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苦海浄土 わが水俣病

公害という名の恐るべき犯罪、“人間が人間に加えた汚辱”、水俣病。昭和28年一号患者発生来十余年、水俣に育った著者が患者と添寝せんばかりに水俣言葉で、その叫びを、悲しみ怒りを自らの痛みとし書き綴った《わがうちなる水俣病》。凄惨な異相の中に極限状況を超えて光芒を放つ人間の美しさがきらめく。

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「銭は一銭もいらん。そのかわり、会社のえらか衆の、上から順々に、水銀母液ば飲んでもらおう。上から順々に、四十二人死んでもらう。奥さんがたにも飲んでもらう。胎児性の生まれるように。そのあと順々に六十九人、水俣病になってもらう。あと百人ぐらい潜在患者になってもらう。それでよか」――1953年(昭和28年)に患者の発生が確認されて以来じつに15年たった1968年(昭和43年)になって政府が水俣病の原因について企業責任を初めて打ち出しました。それを受けてチッソは患者との補償交渉に応じますが、見舞金の上積みという姿勢で、事実上の「ゼロ回答」。当時の江藤社長以下チッソ経営陣の姿勢に対して死につつある患者たちが吐き出したのが冒頭の発言です。著者の石牟礼道子さんは、それはもはや死霊あるいは生霊たちの言葉というべきだろうと本書あとがきに記しています。『苦海浄土 わが水俣病』が出版され、話題書となったのは補償交渉がようやく始まった1968年の翌年、1969年です。学生だった私も、本書を読んで初めて水俣病の実相を知り、「奇病」発生をめぐる社会的差別感情、企業防衛の論理という壁などなど、日本社会の抱える問題点を正面から捉えていく確かな目に鮮烈な印象をうけました。電子書籍になった本書を改めて読み直してみて、一層強く感じるのは、石牟礼道子さんの、ぶれのない視点、思索です。人が人として生きるというのはどういうことか、それを奪うものとは何か、を突き詰めていく姿勢です。水俣に住む石牟礼道子さんが患者発生の発端から企業責任が明らかになった段階までを追った本書は第1回大宅壮一ノンフィクション賞受賞作に選ばれますが、石牟礼道子さんは受賞を辞退しました。「水俣」を風化させないためにも、長く読み継がれて欲しい一冊です。(2010/9/17)
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