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[分冊版]サッカーという至福【1】

ベテランサッカー記者が縦横無尽に語り尽くしたサッカーの新たな楽しみ方を発見できる本。第2巻では日本代表のリーダー論、ニッポン・フォワード事情、中田進化論など日本代表にフォーカス。

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ワールドカップ・イヤーだ。初出場を果たした1998年のフランス大会から連続、5回目の出場となる日本代表は、6月15日コートジボワール、6月19日ギリシャ、6月24日コロンビアと決勝トーナメント進出を賭けて戦います。60名を超える候補から、誰が登録メンバーに選出され、誰が落とされるのか。そしてイタリア人監督ザッケローニと彼が選んだ23人のザック・ジャパンは、グループ予選を勝ち抜いて、決勝トーナメントに進めるのか。サッカーファンならずとも、ザック・ジャパンの動向が気になる年ですが、よくワールドカップは国対国の総力戦といわれます。単にサッカー界だけの問題ではなく、経済から文化・国民性にいたるまで、国のありようが勝敗を分けることもあるという。そんな世界のサッカーを、日本経済新聞のサッカー担当者として見続けてきた武智幸徳記者が書きためたコラムを2冊の本にまとめました。『サッカーという至福1』、『サッカーという至福2』です。ワールドカップが遠い世界の話だった1974年。テレビ東京による西ドイツ大会決勝戦の生中継をきっかけにサッカーの虜になったという著者は、その10年後に新聞記者となり、運動部に配属。以来一貫してサッカーを担当。1993年5月にプロ・サッカーJリーグがスタート、同じ年の10月、ワールドカップ・アメリカ大会アジア予選最終戦で日本代表はイラクに終了直前に引き分けに持ち込まれてワールドカップ初出場を逃しました。いわゆるドーハの悲劇です。1996年アトランタ五輪でブラジルを1-0で破りました。1997年アジア予選でイランを下して、悲願のワールドカップ・フランス大会(1998年)初出場。そして2002年、ワールドカップ日韓共催・・・・・・まさに日本サッカーの激動の時代を観察者として伴走してきた第一人者です。ちなみに、中学生の著者をサッカーの世界に引きずり込んだ西ドイツ大会決勝は、西ドイツvsオランダという隣国同士の戦いでした。西ドイツにはベッケンバウワー、オベラート、そしてミューラーがいて、オランダはなんといってもヨハン・クライフのチームだった。結果は2-1で西ドイツの勝利。文字通り伝説の決勝戦だった。とまれ武智記者が綴る日本サッカー同時代史を読み返していくと、まさに劇的変化を遂げてきた日本サッカーのディテールが甦ってきて、今年6月ブラジルで戦う日本代表もそうした積み重ねのうえにあるのだという思いが胸に迫ります。『サッカーという至福2』の一節を引用します。ワールドカップ初出場を果たした日本代表の最終メンバーから三浦知良(カズ)が漏れたときのことです。著者の長いサッカー取材の経験のなかでも、最も衝撃を受けた事件の一つでした。1998年6月2日、スイスのニヨン。日本代表・岡田武史監督の口から「市川、カズ、北沢」と3人の名前が告げられた時、めまいがした。岡田監督の決断を頭の部分で理解しようとしても、気持が乱れてしまってどうしようもない。記事を書こうとしても思考の焦点が定まらない。そのうろたえぶりに自分でも狼狽したと告白したうえで次のように綴っています。〈発表前日、カズは地元のクラブ相手にハットトリックを記録した。Bチーム(補欠)に溜まったガスを抜き、試合勘が鈍るのを防ぐための試合で、カズは呂比須ワグナーとツートップを組んだ。それはAチームのツートップは城彰二と中山雅史で、たとえカズが代表に残っても大会本番は交代要員になることを意味していた。それでもカズは、カズの代名詞とも言える「11」という番号がプリントされたビブスをつけてピッチを走り回り、PKと左足のシュート、ヘディングで3点を挙げた。カズがどれだけゴールを陥れても、記者たちは「相手が相手だから」の一言で片づけようとしていた。ぼくはカズと北沢の生真面目さを半ば驚くような気持で見つめていた。代表選手発表を翌日に控えナーバスになっているのか、不安定なプレーを連発する選手もいたが、ふたりはスイスの田舎町の名もないクラブチームを相手に懸命にボールを追っていた。それは当落線上にある選手が必死で自分を売り込んでいるという姿ではなかった。少なくとも、ぼくにはそう見えた。ぼくの目が曇っていたせいかもしれない。この時点でカズや北沢が当落線上にあるなどと夢にも思っていなかったのだから。試合後、記者に囲まれたカズは「開幕のアルゼンチン戦をイメージした」と言った。そいうことなのかと、腑に落ちるものがあった。カズはカズなりの復活のシナリオを書き、それに沿って動き始めていたのだろう。カズが敬愛するモハメド・アリがザイールのキンシャサでジョージ・フォアマンとの戦いから奇跡的に生還したように、カズもまた、周囲のだれもが衰えを指摘し「過去の人」の一言でくくろうとしている状況の中で、絶望的とも思える戦いに勇気を持って挑もうとしていたのだ。報道陣の輪が解けて宿舎に帰るバスに乗り込もうとするカズと、一瞬、目と目が合ったような気がした。何か質問するチャンスだと思ったが、言葉にならなかった。「頑張って」と陳腐なセリフを吐きそうな自分がいる気がしたのだ〉取材対象であるカズに質問をぶつけることをためらった著者は岡田監督による代表発表の後で、カズと親しい雑誌編集者から前日の練習試合でカズがつけていた11番のビブスはカズ自身がビブスの山のなかから見つけ出して身につけたものだと知らされます。〈(編集者の)ひと言が、なんだか、ずしんと、ひどくこたえた。カズほどの選手が、代表で最後につけた「11」がビブスだなんて。ひょっとしてカズにもこれが最後になるという予感があったのだろうか。いや、それこそがカズが復活をイメージしていた証ではなかったのか。そんな無言のやりとりを交わしたような気がする。カズの気持は、Iさん(引用者注:前出の編集者)にも、ぼくにも、それ以上はかりようがなかった。ただ、たとえどんな悲惨な結果になろうとも、いま目の前にある現実より、カズが書こうとした物語の先を読みたかったと強く思った。そして、それがもう果たせない以上、ぼくらにできることは、田舎クラブ相手に必死になってボールを追いかけた、あのビブスの「11」を、それぞれがそれぞれのやり方で自分の心の中のどこかにしまっておくことなのだと知った〉フランス大会に日本を導いたのはまぎれもなくカズでした。そのカズが大会直前にスイスの田舎クラブを相手に11番のビブスをつけて必死にボールを追いかけていた。そのシーンの先に、今年6月のブラジル大会もあるのだということを教えられました。J2横浜FCの現役フォワード、三浦知良。この2月に47歳になる。カズは2014年3月2日に長いシーズンに入ります。ワールドカップ・ブラジル大会の期間中も中断されることなくカズの戦いは続きます。今年はピッチで戦い続ける11番をホームグランドの横浜・三ツ沢球技場に見に行こうと思っています。(2014/1/10)
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