サッカー狂が吠える。 - 望月三起也のブログ

2006年12月26日

ザルツブルグ。音楽祭で名が通ってる、映画『サウンド・オブ・ミュージック』にも出て来る都市。けどサッカー界での名は一流ではないことは確か。オーストリアそのものが、ヨーロッパの各国リーグの中で、あまりに知られてない。今まで、日本選手が国外へ行く場合、ほぼ名の通ったチームで。例えば高原であり、古くは奥寺のブンデスリーガ。そのリーグの中で優勝争う強豪、スコットランドの中村もまたその国のトップ。さすがイタリアでは招かれても、日本人選手はそのナカムラとヒデくらいしか通じなかったけれど。今、輪が広がってスイスリーグ、フランスリーグと二番手リーグにも選手が行くようになりましたけど、オーストリアは初ですね。ただ、このチームは国でトップクラス、つまりヨーロッパのリーグチャンピオン決めるような試合に出場出来るチャンスがある。これは「美味しい市場」と選手にとっては魅力でしょう。多分そこを狙って、二人は移籍したのでしょうね。

それは計算上で、まず出場出来ての話。日本代表クラスの二人がここでどれほど戦力になるか、最初の機会しっかり掴まねば、UEFAカップもチャンピオンズリーグも夢。それをベンチから見ててほしくない。今や日本人選手が海外へ出ていく事が、そう珍しくもない時代。日本人だから珍しがって観客が集まるとも思えない。何人だろうと戦力か、使えないか、ファンもシビアな目で見る。二人にとっては冒険でしょう。ここでレギュラー張らないとオシム監督、代表には入れない。「レッズの時、ガンバの時は良かった」なんて後悔しないよう全力尽くしてほしい。同じ後悔するのでもドイツ語で後悔のコメント出来るくらいの間は、しっかりしがみついてほしい。ちなみにオーストリアもドイツ語です。

ひと昔前はドイツオーストリア帝国という巨大な勢力誇ってたのです。主都はウィーンですが、私はシャレたウィーンのより、古都というイメージのあるザルツブルクの方が好きだね。最初に行った印象が良くて、思わず二年続けて行ってしまいました。丘の上にカジノがありまして、その下のショッピング街が2百年前そのままでした。道が狭く西側の建物が高くなっていてトンネルの中を通るよう。その商店の看板がひとつの見物。凝りに凝って、「これがヨーロッパ!」と主張してるのですよ。丸一日、看板だけ写す為カメラ片手に歩いたものです。

残念ながらその時は一流のブンデスリーガ見た帰り、ミュンヘンから国境越えて、ちょっとついでに立ち寄ったザルツブルクでしたので、サッカーは見てません。魅力感じなかったというのが正直な感想。一番の目的はカジノだったんです。そのカジノ、ヨーロッパの中でも一流。ついこの間のW杯でもドイツ・バーデンバーデンのカジノに行きましたが、そこと同じでノータイは入場出来ません。もち、パスポートも見せるんです。カジノの入り口は丘のふもと。そこにエレベーターがつけてある。つまり、山の中、トンネルというよりエントツ状に穴を掘ってエレベーターが地中を通り抜け、昇ったところがカジノの建物なんですねえ。これも面白い。

さて入り口を入ると、まさに紳士淑女といったガイジンがゴロゴロ。日本人の私から見てですが、少々気おくれする。それがまたけっこうドレスアップしておしゃれなんですね。レストランがその一角にあるのですが、またここが一流、美味。窓際がおすすめ。下を見おろすと街の夜景が素晴しい。料理もいっそう美味しくなるわけ。賭けに飽きたら、ここで一刻を過ごし、また再チャレンジするものなんですね。半ズボンで歩き回るラスベガスと大違い。気楽さならベガスでしょうが、ここは葉巻が似合うところです。何しろ建物が本物の古き良きヨーロッパなんですから。カードルームやルーレットルームと広さも余裕。世界のカジノ、十ヶ所以上行きましたが、ここは私の中でランクトップ。来る人も結構金持ちが多いと見えて、平気で一回に50万負け、百万取り通すなんてチップの張り方してる。私は一回千円が最高。平均五万円しか張りません。勝っても敗けても一晩一万円ってとこ。ムード楽しむことが最高だと思ってますんで。三都主・宮本の応援ツアーの際には、ぜひ一度、お遊びに出かけて下さい。おすすめスポットです。

投稿者: 望月三起也

2006年12月18日

史上最大、6万2千人超の大観衆の前で、勝って優勝。堂々たるもんです。レッズが敗けても、2点差なら得失点で優勝とハンデはあったのですが、敗けて優勝はカッコ悪いですよ。やっぱり、「相手より強い」ってとこ見せての年間Jリーグチャンプなんです。試合終了後、選手の4人ばかりがサポーター席へ飛び込んでしまって、なかなか控え室へ戻ってこない。こんな事、かつてなかったように思います。サポーターと一緒に喜ぶ。そこにレッズの強さのヒミツのひとつがあって、普段危険だからとガードマンが動くんですが、止めもしない。型にハマった警備じゃないとこもいい。サポーターも本当の意味で一緒に戦い、一緒に勝利した戦友という気持ち味わえたわけで、とび込んだ選手もエラい。という前に考えなしに、うれしくて飛び込んだんだと思いますけど。終了後20分を過ぎて、スタジアム下へ入る階段あたりの人も散ったところに、タイコ持ったブラジル人がユニフォーム着てウロウロとしてるのを見かけました。が、このブラジル人よく見ると三都主。コーフンさめやらずで、ほとんど選手忘れてサポーターやってました。

一日おいて月曜日、埼玉市内のホテルで祝勝会がありました。500人ほどの出席者、ジミな黒服組がだんぜん多数。日本のパーティって地味がウリなんでしょうか。私なんかハデ好きだから、華やかにキレイどころのオネエさんもほしいねえ。なんて、目的が違うでしょって言われそうです。お祝いなんで選手がメイン。選手とお客さんが直接お話できる事なんて、こういう機会をおいてない。お客の皆さんカメラ片手、色紙片手に選手に群がり集って、暗黙のルールで一列に並ぶ。このあたり、サポーターのルールがキビシいレッズだね。

選手も大変。坪井、岡野なんか長蛇の列で、ほとんどサイン会状態。その中でも勇者はこの時とばかり、色紙5枚、Tシャツ各一枚、腕一杯にかかえて迫る。それでもイヤな顔ひとつしないでサインしながら会話してる。これがプロだ。実は、このロイヤルホテルってとこ、私色々パーティ出ましたけど、料理はその中で一番見た目といい味といい、トップだね。出版社系のパーティで、オークラやら帝国ホテルやら行ってますけど、失礼ながら浦和でそこに負けない、というより上だね。そういう美味いもの食べられるとは思わなかったね。食い道楽がサッカーの次に好きな私が言ってんだから信用していい。つまり話は戻って坪井選手たち、そういう美味しいもの口にしないでサービスしてるんですよ。終わってからゆっくり味わったかどうか分かりませんが、空腹かかえてた事は事実。

特に監督ブッフバルトは、最長の行列が出来てました。今期でやめることが決定しただけに、ファンの皆さんもサインほしいのはムリもない。次の監督やる人、大変だ。連続優勝、義務づけられてのスタートだもんね。Jの世界は先がヨメない。昨シーズン、最後まで優勝争いにからんだ、セレッソ大阪、なんと今年二部落ちですよ。油断大敵ですな。犬飼前社長が優勝に向け、補強に力を入れた結果が具体的に得点王ワシントンを出した。藤口社長も、さらにパワーアップの補強考えてるようで、藤口社長、左ウィングの元日本代表ですから、一気に駆け上がるのは昔から得意。国内リーグチャンピオンの次は、アジアのクラブでトップに立つでしょう。そうすればトヨタカップで、ムリに日本人選手使わなくてもお客さん押し寄せるね。

投稿者: 望月三起也

2006年11月27日

同じ頃、これもまたノリタケ君参加の試合で、「今日が初参加」という人が居りまして。トシは30過ぎで、実に地味。プレーはダンサーのようなフェイントで派手というギャップ。試合後、仲間の一人が「あの柴田さんてオッサン、妙な個性だねぇ、何やってる人?」と聞いてくるんです。私はビックリ。「柴田恭平知らないの?」と私。「何? あの人が」とその仲間。もうその頃、主演ドラマやって、名の通ってた二枚目なんですが、TVの中のキャラクターと、まったく違う。口数少なく、ニヤつきもしない、真面目なサラリーマンおじさんといったカンジ。チームの仲間が試合中まったく気づかなかったというのも無理はない。さらに言えば、この1年後くらいから『アブ刑事』で大ヒット。あのキャラクターと本物のギャップを知る私としては、役者ってすごいとしか言えません。ノリタケクンは? 当然知ってましたよ、誰かってことを、初対面の割に。試合の方は見事な共演でした。

イメージが違ったのが、陣内孝則クン。“ザ・ミイラ”の試合が静岡で行われるって時、今は椎名桔平と名乗ってますが、新人の頃の“彼”と同じ映画で知り合いになって、サッカーの話から「ぜひ一緒に蹴りましょう」ってことになり、わざわざ静岡までやって来た。私、映画の中で無責任な軽い男の役の陣内クンしか見てません。だから、本物が苦労人で親分気質だったなんて、話してるうちに知って。これまたイメージ大違い。また、サッカーに参加した理由が、私と同じ動機。「ヤセたい!!」って言うんだから笑えます。この頃、太りだしてきて困ってたそう。それで過激な運動選んだって。

試合中、ゼエゼエ息を切らして走りまわってたのが印象的。今、サッカー協会・副会長の釜本御大にハッパかけられちゃサボれませんよね。そう御大は選手として、うちのチームのメンバーだったんだから、たまりません。試合になるとムキになる敗けず嫌いな性格、いくつになっても変わらないんだから。その試合、『静岡カップ』といいまして、メインは外国人選手対静岡出身選手。当時、現役のラモス選手以下、大物タレントずらり。三万人ものお客さんが入るという、とんでもないビッグ企画だったんです。その前座ですから。陣内クンの初出場のセリフがまたいい。「オレ、コンサートで一万人の前で歌った事もあるけど、三万人の前は初めて。少しビビるなァ」って、歌なら驚かなかったでしょうけど、足では自信なかったんでしょうね。

その前夜祭ってのがありまして。顔合わせのパーティーですね。その二次会というか、パーティーのあと、“ザ・ミイラ”メンバーだけでカラオケバー借り切って騒ぐのもまた楽しみで、ラモスも一緒に参加した一夜。そこでの勝負、陣内クンの勝ち。小林旭のものまねが笑わせてくれるんです。さすが歌手、上手いのは当たり前です。その場の空気をヨんで笑いをとるショーアップは見事。実はラモスもまたハンパじゃなく上手いんです。普段いかにも外国人のしゃべる日本語ってカンジなんですけど、歌になると完全日本人以上に、日本語の発音見事。盛り上がってミイラ仲間でしゃべってる最中、仲間の誰かがマイク持ってBGМやってるなと思って見ると、これがラモスだったりする。仲間には歌手もいます。その仲間が歌ってるとカン違いするほどの歌いっぷりなんですラモスは。ただ欠点を強いてあげるなら、一度持ったマイクはキープし続けるって事かな。試合中の敵に奪われないボールキープこういうところにも出すのかね。今ヴェルディの監督やってます彼は、そこでの順位は5位キープ。出来たら首位キープで1年でJ1に戻ってほしいと思ってる私です。

ミイラは内規で、3名まで助っ人プレーヤーをスタメンに入れるという事になってまして。つまり、助っ人が強力じゃないと純メンバーでは相手に失礼というくらい草サッカーなんです。それだけに、これまでも色々な名選手にお世話になってきました。皆さん、遠い地方遠征の試合でも参加して下さる心の広い方々。サッカーを広めるというミイラの方向性、理解して下さってるんですね。

投稿者: 望月三起也

2006年11月24日

千葉の阿部選手が、プロ初のハットトリック達成。ハットトリックとは一試合で3点取る事って知ってますよね。もちろん一人でです。プロになって、たった1回ですよ、あの阿部選手にして。草サッカーレベルでも大変なことに変わりはない。別に自慢する気はないんですけど、私、1回やってるんですね。もう20年も前ですけど、私の場合、運だけでとれたって具合。私は、いつも言うようにサッカー部ではありません。だからヘタなんです。私がゴール出来るのは、上手にアシストしてくれる仲間がいてこそなんです。

その時、とらせてくれた仲間がノリタケ君。そう、とんねるずの。当時は、まだ遊ぶ余裕があったのですよ。しかも帝京サッカー部出てまだ数年、バリバリの上手さ。狙ったとこへパスが来る。あとは私が、ゴール前でシュート出来る位置へ動くかどうか、そのタイミングだけ。一応横浜市内のリーグ戦でしたが、相手チームは、さぞガックリきたと思います。私ごときにハットトリックされて、口惜しかったでしょうねぇ。

ちなみにノリタケ君、アシストだけでなく、自分自身4点とっちまった。7点取っての勝ちは、他に記憶がゴザイません。もう少し私のゴール細かく言えば、実は偶然に近い。1本はキーパーと一対一で決めたのですが、あとの2本はセンタリングのつもりがゴール右すみに入り、3点目はつまずいたようなボールでゴール。キーパーも外れたと思って見送ったら、イレギュラーして入っちゃった、という具合。取ろうと思ってもプロでも難しいハットトリックって、実はそんなもんなんです。今週は、あの中村シュンスケ選手も、この記録をスコットランドで成し遂げました。そのビデオ見ると、うまく自分の前にボールの方でころげてきて、「さァ打って」と言わんばかりの3ゴール、こんなもんなんです。そこの位置は入るのがストライカーのカンと言われますが、ノリタケ、シュンスケには、そのカンの働き認めます。私は運以外、考えられないね。その後、一試合2点までいくのですが、あと1点遠い。ほとんど土星と地球ほどね。

ちなみ、その二。この頃のノリタケ君、売り出し中で、顔をやっと知られてきたかどうかという頃、相手チームもタレントとは知らなかったようで、もしその試合がビデオで残ってたら、さぞびっくり自慢しただろうね。もちろん、うちの仲間は知ってましたが、仲間でも試合後やっと誰かと正体知ってびっくりという事もありました。

次回へ続く...

投稿者: 望月三起也

2006年11月14日

  

さらに食いものネタ続けます。
ドイツ語のメニュー、日本語に直訳すると『風袋』? これナニ? どういうデザート? 出て参りました。なんと、ただのシュークリーム。「なるほど空気を入れてふくらませるから風袋なんだァ」と納得。シュークリームはドイツ語じゃないもんね。もともと、シュー・ア・ラ・クレームというフランスの菓子ですから。おっと、“ただの”は余計。このいちご味がまた絶品だったとホメておきたい。ドイツ料理って、フランクフルトソーセージとジャガイモだけだと思ってた私、失礼しました。もっともこのホテル、地理的にフランスに近いから、そういう美味に対するこだわり、フランス人のようにあるのかもね。

豪華なスィートでさみしく一人で過ごした翌日、朝から練習場へ。練習はサブ組とケガあがりとキーパー3人。スタメン組は夜の試合があるのでお休み。教える方は、もちろんギドさんやエンゲルス、土田GKコーチ。面白かったのは、むしろコーチングスタッフの為の練習のようで。ミニゲームに監督、コーチがそれぞれのチームに入って紅白戦。見てると教えてるというより、もう現役に戻ったようなギド、スライディングまでかますもんね。その真剣さ、ハートの熱さがいい。教わる方の選手にハードタックルが一度も見られなかったのは、なぜだろう?

練習後チームは試合のため移動。試合会場は30キロ離れた町。私は運よく日本から取材に来ていた記者さんの親切に甘えて、その社の車に同乗。というか、私がナビゲーター。なんたって今、日本じゃカーナビが当たり前ですけど、地図を頼りってのが結構大変。全部ドイツ語だから、って当たり前か。ただ記者さんの用意してた地図がレンタカー用で、あまりにも大きい。横浜から柏の競技場へ行くのに東日本全図という一枚の地図を用意したと思えば、わかりやすいでしょうか。さすがに2回、道を間違え途中のガソリンスタンドで、その地方の地図を買いましたけどね。それでも、さらに別の道へ入り込む始末。さて目的の町へようやく入ったのですが、ここからが問題。競技場までは地図に載ってない。また、市内地図買わねばいかんのかと思ったところ、道標にサッカーボールマークがついてるのが目にとまりました。『スタジオン』と書いてある。ひょっとしてと思って、その道標にしたがって素直に走ると見事ドンピシャ、目の前。競技場がそびえたってました。さすが車の国、ベンツの国だ。「車にやさしい」と変な感心しました。

感心といえば、競技場になんとなんと、レッズのユニフォーム着たサポーター4人、すでに先着してるじゃないですか。それも横断幕まで日本から持って来てる。飛行機では別料金とられたと言ってました。すごいね、ドイツの練習試合に浦和から来るこの熱の入れ方、これがレッズを支えてるんですねぇ。さらに、純ドイツ人がまた4人ばかり日の丸の旗ふって応援してくれてるんです。他は99%地元の応援でしたが、相手は三部リーグとはいえパワフル。その中にブッフバルト監督の息子さんが居たのです。お父ツァンとしては、こういう試合やりにくいんでしょうね。田中選手が息子をかわしてシュートしたら怒るんでしょうか。ちなみにこの試合、達也がケガから復帰した公式には第一戦。軽いフットワークも戻り、当てられてもふんばれるところ見て安心したものです。

競技場は一万人定員ほどの小さなものですが、それでも入場料4千円ほど取るのです。国際試合だもんね。そういう小さなスタヂアム(ドイツ語でスタジオン)でもVIP席もあり、食事のサービスがその人達と記者のためにあるってのも、これが町のクラブ・サッカーの原点のような歴史を感じました。

そして翌日、列車で2時間弱スイスへ向かい、チューリッヒ空港から成田へ無事戻りました。以上、遠征記です。

投稿者: 望月三起也

望月三起也近影
1960年「少年クラブ」増刊号に掲載された『特ダネを追え』でデビュー。'64年出世作『秘密探偵JA』を「少年キング」で連載。'69年から「少年キング」にて代表作『ワイルド7』を11年の長期にわたり連載。ドラマ化されるなど大人気となる。
'73年『ワイルド7』で少年画報社出版文化賞受賞。
また、漫画界きってのサッカー通としても有名で、タレントの明石家さんま氏・木梨憲武氏を中心として、サッカー好きの芸能人で構成したチーム『ザ・ミイラ』では監督兼プレーヤーとして活躍している。サッカー関係の著書として、「サッカースーパーまんが版」「W杯を88倍楽しむテレビ・サポーターのバイブル」などがある。
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