁村さんから工場の事務所へ突然、電話があって「『月刊少年チャンピオン』で描かないか」と声をかけていただいて。
 嬉しくて「やらせてもらいます」ってすぐその場で新連載が決まりました。そして「月刊少年チャンピオン」で『暴力大将』がはじまったんです。
 この連載から喫茶店の2階に、ぜいたくにも部屋を借りて漫画を描くために出社するという、プロダクションの真似事みたいなことをやりだしたんですが、月1連載なのである時、ヒマで漫画を描かずにみんなで麻雀をしていたら、突然壁村さんが部屋に入ってきたことがあって(笑)。そらもう、びっくりするやら慌てるやらみたいなこともありました。
 暴力大将の2作目を送った時、壁村さんからは電話で「何じゃあ、この漫画は!」って、こっぴどく怒られたことがあって。家族には「1年やって飯が喰えんかったらマンガはやめる」と豪語して、退路を断って始めた連載やのに、アンケート結果が伸び悩んで、ジリ貧の状態やったからね。  それでもそんな時、やはり突然、少年画報社の「ヤングコミック」から、読み切りの依頼が来たんですわ。その時に描いた作品が、ターニングポイントとなった『黄金探偵』でした。小作でしたが。
 『黄金探偵』は自分の手応えと周りの反響が初めて一致した作品やったね。『黄金探偵』が載った「ヤングコミック」が発売されると同時に、ドカーンてな感じでいろんなとこから仕事の依頼の電話が下の喫茶店にジャンジャンかかってきて(笑)。編集が東京からどんどん会いに来ましたよ。
 「少年チャンピオン」に『暴力大将』を連載し、不定期に『黄金探偵』を描くという生活を2〜3か月続けながら、みんなと「そろそろ週刊連載やろか」という話をしてました。いつの間にか描く雑誌を自由に選べる立場に立っていましたね。
 「漫画アクション」に決めたのは、当時モンキー・パンチ先生の『ルパン三世』、『子連れ狼』、『同棲時代』などが載っていて、一番勢いのある雑誌やなあと思ったから。
 確か『嗚呼!!花の応援団』の連載が始まったあと、長谷川法世先生の『博多っ子純情』が始まったんやなかったかな。とにかくめちゃめちゃ豪華なラインアップやったけど、逆に「先輩がなんぼのもんじゃい」みたいな気持ちが強かったですわ。
 「漫画アクション」の連載が決まったのはよかったんやけど、それがすぐ大ヒットして壁村さんの怒りはハンパやなかったなあ。そら、当然ですよね(笑)。
 けど壁村さんには、ほんまにお世話になりましたし、漫画を見る目が厳しかったのでありがたかったです。月50ページの『暴力大将』は十年続けさせてもらいました。
 うちのプロ全体で500ページを超える連載をしていた頃は、野球チームが2〜3チームできるほどアシスタントがおりましたね。食事は基本的に出前を取るので外に出る機会がない(笑)。

●小池たかし こんな生活してたらアカンってことになって(笑)。仕事場から五百メートルほどのところにあるグラウンドまで走って行って、野球をやり始めたんやな。

●みわみわ そうそう。なんでか忘れたけど、みんな裸になって野球やってた(笑)

 途中から僕も参加して。もちろんエースで四番に決まってますやん(笑)。余談になりますが、市が主催する野球大会にも出場したこともあります。
 それと、どういう経緯やったかは忘れましたけど、水島新司先生のチームと横浜スタジアムで試合をしないかという話になったことも(笑)。もちろん丁重にお断りしましたよ。だって、水島先生は大マジで野球やってはりますから。

◆青年誌と少年誌とでは、描き方にどんな違和感がありましたか

 両方を経験して感じることは、青年誌で読者の支持を得たからというて、少年誌で同じやり方は通用せえへんというか、勝手が違うっていうことは感じましたね。
 僕の場合、少年誌の方が大きめのコマになり、アクションも多くなるんですけど、コマを大きくするとどうしても間延びしてる感じがして気になりました。
 個人的には青年誌と少年誌、どっちが自分に合っているかなんて、いっぺんも考えたことはなかったけど、『嗚呼!!花の応援団』終了直後は青年誌読者の方が僕の描く漫画を強く待ってくれているような、そんなイメージはありましたね。
 少年誌で連載していた時、青年誌で描いてみたい漫画が次々と浮かんできて、それを片っ端から描いていきたい衝動にかられて往生したことがあります。
 そんなもん、誰が考えても物理的にムリやないですか。それやのに描きたくてたまらない。そんなジレンマを抱えて仕事をしていた時期はありますね。
 漫画で後悔したことはないけれど、失敗したことはたくさんあります。『怪人ヒイロ』を終了する時、担当とコミックスの最終巻にきっちりとはいるようにページ数を綿密?に調整していたのに、いざ最終巻を出す時になぜかページが全然たらなかったんだす。(笑)
 壁村さんは「ちょっとだけ足せばいい。番外編でもいいから」っておっしゃって下さったんですけど、そのままずるずると時が経って、なんと30年以上ヒイロの最終巻が出なかったんですよ。なんとかイーブックさんで、この前出してもらいましたけどね(笑)。

◆どおくまん先生自身は若い時一時漫画制作から離れられたとか?

 そやね。漫画を描くのを辞めようと思ったのは37歳の時ですわ。弟の太地(大介)が亡くなってから「何のために描くのか」「誰が喜んでくれるのか」がわからなくなってしまったことが一番大きかったですね。
 だから『怪人ヒイロ』を完結させて、ペンを置いたんです。編集者や読者が待ってくれていることもわかっていたけど、モチベーションが上がらんかったら、もうどうにもならんのです。プロダクションの方は小池とみわみわにまかして2〜3年まったく行きませんでしたね。

◆どおくまんとしてのマンガの描き方へのこだわりは?

 『嗚呼!!花の応援団』の読み切り連載の時は、毎回バラエティに富んだいろんな要素を目いっぱい出して、とにかくヒラメキを待つんです。そしてヒラメイたらバランスを考えながら締め切りギリギリまでさらにアイデアを盛り込んだり、絞り込んだりして全身全霊で画面にそのヒラメキが、さらにヒラメクように漫画を描いていく…。週刊誌は終わって一息つく間もなく次の仕事が始まるので、毎週、正直つらかった。でも絶対、妥協はしませんでした。
 一度でも妥協するとその場で漫画が死んでしまうからです。

◆今後についてですが、もう作品は描かれないんですか?

 いえいえ、描きたくなったら描きますよ。
 あ、そやけど、もう通常の漫画誌には描きたくありませんね。〆切のあるのは、とてもしんどいから(笑)
『嗚呼!!花の応援団』の続編とかは絶対にありません。ヒット作を延々と、お描きになっている先生方もおられますけれど、僕にはそんなん考えられませんわ。
 あの作品はあの時代やから描けたんです。『嗚呼!!花の応援団』の熱さや勢いやエネルギーは、あの頃の若かった僕だから出せたんであって、決して今の僕が出せるものではありません。そんなもんやと思てます。

▲トップへ


本ページの内容は公開時点のものです。書籍の情報(販売の有無、価格、消費税込みか別かなど)について、予告なく変更される場合がありますので、購入内容確認画面においてご確認の上で、ご購入をお願いします。
お得!割引・セール一覧
>>毎日更新!まんがをまとめ・大人買いする大チャンス!
おすすめまんが・電子書籍まとめ!
>>おすすめの新刊・名作・無料まんがを探そう!
最強無料まんが
>> 最強無料まんがはこちらから
このエントリーをはてなブックマークに追加
男性マンガ女性マンガマンガ雑誌ライトノベルキッズ文芸ビジネス・実用雑誌・写真集
電子書籍はeBookJapan