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あの世の妻へのラブレター

「貴女が亡くなってから毎日書き続けている絵葉書はまもなく千通を越えます。切手を貼ってポストに入れて配達されるのを楽しんでいます。これから書く文章は、貴女へのラブレターです」最愛の妻を癌で亡くした著者の心に去来する、終末医療・在宅医療を巡る想い。エッセイとともに対談や座談を収録。

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 2016年7月7日、永六輔さんが逝った。2002年1月に亡くなった妻・昌子さんの待つ天国に、83歳で旅立った。
 作詞家として「黒い花びら」「上を向いて歩こう」「こんにちは赤ちゃん」「遠くへ行きたい」「帰ろかな」「生きるものの歌」(いずれも中村八大作曲)、「見上げてごらん夜の星を」「いい湯だな」(いずみたく作曲)など「昭和」を代表する数多くのヒット曲を残し、半世紀にわたってラジオのパーソナリティとして活躍した才人でした。
 多くの著作が配信されていますが、先立った妻への絵葉書を毎日書いて送っていたという永六輔さんの、もっとも永六輔さんらしい一冊を再読してみました。『あの世の妻へのラブレター』(中央公論新社、2013年7月5日配信)です。妻に先だたれて3年、男やもめ三年生となった永六輔さんの面長の表情が眼前に浮かび、その温かい語り口が耳元に聞こえてくるような文章で始まります。見出しは「拝啓、あの世の昌子さん」――。

〈突然に「男やもめ三年生」になったわけではない。
 一年生も、二年生もやってきた。
 三年生になってやっと書いた文章からこの本は始まる。
 昌子さんのことを書くのは辛い。
 でも、書かないと淋しい。
    *
昌子さん。
 戦争で、病気で、犯罪で、事故で。
 いろいろな理由で大切な人の生命が失われてゆきます。
 中にはテロリストに人質にとられ、首を切り落とされ、それをテレビで放映される人もいます。
 少女に殺される幼児もいます。
 生命が大切にされていない時代に、たかが男やもめになった愚痴を書くのも、それを読むのも、なんと無駄な時間だろうかと思いながら、それでも書き留めておきたいことがあります。
 生命をいとおしむという行為そのものは、戦争で失っても、病気で失っても同じだからです。
 貴女が亡くなってから毎日書き続けている絵葉書はまもなく千通を越えます。
 切手を貼ってポストに入れて配達されるのを楽しんでいます。
 これから書く文章は、貴女へのラブレターです。
 こういう文章を書くことが、男やもめのリハビリになると思っています。
 貴女への絵葉書に書いたことがあるメモから始めます。
「淋しいのは耐えられます。
 悲しいのも耐えられます。
 虚しいのは耐えられません」
 だったらどうしたらいいのか。
 毎日、自分で自分のカウンセリングをしているのですが、結構、気がまぎれるものです。〉

 黒柳徹子さん、おすぎとピーコの二人、秋山ちえ子さんなどたくさんの仲間が男やもめ暮らしを気遣って声をかけてくれていたそうです。永六輔さんはそのことによってどれだけ励まされたかを正直に綴っています。そして、誰にもまして気遣ってくれている家族――二人の娘である千絵さんと麻里さん、そして孫たちと亭主たちが男やもめの父親を自立させなければならないという厳しさと、見ていられないという優しさが入り交じって苦労していることを、永六輔さんはちゃんと分かっていて、「自分は元気です」とさりげなく書くのです。

〈小沢昭一さんは、さる集会でこんな挨拶をしました。
「三木のり平さんは奥さんが亡くなった直後に。西村晃さんも、後を追うように。そして越路吹雪さんが亡くなった時、内藤法美さんは泣いて泣いて泣きながら世を去りました。永六輔さんは奥さんを看取って、……ますます元気です」
 ……というわけで元気です。〉

 昌子さんは、お墓にはいません。昌子さんは亡くなった後もずっと、永六輔さんと同じ部屋にいました。永六輔さんはこう綴ります。

〈この夏、貴女は緑の窓辺にいます。
 貴女の好きな品々に囲まれて、仏壇だといっても誰も気がつかない状態です。
 瀧口喜兵爾さんの織部の茶碗が香炉です。
 貴女の好きだった和太鼓集団「鼓童」の「お鈴(りん)」が置いてあります。
 実家の寺の「お鈴」と二つ鳴らすと、きれいな和音になります。
 法名も戒名もついてません。
 ○○院○○○○大姉ではなく「昌女」とだけ、最尊寺の住職に書いてもらいましたが、その名刺大の紙片は、片野元彦さんの藍絞りにピンで止めてあります。
 藍の鮮やかな色が、窓の外の緑によく映えます。
 貴女はその藍木綿に鎮座。
 誰もそこが仏間にあたるものだとは思わないでしょう。
 壁に石飛博光さんの「偲」という書の額があるのに気がつけば……という状況です。
 というわけで、貴女は明るい窓辺にいます。
「お墓は出てくるのに大変そうだから、家にいたい」という遺言はきちんと守られています。
 このところ、僕の人形が、貴女の周囲で遊んでいます。
 相変わらず旅が多いので、昌子さんが淋しくないようにという仲間の心遣いでしょう、三体もあります。
 僕の趣味ではありませんが、人形を作って下さるお気持ちにはさからわないように並べてあります。
 この人形、孫たちには人気があります。
 彼らはリンを鳴らして、僕にも合掌しています。〉

 盟友の矢崎泰久との対談(第4章「妻という友達、妻というプロデューサー」)で、永六輔さんは、「うちは当人もお墓に入るのが嫌だと言っていたから、お墓には入れていないんです。お墓に入れていないということは、骨壷がそばにあるんですが、これはとても大事にしている。僕もお墓に入りたくないからね。寺の子ですけれども入りたくないから、最終的に骨壷二つ、僕は僕のを用意しているの。ということで、実は骨壷があるんです」と明かしています。
 妻の骨壺と自分の骨壺。どこかに並べておいてもらおうと思うんだけれど、娘たちがどういうふうに考えるかわからない、とも語っていました。
 いまは、たぶん、永六輔さんのご自宅の緑の窓辺に、二つの骨壺が仲よく並べられているのではないでしょうか。

 永六輔さんは、妻の昌子さんの愛用した品々、衣類や道具類をそのままにしていたそうです。本書のために書き下ろした最終章「昌子さんの声が聞こえる」に、昌子さんの「傘を持って、改札口で待っているのって一度やってみたかったの」という言葉にまつわる、こんなエピソードが綴られています。

〈病気になる直前、傘を持った昌子さんが改札口にいた。
 突然のことでビックリした。
 僕は傘というものを持たない主義で、降れば濡れて帰っていた。
 その後、雨が降るとどの改札口にも昌子さんがいるような気がして、探してしまう。〉

 妻の昌子さんの思い出を語っているようですが、それ以上に永六輔という旅人が何を頼りに歩いていたのか、生を営んでいたのかを正直に綴っているように思えてなりません。

〈今も昌子さん宛の毎日の葉書は続いている。
 書かないと淋しい。
 書くともっと淋しい。〉
 この書き下ろしの章をこう書き出した永六輔さんは、次のように続けます。
〈疲れた時に、死んじゃったら楽だろうなと思った。
 そして、そんな時に昌子さんが身辺に現われるのである。
 ヒトは、それを幻覚というだろうが、昌子さんはどこにでも現われて、じっとみつめて、いたずらっぽく笑って、いなくなる。〉

 永六輔さんが昌子さんとともにあった二人の時間も、いま止まりました。
 戦後71年目の夏を前に、永六輔さんが逝きました。昨年暮れには、野坂昭如さんがこの世を去りました。二人に小沢昭一さん(2012年12月死去)が加わった〝花の中年御三家〟による日本武道館ライブが行われたのは、1974年12月6日でした。題して「花の中年御三家大激突! 1974年ノーリターン」。戦後になったとたん、戦争中に声高に語っていたことと真逆な発言をし始めた軍人や役人、教師がいたことを知る彼らの主張、生き様が社会の中で「文化」として存在しえた時代でした。

 中村八大最後の曲となった「生きるものの歌」。永六輔さんが書いた詩を紹介して、終わります。本書「あとがき」から引用します。

 あなたがこの世に生まれ
 あなたがこの世を去る
 私がこの世に生まれ
 私が この この世を去る
 その時 涙があるか
 その時 愛があるか
 そこに幸せな別れが
 あるだろうか あるだろうか

(セリフ)
「もし世界が平和に満ちていたとしても
 悲しみは襲って来る
 殺されなくても命は終り
 誰もがいつか別れてゆく
 世界がどんなに平和でも
 悲しい夜は来る
 誰もが耐えて生きている
 思い出と歌が
 あなたを支えてゆくだろう」

 私がこの世に生まれ
 私がこの世を去る
 あなたがこの世に生まれ
 あなたが この この世を去る
 その時 明日がある
 その時 未来がある
 そこに生きるものの歌がある
 歌がある〉

 もうすぐ戦後71回目の8・15。少し立ち止まり、永六輔さんの「生命」を思う言葉の数々に耳を傾けてみてはどうだろうか。(2016/7/22)
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