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嘘つきアーニャの真っ赤な真実

1960年プラハ。マリ(著者)はソビエト学校で個性的な友達と先生に囲まれ刺激的な毎日を過ごしていた。30年後、東欧の激動で音信の途絶えた3人の親友を捜し当てたマリは、少女時代には知り得なかった真実に出会う!

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大宅壮一ノンフィクション賞受賞作品『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』は、著者である米原万里が、旧チェコスロバキア社会主義共和国の首都プラハにあったソビエト学校でともに学んだ同級生3人の消息をたどり、会いにゆき、語り合ったこと、そして語らなか
ったことを、自身の分身ともいうべき「マリ」を主人公に綴った作品です。日本共産党の幹部であった父親の赴任にともなってマリが在プラハ・モスクワ学校に学んだのは1960年1月から1964年10月までの約5年間。日本に戻ったマリは中学2年に編入していますから、プラハの学友たちとは日本でいえば小学校から中学時代をともに過ごしたということになりますが、別れたあとの中欧は文字通り、激動の時代を迎えます。1968年8月20日、ワルシャワ条約機構軍の戦車がチェコスロバキアに侵入、全土を占領。「人間の顔を持つ社会主義」を目指して始まったチェコスロバキアの政治・経済改革運動「プラハの春」を主導する改革派を弾圧・排除しはじめたのです。ソ連流の社会主義では考えられない複数の政治的立場の容認や言論の自由の拡大などを実現しようとした「プラハの春」は、戦車の前に一気に押しつぶされ、チェコスロバキアは再び冬の時代に逆行していきます。受験勉強に追われる日々を過ごしていたマリですが、突然、プラハの学友たちを思って眠れぬ日が何日も続くようになります。〈他の多くのクラスメートたちは、すでに故国に帰っていたが、リッツァだけは、まだプラハにいたはずだった。しかし、久しぶりに速達で出した手紙の返事は来ず、何度試みても、電話は通じなかった。プラハ・ソビエト学校は、事件後閉鎖されたと人づてに聞いた〉ここに登場するリッツァは、三部構成の本書第1部「リッツァの夢見た青空」に登場するギリシャ人少女です。両親は亡命ギリシャ人で、ルーマニア生まれのリッツァは、一度も仰ぎ見たことのないギリシャの抜けるような青い空に強い憧れを抱いています。このチリチリ天然パーマのユニークな学友は、奥手のマリに性の知識を披瀝して驚かせる愉快な仲良しでした。こんな具合です。〈あるとき、リッツァは一時間目の授業に三〇分も遅れてきて教師にしこたま叱られ、廊下に立たされる。その日は、リッツァからさんざん愚痴をこぼされた。
「ママのせいよ、遅れたのは。もう嫌んなっちゃう。朝っぱらからパパとおっ始めるもんだから、朝食からゴミ出しまであたしがやらされる羽目になってさあ」「おっおっおっ始めるって、何のこと?」「やだあ、セックスに決まってるじゃん」「セッセッセッセックスって」「えっ、マリ、知らないの!? もしかして子どもの作り方も知らないんじゃない?」「あれ自然にできるんじゃないの?」「もーっ、信じらんない」あきれかえった彼女は、それでも懇切丁寧に教えてくれた。私にしてみれば耳を疑うような内容である。「ウソでしょ、それ」「二〇〇パーセントほんと。マリだって、マリのパパとママがセックスしたおかげでできたんだ」ショックでその日の授業は、何も見えず、何も聞こえず、教師に指されてはとんちんかんなことを答えて教室の爆笑を誘った。家では、父や母の顔を正視できず、食事も喉を通らず、夜は一睡もできなかった〉大人顔負けの話に、びっくり、仰天、どぎまぎする若き米原万里の様子が目に浮かぶようですが、その学友が戦車の侵入という緊迫状況下で連絡がつかなくなってしまった・・・・・・。世界の激動が他人事ではなく、身近な友人の安否に直結していることをつきつけられた10代のマリの思いはどうだったのか。そして、彼女たちの人生はさらに大きな社会の激変に見舞われていきます。米原万里はこう書いています。〈再びプラハ時代の学友たちのことが、むやみに心をかき乱すようになったのは、八〇年代も後半に入ってからのことである。東欧の共産党政権が軒並み倒れ、ソ連邦が崩壊していく時期。もう立派な中年になっている同級生たちは、この激動期を無事に生き抜いただろうか。いつのまにかクラスメート一人一人の顔が浮かんでいることが多くなった。「リッツァに逢いたい。プラハ・ソビエト学校時代の同級生みんなに逢いたい」彼らの面影に惹かれるように、再三再四、プラハやプラハ時代の学友たちが帰っていっただろう国々に旅するようになった。しかし、一四歳の頃に知らされた住所に、今も住む者などひとりもいなかった〉プラハの学友たちを探し、訪ねる米原万里の旅はこうして始まりました。かつてプラハ・ソビエト学校があった場所にも何度か足を運んでいます。そして、学校近くに住む婦人から30年前の昔話を聞き出し、学校が移転したことを知る。引っ越し先を調べて校長先生に面会する。ギリシャ人コロニーに辿り着いた米原万里はギリシャ人子弟のための学校で、リッツァとカレル大学の寮で一緒だったという女性と出会い、リッツァが医学部にいたことを知ります。消息を知っていそうな人々の間を歩き回った末に、米原万里はついにリッツァの叔父を捜し出します。ホテルに戻ったマリが、ドイツのフランクフルト近くの町で診療所を開いているリッツァに電話をかけるシーンです。〈受信音一回で向こう側は受話器を取った。男の声だった。ドイツ語で「もしもし」と言っているらしい。「ドクトル・ソティリア・パパドプロス、ビッテ」なけなしのドイツ語の単語を絞り出すと、「アイン・モメント」という男の声に続いて、「アロー」懐かしい声が聞こえてきた。「リッツァ、リッツァなのね!?」「あら、嫌だ、ロシア語じゃない。誰、いきなり?」「マリよ、日本人のマリ」「ウソッ! 信じられない!……でも、マリの声だ。今どこにいるの? 東京?」「ううん、プラハ。あなたのこと、探したの。今日叔父さんに会えて、やっと電話番号が分かったのよ。明日、そっち行っていい?」「もちろんよ。仕事時間にかかると、迎えに行けないけれど、フランクフルト空港からすぐのところだから。今から住所言うからメモして」〉米原万里はリッツァのほかに、もう二人の学友を捜し出します。歓迎されざる「ソードルフ(同志)」という言い方にこだわり続けたルーマニア人のアーニャ(表題作「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」)とクラス一の秀才ヤスミンカです。ヤスミンカは、ユーゴスラビア人。民族紛争を踏まえていえば、ボスニアの人です(「白い都のヤスミンカ」)。とまれ再会を果たしたリッツァ、アーニャ、ヤスミンカの3人からマリが聞き取った、20世紀最後の動乱の時代を生きた家族の物語はそのまま現代社会の歴史であり、貴重な記録です。しかも、米原万里はこの貴重な記録をウイットに富んだ文体を駆使して一級のエンターテインメントに仕立てあげることに成功しています。(2013/10/25)
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