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忘れ残りの記

厳父の家業失敗により、著者は11歳で実社会に抛り出された。以来、印章店の小僧、印刷工、給仕、小間物の行商、港の船具工など、幾多の職業を経験し、浮世の辛酸をなめ尽す。幼いながら一家の大黒柱としての自覚、また逆境に芽生える思慕の情、隆盛期の横浜が少年の著者に投げかけた強い色彩――その波瀾に富んだ少年期を回想した自叙伝であり、吉川文学の原点でもある。

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吉川英治が亡くなって51年目に入った今年初め、新潮社が著作権フリーとなった『三国志』『宮本武蔵』の発売を開始して、話題を呼んでいます。人気イラストレーターの長野剛の描き下ろしカバーをつけて、毎月1,2巻ずつ発刊、8月までに全巻揃えようという計画で、新聞広告にも大きく載っていましたから、ご覧になった方も多いのではないでしょうか。吉川英治は、これまで一貫して講談社が一手に扱ってきていたのですが、著作権が切れたタイミングに新潮社が新たに参入したという格好です。没後50年を過ぎて新規シリーズが企画されるのですから、「国民文学作家」と称された大作家の人気は未だ衰えず、といっていいでしょう。イーブックジャパンでは、2008年7月~11月にかけて、講談社の協力を得てその全作品を「吉川英治電子文庫」としてリリースしました。以来、多くの読者を得て、今年に入って以降も『三国志』(全8巻)、『宮本武蔵』(全8巻+「随筆 宮本武蔵」)、『新・平家物語』(全24巻+「随筆 新平家」)などを初めとする吉川英治作品の人気に陰りは見えません。多くの読者を惹きつけてやまない「吉川英治」という作家はどうやって生まれたのか。その生い立ちに始まり、父の死から三年後に母をみとった30歳までの半生を綴った自叙伝『忘れ残りの記』は、作家として名をなすまでの若き吉川英治の苦難の道が脚色なしに描かれています。自身の最初の記憶について、吉川英治はこう書いています。〈ぼくは自分をそれ程とは思っていないが、本質のぼくはよほど女好きなのだろうか。ぼくのこの世における最初の記憶といえば、女の映像なのだ。きれいな女の人である。幾歳の時だったなどというわけにはゆかない。何しろぼくはまだ、ねえやか婆やかの背中に負ぶさっていた。母の乳を離れていなかった頃でもある。その頃うけた記憶として、こういう事象が、後々まで、脳の深部にありありこびりついている。
 ぼくは誰かに負ンぶされていた。そばに石だんがある。その石垣の上に、緑色の窓があって、その塗料の色だけがほかのどの映像よりもくっきり濃い。そこへ向こうから女のひとが歩いて来た。きれいな女のひとだった。負ンぶされているぼくの頬へ頬ずりした。そして、「子供の乳の匂いって、いいもんだわねえ」と、誰かに云った。――ぼくの最初の記憶というのはこれだけのものだ。奇妙に思えてならないのは、まだ自分が乳(ち)のみ児だったのにという疑いである。錯覚であろうかと、母の存命中、母にただしてみたこともある。すると母はこう云った。「それは、うちがモンキの坂に住んでいた頃なんだろうね。石垣の上に玄関があって、以前、異人の牧師さんが住んでいたから、ふつうの日本家屋なんだけれど、窓なんか洋風に青ペンキが塗ってあったりしたからね」こう聞くと、錯覚でもないらしい。数え年四ツ頃まで、乳もしゃぶッていたし、小粒でひよわい子だったぼくは、まだ負ンぶされていたらしい。それにしても、女のひとがきれいであったという事やら、その女の会話があとさきなく、ぽつんと耳に残っているのはどういうものだろう。それの理解が出来なくても、単語として、あるいはただの音として、音感の記憶には残るものなのかどうか。自分では解釈のつけようもないくせに、心のどこかでは、これがさぐりえた自分の最古の神話のように、事実であったと信じていたい気もちが妙に手伝うものであることも否みがたい〉引用文中に「モンキの坂」とあるのは、横浜の石川町近辺の「猿坂」のことで、そこに住んでいた頃、吉川家は裕福な暮らしをしていましたが、その後、父親の商売に問題が生じて吉川家は没落していきます。吉川英治も学校をやめて丁稚奉公に出されます。その時のことを次のように述懐しています。〈いやそれよりも、もっと嫌だったのは、丁稚(でっち)さんの着る縞の着物に角帯を締めさせられた事だった。幼少から着なれていた紺ガスリとの決別ほど悲しかった覚えはない。近藤のおばさんと母のあいだに挟まって、嫌々紺ガスリを脱がせられたのを、近藤夫人がけらけら笑って「よく似合うわよ、英さん」なんて言ったとき、ぼくは、ぼくの父がやるような癇癪を何かに爆発させたくなった。そして、角帯を締めて貰うやいなや、便所の隅へいって、おいおいと声をあげて泣いた。こめかみが痛くなるまで泣きじゃくッてしまった。そして、いつかぼくが、女中の貞を、そこの薄暗い壁の隅っこへ押しつけて、本でぴしゃぴしゃと撲ったことが慟哭(どうこく)の中で思い出されていた〉1903年(明治36年)、吉川英治11歳の時です。中学に進学するものと思っていた少年を待っていた思わぬ暗転。印章店への奉公に出されたのを皮切りに、吉川英治はさまざまな職業を転々としながら、東京に出て苦学をした後、懸賞小説に入選して作家への道を切り拓いていきます。それまでの過程を思い起こすようにして綴った半生記です。吉川英治作品の読み方が変わります。講談社版のほか、平凡社「日本人の自伝40」としてもリリースされています。(2013/4/12)
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