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逝きし世の面影

昭和を問うなら開国を問え。そのためには開国以前の文明を問え。幕末から明治に日本を訪れた、異邦人による訪日記を読破。日本近代が失ったものの意味を根本から問い直した超大作。

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日本の近代に刻印された歴史認識を根本からくつがえす衝撃の書だ。著者の渡辺京二氏は、『逝きし世の面影』をこう書き始めています。〈私はいま、日本近代を主人公とする長い物語の発端に立っている。物語はまず、ひとつの文明の滅亡から始まる。日本近代が古い日本の制度や文物のいわば蛮勇を振った清算の上に建設されたことは、あらためて注意するまでもない陳腐な常識であるだろう。だがその清算がひとつのユニークな文明の滅亡を意味したことは、その様々な含意もあわせて十分に自覚されているとはいえない。十分どころか、われわれはまだ、近代以前の文明はただ変貌しただけで、おなじ日本という文明が時代の装いを替えて今日も続いていると信じているのではなかろうか。つまりすべては、日本文化という持続する実体の変容の過程にすぎないと、おめでたくも錯覚して来たのではあるまいか〉そうではなくて、実は一回限りの有機的な個性としての文明が滅んだのだと考えるべきなのだ――というのが著者の主張であり、そのことを訴えることが本書執筆の目的だったと言ってもいいでしょう。渡辺氏のいう滅亡した文明とは、江戸文明、あるいは徳川文明と一般的にいわれるもので、18世紀初頭に確立し、19世紀を通じて存続した古い日本の生活様式です。ちなみに生類憐れみの令で知られる徳川綱吉が第5代将軍になったのが1680年、将軍職を退いたのが1709年。第8代将軍徳川吉宗の在職期間は1716年~1745年。つまり江戸文明が確立された18世紀初頭とは綱吉から吉宗の時代ということになります。渡辺氏はこう続けます。〈文化は滅びないし、ある民族の特性も滅びはしない。それはただ変容するだけだ。滅びるのは文明である。つまり歴史的個性としての生活総体のありようである。ある特定のコスモロジーと価値観によって支えられ、独自の社会構造と習慣と生活様式を具現化し、それらのありかたが自然や生きものとの関係にも及ぶような、そして食器から装身具・玩具にいたる特有の器具類に反映されるような、そういう生活総体を文明と呼ぶならば、十八世紀初頭から十九世紀にかけて存続したわれわれの祖先の生活は、たしかに文明の名に値した。それはいつ死滅したのか。むろんそれは年代を確定できるような問題ではないし、またする必要もない。しかし、その余映は昭和前期においてさえまだかすかに認められたにせよ、明治末期にその滅亡がほぼ確認されていたことは確実である。そして、それを教えてくれるのは実は異邦人観察者の著述なのである。日本近代が経験したドラマをどのように叙述するにせよ、それがひとつの文明の扼殺と葬送の上にしか始まらなかったドラマだということは銘記されるべきである。扼殺と葬送が必然であり、進歩でさえあったことを、万人とともに認めてもいい。だが、いったい何が滅びたのか、いや滅ぼされたのかということを不問に付しておいては、ドラマの意味はもとより、その実質さえも問うことができない。日本近代が前代の文明の滅亡の上にうち立てられたのだという事実を鋭く自覚していたのは、むしろ同時代の異邦人たちである。(後略)〉「異邦人」が江戸文明の滅亡をどう見ていたのか。渡辺氏は文化人類学の要諦ともいうべきアプローチを徹底していきます。ある文明の特質はそれを異文化として経験するものにしか見えてこないといわれています。その文明との接触が長びけば長びくほど、異文化はその異質さを失っていくものです。であれば錯覚や誤解があったにせよ、異邦人による第一印象こそが異質なものに対するもっとも鮮やかな感受だと考えていいのではないか、というわけです。そういう考え方に立つ渡辺氏が刮目した文献のひとつが、1873年(明治6年)に来日して、1911年(明治44年)に最終的に日本を去ったバジル・ホール・チェンバレンの『日本事物誌』です。チェンバレンは東京帝国大学で教鞭をとった日本研究の第一人者でしたが、彼の日本研究の集大成が『日本事物誌』。日本に関する小百科事典というべき体裁の同書を、チェンバレンは「古い日本は死んだのである。亡骸を処理する作法はただ一つ、それを埋葬することである。・・・・・・このささやかなる本は、いわば、その墓碑銘たらんとするもので、亡くなった人の多くの非凡な美徳のみならず、また彼の弱点をも記録するものである」と位置づけています。本書は平凡社の東洋文庫に収録されており、イーブックジャパンで電子書籍にもなっていますので、本書と一緒にぜひひもといてみていただければと思います。とまれ、本書著者は幕末から明治期――日本が近代化の道を突き進む時代に日本を体験した異邦人たちの、特に鮮明な第一印象を記録した膨大な文献を丹念に読み込んで、「滅亡した文明」に対する異色な探究を一冊の書にまとめました。「子どもの楽園」「女の位相」「裸体と性」など、いま私たちがあらためて読んでも、じつに新鮮な、それでいてどこか懐かしい思いがする「江戸文明論」になっています。(2013/4/19)
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