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影の凶器

女――それは男を迷わせるだけではない。会社組織をも狂わせる凶器だ。籠絡した4人の美女を武器に、高度成長の波に乗る電機業界の舞台裏に暗躍する産業スパイ・片桐七郎。俺こそが影の凶器だ、と豪語する非情の男は、アメリカ仕込みの凄腕で、着々と成果を挙げていく……。精力的な取材とダイナミックなストーリー展開で、わが国に企業スパイ小説というすぐれて現代的なジャンルを拓いた著者の代表作。

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1975年5月、梶山季之(かじやま・としゆき)は取材中の香港で客死した。45歳、社会派、産業小説では当時、松本清張よりも梶山季之といわれた大流行作家だった。1950年代後半に始まる出版社系週刊誌の創刊ラッシュのなかで、トップ屋と呼ばれて数々のスクープ記事を飛ばしたのが梶山季之で、その経験を土台に産業スパイを題材とする娯楽小説を量産した。『影の凶器』は初版が1964年。10月1日に東海道新幹線が開通し、10日に東京オリンピック開幕――日本経済は高度成長時代に突き進み、昨日より今日、今日より明日が豊かになるという確信を日本人が持ち始めた時代だ。『影の凶器』も「特急〈第一こだま〉は、午前七時に東京駅を発車する。朝早いせいか、あまり混ではいなかった。だが、横浜、熱海、静岡と停車していくたびに、九分通り満員となるのは不思議である。それは〈第一こだま〉がビジネス特急として、重宝がられている証拠かもしれなかった」と書き出されている。社会の新しい潮流を巧みに取り入れながら、梶山は企業社会の裏舞台に登場してきた「産業スパイ」を見事に描き出していきます。発端は極秘開発してきたカラーテレビの青写真を鞄にいれて大阪工場に出張する技術研究所の部長がその重要書類を何者かに盗まれてしまう事件。当日の夜半、役員が揃って対策を協議している場に、謎の男から電話が入る。ライバル会社が盗み出した青写真を取り返して手元にあると告げた男は、社長と1対1で話がしたいと要求。その場所として極秘としていて秘書と運転手しか知らないはずの赤坂の愛人宅を指定してきた。その日の夜、指定通り愛人宅に現れた男を見て、愛人は立ちすくむ。髭は濃く、剃り跡が青々としている。暑いのに、きちんと蝶ネクタイをつけていた。服の仕立てもいい。目はさすがに鋭かったが、どことなく女性的な感じが漂っていて、その濃い剃り痕と、ちぐはぐな感じもした。鼻筋がきれいに通っていて、どことなく素性の正しい人物のような気品があった。唇だけが、朱(あか)かった。男は旧陸軍中将を父に持つ片桐七郎と名乗った。大阪出張の部長の鞄から青写真を盗み取ったのはライバル会社の産業スパイだと説明して片桐が大型の書類袋から取り出したものは、まぎれもなく社の命運をかけたカラーテレビの青写真だった。それにしてもどこで、どうして盗まれ、この男はどうやってそれを奪い返すことが出来たのか、そしてそれをもって今晩ここに来た目的は・・・・・・。社長の不安なまなざしをよそに片桐は産業スパイとして契約をしないかと持ちかける。秘密事項の数々をずばり指摘して、自分の手腕を誇示するその表情は自信に満ちている。それもそのはず、すべては周到な準備を重ねた片桐による策略だったのだ。片桐の狙いは「産業スパイ」として契約すること。彼の工作・策略のキーとなっているのは「女」だ。大阪出張も同行したバーの女から詳細を聞き出していたし、妾宅の内情も事前に情報を入手していた。青写真盗難事件は物語のほんの始まり。「産業スパイ」として契約を取り付けた片桐がどんな仕掛け、策略をめぐらすか、面白いのはそこからです。梶山季之は工作対象の女性秘書との情事の時、さりげなく、フランスの詩人・作家にして映画監督ジャン・コクトーの言葉を忍び込ませています。「暗い方がいい。政治と恋愛は暗闇を好むものだからね」 並の娯楽小説ではありません。(2011/10/21)
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