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新装増補版 自動車絶望工場

働く喜びって、何だろう。自動車工場で働きはじめた34歳のぼくを待っていたのは、人間性を奪うほど苛酷で絶望的な仕事だった。考える暇もなく泥のように眠る毎日、悲鳴をあげる身体、辞めていく同僚たち。読みやすい日記形式で「働くこと」の意味を問うルポルタージュの歴史的名作に、最新の情勢を加筆した新装増補版。

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『自動車絶望工場』を初めて書店店頭で手にしたのは、1973年12月。出版間もない時で、当時私は「週刊ポスト」で編集の仕事を始めて1年半がたっていました。初めて目にした「著者・鎌田慧」は、数ページを読み進んだだけで忘れられない名前となりました。〈「やってみいんかい」きょうは初日だから、ゆっくり見学するはずだったが文句もいえず手袋を受け取った。新しい手袋をもらうのは、なにかうれしい気もした。コンベアの上の、回転式のテーブルに据(す)えられてミッションケースが次から次へと流れてくる。そのケースにさまざまなギアを取り付けて、ボルトで固定するのが、僕に与えられた仕事だ。二十二、三歳の痩(や)せた青年が手際よく取り付けながら、手順を教えてくれる。名札を付けたかれの帽子のうしろが敗れ、針金(はりがね)で結ばれている。ぼくがかれの後任者(こうにんしゃ)になったのだ。さっきまで、ゆっくり回っているように見えたベルトのスピードは実際自分でやってみると物凄(ものすご)く速い。ひとつの部品をはめ込まないうちに、もう自分の身体は隣(とな)りの労働者のポジションにまで流されている。あせってもどうにもならない。できないうちに隣りまで流れ込んでも、ベルトは止まってくれない。ぼくの前任者の青年が跳んで来て遅れを取り戻す。とにかく、仕事がなんにもできないうちに、取り付けるべき数多くの部品のひとつだけで手こずっているうちに、新しいケースがもう流れてくる。そのうち驚くべきことに気がついた。流れて進むケースをみつめているうちに、それが逆に動いているように見えるのだ〉1972年9月、当時34歳のルポライター鎌田慧さんは、愛知県豊田市のトヨタ自動車のベルトコンベアで働き始めます。8月27日付けの東奥日報に掲載された「従業員募集」の広告を見て応募した鎌田さんは、青森の職安で行われた面接で採用が決まって、9月12日名古屋駅前の集合場所に赴きました。季節工として翌年2月までの契約で、上記引用は入社して寮に入った鎌田さんが身体検査という名の「体力検査」――跳んだり、しゃがんだり、片足で立ったり、両手を伸ばして曲げたり、指を動かしたり、足首を上下に動かしたりさせる――を経て初めて本社工場のラインに立った時の様子です。募集から2、3週間で集められた季節工は、「体力」に応じて各種の工場に振り分けられて、そのまま現場に投入されるというわけです。季節工8818639となった鎌田さんは9月18日朝5時に起床、工場まで40分歩いて、「ミッション組付コンベア」のラインにつきます。6時に始業。ベルトが動き出すと11時までの5時間、一度も止まることなく、正確に1分20秒ずつ組み立てるべきミッションが流れてきます。正確に、というより、冷酷に、というべきだ――として、鎌田さんはこう綴っています。〈一一時にラインが止まると、手袋を脱(ぬ)ぎ捨て、手に浸(し)み込んだ油を洗い落とし、それから小走りに便所に寄って、はち切れそうになっている膀胱(ぼうこう)を空(から)にする。そして一〇〇メートルほど離れた食堂まで駆け出す。が、ぼくの方は、五時間の立ちっ放しで足が突っぱっているし、初めて履(は)いた安全靴は重いし、曳(ひ)きずるようにして、ようやく足を互(たが)い違いに前に出せるだけだ〉鎌田さんはトヨタ自動車の季節工になって現場に身を置くことによって、世界最高レベルの効率を誇る「トヨタ生産方式」の本当の姿を見事に描き出しました。文字通り身を挺した鎌田さんのルポルタージュ手法が結実した本書はけっして「過去の名作」ではありません。そこに描かれた働く人々の「現実」――「自動車工哀史」は過去の歴史ではなく、すぐれて今日的問題であり続けています。ルポルタージュの金字塔と高く評価されるゆえんです。電子書籍リリースに際してイーブックジャパンに寄せた原稿を、鎌田さんはこう締めくくっています。「自動車は、若い国では希望とおなじ言葉だった。若さ、スピード、可能性、旅、あるいは家族。ところが、それをつくるひとたちには、疲労と絶望しか与えない。それは絶対矛盾だ。この本でわたしは独身寮で一緒に暮らした、同郷の二〇代、工藤クンのことを書いたが、彼の希望と絶望の物語によくしめされている。トヨタの工場ではたらいていたとき、わたしは三〇代、工藤クンは二〇代だった。(中略)わたしたちは、みなおなじ経験をしている。それは日本ばかりではない、世界中おなじである。それは絶望的な労働の記録だが、希望にむかう記録である。そのために、わたしたちはどうしたらいいのか。電子ブック時代の若者たちは、先輩たちの絶望のむこうに、きっと新しい希望をみつけだしてくれる、とわたしは信じている」(2012/12/7)
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