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哀愁的東京

フリーライターの仕事で進藤が出会った、破滅を目前にした起業家、人気のピークを過ぎたアイドル歌手、生の実感をなくしたエリート社員……。東京を舞台に「今日」の哀しさから始まる「明日」の光を描く連作長編。

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『哀愁的東京』。重松清の作品としては異色、異端になると言っていいでしょう。なにしろ「家族」の物語は最小限に絞り込まれて遠景に追いやられ、ニュータウンや学校が物語の舞台として登場することもありません。「家族」「ニュータウン」「学校」といった、重松作品を特徴づける記号が出てこないのです。重松清自身、巻末に収録された「あとがき」にこう記しています。〈物語の舞台として選んだのが、フリーライターという仕事そのものだったというのは、ある種の必然だった。僕は「おとな」の日々を、ずっと──いまに至るまで、フリーライターとして生きている。「ノンフィクション作家」というような大仰なものではなく、いわゆるギョーカイの隅っこの、下っ端の、通勤電車の中で読み捨てられる週刊誌の記事を書きつづけてきた男である。自嘲しているわけではない。むしろ誇りを持って、いま、思うのだ。「東京」を知りたければ、「哀愁」を感じたければ、この仕事が一番なんだぜ。/「東京」も「哀愁」も、僕はフリーライターの仕事を通じて垣間見てきた。フリーライターを主人公にした『哀愁的東京』の九編の物語は、具体的なエピソードはすべてフィクションである。けれど、「つくりもの」ではないお話を書いたつもりだ。本作は、だから、フリーライターとしての僕が見てきた「東京」と「哀愁」についての報告書でもある〉主人公の進藤宏は絵本作家。『パパといっしょに』で、大手出版社が主催する児童文学の賞を受賞したが、その後は新作が描けずにフリーライターを生業としています。そんな進藤の前に大学生の時に『パパといっしょに』に出会って、進藤宏の絵本をつくるのを夢見て担当を志願したという児童書セクションの女性編集者・島本(シマちゃん)が現れます。物語は、重松清の分身ともいうべきフリーライターの進藤宏と、絵本作家としての新作を待ち続ける担当編集者・シマちゃんの二人が、さまざまな人、さまざまな人生に出会っていく形で展開されていきます。その根っこの部分に、進藤が新作絵本をどうしても描けなくなったきっかけとなった『パパといっしょに』で描いた遊園地のピエロ――ノッポ氏とビア樽(だる)氏との出会いと別れという魅力的なストーリーがあるのですが、ここでは触れないでおきましょう。巻頭の「第一章 マジックミラーの国のアリス」はこう始まります。〈時代のヒーローと呼ばれた男は、少し疲れているように見えた。「意地悪なツッコミ、なしにしてくださいよ」と笑ってソファーに座る、その顔や声やしぐさはヒーローの名にふさわしい活力に満ちていたが、名刺の交換を終えてコーヒーを啜るときには表情が消えていた。ごくん、と喉が動く。首筋の肌がひどく荒れているのが、わかる〉アメリカの証券会社の先物取引マネージャーとして三十代にして年収一億円を稼ぎながら、二年前に退職して、インターネットビジネスに乗り出した田上幸司。五年後に約束されていた東アジア統括の地位をあっさり棄てた決断は、当時大きな話題を呼び、田上はネット起業を目指す若者たちのカリスマ的な存在になった。田上は進藤を前に一方的に淀みなく話すと、ひと息入れて、もういいだろう、ここからはオフレコにしようといって、テープレコーダーをオフにさせたうえで、進藤に問いかけた。〈「ライターさん、四十ぐらいですか」
「そうです。このまえ、四十になりました」「じゃあ、ほんとに同級生なんだ」田上は眼鏡の奥で目を見開き、「こういうのをいきなり訊くのって不作法だと思うけど」と前置きして、僕の出身大学を尋ねてきた。「同じですよ、田上さんと。学部は違いますけど」(中略)インタビューのあとの、軽い世間話──だと思っていた。だが、田上は内線電話で秘書にコーヒーのお代わりを頼み、ネクタイをゆるめてソファーに座り直した。「ねえ、ライターさん。学生時代はどんなところで遊んでました? やっぱり、新宿?」「そうですね……新宿もありましたけど……」大学の最寄り駅の名前を口にした。良く言えば庶民的な、身も蓋もない言い方をするなら場末の盛り場だ。(中略)「『アリスの部屋』って、覚えてます?」 すぐには思い当たらなかったが、記憶をたどると、おぼろげに名前が浮かんでくる。「それ……覗き部屋ですか?」「覚えてる? 行ったことあるの?」「名前だけしか知らないんですけど」「いや、でも、名前覚えてるだけでもすごいよ、うん、同世代だなあ」〉3日後の深夜――学生時代に住んでいたというアパートの部屋に進藤を呼び出した田上は、思いもよらない依頼を口にします。覗き部屋の「看板女優アリス」に会いたいというのです。興信所を何社も使って、アリスの居場所は突き止めていた。
〈メモを僕に差し出して、田上は言った。「ここから先は、あんたに頼みたい。俺の名前は出さないようにして、なんとか会えるように段取りをつけてほしいんだ」
金は出す──と言った。アリスにはもちろん、僕にも十分な額の報酬は支払う。「どうだ? 悪い話じゃないだろ?」と笑う。成功者ならではの傲慢な笑い方のようにも、成功者の座から滑り落ちつつある男ならではの媚びた笑みのようにも、見える。どちらにしても、それはひどく寂しい笑顔だった。「なぜ、僕なんですか?」「あんたの絵本を読んで、決めたんだ」〉苦境にあるかつてのヒーローの内側になにがあるのか。ブームから20年を経て「女優アリス」はどう変わり、どう変わっていないのか。東京という街で、生きてきた男と女に漂う哀愁を重松清はたんたんと、本当にたんたんと描いていきます。そこには、思うようにならないことばかりの人生に戸惑いながらも、でも人生ってそういうものじゃないか、と自らを納得させながら生きていく私たち自身の姿が写し出されているのかもしれません。(2013/11/22)
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