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スローカーブを、もう一球

たったの一球が、一瞬が、人生を変えてしまうことはあるのだろうか。一度だけ打ったホームラン、九回裏の封じ込め。「ゲーム」──なんと面白い言葉だろう。人生がゲームのようなものなのか、ゲームが人生の縮図なのか。駆け引きと疲労の中、ドラマは突然始まり、時間は濃密に急回転する。勝つ者がいれば、負ける者がいる。競技だけに邁進し、限界を超えようとするアスリートたちを活写した、不朽のスポーツ・ノンフィクション。

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作品集『スローカーブを、もう一球』。1981年に「Sports Graphic Number」(文藝春秋)創刊号で発表された『江夏の21球』が評判を呼び、著者の山際淳司はそれを皮切りに「Number」「文藝春秋」「野性時代」「小説新潮」などに、それまでのスポーツ・ノンフィクションにはなかった感性と手法によるスポーツ・エッセイを次々に発表していきます。それら80年から81年にかけての作品8編を集めて編纂されたのが『スローカーブを、もう一球』で、この作品集によって山際淳司は第8回角川書店日本ノンフィクション賞を受賞し、人気スポーツノンフィクション作家としての地位を確立します。しかしそれから10余年、病をえて1995年に急逝します。遺した作品は多くはありません。しかし、それまで勝ち負けをめぐる熱狂の世界として描かれることが多かった(ほとんどすべての場合、「汗と涙」「熱狂」の物語として描かれてきたといったほうが正確かもしれません)スポーツを、山際淳司は、勝者と敗者を超えたところに見えてくるひとつの人生として描いて、まったく新しいスポーツ・ノンフィクションの世界を確立していきました。その山際の姿勢は、もっとも有名な作品で、一連の作品を生み出すきっかけとなった『江夏の21球』ではなく、『スローカーブを、もう一度』を表題作としたところによく表れているように思います。山際淳司はヘミングウェイの短篇小説の中の言葉を引きつつ、この作品集をこう終えています。〈「スポーツは公明正大に勝つことを教えてくれるし、またスポーツは威厳をもって負けることも教えてくれるのだ。要するに……」といって、彼は続けていう。「スポーツはすべてのことを、つまり、人生ってやつを教えてくれるんだ」悪くはない台詞だ〉作品集のきっかけとなった『江夏の21球』は、1979年の日本シリーズ「近鉄対広島」第7戦の9回裏に江夏豊が投げた21球をドキュメントにした作品です。いまや伝説となった26分間の濃密なドラマについてはすでに多くの文章が書かれていますので、今回は表題作の『スローカーブを、もう一球』を見ていきます。作品タイトルにどことなく文学の匂いが漂っているのは、初出が文芸誌の「野性時代」だったからでしょうか。春のセンバツ高校野球を目指す球児を描きながら、「汗と涙」のドラマは一行もなく、「甲子園と熱い青春」とは対極の位置にある、すずやかな雰囲気を漂わせているスポーツエッセイの主役は、県立高崎高校野球部の川端俊介投手。野球では無名でありながら、その年県大会を制して関東大会に出場。そこでもあれよあれよという間に決勝に進み、翌年春のセンバツ出場当確となった群馬県一の進学校のエース――どこからどうみても「甲子園を熱狂させる要素」のないピッチャーに的をしぼって山際淳司はこう物語を始めます。〈身長は180cm前後はありユニフォーム姿もきまっていて、表情には凜々しさなども漂い、派手な大きなモーションからプロ顔負けの速球を投げて見せるのが甲子園にやってくるエースであるとするならば、彼はすべてにおいてアンチテーゼであった。身長は173cm。スポーツをやっている高校生にしてはとりたてて大きいほうではない。体重は67kgで、体つきはどちらかといえば、丸い。ユニフォーム姿が映えるほうではないだろう。顔の表情は、たいていの場合、やわらかく、時には真剣味に欠けるといわれることもある〉舞台は茨城県水戸市民球場――準決勝を勝ち抜いた川端投手が立った決勝のマウンドです。対する相手は、印旛高。プロ球界のスカウトからマークされているキャッチャーで3番打者の月山栄珠がいる。川端は自分とはすべての面で対極にいる月山と対戦したいと、ひそかに考えていた。川端には強打者をねじふせることのできる剛速球はなく、武器はサイドから投げあげるスローカーブ。球速時速60キロ、せいぜい70キロの超スローカーブです。一回、一死二塁で月山を迎えた時、無性に抑えたくなって気負った川端は、ストレートを右中間にもっていかれ、三塁打で先制点を与えます。二打席目はカーブをぼてぼてのショートゴロ、三打席目は、カーブ攻めのあとの直球にバットが空をきった。三振の後に回ってきた最終打席。スコアは2-3、高崎高校が1点を追いかける8回に月山に打順が回り、この日、4度目、おそらく最後の対決。〈川端は月山との最後の対決にスローカーブで入っていった。ボールを握るとゆっくりとふりかぶり、サイドから投げあげる。ボールは真ん中から外側に逃げるように落下していった。外角低目。ストライクである。さらに続けて、カーブを投げた。インコースに外れた。月山はカーブを捨てているように見えた。 キャッチャーの宮下はサインを送った〉山際淳司はこう続けて、物語を終えます。〈その指の形はこういっている──《スローカーブを、もう一球》川端俊介は、微笑んだ。そしてうなずくと、ゆっくりとスローカーブを投げる、あのいつものモーションに入っていく……〉川端投手がスローカーブをいつ、どこで投げるのかを息詰まるような思いで見つめていました。1980年11月5日、水戸市民球場のマウンドから投げあげられたスローカーブがバッターボックスで待ち構える打者に向かって弧を描いていく様子を観客席で固唾をのんで見まもっているような気がしてきました。もう一つ、巻頭収録の『八月のカクテル光線』を少しだけ紹介してこの稿を終わります。この作品は、1979年夏の甲子園、決勝戦延長16回裏、優勝候補の簑島高校(和歌山県)を土壇場まで追い込みながら、カクテル光線の光の中で発生した一瞬の出来事をきっかけに「敗者」となっていった星陵高校(石川県)の選手たちのその後を描いた物語です。試合終了後、主審は普通は禁止している両校選手たちのホームプレート上の握手を特例として認めました。そして――〈永野主審は、一塁側ダグアウト横の出口のところで堅田を待っていた。三塁側から引きあげてくる堅田を見つけると、この試合で使っていたボールを一個、堅田に手渡した。堅田投手は帽子をとって、それを無言で受けとった。その夏に、カクテル光線の下で演じられたドラマはそんなふうに終わったわけだった〉カクテル光線の中で演じられたドラマは、勝負がついた後も続いています。そして真に闘った若者を讃える人がいたことを拾い上げてさりげなく書きとめた山際淳司の乾いた文章が心地いい。いい話です。(2013/9/27)
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ユーザーのレビュー

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匿名希望

(5.0)

投稿日:2014年07月08日

スポーツコラムの原点

クールな文体の行間から垣間見える、著者のスポーツに対する、熱い情熱が心地よい。
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